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次の依頼、次の地へ

「マイン、本当に大丈夫?」


 エルビーは心配そうにマインの顔を覗き込みながらそう言った。

 医務室のベッドに横たわるマインの顔色はあまり良いとは言えない。

 ゲーリィードとの戦いの後から数日が経ちその間もマインは眠ったまま、目が覚めたのもつい先ほどだったらしい。


「ええ、ネリアさんのおかげで傷はすっかり治ってますよ。 ただ出血が多かったのでその回復待ちって感じですね」

「けどいきなり刺すとか、ほんとびっくりしたわ」

「あはははは……。 それは私もですよ、まさか隊長が、あの人が悪魔だったなんて。 あっ、でも悪魔でも悪魔じゃなくても都合の悪い秘密をばらしちゃったから刺されたんですよね、きっと」

「えっと、ミハラムだっけ?」


 マインの話では警備をする魔術師たちのために用意された宿舎があって、夜遅く偶然にもゲーリィードと話をしているミハラムを見かけたのだとか。

 その時は見覚えがあるけど誰かは思い出せなかったそうだが、ロウラントたちが名前を出したことで思い出したらしい。


「ええ。 私、ミハラムが犯罪者として手配されているの知らなかったんですよ。 エルフ誘拐の事件は知っていたんですけど、まさかその犯人だったなんて」

「まあしょうがないわよ。 犯人って言っても印象薄い感じだったし。 わたし、今顔を思い出そうとしてるんだけど全然思い出せないのよね」


 エルビーの言葉にマインは笑ってごまかした。

 コンコンコンと扉を叩く音が聞こえる。

 マインが返事をすると入って来たのはネリアだった。


「お二人ともここにいたんですか、学長が探してましたよ? 見かけたら来るように伝えてくれと」

「あ? ほんと、じゃあこれ食べたら行くわ」

「エルビーさん、それマインさんへのお見舞いの品なんじゃないですか? なんでエルビーさんが食べてるんでしょうか。 あと少年も」

「勝手に食べてるわけじゃないわよ。 わたしがおいしそうって言ったらマインがどうぞって言うから」

「ああネリアさん、いいんですよ。 ちょっとまだ食欲無くて。 ここ食事も出ますし、動いてないのに食べ過ぎて太ったら嫌ですから」

「そうですか。 本人がそれでいいなら構いませんが。 しかし、あの時は本当に危なかったですね」

「本当ね、ネリアがいなきゃマインもどうなっていたことか」

「ああ、いえそっちの話じゃなく……」

「え? じゃ何の話?」

「エルビーさんの最後の攻撃です。 少年が結界で守ってくれなかったら私たちまで丸焼きでしたので」

「うぐっ……いや、あの時はチャンス!って思ってガバッと魔力込めちゃったから調整出来てなかったのよね。 シッパイシッパイ」

「エルビーさん、相変わらず軽いですね。 私はもうろうとしていたのであまり覚えてないですけど、あの学長が怒っているのだけは聞こえていましたよ」

「それマインには言われたくないわ。 それにっ! 誰も怪我とかしてないしさ、ねっ?」

「まあそういうことにしておきます。 それで、お二人ともどうされるんですか?」

「ネリア冷たい…… んーどうって、何が?」

「えっと、学長との約束はこれで終わりなのですよね?」

「ああ、エルビーさんやっぱり。 学長に見限られたんですね?」

「違うわよっ! この後は特に決まっていないわ。 どうしようかしら」

「あの、エルビーさん。 もし……もし聖王国に行くことがあったら、その、いろいろ気を付けてくださいね」

「ええ、そうするわ。 んじゃ、おいしいものも食べたし、わたしたちはそろそろ行くわね」


 エルビーはお見舞いに来た人のためだろうか備え付けられていた椅子から立ち上がると、行くよと促すかのようにノールを見る。

 最後の一口を食べ終わったノールはマインに礼を言うと椅子から立ち上がり扉の方に向かった。


「二人とも。 またどこかで会えるといいですね」


 別れ際、マインが笑顔で見送る中、ネリアの表情からその内側を見て取ることはできなかった。

 医務室を出た後、学長室に向かう廊下でエルビーが疑問を口にする。


「わたし、ずっと気になっていたんだけどさ。 ネリアってノールこと、なんでずっと少年って言うのかなって。 ノールって言えばいいのに。 なんでかな?」


 しかしエルビーの疑問にノールが答えることは無かった。

 しばらくそのことを考えていたようだが、結論の出ない疑問に飽きたようで話は別に移る。


「ねぇノール、これからどこ行こうか。 もう一度帝国行ってみる? あ、でもゲインたちが行ってる聖王国も行ってみたいわね」


 それは久しぶりにゲインたちに会いたくなったからなのか、それともネリアの忠告で逆に興味を持ってしまっただけだろうか。

 エルビーはまだ見たことがない世界に憧れのような感情を持っているらしい。

 対してノール自身はエルビーと違って見たことがない世界に深い興味はない。

 ただ様々な人間に会えればそれで良かったからだ。

 だからこそ、ノールはエルビーについて行くだけだった。

 今回もそれは同じで目的地はエルビーが決めればいいと考えている。


「エルビーが行きたいところで良い」

「むぅ~」


 迷っていたからノールに丸投げしようとしていたが結局自分で決めることになるのかと思ったエルビーは唸るだけだった。

 結論が出る前に学長室に到着したことでエルビーは思考を放棄した。


「いっそのことダリアスに決めてもらおうかな」

「ノックもなしに入って来ていきなり何の話だ」

「どうせ気配とかで来たこと分かってるんでしょ? じゃあ要らないじゃん」

「客がいるかも知れないではないか」


 さすがにそこまで考えが及んでいなかったようで、エルビーは手をパタパタと振り取り繕うように話題を変える。


「ネリアからダリアスが呼んでるって言われたから来たんだけど、何の用なの?」

「いや、今後のお前たちについて、どうするのか聞きたくてな」

「ネリアと同じこと言うのね」

「ネリアが?」

「そうよ。 もし聖王国に行くなら気を付けてって言われたわ」

「ほう、ネリアがそのようなことを……」


 ダリアスは何か考えるような仕草を見せ黙り込んでしまった。


「そんな考え込むようなこと? 聖王国ってそんな危険な場所なの? 魔境ってやつ?」

「お前たちの心配ではない、ネリアの方だ。 やはりしっかり育てておきたいと思っただけだ。 しかしそうなると魔法実技の成績だけが悩みか。 どうしたものか……」

「魔法実技?」

「お前たちも見ていただろう、魔法の命中精度のことだ。 先日のように高度な治療魔法は問題なく使える。 にも関わらず初歩中の初歩である下級魔法に手こずっておるからな」


 ダリアスの言葉を聞いて思い出したことがある。

 ここに来た最初の日、ネリアたちの実習を見ていて感じたこと。

 ノールはそれを口にする。


「それだけど。 ネリアが魔法を使う時、見てて思った。 ネリアは、攻撃が当たらないのではなくそもそも当てようとしていない。 意思(イメージ)の発現、世界への投影、その時点で攻撃対象に当てようとしていないように感じた、たぶん」

「何? それはどういう……いや、そうか。 ほう……なるほど。 お前の言葉を聞いて繋がったぞ。 そういうことだったのか」

「そういうことってどういうことよ?」

「まあこれは昔の話よ、ネリアのな。 幼い頃、家族と馬車で移動している途中で賊に襲われたことがあったらしい。 兄は大怪我をし他の家族も怪我を負ったとか。 幸い家族に死者は出なかったが従者の中に死んだ者もいたらしくてな。 賊には魔法使いもいて、おそらくその時の光景がトラウマになっているのだろう」

「つまり、ネリア自身が相手に魔法を当てることを避けちゃってるってことかしら?」

「まあそういうことだ。 ネリア自身がそれに気づいているかは分からぬが、おそらく気付いておらんだろう。 だが理由が分かれば対処のしようもある。 それを克服さえ出来れば良いコマに成長してくれるであろうな」


 今度もまたダリアスは考える仕草をして見せるが今回それはすぐに終わった。


「しかし、興味深い奴よな、吾輩であっても分からぬ。 魔法についてそこまで理解のある人間は初めてだ。 貴様、いったい何者だ?」


 リスティアーナに止められているので神だと言うわけにはいかない。

 さてなんて言えばいいんだろうかと考えていると、先にダリアスが折れた。


「まあお前が何者であっても構わぬさ、吾輩の役に立つのなら。 それとお前たちを呼んだ件だが、ふむ、しかし何から話すべきか。 そうだな、お前たちこれから聖王国に行く気はあるか?」

「まあそれは考えていたわ。 行ってみようかなとはね」

「そうか、ならちょうど良い。 実はお前たちに依頼したいことがあるのだ」

「それって冒険者としてってこと? それなら冒険者ギルドに依頼を出さないとダメなんじゃなかったっけ?」

「内容的にギルドには伝えられぬのだよ。 結局はまた悪魔に関することだからな」

「ふ~ん。 まあわたしはいいけど。 ノールはどうする?」

「別に構わない」

「それは良かった。 では話すとするか、隠しても仕方のないことだしな。 まずは……ネリアの忠告の真意についてだ。 実はノールよ、お前は今聖王国内で問題視されているのだ」


 え? なんで?

 そんな言葉が頭を過る。

 エルビーに至っては何を言っているのか分かっていないようだった。


「なぜか分からないと言った顔だな。 まあ無理もない。 女神の神託と言うのを知っているか? 聖王国には巫女と呼ばれる女神の声を聞くことが出来る者がいる。 そしてその巫女がノール、お前を捕らえろと神託を受けたらしいのだ」

「女神? それって女神リスティアーナのこと?」

「他に女神がいるか? その女神だ。 無論、正確な神託がどのようなものだったかは吾輩にも分からぬ。 それとその神託を知る者もそう多くはなくまだ一部の者にしか知らされていないはずである。 ただ聖王国上層部がお前に注目していることは確かだろう。 ネリアの忠告もそれを知っていたからこそのものだと思われる」

「ノール……あんた何しちゃったの? あっそうか、ネリアはそれ知っていたから自分からはノールの名前を言わず知らなかった振りをしていたのね。 バレたらノール、捕まっちゃうものね」


 とても残念そうな、かわいそうなものを見る目でエルビーが見てくる。

 そもそもつい先日リスティアーナとは会ったばかりなのだ、怒られるようなことはそれ以降していない。

 ここはリスティアーナに会って聞いてみるべきだろうか、そんなことを考えているとダリアスの言葉がそれを止めた。


「いやまあ、それ自身は重要ではないのだよ。 吾輩が知る限り女神の神託と呼ばれるものはかなり不正確だ。 それ以前に最近は政治的な思惑で捻じ曲げられていることも多い。 吾輩は聖王国でも悪魔が何か企んでいるのではないかと思ってな。 ゲーリィードの件と言いミハラムの件と言い聖王国と悪魔が何かしらの結びつきを見せている。 そこで、お前たちに聖王国の調査を依頼したいのだ」

「え? わたしたちに調査って本気で言ってる? この二人でそんな器用なことが出来ると思ってるの?」

「すまん、正直に言おう。 聖王国に行って悪魔がいれば喧嘩を売ってきて欲しいのだ」

「それはさすがに正直すぎると思うわ」

「別にいいではないか。 どうせこのままでは聖王国が表立ってお前たちに喧嘩を売りに来るぞ? 今は聖王国も慎重になっているだけで、だが確実に悪い方向に向かっていると断言できる」

「ふーん……なんかわたしたちってすっごく信頼されちゃってる感じ? まあその気持ちは分からなくもない」

「何のことだ?」

「ゲーリィードの時だってノールのこと秘策中の秘策とかって言ってたじゃない。 わたしもノールなら負けるはずないなって思ってたけどダリアスだってそうなんでしょ?」


 腕組みをした右手で顎を触りながら、なぜか勝ち誇ったようにエルビーは同意を求めた。


「吾輩は一度もノールが秘策だなどと言っていないぞ?」

「へっ?」

「いや何、まあお前たちには隠す必要もないから言うが、お前たちが勝ってくれればいいなと思っていたのは事実だ。 だが仮にお前やノールが負けたとしても最終的に吾輩が手を下せばそれで済む話よ。 ただその場合、吾輩の正体を知られた以上はあそこにいる全員を始末しなくてはいけなくなる。 それは正直後が面倒だしな。 秘策と言うよりゲーリィード程度では吾輩には勝てぬぞ、と言うだけのつもりだったのだ」

「えぇー……」

「いやそんな顔をされてもな。 ノールはその点分かっていたようだったぞ。 だから急いで来なかったのであろう?」

「あれは試合に夢中だっただけじゃ……」

「ダリアスの魔力が上がったから行った方が良いかなって思った」


 ダリアスはエルビー一人で対処できなければと言っていた。

 ダリアスが魔力を上げると言うことは参戦しようとしているわけで、つまり手伝いに行かないといけない。

 それと他の者の命に関わるとも言っていた。

 ダリアスが参戦すれば戦力的に他の者がゲーリィードたちに害されるはずがない。

 にも関わらずそう言ったのは他の者を害する可能性があったのは、ゲーリィードたちではなく他でもないダリアス本人だと言うことだ。


「なんだ、そういうことだったのね。 ほんと悪魔って回りくどいことするのね」

「狡猾だと言ってくれ。 お前たちドラゴンが考えなしすぎるのだ」

「まあ面白そうだしわたしは異論無いわね。 特にこっちから悪魔に喧嘩売るっていうのが面白そう」

「言っておくが聖王国には吾輩の部下もいる。 全部に喧嘩を売っていくのは構わんが、せっかく潜入させたコマを失うのは面倒だからそこは気を付けてくれ。 それから吾輩のことを話すのも無しだ。 もし吾輩の部下だと言う者が現れたとしても話す必要はない。 お前たちに協力するか敵対するか、それだけで判断してくれて構わん」

「喧嘩売るのはいいんだ」

「その程度いなせないようでは吾輩の部下としては力不足であろう?」

「はいはい、わたしたちを使って部下を試すような真似はやめて欲しいわね。 まあいいわ。 でも報酬はちゃんと頂戴ね」

「わかっている。 そうだ、ならばこれをやろう」


 ダリアスは席を立つと棚のほうに向かい歩き出した。

 その棚にはいくつかの武器が飾られており、そのうちの一つを取り出すとノールに手渡す。


「それはフレイヤワンド。 かなり貴重な代物で、その効果は魔法の詠唱短縮、武器と言うよりかはアーティファクトの類だ」

「へぇ、それはすご……ん? けどノールって無詠唱で魔法使えるんだからそんなの必要なくない?」

「そうではない。 それを使えば長々と詠唱せずとも怪しまれないと言うわけだよ。 実にノール向きだろう?」

「おお~。 それは確かに。 でもどうせならフレスベリアのほうが便利じゃない?」

「馬鹿を言うな、あれはさすがにやれん。 それにそれは一点ものではないにしてもかなり貴重なのだぞ。 かなり高値で取引される代物だ」

「つまり、それを売って今後の食事代と宿代にしろ、と」

「なぜそうなる。 ああわかった、多少の金も渡してやる。 それでどうだ?」

「まあしょうがないわね。 なんかノールも嬉しそうだし」

「いや、全然そんな表情じゃないが」

「ああこの子、貰ったものが嬉しいとそうやってしばらく眺めてるのよ。 ペンダントの時はあっさりしてたでしょ?」

「いや、吾輩には分からんよ。 話はそれぐらいだな。 聖王国まではかなりかかる。 出来る限り早めに出立してくれ」

「よし! じゃあ今から出発!」


 という感じで聖王国に行くことが瞬く間に決定したのだった……。

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