地下空間の攻防
「けどなんでこんな地下なんて探してるんですかね? その二人って」
「おそらくは地下に隠されていると考えているんだろう」
「ああ、なるほど。 言われてみればそうですね。 他に隠せそうな場所ないですものね」
まるで緊張感を感じないマインの言葉にゲーリィードが答える。
地下には扉さえ無い何に使われているのか分からない広い空間とそれらを繋ぐ通路がある。
その広い空間には太い柱があり、それが地上の建造物を支えていた。
ノールと違いエルビーは他者の気配を探るのが得意ではない。
それでも明らかな殺意ぐらいは分かると思っている。
しかし今探している人物は自分に対する殺意など無さそうな二人、気配だけで見つけるのはまず難しい相手だ。
しかし先頭を歩くゲーリィードは、まるで気配が分かっているのかのように黙々と進んでいく。
「部下からの報告では、確かこの辺りにいるはずですが……」
するとエルビーの目に先日見た男の姿が映った。
「あ、向こうの方にいたわ」
「あっちか、行こう」
しばし歩くとそこには通路に置かれた木箱を漁る一人の姿があった。
「何をされているのですか?」
ゲーリィードが声をかける。
「ヒェッ!? こ、これはえーと、おお、ダリアス学長ではありませんか。 どうされたのです?」
「それはこちらの言葉ですぞ。 ファズリー先生、このような場所で何を?」
訝しがると言うよりも呆れたような表情でダリアスは問いかける。
しかしそれに答えたのはファズリーではなく、もう一人の人物、ロウラントだった。
「いやいや、これはダリアス学長。 実は先日フレスベリアの話を聞きましてな。 悪魔共に奪われぬようにと思いましてこうして探しておるのです」
「見つからぬように隠しているものを暴き出してどうするおつもりで? ファズリー先生、これは重大な違反行為であると理解しておられるのかな?」
「ヒェッ、いや違反行為などと……」
「ロウラント議員もですぞ。 フレスベリアについては評議会で決定したこと。 それを議員の一存で覆すなどもってのほかではありませんか」
「私はとある筋から情報を手に入れたのですよ。 ダリアス学長、あなたがフレスベリアを不当に私物化しているのではないかとね。 その調査で参ったのです」
「とある筋、ですか。 それは一体どなたなのでしょう? そもそも私物化も何も、昔からその運用は変わっておりませんよ。 私物化できる隙など私にはありません。 ともかく、いつどんなタイミングで悪魔が襲ってくるか分からぬ状況なのです。 お二人とも大人しく試合を観戦していてください」
「し、しかしミハラムの一件もありますし……」
「なぜ今ミハラムが関わってくるのですかな?」
「いや、それは……」
「あ! そうだそうだ」
「なんだマイン、急に」
「いや、どっかで見たことある顔だなーって思ってたんですよ! ほら隊長、この間会いに来ていた人ですよ!」
「何を言っている?」
ゲーリィードはマインの突然の言葉に若干だが苛立ちを覚えた。
しかし普段よりも低く重みを増したその声にマインが気付く様子はない。
「あれー? 嫌だなあ、とぼけちゃって。 あれ聖王国のミハラム様でしょ? ぜぇーったいそうですよ。 何度か魔法共生国に来たこともあって、私その時見ましたもの」
「ヒェッ? ゲ……ゲーリィードがミハラムと一緒に?」
「なぜ……?」
マインの言葉にファズリーとロウラントだけは目を点にしていた。
その表情には疑いの様子が見て取れる。
そしてゲーリィードはそんな二人の顔を見てやはり後悔していた、マインは置いてくるべきだったと。
「はあぁ~……。 マイン、お前と言うやつは……」
「えー何ですか? 有名人が会いに来るとかすごいじゃ――――あ、あれ? んっ……ゴハッ……え? たい……ちょ……なん……で?」
ゲーリィードの手に握られた剣がマインの腹部を貫く。
「マイン、私は以前からお前の空気を読まずすぐ調子に乗るところが大嫌いだったのだよ。 しかし、見られていたとは思わなかった。 まったく、間の悪い女だな」
「ひぎゃああああ!!」
ファズリーが悲鳴を上げロウラントは驚きのあまり尻餅をついている。
そんな中ダリアスだけは腕組みをし事態を静観していた。
ダリアスの横にいたはずのエルビーは剣を鞘から引き抜きゲーリィードに切りかかる。
だがマインから引き抜かれた剣によってその一撃は受け止められてしまう。
目の前の赤く血塗られた剣に、エルビーはそこはかとない怒りを感じていた。
剣のぶつかり合う音が地下空間に木霊する。
さらにエルビーが追撃しようとするがそれはあえなく別の者に邪魔された。
「遅くなってごめんなさい、ゲーリィード。 それで、この子、殺しちゃってもいいのかしら?」
「アシリアか、まあちょうどいいタイミングだと思っておくさ。 その娘は好きにしろ。 フレスベリアの反応は無さそうだしな」
「そう、じゃあ頂くわ」
「ああ、もう! 邪魔よ!」
それはどこかで見た感じの、紫色の髪をした女性だった。
「あら、そんなこと言わずに楽しみましょう? この間はいいところで邪魔されちゃったもの。 私、あなたの悲鳴いっぱい聞きたいわ」
「やっぱりその髪の色……。 あの時のっ!」
「ふふふっ、思い出してくれてうれしいわ」
両者の剣が交じり合う。
あの時と同様に一進一退の攻防が繰り広げられている。
ゲーリィードはそんな二人をいまだ一人佇むダリアスへと声をかける。
「さて、ダリアス学長。 少しご相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「相談? それは何かな? 出来れば私にできる範囲のことにして欲しいがね」
「おや? こんな状況なのに意外と冷静なのですね、少し驚きましたよ。 ええ、そこは心配なさらずとも大丈夫です。 難しいことではありませんよ。 フレスベリアの在り処、教えていただけますか?」
「ハハハッ、残念だ。 それは私には出来ない範囲だね。 別の相談に変えてもらえるかな」
「それは困りましたね。 ダリアス学長がその在り処を教えてくれないとなると最後の手段に出るしかなくなるのですが……」
「最後の手段だと?」
「ええそうですとも。 フレスベリアはこのどこかにあるのでしょう? 教えてくれないのでしたら、まずはすべてを破壊して隠す場所を無くしてしまえばいいと思い至りましてね。 ですがダリアス学長、今、上では生徒たちが競技の最中なわけですが、どうなると思いますかね?」
「悪趣味だな。 だが安心したまえ。 君が生徒たちに危害を加えることは出来ぬよ。 もちろんフレスベリアも渡さんがね」
「ほう、それはまた面白いことをおっしゃいますね。 何か、策でも?」
「ふむ、そうだな。 まあ秘策中の秘策程度は用意している」
ゲーリィードは思考を巡らせる。
まずエルビーが思った以上に厄介だと言うこと。
紫髪の悪魔、アシリアも本気ではないが決して遊んでいるわけでもないと言うのは分かっている。
それでももう一つの厄介ごとであるマインは自分の手で潰した。
もしマインまで参戦していたら非常にやりづらいことになっていただろう。
この女はすぐ調子に乗って面倒ではあるが実力は本物だ。
身近に置いて制御しようと思ったが、まさかここまで愚かだったとは思わなかった。
さて秘策か、他にどんな手があると言うのか……。
「ゲーリィード!」
アシリアから警戒の声が飛ぶ。
しかしゲーリィードは自身の死角から放たれた火球を難なく避けた。
「心配するなアシリア、この程度の魔法――」
「死角から撃ったはずなのに余裕で避けられてしまいました。 何者でしょう?」
そこに居たのはダリアスも聞きなれた声の少女、ネリアだった。
「おやおや、これは。 確かネリアと言ったか。 まさかダリアス学長、彼女が秘策ですか?」
薄ら笑みを浮かべるゲーリィード。
「残念だがネリア君が来たのは偶然で秘策ではないよ。 ネリア君、マイン君に治療を」
「はい」
ネリアは即座にマインのもとに駆け寄り治療魔法を唱え始める。
「そうですか。 ああマインを治療させ戦線に復帰させる、とかそういうことなんですかね? ですが、あの様子じゃあ即時復帰は無理かと思いますが」
「だから偶然だと言ったでだろう? その成果も偶然でしかないのだよ。 これは賭けではないのだ。 もとより君たちの企みは潰えているのだよ」
ダリアスの余裕そうな笑み。
ゲーリィードは苛立ちを隠していた。
状況的にダリアスよりゲーリィードのほうが優位のはずだ。
にも関わらずダリアスと言う男は自分の勝ちを確信しているように感じる。
根拠のないそんな思いが余計に苛立ちを強くしていた。
「それは大きく出ましたね、ダリアス学長。 ですが現状、戦力はその娘、エルビーだけではないですか。 そしてそのエルビーはあの様です。 どうするおつもりで?」
「あの様って何よ! あと! 戦力は! 私だけじゃないわよ!」
実際エルビーは善戦していた。
と言うよりエルビーの攻撃はアシリアの剣に防がれてしまっているが、アシリアの攻撃がエルビーに届かない。
「ゲーリィード! この娘何なの!? 私の攻撃食らっているはずなのに全然効いてる感じがしないわよ!?」
「俺が知るものか。 そいつの持っている剣は聖剣だ。 それのせいではないのか?」
「そういうのは先に教えておいて欲しいわね! だから全然折れないのね。 けどそれ以上にこの娘頑丈なのよ! 聖剣ってそんな力まであるの?」
「こっちが片付いたら手伝ってやる。 しばらくはそうしていろ」
「私は一方的に嬲るのが好きなのよ。 早くしてよね」
「ああ、わかっているさ。 ダリアス学長、もう一度聞きますがこの状況でもフレスベリアの在り処を教えてはくださらないので?」
ゲーリィードは急ぐこともなく歩く速度でダリアスに近づく。
しかしダリアスは逃げるわけでもなく、まるで世間話をするかのように受け答えてくる。
それが苛立ちを加速させる、そして同時に不安を募らせる。
「答えならさっき言ったではないか。 君たちに勝ち目はないよ」
「そうですか。 では、まずはダリアス学長を先に始末して差し上げましょう」
「フッ、君には無理だがね」
ダリアスの放つ魔力が高まる。
対してゲーリィードは我慢の限界だった。
たかだか人間ごときに悪魔である自分が舐められているなど許容できるはずがない。
だからだろうか、ゲーリィードはダリアスの魔力の変化に気付くことは無かった。
いや、気付いたとしても気にもしなかったかもしれない。
「なぜ人間とはこうも醜いのか。 お前たち程度でこの大悪魔である俺を倒せるとでも?」
「あ……悪魔!? 今、悪魔と言ったか?」
そこに居る人物が悪魔だと今初めて知ったロウラントが小さな声で呟く。
「ろ、ろ、ロウラント議員! こ、ここを離れましょう! 逃げましょう! は……早くっ!!」
悪魔と言う言葉をやっとのことで理解出来たファズリーはロウラントとは対照的に声を張り上げていた。
「バカなことを言うな、逃がすわけがないだろ? ここで君たちを全員始末して競技棟を破壊する。 俺は警備隊長としてゆっくりフレスベリアを探す。 そういう筋書きなのだ。 そこに目撃者など不要だろ? まあロウラント議員には部下の目撃情報もあることだし、今回の騒動の犯人として捕まっていただこうか。 もちろん死体の状態で」
すべて殺してすべて破壊して、あとからゆっくりフレスベリアを探そう、そう思い立ったその時――――
何もない空間に突如して人間が現れた。
空間転移。
自分と同じ悪魔ならまだしも人間が? そんな思いはその転移してきた者の顔を見る事で消え去っていた。
「空間転移……だと? 何が魔法もうまく扱えないだ。 転移魔法を使うなど十分な手練れではないか。 まあ良い、一人増えたぐらい……」
「ノール君。 少し遅かったのではないか?」
「試合が良い感じで」
「ああ! わたしだって見てたかったのに!」
「その話はもう良い。 後は頼んでも良いな?」
「わかった」
「まさかダリアス学長、ノールが秘策なのか? いや確かに空間転移を扱えるとなればそう思うのも無理はないがね。 所詮は人間、悪魔である俺には勝てないのだよ?」
その言葉には嘲りとも言える含みがあった。
「それは戦って見ないと分からないであろう。 現に君の部下はノール君に滅ぼされたのだから」
「そうか……やはりお前かノール! ああそれならば構わないとも。 ならまずは君からだノール。 君と戦えばフレスベリアの在り処が分かるかもしれないしちょうど良い。 ところで、君は剣すら持っていないようだがそれで戦えるのかい?」
「問題ない」
「まったく、人間と言うのは実に愚かだね」
「ノール、そいつマインを刺したのよ! 遠慮なんかいらないからね!」
「うん」
ゲーリィードは地を蹴る。
一瞬で殺してしまっては意味がない。
この人間に魔法を使わせフレスベリアの在り処を探るのが目的だからだ。
だからノールがギリギリ対応できそうなレベルで戦闘を行う、ゲーリィードはそう考えていた。
剣も不要と言うなら間違いなく魔法に頼るだろう、そうすればきっと揺らぎからフレスベリアを見つけられるはず。
ゲーリィードはマインの血が付いた剣を振り上げる。
しかしその剣は振り下ろされることなく、そして自分の体を貫く一本の槍を見た。
「な……なんだ? これは……フレスベリア? なぜ……おまえが……」
ゲーリィードはまだ理解できていない、剣すら持っていなかったノールがどこに槍を隠し持っていたのか。
自分よりもずっと小さな体格の、感情の変化も見せないノールをゲーリィードは見下ろす。
そして、その少年に起きていた小さな変化を見つけてしまった。
胸にかけられていたペンダントが無くなっていたのだ。
ゲーリィードは理解した――――
「そんな……あのペンダントがフレスベリア……だったと言うのか。 まさか……そんなところに隠していたとは……」
フレスベリアに貫かれたゲーリィードに、ノールは追い打ちをかけるようにフレスベリアへ魔力を注ぎ込む。
ノールの魔力を受け、フレスベリアはその力を開放した。
フレスベリアが放つ力に抗えずに、ゲーリィードはその身を滅ぼされるのだった。
「ゲーリィードっ!? きさまぁ!!」
予想にもしなかった事態に激高するアシリア、しかしそれが大きな油断を生む。
戦いの中で背を向けてしまった、その相手からの一撃。
ただの剣だったならば、たとえ聖剣であってもそれだけだったならば、きっと致命傷にもならなかったはず。
エルビーはこのチャンスをずっと窺っていたのだ、聖剣に魔法をかけるチャンスを。
エルビーの魔力を乗せた一撃は大火となってアシリアの身を包み込んだ。