動き出した悪意
いろいろとトラブルはあったものの、新人戦の優勝者はあの悪魔と対戦した生徒だった。
あの時の勝負はまだついていなかったし、それ以前に悪魔は拘束されたので判定勝ちと言う扱いらしい。
そしてその生徒はと言うとあの一件以降、かなり攻めた戦い方をしたようだ。
際どい場面も何度かあったけど強引に押し切ることで切り抜けていた。
同じ新人でありながらも相手の生徒はその強引さに怯んだりして負けることが多かった。
新人戦が終わり次はクラス対抗戦。
まず例年として行われているのが魔剣士クラスと魔法使いクラスによる戦い。
「それぞれのクラスですべての学年から数名が出場しチームとして競い合うんです。 とは言っても勝負は相手を倒すことじゃなくて、両端の各陣営に設置された魔法具に対して一定以上の魔力を先に叩き込んだ方の勝ちと言う、案外平和的で安全な勝負なんですよ」
ある程度の直接的な攻撃は大丈夫だけど、やりすぎると審判の判断で退場となる。
特に1年生はそれと分かるような目印がついていて、1年生に対する攻撃は禁止しているのだ。
それ以外にも魔剣士クラスや魔法使いクラス、異なる学年の同じクラス同士で勝負をすることもある。
「どういう勝負をするかは毎年生徒たちで決めているんですが、魔剣士と魔法使いの勝負は毎年行われるぐらいに人気があるんですよ。 まあお互い相手には負けられないって言うプライドの問題なんでしょうね、ハハハッ」
マインは懐かしそうにして話す。
「それ以外は毎年若干変わる感じですね。 ああでも全部に出場することは出来ないようになってるんで、一人で無双することも出来ないし戦力バランスは取れるようにしているはずですよ。 参加は強制じゃないですし、この後のランキング戦出場者は参加できないと言う規定もあるので。 まあガチバトルは無理だけど余興には出たいって言う人たちの場ですかね。 実際にはかなり白熱することが多いんですけど……」
本当に実力のある人はランキング戦のほうに出るため、クラス対抗戦のほうは参加して楽しむと言う意味合いが強い。
生徒たちもそうなるように毎年勝負内容を考えている。
もちろんクラス対抗戦はそういう勝負だけでなく、戦闘に向かないクラスが発表する場でもある。
例えば新しいアーティファクトの開発。
今警備に当たっている魔術師が連絡用に使っている魔石をはめ込んだ道具も生徒たちが考案しここで発表されたもの。
他にも以前教えてもらった連絡用魔符と言う魔法もやはり生徒たちが考案したものだ。
そうやって魔法に関わる新しい技術を次々と生み出している。
とは言っても中には残念な発表もある。
それは人間には効かないが魔獣に使うとその魔獣を強化することが出来る秘薬。
やはりと言うか、その発表をした人間は火球の餌食となっていた。
「戦う相手を強くしてどうするんだろうな」とは、ゲーリィードの言葉。
そんな様々な発表も終わり、最後の競技であるランキング戦が始まる。
新人戦とは違いランキング戦では使用魔法の制限は設けられていない。
つまり普通に考えると上級生に有利と言える。
実際参加するのは上級生が多く、その中に少し腕に自信のある下級生が混じると言った具合だ。
さすがに殺傷能力が高い魔法の場合は試合を止めることもあるらしく、今日の試合にも危険行為として反則負けとなっている者がいた。
「ランキング戦はほんと、ガチ勢が多いんですよ。 魔剣士なんて強ければそれだけ自分の国に戻った時に良い仕事に就けるから。 ランキング戦で優勝ともなれば好待遇で迎えてくれますし、それなれば親兄弟、親類からの評価も上がりますしね」
聖王国の貴族で魔剣士や魔法使いと言うのは大方、国や地方領主が持つ騎士団に入隊するのが常なのだとマインは語る。
その中でも聖王国神務局管轄の神殿、その神殿の守護を主な任務とする神殿騎士と呼ばれる者たち。
彼らのほとんどが魔剣士であり、つまり魔剣士で優勝者ともなれば期待の新人と称されることになる。
神殿騎士には魔法使いももちろんいるが、魔剣士をサポートする役目となるため魔剣士ほどには目立たない。
帝国の場合はまた事情が変わり、皇帝直轄の騎士団と言うのがありやはり魔剣士は優遇される。
「あと噂ではありますけどね、帝国でも魔法使いによる部隊を新設するべきと言う案が出ているらしいですね。 実現すればさらにガチ勢を呼び込むことは間違いないでしょう。 そんなわけで、貴族の長子でない者はどんな手を使ってでも勝ちに行くと言いますか。 ほんと、ガチ勢には勘弁してもらいたいです……私の……弓……」
最後の方、マインは涙目になっていた。
やはりランキング戦で弓を折られたのだろうかとノールは思う。
ランキング戦は最初から時間制限を設けていないため、それはすべての試合がいつ終わるか予測できないと言うことでもあった。
「我々もここからが正念場と言えますね」
ゲーリィードが漏らした言葉にさすがのマインも気を引き締めずにはいられない。
新人戦で実際に悪魔を捕らえたことにより警備する者たちにも緊張の色が見て取れる。
ランキング戦は最初から白熱していた。
多く制限の掛けられていた新人戦と違い、生徒たちの実力が発揮される場となる。
それにあてられてかエルビーもまた夢中になって観戦している。
特に魔剣士が出場するとその戦い方が気になっている様子だ。
魔剣士と呼ばれるが必ずしも剣を武器としているとは限らず、弓、槍、斧など使用する武器は様々ある。
エルビーはその中でもやはり剣を持つ魔剣士が気になるようだ。
「ん~、確かに強いと言えば強いんだけど、あの紫の子と比べるとどうにも見劣りする気がするのよね……」
「さすがに学生にあの悪魔のような戦い方を求めてはかわいそうじゃないかな、まず経験が違うだろうしね。 特に魔力の扱い方。 君との戦いでもあの悪魔はまだ余力をかなり残していたと思うよ」
「え? それってわたし遊ばれてたってこと?」
「いや、それはどうか分からないが様子見と言ったところだったんじゃないだろうか」
「やっぱり魔法、魔法なのね……」
ランキング戦は一日では終わらず続きは翌日へ。
警戒するような悪魔も現れず試合は順調に進んでいった。
そして試合も中盤を終え、残るは強者のみとなっていく。
「うわぁー、あの剣の返し方すごくうまかったわね。 なのにあんなところで油断するなんて勿体ない」
試合が進むにつれ、同時にエルビーの感想も増えていく。
「うわっ、氷の剣だ。 わたし氷って苦手なのよね。 ハッ、もしかしてわたし唯一の弱点かっ!」
「ほぇー、今度は何? 雷? そう言えば誰だったかしら? 雷に打たれてひどい目にあったとか言ってたわね」
「あれ、あの子が持ってるの弓よね? へぇ、あれは魔法の矢なのね、不思議ぃ~」
魔剣士同士の戦い、そんな中ちょっとした異変が起きる。
「学長、先ほど部下から連絡がありまして。 先日のロウラント議員とファズリー先生が競技棟地下を嗅ぎまわっているそうです。 おそらくフレスベリアを探しているものと思われます」
「あの二人が? なぜまた……」
「どうなされますか?」
「まあ放置でも……いや、少し様子が気になるな。 見に行くとするか」
「承知しました。 彼ら二人はどうされますか?」
「ふむ、エルビー君は一緒に来てもらえるかな?」
「えっ? でも試合すっごくいいところなのよ?」
「十分に観戦したではないか、私は君たちを観戦させるために招いたのではないのだぞ」
「うぐっ……分かったわよ」
「ノール君はこのまま今の作業を継続してくれ。 それでもしエルビー君一人で対処できない場合は手伝いに来て欲しい。 でないと他の者の命に関わるからな」
ダリアスの言葉に軽く頷くノール。
「では私もお供いたします。 マインはここに残って私の代わりに指示を」
「ええーー!? ちょっと待ってください。 私に代わりなんて無理ですよ。 私も一緒について行きますよ」
「隊長と副隊長が一緒に離れてどうするんだ」
「いや、でもだって、私がいても役に立たないですし、いないのと同じですよ?」
「まあいいのではないかね? 悪魔を見つけて彼らに伝えるだけだろう? ノール君だけでも問題なかろう」
「そうですが、はぁ……わかりました。 じゃあマインもついて来い」
「はい! 喜んでっ」
「それではノール君、悪魔を見つけ次第部下に教えてくれれば後は対処するから、よろしく頼むよ」
「わかった」
貴賓室を出るまでの間もエルビーは不満をこぼしていた。
ノール一人が残されることとなった貴賓室、もしかしたらこの機会に乗じて襲われるかもしれない。
しかし今のところ怪しい動きをする悪魔の姿はなく、とりあえずエルビーの代わりに試合を見ようとノールは思った。