新人戦
新人戦には誰でも出場できると言うわけではない。
もちろん1年生であることは当然だが、それだけでなくある程度の素質も見込まれている。
例えば魔法防御だ。
1年生が魔法実技で一番最初に学ぶ魔法である。
まあそれは当然だろう、いざ戦闘になった時に自分の身も守れないようではただの足手まといだ。
だから身を守る術を真っ先に教え込まれるのである。
彼、クレイストは入学時より魔法防御だけでなく低級魔法のほぼすべてを扱えていた。
もちろんその程度で傲慢になってはならない。
例えば貴族のように金さえあれば魔法使いの教師を付けることでその程度はできるようになるからだ。
そして結局は彼もまた貴族である。
故に低級魔法を扱える程度では当然だと言う見方しかされないのを分かっている。
新人戦に選ばれるポイントはどれだけ魔法を扱えるかではなく、どれほど魔法を使いこなせるかだ。
今回、自分以外に新人戦に出られそうなのは十数名もいた。
しかしその中で幾名かの選手として自分は選ばれたわけだ。
これは当然自分の力が評価されたとみるべきだろう。
たかだか模擬戦だと言うのにやたらと心臓の音がうるさい。
今は名も知らない者同士が戦っているが、もうすぐ自分の番がくる。
さすがに初戦ぐらい勝たなくてはダメだろう。
できればその次も、そしてその次も。
とうとう自分の番になった。
対戦相手は自分と背格好が同じくらいだ。
だが魔法使いにとってはさほど重要じゃない。
この対戦相手はどの程度魔法を使えるのか、そんなもの分かるわけもない。
自分に魔法を教えたあの教師だったならば、この対戦相手の強さを計ることが出来たのだろうか。
いや無駄な思考に気を取られてはダメだ。
魔法での戦いでは集中力を切らした方が負ける、そう教わったではないか。
相手を軽んじて優位に立っていると勘違いしてはダメだ。
そして戦いは始まる。
――――いや、戦って見れば呆気ないものだった。
魔法を連続して撃たれたときには驚いたがこちらは距離を取って魔法防御を展開した。
そして隙をついて反撃。
結果として相手は魔法防御が間に合わずに撃沈だ。
良い滑り出しと言えよう。
さすがに初戦は数が多いのか全員が一回戦目を終えたところで今日は終了となった。
二回戦目当日。
会場は昨日と同じく熱気に包まれていた。
今日の相手は自分よりも小柄な生徒だ。
昨日の試合を見た限りでは自分と同じ戦い方だった。
つまり、魔法防御で様子を見つつ隙を見て攻撃をする。
まあそういう戦法は魔法使いのセオリーだと教わったし当然ではある。
しかし、相手も自分と同じと言うことにひとつ問題がある。
互いが様子見していては戦いにならないわけだ。
セオリー通りの相手にセオリー通りに返しても勝ち筋は見えにくいだろう。
ならば……。
試合開始とともに対戦相手に向かい走り出す。
別に魔法剣や魔剣を持っているわけではないが、それを知らぬ対戦相手は隠し持った武器に警戒を強めることだろう。
魔法防御と言えど無限に魔法を防ぎ続けられるわけではない。
下級魔法ならまだしも魔剣や魔法剣の類による攻撃の場合、一撃で破壊されてしまうこともあり得る。
当然、すぐさま攻撃に転じるか魔法防御を張り直すかと言う選択に迫られることになる。
しかも相手はこちらを同類、セオリー通りの魔法使いと踏んでいるはずだから間違いなく動揺するはず。
その隙を突く。
――――と言う筋書きだったのだが相手はまったく動揺することなく冷静に対処されてしまった。
結局は攻撃と防御を互いに繰り広げたのち、おそらく疲弊によるものだと思うが対戦相手の魔法防御が若干遅れたことでなんとか勝つことが出来た。
これで二回戦突破だ。
次の試合も出来れば勝ちたいが、まあここで負けても十分称賛は得られると思いたい。
三回戦目。
試合数も少なくなったので二回戦目と同日に行われる。
さて、次の対戦相手は短く切り揃えた紫色の髪をした少女だ。
その腰には剣が携えられている、おそらく魔剣士と呼ばれるものだろう。
魔剣士と言うのは魔法剣や魔剣を使って戦う剣士のことだが、正直言ってかなり分が悪い。
剣士にとって魔法使いとの戦いは、詠唱の隙を与えないと言うのがセオリーとなる。
実際、彼女の試合を見た限りではそういう戦い方だった。
もちろんそういう剣士と戦うことも想定していたし訓練はしていたが、やはり本物の剣が自分に迫る恐怖にはなかなかに慣れることが出来なかった。
今回はただの剣士ではなく魔剣士だ、競技会が魔法による攻撃を必須としている限り魔法防御で防げるはずとは言えその恐怖に打ち勝てるだろうか。
第一手でやるべきことは決まっている、落ち着いてやるしかない。
試合開始の合図。
相手にはかなり余裕があるのかいまだ剣すら抜いていない中、こちらはすぐさま魔法防御を展開し攻撃に備える。
少女は剣の柄に手をかけスルリと鞘から引き抜く。
その剣には強い魔力が込められているのをピリピリと肌で感じ、より緊張が走る。
新人戦だし魔法防御で相殺すらできないほどの威力のものが使われるとは思えない。
だがあの剣から感じる魔力を、自分の魔法防御で防ぎきれるかと言うと全く自信がないのも事実。
嫌な予感しかしない。
対峙する少女がふと客席の方に視線を逸らした。
その視線につられて危うく自分まで客席を見てしまうところだった、危ない。
そんな隙を作るのは致命的だ。
少女は軽い笑みを浮かべ、やっと自分に向き直り……。
それは本当に一瞬のことだった。
瞬きをする間ぐらいの、その一瞬で少女は間合いを詰めると、手にした剣を振り下ろす。
この一撃……魔法防御で防ぎきれるだろうか、やはり難しい気がする。
なら避けるか? まあ無理だ。
それでも体はとっさに後ろに逃げようとしてくれているようだが。
せめて致命傷だけは避けたいな……。
こんな時だと言うのにひどく冷静でいられることに若干の驚きを感じていると、目の前に赤い髪を揺らした人物が割り込んできた。
同時に甲高い音が響き渡る。
魔剣士――紫髪の少女が後ろに引くとそれを追撃するかのように赤髪の人物が前に出る。
赤髪の人物もまた少女で、しかしその剣は特に魔力がこもっているようには感じない。
にも関わらず、その剣士の攻撃は魔剣士に負けず劣らずのもので、いや自分の目からすれば優勢にすら見えていた。
剣士と魔剣士の一進一退の攻防が繰り広げられる中、自分はと言うと、やはりと言うか尻餅をついたまま呆気に取られていた。
どのくらいの時間が経過したのか、剣士が突然、大きく後ろに飛ぶ。
それに合わせるかのように三人の魔法使いたちが魔剣士を取り囲み、そして魔法を発動させた。
結界か? 一体何が何だか……。
「大丈夫? 怪我は……なさそうね。 良かった良かった」
知らぬ間に近づいて来ていた赤髪の剣士は、軽い口調でそういうと何事もなかったかのように観客席へと戻っていった。
その後ろ姿を見送っていると、先ほどまで冷静であった自分の心が、ゆっくりと、ジワジワと感情と言う物を取り戻していく。
突然の事態に騒めく会場の音が遠くなっていくのを感じる。
もしあの剣士が来なければ、まず間違いなく自分は死んでいただろう。
心の中は恐怖と言う感情一色に染まり、今頃になって体が震え始めた。
まさか新人戦と言う生死とは無縁のはずのイベントでこれほど恐ろしい思いをするとは思いもよらなかった。
しかし、ここにいると言うことはあの剣士も魔法使いなのだろうか。
服装を見た限りではここの生徒ではないようだが。
自分が恐怖してしまった一撃を、あの剣士は恐れることもなく受け止め、対峙していた。
自分は聖王国の貴族だ。
長子ではないため家を継ぐことはないが、聖王国を担う者の一人。
それがこんな情けないことで良いのだろうか。
いまだに尻餅をついたまま動けなくなっているなど無様でしかない。
恐怖に埋め尽くされていたはずの心は、いつの間にか悔しさでいっぱいになっていた。
あの剣士の勇敢さ、そしてその剣からは決して負けるはずがないと言う信念を感じた。
これは、たぶん憧れと言う物だ。
勇者や英雄に憧れる心。
(自分は……いや、俺は強くなる。 あの剣士よりもさらに強くなって見せる!)
立ち上がった少年クレイストの顔には恐怖も、悔しさと言う感情も一切残ってはいなかった。