魔法競技会
魔法競技会当日の朝。
学長であり実は悪魔でもあるダリアスに呼ばれ、今は学長室にいる。
あとゲーリィードと言う男、それと見知らぬ女が一人。
「いや忙しいところ申し訳ないね。 重要なものを忘れていたことに今更に気付いたもので」
ダリアスはパタパタと手を振りながらまったく申し訳なく思っていなさそうな感じで謝っていた。
「それで、どのようなご用件でしょう?」
「ふむ、いやゲーリィード君はノール君とエルビー君を見ているから大丈夫かと思うが、他の者たちは二人の姿を知らないであろう? となれば、不審者と間違われて拘束されてしまう可能性がないとも言えない。 その対策としてこちらを用意していたのをすっかり失念していたのだよ」
そう言われて渡されたのはペンダントと言う物だ。
全体的なデザインは似たものだが武器の部分はすべて異なっており、剣の形、弓の形、槍の形、盾の形と4種類ある。
「えーと、そちらは確かマイン君だったかね? 副隊長の……」
「あっはい。 警備隊副隊長のマインです。 よろしくお願いします」
「ああよろしく。 前回の警備の時にはいなかったと記憶しているが、新人かね? いやそれで副隊長とはさぞ優秀なことなのだろう。 期待しているよ」
「はい!」
ダリアスの言葉にマインは顔を少し赤らめるも平静を保とうとしていたが、それでも嬉しさが勝ったようで口元が緩んでいる。
エルビーは剣のペンダントを、ノールは槍のペンダントを、ゲーリィードは盾、マインは弓と言う感じで渡された。
「まあ本当は同じ形の物が良かったのだが、急遽思いついたものだったのですべて別の形になってしまった。 だが似たデザインだし目印にはなるだろう? ゲーリィード君とマイン君には共に警備をする者たちに剣と槍の形をしたペンダントを持つ者は協力者だから間違えないように、と注意を促しておいて欲しいのだ。 構わないかな?」
「なるほど。 そういうことですか。 了解しました」
「まあ基本的に自由行動ではないし私の傍に居るわけだが四六時中共にいることも出来まい。 わずかな時間かも知れぬが、事情を知らぬ者に捕まって無用に離れている時間を伸ばしたくはないのでな」
剣のペンダントを渡されたエルビーはそれをにやにやと眺めている。
自分の持つ剣が聖剣だと知ってからはやたらと剣と言う物に執着するようになった感じだ。
「おい、マイン。 学長の話ちゃんと聞いているのか?」
「え、あっはい!? えっと……すみません」
気付けばマインと呼ばれた人間も嬉しそうに弓のペンダントを眺めていた。
「まったく。 お前の得意武器が弓だからと言ってそこまで嬉しいものか? ただのペンダントだぞ?」
「隊長には分からないんですよ。 乙女心ってものがね。 ほら、そっちの女の子も嬉しそうにしているじゃないですか」
「そんな乙女心知りたくもない。 学長、同じ形の物が良かったと言いましたけど、まさか狙って剣と弓のペンダントを与えたわけじゃないですよね?」
「ハハハッ! そんな器用な真似、私にはできんよ。 偶然偶然」
「ならいいですが、マイン、嬉しいのは分かったが任務中気を抜くなよ? 万が一失態を演じたらそのペンダントは没収だからな」
「え!? ヒドイ!」
「なら失敗しないように気を引き締めろ」
「わ、わかってますよ」
そんなやり取りの中、エルビーがこちらをちらりと見る。
そして何も言わずにそっとペンダントを胸元に仕舞いこんだ。
「さて、ノール君、エルビー君。 くれぐれも私から離れないようにしてくれたまえよ。 特にノール君、今回は君の力が鍵となる。 それを忘れないように」
「それでは、私たちは先に競技棟に向かっています。 部下たちとの最終確認もありますので。 学長も一緒に向かわれますか?」
「うむ。 可能な限り一緒にいる方が安全であろう。 邪魔でないなら共に向かうとしようか」
◇
シンと静まり返った校舎。
ノールたち5人の足音だけが響き渡る。
「ものすごく静かね。 ちょっとびっくりだわ」
「生徒や他の先生方はすでに競技棟に向かわれてますからね。 警備の者も班長など一部を除いてすでに配置についていますので」
「この競技会は生徒たちにとっても楽しみの一つだからね。 私も学生の時分は待ち遠しかったのを覚えているよ」
「はぁ……。 まあ隊長ならそうだったでしょうね。 私は逆でしたよ。 ああ、またボコボコにやられる季節が来たってビビってました」
「嫌なら出なければ良いじゃないか」
「あまり大きな声じゃ言えないですけど、なまじ力があると担任やクラスメートからの期待が半端ないんですよ。 特に私の時の担任は隣のクラスに対抗意識持っていたらしくてそれはもう勝つためには手段を選ばないような人でしたよ。 私戦いが好きで弓を使っているわけじゃないのに必ずエントリーさせられるんです。 それで実際いいところまでは行くんですよ、自慢じゃないですけど。 けどそこからが悪夢でしてね、特にお気に入りだった弓をへし折られたときは数日間寝込みましたよ、もう」
「あ、ああ、それは、その済まなかったな。 まさかそんなトラウマ抱えているとは思ってもみなかったんだ。 ほんと済まん」
「あ、いえ、もう大丈夫です。 過去のことですから」
「そうか、ならもう少し大丈夫そうな顔してくれるとありがたいんだがな」
競技棟に近づいたからか、少しずつ人間の声が聞こえてくる。
そしてその声は競技棟に着くころには湧き上がる歓声となっていた。
まだ競技会自体は始まっていないはずだが、どうやら集まっただけで生徒たちの気分は高まり続けているようだ。
ノールたちは競技棟にある一室に通された。
「うっは~隊長! 貴賓室とか私初めてですよ」
「マインはしゃぐな」
「いやだって、こんなところ滅多に入れないんですよ? ちょっとぐらいいいじゃないですかー」
喜ぶマインだったがゲーリィードに窘められて少しだけ静かになる。
こういった貴賓室はいくつかありそのうちの一つ、そこからはフィールド全体が見渡せる特別席なのだとマインが教えてくれた。
学長を始め魔法共生国の重要な役職についている者、そして国外の貴族などが観覧する場所らしい。
実際に周りを見渡すと席のほとんどが埋まっている。
他の貴賓室もおそらく似た状態なのだろう。
では、学生たちはどんな席で観覧しているかと言うと長椅子にぎっしりと詰め込まれた状態となっていた。
会場内に魔法で大きく拡張された声が響き渡る。
生徒による競技会開催を宣言するものらしい。
その声にも観客である生徒たちは湧き上がり熱を発していた。
貴賓室はもっとも上にあるためそんな観客席もほぼすべてが見渡せると言っていいだろう。
監視にはもってこいの場所と言える。
ちらりと見た限りでは悪魔の姿は確認できないと言うことを警備隊長のゲーリィードに伝えると、ゲーリィードは後ろに控えていた数名の部下たちに伝え、その部下たちは手にしていた磨かれた魔石をはめ込んだ道具に向かって同じことを言っていた。
聞けば以前教えてもらった魔法に連絡用魔符と言うものがあったが、これはそれをさらに進化させたアーティファクトなのだそうだ。
しかも片道だけの通話ではなく互いに話すことが出来る優れもの。
ただ連絡用魔符の代わりとはならず、その違いは効果範囲の狭さにあるらしくあまり距離があると会話出来ないのだそうだ。
さて、魔法競技会と言うものだがいったい何をするのだろうか。
そんな疑問をぶつけてみるとそれにマインが苦しそうな顔で答えてくれた。
「え? 魔法競技会ですか? そうですね、まずは最初に新人戦です。 新人戦は1年生のみの出場で、まあ優秀な生徒を見定めるイベントと言っていいでしょう。 その次がクラス対抗戦です。 対抗戦とは言いますけど常に戦うとは限りませんよ、戦闘クラスばかりではないですからね。 最後にランキング戦と言いまして学年もクラスも関係なく、この学園での最強を決める競技会でもっとも盛り上がるイベントです」
「へぇ、クラス対抗戦っていうのは何をするの? 戦うわけじゃないってどういう意味?」
「えっとですね……戦闘がメインのクラスはクラス対抗で戦うんですが、研究や開発をメインとするクラスの場合、不利じゃないですか。 なのでそういうクラスは有志がそれまでに培った成果を発表する場になるんです。 例えば珍しい魔法の実演など盛り上がる場合もありますが、クソつまらない発表をして観客から下級魔法による総攻撃を受ける場合もある危険な競技です。 冗談じゃなく本気で気を付けないとヤバいです」
「え……総攻撃ってどうしたらそうなるのよ」
「あ、でも1年生相手にはやりませんよ、もちろん。 みんな優しい心でその発表を最後まで聞きます。 1年生は魔法防御を習って間もないタイミングですからね。 練習を重ね魔法防御に慣れた2年生から総攻撃の洗礼が始まります。 下級魔法ですからちゃんと魔法防御していれば命の危険はありません」
「そのクラス対抗戦ってやるだけ損なんじゃないの? なんでやってるのよ」
「いえ、やっている当人たちは真面目に意義があると思ってやっているわけですから。 ただ周りから見てもそれがすごいことだとは限らないだけで。 戦闘に自信がある者ならいざ知らず、研究などがメインの者からすると見せ場はここしかないのです。 後ろを見ていただけると分かるかもしれませんが国外の貴族も来ています。 他の貴賓室にも来ていると思いますが、ああいう人たちに自分たちを売り込む場でもあるんですよ」
「けど頑張ったのに魔法で攻撃されるとかたまったものじゃないわね」
「ああ……いえ、ノリと勢いだけで総攻撃になるわけじゃないですよ、言っても魔法使い、ちゃんと評価した上でのものなので。 私が昔聞いたのは無駄な研究に執着せず別の研究を始めろと言う愛の鞭らしいですよ」
「自己満足の研究ならまず発表などせぬからな。 貴族相手に売り込むための発表なのに誰も望まない研究となるのは時間の無駄であろう? 学長としてやりすぎではないかと思うこともあったが、彼らには心の整理を付けると言う点で意外と良い刺激になっているようだぞ」
「赤の他人と見て見ぬ振りをするより、家族のように相手のためと信じて思ったことは言う、と先輩方はおっしゃっていましたね。 あ、そろそろ新人戦始まりますよ、ほら」
マインの言葉にノールは競技棟の中心に目を向けた。




