地下に潜む悪意
魔法共生国のある一室には男がいた。
室内には他に誰もおらず、その男は何やら書類らしきものに目を通している最中だ。
そんな男にどこから入って来たのか分からない女が声をかける。
「首尾のほどはどう?」
男は突然現れた女に驚くこともなく、さも当然のことのように返事を返す。
「ん? アシリアか。 どうもこうもないさ。 結局有用な情報は手に入っていない。 そっちこそどうなんだ?」
「こっちも似たようなところよ。 本当に競技棟の地下にあるのかしら?」
「そんなこと俺に聞かれてもな。 儀式のことを考えれば地下にあると考えるのが妥当だと、そういう結論に至ったと聞いているが?」
「そうね、進言したのは私だもの。 これはただの愚痴よ。 進言してみたものの一向に見つかる気配がないのだもの、愚痴のひとつも言いたくなるわ」
「ふんっ、それは誰に対する愚痴なのかな。 我々も長らく探しているがまったく見つからぬ。 フレスベリアが結界によって守られているのは分かった。 おそらくそれを感知できるのは儀式の最中、つまり競技会が開催されている期間だけだろう。 今は、ありそうな場所に目星を付けるだけで我慢するしかないのではないか」
「そうだけど……。 その目星すらなかなかつけられていないのよ。 地下の間取り調べ上げて隙なく調査したはずなのに出入りできない区画も見つけられなかったわ。 あれでどうやったら隠せるっていうのよ」
女の言葉に男は少しの違和感を覚えた。
「隠す?……隠す……、そうか……我々は勘違いしていたかも知れぬな」
「え? 何よ急に」
「フレスベリアを守る結界のことだ。 強力な結界により我々悪魔は近づくことすらままならない。 そういう結界だと思っていたが違うかもしれぬ」
「違う? どういうこと?」
「フレスベリアは距離に関係なく発動すると聞いている。 だが我々は物理的な距離でしか考えていなかっただろう。 例えばフレスベリアを異空間に隠す結界だったらどうだ? それなら現時点でいくら探しても見つかるはずがないし、隠し場所が地下だと言う決定的な証言が得られないのも当然と言う物だ、実際地下にすらないのだからな」
「ああ……。 そうね。 その可能性を失念していたわ。 言われてみれば、って感じかしら。 結果を多重に張るならば効果の異なる物と言う前提を忘れていた。 それに異空間に隠しているならその結界を見張る者を見つけられないのも当然と言うものよね。 ああ悔しい……」
男の言葉に女はひどく悔しそうに頭を抱えた。
「フッ、お前がそんな顔を見せるのは珍しいな」
「だって本気で悔しいのよ。 たかだか人間ごときに出し抜かれてるのだからね」
「いや、まだこれからだよ。 競技会開催前にその可能性に至ることが出来たのだ。 重畳と言うものだろう」
「あなたって本当に楽天家ね。 まあいいわ。 けど異空間にあるとして儀式中はどこに出現するのかしら?」
「競技中は魔力の影響を外に及ぼさないと言う建前で競技棟全体に結界が張られるのだ。 実際のところは吸収するための魔力を逃がさないための結界だろう。 つまりその結界の中にフレスベリアが現れるのは間違いないはずだ」
「魔力の流れを読んでフレスベリアの在処を探し出せないかしら?」
「それは無理だろうな。 長年見つけることが出来ずにいるのだぞ。 開催期間中は多様な魔力で溢れかえるためどうしても見つけることが出来ない」
「けど人間にこれほどの仕掛けを用意するだけの知恵があるのかしら? 疑問だわ」
「どうかな。 当時の人間たちと言う話だったが、勇者やその取り巻きの英雄たちが関わっていた可能性は十分ある。 いや、勇者たちが所有していたフレスベリアを使っているのだから間違いなく関わってはいただろう。 そして英雄の一人に魔法に長けた者がいたと記憶している」
「そいつがこの仕組みを作ったと?」
「可能性はあるだろう。 直接携わっておらずとも助言の一つぐらいはしているはずだ」
「人間ごときとは思うけど、相手が英雄クラスとなるとちょっと分が悪いわね……」
「だがそれも今は昔のことだ。 この時代に英雄はいない。 無論、勇者もな。 そして鬱陶しいトカゲ共もいない。 あの方が世界を掌握するにはまたとない機会なのだ」
「ええ、その通りね。 でもフレスベリアがここにあることが分かったのは本当に運が良かったわね」
「全くだ。 あの方が封印された洞窟近くで人間ごときに配下が滅ぼされたのには驚いたが、それと同時に魔力の揺らぎからフレスベリアがここにあることが分かったのだ」
「その魔力の揺らぎと言うのがまた起こればフレスベリアの位置を特定することもできるのかしら?」
「ふ~む。 そうだな、おそらく可能だろう。 だがあの魔力の揺らぎはどのようにして起きたのか分からぬ。 莫大な力の放出と言うわけでもないようだ。 おそらく力の性質に起因したのだろうと考えているのだが……。 つくづく、悔やまれるべきはその配下を滅ぼした人間を特定出来なかったことだな」
「調査に向かわせた時にはなんの痕跡もなかったのでしょ?」
「そうだ。 あの場所で戦闘があり配下が滅ぼされたのは間違いない。 だが戦闘の痕跡がまるで無かった。 まあおそらく配下を滅ぼした人間が消していったのだろうさ」
「ねえ、そいつが今回も関わってくる可能性はないかしら? 今回の計画の妨げにならないか少し心配だわ」
「ハハハッ! 妨げになどなるものか。 我が配下とは言え所詮はグレーターデーモンだぞ? その程度を滅ぼしたぐらいで障害になりはしない」
「そう……ね。 私も早くあの方にお会いしたいわ。 あなたは何度かお姿を拝されたのでしょう? 羨ましいわ」
「ああ、それはとてもお美しい方だった。 この世界は女神などさっさと堕としてあの方を神とするべきなのだ。 そう、今が好機。 これを逃すことなど出来ようもない」
「しかし、そうなるとフレスベリアが出現するまですることがなくなってしまったわね。 無いものは探しようがないもの。 あと数日だけど、どうしようかしら?」
「さっきも言ったが結界の中に出現するのは間違いない。 それに形あるものが出現するのだからそのための空間が必要になる。 ただし見張りが不要と言うのは、言い換えるならば人目に付かない場所に出現すると言えるわけだ。 そういう場所がないか探すしかあるまい?」
「簡単に言ってくれるわね。 それって極端な話、会場を支える柱の一つがダミーでその中に出現する可能性だってあるってことでしょ? さすがにそんなの探しきれないわよ? それとも、一本一本柱を壊して回る?」
冗談交じりに言う女に、男は不敵な笑みを浮かべ答えた。
「それは……逆にありかもしれないな……」
「え? ちょっと冗談で言っただけよ。 さすがに壊して回るのは……」
「いや、よく考えてもみろ。 競技棟にあるのは間違いないのだ。 なら競技棟をすべて破壊し瓦礫に変えれば必然的にフレスベリアはその姿を現すことになるだろう。 それに、配下を滅ぼした人間のこともある」
「え? さっき障害にはならないって言ったじゃない。 何か問題になりそうなの?」
「そう、それこそ逆なのだよ。 グレーターデーモンごときが相手でもその戦いで揺らぎが生じたのだぞ? もしここでその人間と戦うことになれば、おそらくまた揺らぎが生じる可能性は十分に考えられるだろう。 そうなれば今度こそその位置を特定できるはずだ」
「そんなうまく行くかしら?」
「まずはその人間が出てきてくれるように揺さぶりをかける。 出てくるならそれで良し。 出て来なければそのまま会場を破壊していくだけだ」
「力技ね。 ねえ、その人間の手がかりとかは無かったの?」
「4人組の冒険者が結界の確認と言う依頼を請け負っていた。 タイミングとしては一致している」
「ちょっと何よ、そんなのそいつらがやったようなものじゃないのよ」
「いや、調べた限りではEランクになりたての冒険者だぞ? 軽い討伐任務でも怪我をすることもあったと聞いている。 そんな人間にグレーターデーモンを滅ぼすなんて真似は出来ないだろう」
「そうかも知れないけど……。 やっぱり怪しいと思うわ。 例えばだけど4人以外に別の人間もいたとか、そういう話はないの?」
「本人たちの話では特に戦闘は無く無事終了したと言う報告だったらしいが……。 他の人間もいた? ならなぜ報告で嘘をついた? 口止めされていた? いや、そうか、戦闘の痕跡を消すぐらいなのだ、当然報告もしていないと考えるのが普通だったか。 でも、なぜそんな回りくどいことを……もしや……」
「はぁ……。 ねぇちょっと、いい加減自分の世界に入り込むのやめてもらえるかしら?」
「フハハハハハ……。 いや、すまないすまない。 漠然とした違和感はあったのだ。 だがそうか、そういうことか……」
「もう、なによ。 ちゃんと分かるように話してほしいわ」
「あの二人組の冒険者だよ。 今思えばなぜ気付かなかったのかと思えるぐらいにおかしいことだらけじゃないか。 魔法を習いたいと突然やって来て入学するわけでもなく学長の手伝いをすると決まった。 魔法を習う? ハッ、それこそ体のいい口実だったわけだ。 おそらくあの二人組は学長が秘密裏に依頼した冒険者なのだろう。 そう考えればすべての点と点が結びつく」
「でもあの二人って子供じゃないの。 そんな子供にグレーターデーモンが負けたと言うの? そっちの方があり得ないわ」
「ふむ……。 だがあの少年は悪魔を見破れると言う報告がある。 もしそうならグレーターデーモンが油断しているところへ先手を打った可能性もあるな。 それにあの娘からはただならぬ力を感じる」
「まあ、あなたがそう言うなら異論はないわ。 それで? 競技中あの二人にちょっかいをかけるってことで良いのかしら?」
「ああ、そういうことだ。 もしそれでフレスベリアの居場所が分かればそれでいい。 分からないようなら……」
「競技棟をすべて破壊する、ね。 結局最後は力技なのね」
「しょうがないさ。 それに正直言うと見つからないストレスでおかしくなりそうだ。 ここでいい加減ストレスを発散させてもらっても罰は当たるまい?」
「悪魔に当たる罰なんてあるのかしら?」
男は邪悪な笑みを浮かべる。
女は知っていた、この男の正体がひどく残虐であると言うことを。
だからこそ、もう我慢の限界なのだろうと。
今年の競技会は大変に荒れるだろう、そして大変楽しい時間になるだろう。
一体どれだけの人間を殺すことになるのだろうか。
そう思う女もまた、楽しみで仕方がないと表情が緩むのをぐっと我慢していた。




