魔法訓練と学園生活
「ぎゃあああああ! うそ!? うそでしょ? どうしてこんなっ! ありえないわ!」
悲鳴を上げたエルビーはその手に残る刀身が砕け使い物にならなくなった、それまで短剣だったものを見つめる。
「もうこれで3本壊れたわ。 ヤバい……」
学園の敷地内の一角にある競技棟。
ノールとエルビーはその広い建物の中で魔法の練習をしていた。
「――――火球」
炎の塊が着弾と同時に弾ける。
「――――石礫魔弾」
魔法の言葉と共に人間の拳ほどの大きさの土塊が飛ぶ。
「ふむ。 少年は十分使いこなしているようだな。 問題ないだろう」
教えた魔法を次々と唱えていくノールを見てダリアスは頷く。
そして今だ手を見つめたままのエルビーへと振り向き呟いた。
「それに比べてあっちはどうしたものか」
人間の使う魔法は思っていたより簡単だった。
詠唱して発動のきっかけとしてほんの少しの魔力を乗せる。
すると必要な魔力が体から勝手に抜かれていき魔法が発動する。
おそらくこの勝手に抜かれる魔力が基礎魔法量と言うものなのだろう。
さらに魔力を注ぐことで威力を上げることが出来るらしいが、それが反応魔法量というわけだ。
体内にある魔力の量から考えるとすぐに尽きてしまうと言うこともないが、ダリアスの言葉を信じるなら乱用は禁止である。
魔力不足で生命力を吸われて死んでしまっては困るし。
神が死んだらどうなるんだろうとは思うけど、今試そうとも思えない。
ノールはそれからも反応魔法量を調整してみたりと練習を続けていた。
「やった! 炎が出たわ!」
喜ぶエルビーの足元には5本の短剣だったものが転がっている。
「よし、もう一回」
そういうとエルビーは短剣の柄を握り両目を閉じ息を吐き出す。
どうやら集中しているようだ。
それからしばらく様子を見ていたが、ただ唸っているだけにしか見えないがどうしたのだろうか。
ふと競技棟の入り口から人間の気配がした。
こちらに向かってきているようだ。
「学長先生。 お忙しいところ申し訳ありません。 昨日の件でお話ししたいことがございまして」
髪を後ろでひとつにまとめた女性がダリアスに声をかける。
「ええ。 大丈夫ですよ、今伺います。 君たちはこのまま練習を続けるように」
ダリアスの言葉にノールはコクリと頷く。
その声が聞こえていないのかエルビーはいまだ唸り声をあげていた。
そうやってしばらくは短剣と見つめていたエルビーも、さすがに諦めたのか握る両手を解き力なく項垂れる。
「うわぁぁぁ~……。 全然ダメだ……」
「エルビー、さっきから何やってたの?」
「何って……魔力込めてたに決まっているじゃないの。 この調整が難しくって難しくって」
「ふーん。 でも魔力全然流れてなかったけど」
「え?…… うそ……」
エルビーはあれでも魔力を流せていたつもりらしい。
「まったく流れてなかった」
「壊れないように抑えて流していたつもりだったんだけど。 加減が全然わからないわ」
「エルビーは魔法が使いたいの?」
「は? 何言っているのよ。 そうだって言ってるじゃない」
「いや、そうじゃなくて。 エルビーは剣で戦うから僕みたいに攻撃の魔法じゃなくて付与魔法とか使えればそれでいいんじゃないかなって思ってたんだけど」
「まあ、そうね。 けどやっぱり魔力の調整は必要でしょ? 流し込みすぎると剣が砕けちゃうんでしょ?」
「普通の剣ならそうだけど、エルビーの持っている剣は壊れない。 エルビーに必要なのはちょっとずつ剣に魔力を込めることじゃなくて、剣に込めた魔力をちょっとずつ引き出す方法なんじゃないかと思う」
「ハッ! そうだった。 けどそれって違いあるの? どっちにしても小さい魔力を動かすことは同じじゃない?」
「魔力を制御しなきゃいけないのは同じ。 でも体内にある沢山の魔力から少しだけ取り出すのと剣に流した魔力を少しだけ放つのとでは制御のしやすさが違う……と思う」
「そ、そうなの?」
大きな樽から小さなコップに水を注ぐのは意外と難しい。
注ぎ口が広いと少し傾けるだけでたくさん水が出てしまうからだ。
溢れないように注意して傾けても流れ出ようと勢いを得た水は小さなコップに収まることなく零れていく。
これはエルビーの場合というよりドラゴンと言う種族的なことかも知れないけど人間基準の魔法を使う上で不利なことだろう。
しかしそんな大きな樽からでも少し小さめの桶ならば溢さずに受け止めることが出来る。
後はその桶からコップに注ぐだけである。
エルビーが持つ聖剣は壊れないし容量も大きいが、注ぎ口はドラゴンほど大きくないため調整しやすいはず。
「そうか、以前ワイバーンを倒した時のことよね? 剣に込めた魔力を一回で全部使わずに何回かに分けるって言ってたわよね。 うまく行くかしら?」
「練習すれば大丈夫だと思う」
「なるほど! それ、やってみるわ!」
属性付与・炎
中級魔法でありノールが練習していた下級魔法と一緒にダリアスから教えてもらった魔法の一つだ。
付与魔法、特に火・水・土・風と言った属性の付与魔法は同等威力の攻撃系魔法より上位にあるのが普通らしい。
それは制御の難しさだけでなく武器に効果を定着させるのに余分な魔力を消費するからなのだとか。
一時的な付与だけでなく、長期的な付与も可能だけどその場合はさらに難しく必要となる魔力も多くなる。
人間によってはデメリットにしかならないはずだけど、魔力量の制御が難しい今のエルビーにとっては逆に好都合とも言えるのではないだろうか。
ちょっと多めに漏れても威力以外の面でも魔力が消費されるからだ。
エルビーにはまず可能な限り最小威力で付与する練習をしてもらう。
もしその剣に込められた魔力が大きすぎたなら試さず霧散させればいいし、大丈夫そうなら魔力解放させることで練習になるだろう。
この競技棟は選手たちが戦うフィールドとそれを観戦するための席との間にあまり強力とは言えない結界が張ってある。
それを破壊しない程度の威力までなら大丈夫だ、たぶん……。
ここで魔法を使って戦う予定なのにこんな結界で大丈夫なのかとも思うけど、人間の、しかも学生のレベルならこれでも十分なのだとダリアスは言っていた。
さて、そんなダリアスだが話が終わったのかこちらに戻ってくる。
「二人とも、練習のほどはどうかね? 娘はさっきの練習と変わっているようだが……まあそれはいい。 少し話があるんだが構わんかね」
「何よ。 いい感じで練習出来ていたのに。 ねえ見た? わたしの炎の魔法! どかーんって。 うまくできるようになったわよ!」
「ああ、申し分のない威力であるな。 後はもう少し威力を落とし、ついでに競技棟の土を抉らないようにしてくれれば言うことは無いところだ。 まあそれもいい、可能性としては考えていた。 それよりお前たちに頼みたいことがあるのだ」
「頼みたいこと?」
「そうだ、昨日言った雑用と言うやつだ」
「ふーん、まあいいけど」
「これから1年の生徒たちが魔法薬の材料の買い出しのためクルクッカに出かけるらしい。 本来なら出入りする行商に頼むところだがそれでは時間がかかってしまう、と生徒から外出の許可申請があったそうなのだよ。 近いとは言っても往復で数日はかかるし、この前盗賊も出たと聞く。 何かあってからでは遅いだろう。 だからその護衛を頼みたいのだ」
「いいわよ、わたしは」
「僕も構わない」
「そうか。 それではよろしく頼む」
と言うわけで突然の護衛任務。
競技棟を出ると先ほどダリアスと話をしていた女性が待っていた。
「では、あとのことは頼みますよ、シフィリア先生」
「はい、お任せください」
シフィリアと呼ばれた女性は今回引率を担当することとなった新人の教師。
盗賊とは言っていたけど、おそらく悪魔関連の襲撃も警戒してのことだろう。
魔法共生国の中に入り込んでいる悪魔が今更ここで襲ってくることはない。
しかし、これから中に入ろうとしている悪魔にとってはこの上なく絶好のチャンスと言える。
狙われる可能性は十分にある。
そして魔法競技会まであと数日……。




