エルビーの剣
人間の使う魔法を学ぶ、そのためにやって来た魔法共生国。
ノールたちは今その国にある魔法学園にいる。
ただ残念なことに入学と言う願いを叶えることはできなかった。
とは言っても真の目的は無詠唱だと面倒があるので人間が使う詠唱魔法を覚えようと言う話、それについては学長と呼ばれていた悪魔のダリアスが教えてくれるとのことだ。
それでもまだエルビーは若干不満そうにしていたが、もしかして人間たちに交じって勉強でもしたかったのだろうか……。
「ところで、娘。 先ほどから気にはなっていたのだが、お前が所持しているその剣……」
「剣? ああこれ? 魔法の剣だって。 前にグリムハイドで買ったのよ。 お買い得価格で。 いい剣よ」
「見せてもらっても?」
「ええ、いいわよ」
エルビーはそういうと剣を抜きダリアスに渡す。
ダリアスはその剣をまじまじと眺めていた。
それはそこらで売られている駆け出し冒険者が購入するような量産品の安い剣とそっくりな物。
エルビーの身長からすると大きく感じてしまうが新米戦士が使うにはちょうど良いサイズ。
ただ一つ、刀身に文字らしきものが刻まれていることを除けば。
それがなければあの店主も他の剣に紛れて気付くこともなかっただろう。
「はあ、やはりそうか……しかし、本当に何たる巡り合わせと言うべきなのだろうか……」
「何? その剣がどうかしたの?」
ダリアスは剣をエルビーに返すと話を始めた。
「それは聖剣クラウソラス。 遥か昔、勇者が女神より授かったとする光の剣。 しかし最強の一角を占める剣が他の鈍らと同価値とは……。 奴らが知ったらどんな顔をするだろうな。 まあどうせただの人間には使いこなせぬ剣か。 お前の手に渡ったこと、その剣にとってはむしろ良かったのかもしれぬな」
そしてダリアスは心の中で付け加える。
(2000年前のドラゴンの討伐、その時に使われた剣でもある。 そんな剣をドラゴンの娘が持つことになるとはな……)
もしかしたらドラゴンの血を大量に浴びた剣が、同じくドラゴンのエルビーを引き寄せたのかもしれない。
それは死んだ者の恨みや無念、その剣を使って人間たちを殺せと言うドラゴンの呪いなのだろうか。
荒唐無稽に思えてもあり得ない話ではないだろうとダリアスは考える。
世界に生きる者にとって人間の負の感情は魔王を生み出しかねない厄介なものではあるが純粋な強さではドラゴンのそれに劣るのだ。
世界で最強と謳われるドラゴン。
肉体的強度もさることながら、魔法の素質もまた強者の一角であり、ダリアスら悪魔と肩を並べるまでにある。
それはつまり強靭な精神力とも言え、その無念、負の感情は計り知れないものとなるだろう。
事実、先日グリムハイドのほうでドラゴンの魂が人間の魂を食らい魔王となりかけたことがあったのだ。
もっとも、その出来損ないの魔王は何者かによって滅ぼされたわけだが。
ふとダリアスの脳裏にやはり荒唐無稽な考えが浮かぶ。
その聖剣を持った娘がその出来損ないを滅ぼしたのではなかろうか。
ダリアスの顔に思わず笑みが漏れる。
(面白い。 今この世界では何が起きているのだ? 勇者はおらぬのに勇者の代わりとなるような存在がここにいる。 もしや勇者を生み出せないほどに世界は疲弊している? それとも、まさかとは思うが女神は何か企んででもいるのか?)
ノールたちの偶然の行動によるリスティアーナへの風評被害は留まることを知らない。
エルビーは聖剣クラウソラスをまじまじと眺め、その聖剣と言う響きに笑みと共に言葉が漏れる。
「聖……剣……かっこいい……」
あの日、ノールは気付いていた。
それがただの剣ではないことに。
女神リスティアーナの力を放つ剣。
他に売られていた剣はちょっとのことで折れそうだったし、そのたびに剣を買っていてはお金が無くなってしまう。
神の力を持つ剣ならばドラゴンが多少乱暴な扱いをしても折れないだろうと、そんな理由で勧めたのだけど……。
あと安かったし……。
たった一本の剣だが、剣に対するそれぞれの想いは三者三葉なのだった。
ダリアスはノールとエルビーを連れ、学園の廊下を歩く。
「さて、二人とも。 ここまで来た理由は、君たちに見せたいものがあるからだ。 ネリア君とは知り合いなのだろう? そのネリア君の実技訓練がそろそろ始まる時間でな。 ネリア君は首席であり魔法においても……まあ優秀な成績を収めている。 人間の子で優秀だと周りから言われる者の実力を見ておくと良い。 今後君たちが魔法を使う上でいろいろ参考にはなるだろう」
若干の間が気になりつつも案内されたのは修練所。
と言っても特別な設備もなく、ただ建物から外に出たちょっと広めの場所と言う程度だ。
少し高めの壁に囲まれており、その壁にはところどころに焼け跡のようなものが見える。
壁の手前には標的が置かれ生徒が数名並び攻撃性の魔法などを放ったりしている。
壁には何の魔法効果も付与されていないので、威力を間違えては大惨事となりかねない気もするけど。
「――石礫魔散弾!!」
生徒の一人が魔法を唱える。
複数の石の飛礫が標的に当たり破壊する。
それから何人かの魔法を見た後、次はネリアの番のようだ。
「――火球!!」
火球は標的ではなく後ろの壁に当たり爆発した。
威力は十二分と言えるが。
その後も数人の生徒が様々な魔法を放つ。
その中には先ほど文句をつけてきたレイマルクやアベルもいた。
使う魔法は生徒によって違うが威力だけを見れば、いずれの生徒もネリア以上の者はいなかった。
「どうかね、あれが人間で優秀と言われる少女の威力だ。 まあドラゴンから見れば虫がぶつかった程度の威力であろう」
次にネリアが使ったのは氷結魔弾と言う魔法。
この魔法は氷の礫を相手にぶつけダメージを与える。
しかしここでもネリアは標的に命中させることはできなかった。
この氷結魔弾と言う魔法も火球に次いで初級の魔法らしい。
それからもしばらく見学を続けていた。
「命中精度に関しては残念なところだが、威力だけ見ればかなり上位に入る。 無論世界を見ればもっと上はいるがな。 君たちと同年代と言うことを考えれば参考にはなるはずだ。 それと――――」
何やら言いかけ、しかしため息の後に続けたのはおそらく言いかけたのとは別の言葉だろう。
「はあ、また面倒くさい男が来てしまったな……。さて……どうするかな……」
隣に立っている自分たちに聞こえるかどうかと言う小声で話すダリアス。
「これはこれはダリアス学長。 そちらのお二人はご見学ですか? 聞けばあの首席の御友人だとか。 それだけでなくまさか学長自ら学園を案内なされているとは驚きですなーさぞかし優秀な方々なのでしょう。 おっと、そうだ。 もし宜しければその腕前を披露されてはいかがですかな。 きっと他の生徒たちの刺激にもなりましょう。 どうですかな?」
ダリアスが面倒くさいと言った男が早口で捲し立てる。
しかし腕前の披露などと言われても……。
「いえいえ。 ファズリー先生のご期待に応えられず申し訳ないですが、この二人は初心者でしてな。 詠唱の言葉も知らないぐらいなのです。 腕前の披露などとてもとても……」
「またまたそのようなご謙遜を。 ですがどうです? 初心者と言うならこういった場所で魔法に触れていただくのもよろしいのではないでしょうか。 それにご存じでしょうが初級魔法なら詠唱を覚えるだけ。 優秀な学徒であれば何も難しいことはありません。 まあ、そんな初級魔法ですら、威力だけでまともに標的に当てられない生徒もおりますがね。 ヒェッヒェッヒェッ」
その言葉に先ほどのネリアの姿が思い浮かぶ。
その矢先、エルビーが満面の笑みで先に仕掛けた。
「いいわ。 やってあげる。 けど、わたし本当に初めてだからどうなるかわからないわよ? だからわたしたちにやらせたのはあなただってことは覚えておいて欲しいの。 例えばわたしの魔法が失敗して厭味ったらしい男が丸焦げになっても、それはわたしのせいじゃなくてあなたの責任ってことね。 そっちの人……えーと学長……は止めたわよ? 望んだのはあなた。 どうする? それでもわたしたちの魔法見たい? あと、万が一死んでも恨まないでね」
相手を指さしわざとらしく大きな身振りで話をしている。
しかしエルビーはそういうけど……今のエルビーでは狙って丸焦げにすることはできないのではないだろうか、不発か消滅の二択な気もする。
いや、その男を標的に見据えて唱えればエルビーでも大丈夫なのかな。
「は……ははは……。お……面白いことを言う娘さんですな。 まあご本人がそこまで言うのでしたら――」
「そう! 見たいのね! じゃあ覚悟して―――」
「違うっ! 違います! なんで私に手を向けて詠唱しようとしてるんですか?!」
「え? だって魔法ってこうやって使うんでしょ?」
「いや! 標的はあっち! 私に向けて放って当てたんならそれ失敗じゃないでしょうがッ!!」
「失敗より成功を見せてあげたいじゃない?」
「いいです! もういいです。 なんなんだいったいこの娘は……」
男はそう言い残して去っていった。
去り際もまだ何かぶつぶつ言っているようだけど。
「お前なかなか良い性格しているな。 久しぶりに面白いものが見られた」
「だって、あれってネリアのことでしょ? よく分からないけどイラっとしたわ。 わたしとしては燃やしてやりたかったのだけどね」
「ふむ、そうか……」
ダリアスはそんな呟きを残すと、あとは考えに耽るのであった。




