ケルケ遺跡2
「君たちの相手は…僕」
サティナとメイフィの前に立ち塞がったノールは宣言する。
「え? ちょっとノール? 何してんの? どういうこと? ノールまでおかしくなっちゃった? ま……まさか真の黒幕は……!!」
「エルビー、少し黙ってなさい」
「はい……」
エルビーはヴィアスに怒られてた。
『人間が何の用? 邪魔だよ……人間は要らない…………エルフだけの世界……永遠の……世界…………』
「お……おい、ノール! そこをどいてくれ。 これは、これは私たちエルフの問題なんだ。 私たちで肩を付けなきゃいけないだ」
サティナの言葉は正しくない。
なぜならこれは、エルフの問題だけではないからだ。
「ねえ。いつまでそうやって物陰に隠れているつもりなの? 僕は……君たちのことを理解できない。 君は、どうしたいの?」
テフィラムと呼ばれたそれは、不気味な笑みを浮かべる。
『ケ…ケケ…ケケケケケケケケケ…………オマエナニモノ?ナゼ、オレサマキヅイタ』
「悪魔とは何度か会ったし戦った」
『ケケケ。 シモベ、ヤッタノ、オマエタチ? ケドオマエ、オレサマ、タオセナイ。 ムゲンノチカラ、オレサマノ、モノ。 ケケケ』
「悪魔だって!? いったいどうなってるんだ。 あの悪魔が奴を操っていたのか? いやしかし、悪いがノール。 悪魔絡みだろうと、やっぱりこれは私たちエルフの戦いだ! 戦わず指を咥えて見ているなんて真似はできない!」
叫ぶサティナの言葉に頷き、メイフィは火の精霊を呼び出す。
サティナは剣で切りつけ、エルビーたちドラゴンの3人もまた加勢する。
だが無限の力を得て、そのダメージはすべて回復されてしまっているようだ。
「むう。思ったよりも厄介じゃのう。 魔法に対する耐性も高く、その上、傷もすぐさま癒されてしまうわい……。 エルフのいる場所が核やも知れぬと思ったが、樹のどこからでも姿を現せるようじゃの……。 ということは……。 これは、参ったのう……」
「え?長老、それってどういう……」
「もしかするならば、彼奴を倒すにはこの樹を完全にすべて滅ぼさねばなるぬかも知れぬ……」
「そんなっ! こんな大きな樹を全部なんて無理ですよ!」
「クソ、なんだこの悪魔は……。 もっと火力上げられないのか? いっそエルビーたちの大火力で焼き払ったらどうだ?」
「こんなところで火力上げたらこっちが丸焼きですよ。 それに焼き払うなんて真似は、最悪森全体が火事になってしまいます」
「うげっ…… 原因がこいつで、森にとどめ刺したのが私たちとか絶対に嫌だぞ!」
「氷とか水とか毒とかなんでもいい、効く魔法はないのか!?」
『ケケケ。ヨワイ。オマエタチ』
「あー、腹立つあのしゃべり方! ものすごく馬鹿っぽいのに、なんでこんな強いのよ!」
「大悪魔とおっしゃるので、私もてっきりこう流暢に言葉を話す知能高そうな悪魔を想像してましたよ」
「ほっほっほっ。 彼奴のように知能より力に全振りするような悪魔もおるからのう。 十分に気を付けるのじゃぞ」
「もっと早くにお願いします!」
「忠告遅いです!」
悪魔を倒す方法……。
魔王のなりそこないを倒した時のようにあの悪魔一点に力を集中させたら?…………
たぶん、森が消し飛んでしまう。
それにそれでもあの悪魔を確実に倒せるとも限らない。
樹の一部でも仕留めそこなえば逃げられる可能性が高いのだ。
龍脈の力はそれほどにも厄介。
龍脈の力……。
「ねえ。試してみたいことが出来た。 みんな、一時的にあっちへ引いて……」
「え? 何? どういう……」
「エルビーよ。はよ引くのじゃ」
「何か手があるのか! なら、任せるぞ!」
どれほど効果が出るかわからない。
ただ、あの悪魔や囚われたエルフ、そして大樹のことを考えるとうまくいくような気がする。
ノールは魔法を発動させる。
それは水の魔法。
「ん? 何も起きないわよ? もしかして失敗しちゃった?」
「エルビー煽るな」
「え? だって、いつもならどかぁ~んってすぐ爆発したりするわよ?」
「しっ! 何か聞こえます……」
「音? ……あ……水の流れる音がする……」
自分たちがやって来た通路から水の音がする。
その音は徐々に大きくなり……。
「えーと。 この音……結構ヤバくない?」
「もうちょっと高い場所に避難しましょう」
『ニンゲン、マヌケ。 オレサマ、ミズ、コワクナイ、キカナイ。 ケケケ、ケケケ』
通路から流れ出てくる水。
それは、青白く光り辺りを照らし始める……。
「……って、ちょっと! ノール!? あの水ってまさかっ?!」
そう、それは途中にあった魔力溜まり。
水じゃないけど水のように揺蕩っていたので水の魔法で動かせるのではないかと思った。
多少の工夫は必要だったがうまくいったようだ。
「いや、しかしこれではあの悪魔に魔力を供給することになってしまい逆効果なのでは?」
「供給するのは悪魔にじゃない。あの大樹に」
「は? 大樹に? 供給?」
悪魔とエルフと大樹の関係。
あの悪魔はエルフに憑りつき、エルフは樹と融合している。
悪魔が憑りついたのが先か、エルフが樹と融合したのが先か、それはわからないけど、今は悪魔が主導権を握っているのだ。
なので大樹に力を与え、大樹に主導権を持たせればいい。
「あの悪魔は龍脈から力の供給を受けている。 けどあの悪魔ではあの大量の魔力溜まりをすぐに吸収しきれないはず。 その隙に、かなり強引にだけど……大樹に魔力を吸収させる。 そうなるように、魔法を展開した」
そう、魔法を展開した。
明確な意思を以って、世界に魔法として命令した。
その結果実際に魔力溜まりが動き出しているということはこの魔法は発動し、そして成功するということでもある。
世界にも出来ないことならば、最初から発動なんてしないのだから。
『グケケケ…グゲゲゲ……』
水のような魔力は樹の根などにまとわりつき、そして消えていく。
それだけ樹が魔力の水を吸収しているということだろう。
すると……。
遺跡が揺れた。
樹が成長している。
魔力の水は隙間に入り込み樹の様々なところから吸収されていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ノール…… これ…… ちょっとヤバいかもー」
若干エルビーの声も揺れていた。
尋常ではない速度で成長していく樹。
その樹に悪魔が飲み込まれていくのが分かる。
その大樹は逃げようとする悪魔を絡め取り、そして内側へと引きずり込む。
強大な魔力を帯びた大樹に悪魔は抗うこともできず……そして消えていった。
「ノールよ、一旦逃げたほうがよさそうじゃぞ」
「わかった」
ノールはみんなが避難している場所まで転移すると同時にゲートを開く。
「ひっ……ひぃぃぃー……」
頭を手で覆い叫びながらゲートに飛び込むサティナとそれについてくメイフィ。
他の4人は普段通りにゲートをくぐる。
ゲートを開いた先。
それはサティナたちの集落、エルマイノスだ。
「うわっ……ここエルマイノスじゃないか。 あれほど長い道のりが、ほんと一瞬で……」
「あの、ノールさん。 あの悪魔は? それと、あのエルフ……」
「大樹に飲まれて消えた。 たぶん、あの悪魔に脱出する術はないと思う。 エルフも同じ」
「そう……ですか……はぁ……よかったぁ…………」
「あれ? もしかしてこれって…… エルフの森の危機、解決しちゃった?」
メイフィが安堵のため息をつき、サティナは嬉しそうに言う。
「どうかの。 ついさっきのことじゃからのう。 数日は様子を見るべきじゃろう」
ヴァルアヴィアルスの言い分は正しいと判断し、ノール含め4人は数日の間、集落に滞在することにしたのだった。
滞在する間、その言葉通りに大樹の周りでも精霊魔法が使えるようになったのを確認した。
ヴァルアヴィアルスもまた、大樹に触れ龍脈の力を感じたと言う。
念のため、ゲートを使いいくつかの集落を回って確かめる。
いずれの集落でも異常は無くなったようだ。
それが全員の一致した意見。
そして……別れの時……。
「ホッホッホッ。もう少しかかると思ったのじゃがな。 どうやら、本当に解決できたようじゃの」
「ああ。 ノール、エルビー。それとお二人も。 本当に世話になった。 思い返すとあっという間の出来事にも感じるが……。 いや、しかし濃い思い出だよ、まったく」
「本当ですね。 私も頭目同様、驚かされることばかりでしたし……」
「いやいや、わしらなど大したこともしておらんかったわい。 それにいろいろ勉強もさせてもらったしの。 さて、わしらは先にお暇させていただくとするかのう。 さすがに長いこと、郷を空けてしまったからのう」
「それは申し訳ない。 あー、こんなのでは足りないぐらいだが、今できるのはこのぐらいだ。 少しだが受け取ってほしい」
「ほう、これは……。 例のハーブティですかな?」
「ああ」
「それは何よりの褒美じゃわい。ありがたくいただくとしよう。 それでは皆も達者での。ほれヴィアスよ、行くぞい」
「あ、はい。待ってください長老」
二人はノールのゲートを使いその場を後にする。
「エルビーもドラゴンだってのに、当たり前のようにノールのほうについて行くんだな」
「そんなの当然よ。 だって…… わたしは冒険者だもの」
エルビーはにこやかに言って返す。
「エルビーさん。 いつでも遊びに来てくださいね。 お待ちしていますよ。 もちろんノールさんも」
「ええ。またね!」
そしてノールたちも。
ドワーフ公国の近くにゲートを開く。
直接帝国や王国に帰らないのは通行証の問題があるからだ。
ドワーフ公国に行ったきりのままってことになってしまうのは不味いとメイフィに言われたのだ。
なので一度ドワーフ公国に行き、そこから帝国に入る。
「行っちゃいましたね。 ずいぶんあっさりと……」
「まったく、やかましい連中だったな。 これだから人族は……」
「嫌いですか?」
そういうメイフィはからかうような笑みを浮かべている。
「当然だ。 ただ、まあ……。 暇つぶしにはちょうどいいかも知れんな」
「そうですか。 けど頭目としてのお仕事、溜まってますからね。 暇つぶしはそちらでお願いします」




