ケルケ遺跡
再び戻ってきたケルケの遺跡。
思った通り、ケルゲァルの姿はどこにも見つけられなかった。
「あそこにいたケルゲァルたちも纏めて里帰りしたってわけか……」
サティナはそう独り言ちる。
そして入口の前までやって来ると遺跡内部から吹いてくる冷たく嫌な感じのする風に身を震わせていた。
「風が吹いているってことはどこか別の場所にも入口があるのかもしれないな」
「この中って魔獣とかいたりするのかしら?」
「今のところ気配はしない」
「そうなの? じゃあしばらくは暇そうね」
ほとんど崩れた入口からはすぐ下へ降りる階段になっている。
その階段を降りるにつれ日の光は届かなくなると辺りは暗闇に閉ざされていった。
「真っ暗で何も見えないな」
「精霊呼びますね」
メイフィが呼び出したのは火の精霊。
ただその明かりはさほど強くもなく数歩先を照らすのがやっとであった。
「メ……メイフィ、もうちょっと明かり強くできないのか? ちょっとその……な?」
「そんなに強力な精霊じゃないので。 すみません」
「あ、いや、いいんだ、すまんな」
遺跡の中を静寂が支配している。
ただ足音のみが響き木霊していた。
「ノール、何もいない?」
「いない」
先頭にはメイフィが立ち、続いてサティナ、ノールにエルビー、ヴァルアヴィアルス、ヴィアスと続く。
「なんだエルビー、もしかして怖いのか?」
「怖いってわけじゃないけど、ちょっと不安になるわね。 さすがにこんな真っ暗じゃドラゴンの視力も当てにならないし」
「というかケルゲァルたちはこんな真っ暗な中を奥まで進んでいたってことか?」
「ところどころに腐りかけた木片のようなものが落ちてますし、火でも焚いて明かりにしていたのかもしれませんね」
「あいつら火とか扱えたのか……」
「悪魔に取りつかれていたのであるなら、この程度の暗闇なんということもないのであろうな」
さらに奥へ、奥へと進む。
行き止まりかのように見えても、その横に下り階段があったりと中々に不思議な構造をしている。
どうやら採掘の際、固いものに当たったときは階段を作り、また掘り進めるということをしていたようだ。
「ねえ、なんかこの先に明かりが見えない?」
「え?あ、本当ですね。何かありそうです」
通路を抜けた先にあったもの。
それは青白く仄かに光を放つ水面だった。
「なにこれ! キラキラ輝いていて綺麗ね」
物珍しそうに小走りで近づくエルビー。
その揺蕩う水面に触れようとして……。
「うげっ!……いたた…… え? ちょっと何よノール」
「それ、触れちゃダメ。危ない」
「どうして? こんな綺麗なのに……」
エルビーの後ろに転移して来たノールはエルビーを制止する。
そこにサティナたちも近づいてきた。
「ん? これは……」
ヴァルアヴィアルスは気付いたようだ。
「ノールよ、これはもしや……」
「そう……これは水じゃない。 濃縮された魔力。 その溜まり。 普通の生き物が触れたら、たぶん死ぬ」
「ひっ!!」
死ぬと言われて後ろに飛び跳ねるサティナ。
「え? マジでそんなヤバい物なの? わたし、危うく飛び込むところだったわ……。 さすがに貰った服をぐちゃぐちゃにするのは良くないかなぁって思ったからやめたのだけど」
エルビーの普段の行動を思い出すノール。
確かにいつも突然川に飛び込んでいたりしたっけ。
なぜあんなものがあるのか、それはわからないままだが今は先に進んだ。
道は未だに一本道なのだが勾配がついており、徐々に下に向かっていることだけはわかる。
ところどころ横に向かって空間らしきものはあるが、確認するまでもなく行き止まりとなっていた。
この遺跡を掘り進めるにあたって資材置き場にしたり休憩したりする場所なのではないかとメイフィは言う。
「これどのぐらい先まで続いているんでしょうかね。 戻ってこれますよね?」
「大丈夫よ。 ケルゲァルだって入って戻ってきてるんだし。 それにいざとなったらノールのゲートでパパッと帰れるわよ」
「ならいいんですけど……」
―――訪れる静寂。
それからも歩き続け、この重苦しい空気を最初に打ち破ったのは先頭を歩くメイフィだった。
「なんでしょうか? これ……」
進むにつれ通路を這うようにして伸びるもの。
「樹の根だな。 しかし、かなり深くまで来ていると思ったのだが……」
そうか、もしかしたら大樹が近いのかもしれないな」
「ねえ。また明かりが見えるわよ」
「またさっきの魔力溜まりですかね」
歩を進めるにつれ僅かだった明かりはよりはっきりと鮮明に周囲を映し出す。
広い空間。
ただ誰かに作られた空間と言う感じはしない。
たぶん、この樹の根によって自然にできたものなのだろう。
樹の根の先にも空間があり、そして通路が続いているようにも見える。
「またおっきい樹ね。 バミリオンの大樹かしら?」
「いや、違う気のように感じるのう。 結界を維持していたのは3本の大樹と言うておったし、最後の一本ではなかろうかの」
「そういえば、そんなこと言ってたわね。 あれ? でも最後の一本ってなんて名前の大樹だっけ? 全然記憶にないわ……」
「記憶になくて当然だ。誰も言ってないからな」
「あ、そうだったわね。それでサティナ、なんて名前の大樹なの?」
「名前はないよ」
「ふぇ? どういうこと?」
「我々エルフは大樹を見つけて集落を築き、その大樹に名を付ける。 そしてそれがそのまま集落の名となるわけだ。 だから、集落のない大樹には名がない」
「ああ、なるほど、そういうことなのね」
「エルフの森は広いからな。 まだ集落を持たない大樹自体は割とよくあるのだ」
「メイフィ止まって」
会話に割り込むノール。
「どした?」
緊張感もなくサティナが聞いてくる。
『ああ、気付かれてしまったね。 バレないようにちゃんと隠れていたはずなんだけどどうしてバレてしまったのかな。 まあいいや。 でも、まさか同胞が訪ねて来てくれるとは思わなかったよ。 こんな場所に何か用事でもあったのかな?』
樹皮の一部から人の顔のようなものが浮かび上がる。
「じ……人面樹?!」
メイフィは悲鳴にも近い声を上げた。
『はは……ひどいな。僕はそんな低俗なものじゃないよ。 僕は、この樹と一つになったのさ』
「お前、テフィラムか……」
『あれ? 君は僕の知り合いかな? でもごめんね。 僕は君のこと覚えてないんだ。 ふーん、どこで会ったかな? 君、名前は?』
「お前と会ったことはない。 それとお前に名乗る名など持ち合わせてはいない」
「あの、ご存じなのですか? その……あれを……」
「ああ…。ケルケのテフィラム。 その昔、まだケルケが健在だったころの話だ。 私自身も曾祖母から聞いた。 あいつは、家族や友人を……。 大切な人たちを犠牲にして永遠の命を得ようとしたんだ。 当然、そんなことできるわけがない。 禁呪とも言える魔法の行使に失敗した奴は集落の者たちにより処刑されたと聞いたが……」
『ああ……ああ……思い出したよ。 その声、その姿。 君、ラフィーナだね。 けどねラフィーナ、それはハズレだ。 ほら、見てごらん。僕は成功したんだ。 永遠の命を得ることに…成功したんだよ』
「成功? それのどこが成功だ。 エルフでもなんでもない化け物に成り下がって、何が永遠の命だ」
『ほら……君もおいで……永遠に……そう永遠に…………無限の力……湧いてくる……すべて……僕の力……』
「あの者が龍脈の力を堰き止め奪っていたようじゃの。 どうやら、完全に精神が崩壊しておるようじゃがな。 早いうちに始末をつけたほうがよかろう……。 さてどうするかの?」
「これは我々エルフの失態だ。 まさか、この森の危機が、同じエルフを原因としていたとはな。 曾祖母に代わって私が始末をつける」
サティナは剣を抜き構える。
メイフィもまた、サティナに並び精霊魔法の準備に入る。
『君はいつもそうだ。 僕の話をまったく聞こうとしないね。 ちゃんと話をすれば分かり合えるというのに……。 本当に…残念だよ……』
サティナはメイフィと視線を合わせ攻撃のタイミングを計る。
しかし……。
「君たちの相手は……僕」
ノールは割り込むと唐突に、そう宣言した。




