ケルケ遺跡の怪物3
「作戦は成功と言ったところじゃな」
不穏な気配を漂わせていたケルゲァルの排除には成功した。
「まったく武器も魔法も使わずに追い払うのは一苦労だぞ……」
「そう言うな、サティナ殿。正気を失っているとは言え、もとは仲間。 仲間が傷つけられていい顔をする者はおるまいて」
ケルゲァルの親子の説得は思ったよりも時間がかからなかった。
1匹の戦士に連れられて洞窟の奥に進む。
中は思っていたよりも広い。
通路の左右には大小様々な穴が開いているが中身は空のようだ。
通路を進んでいくとやがて広い場所に出た。
その先にはまた小さな穴。
どうやら王と言うのはこの穴の中にいるらしい。
『お前たちか。 俺に聞きたいことがあるという者は』
念話とともに1匹のケルゲァルが姿を現した。
『そうじゃ。 お主がケルゲァルたちの王かの?』
『その通りだ。 仲間を救ってくれたことには感謝する。 それと結界と言ったか、それにも。 だがお前たちの望む物を俺は与えることが出来ないかもしれない。 その場合……あの結界はどうなる?』
『ほっほっほっ。 安心するがよかろう。 わしらは脅しに来たわけではないからの。 それで……何があったのじゃ?』
そしてケルゲァルの王は語る。
普段通りの生活。
しかし、1匹の戦士が傷だらけになって戻ってきたところから日常は崩壊する。
あの遺跡は森に侵攻するための足掛かりとして拠点にしていた。
だから遺跡の内部に入る理由などなかったはず。
だが雨を凌ぐためだったのか、嵐が過ぎ去るのを待ったのだろうか、いつしか遺跡内部に入るようになっていった。
その戦士もまた、王の側近の言うがままに遺跡の内部へと進み……。
『その戦士は見てしまったんだ。 中にいる怪物が、仲間たちに怪しげな術をかけているところを。 半分近くの者がもがき苦しんで死んだ。 残りの者だって正気を保っていたやつは一匹もいない。 そして中にいるそれは自らをそう呼んでいた。 ドラゴンの王だと……な』
「ど……ドラゴンっ!? え? 何? あの遺跡の中にドラゴンがいるっていうの? ん? いや、王? ドラゴンの王? んん?」
「エルビー、少し落ち着きなさい」
「あ、はい……」
『それで、その戦士はこのことを伝えるために必死に逃げてきたのだ。 おかしくなってしまった仲間に攻撃され続けながらもな』
『なるほどのう。 それで、その者は今?』
『奴は俺たちの英雄だ。 もし奴が居なければ俺たちはとっくに全滅していた。 奴は……死んだ』
危機を命がけで伝えに来た戦士。
その戦士が見たもの。
ドラゴンの王。
その怪物は自らをそう呼んだ。
そしてその傍らにはケルゲァルの王の側近もいたのだと言う。
「長老、どう思われますか?」
「ドラゴンの王か……。 寡聞にしてわしも知らぬ話よのう」
「もしや、大戦の折にはぐれた生き残りがいたのではないでしょうか」
「ふむ。あり得ぬ話とは言えぬのう」
「おい、私たちにも説明してくれ……」
「おお、これはすまなんだ。 実はのう――――」
ケルゲァルの念話が聞こえていたなかったであろうサティナとメイフィに改めて説明をする。
「フンッ!ドラゴンの王だと? 馬鹿馬鹿しい。 本当にそんなものがいるなら2000年もの間、あんな穴ぐらで何をしていたというのだ」
「怪我をしていて治療に専念していたのかもしれませんよ?」
「ねぇ、けどあの洗脳みたいなのって悪魔の仕業なんでしょ? ってことは……。 あっ……まさかドラゴンが悪魔に乗っ取られてるとか?」
「いやいやエルビーよ、ドラゴンが悪魔ごときに乗っ取られるわけがないだろう」
「けどヴィアス様、子供だとか瀕死だとか、そもそも死んじゃってるドラゴンだったら体乗っ取れるんじゃないですか?」
「乗っ取ったのが大悪魔ともなれば、それは否定できんのう」
「お前たち……。さっきから発想が怖いんだが」
「ほっほっほっ。 いやはや、まあここで話をしていても埒が明かぬの。 うむ? なにかあったのかの?」
数匹のケルゲァルが小走りにやって来る。
『外の仲間たちが後退してるらしい。 やっと諦めてくれたのだろうか』
『引いておるのか。 ふむ。それは諦めたのではなく……おそらく攻勢に出る前触れじゃろうな』
そして感じる。
なんとも嫌な気配。
「どしたの?ノール……」
「何か、来た」
「そうか……。やはり来たか。では見に行くとするかの」
ノールたちは結界を解き外に出る。
すると眼前にはおびただしい数のケルゲァルの群れがあった。
今までこの入口に集まっていた者たちもまた、あの群れに合流したのだろう。
そしてその中央には不気味な姿が……。
「うわっ。何なのあの数は……。さすがに気持ち悪いわね」
「なあ。もしかして、あれがドラゴンってやつなのか……」
「ここでは戦いも不利になろう。 わしらも下へと降りるとしようかの」
防衛戦である以上、上を取るほうが有利ではあったが入口付近で攻撃を受けた場合、中への被害も十分に考えられる。
それを避けるためにも戦いやすい場所まで降りることにしたのだ。
「あれが……ほ、本当にドラゴンなのか? いや、これ逃げたほうがいい気がするんだが大丈夫か?」
「ねえサティナ、さっきからどれのこと言ってるの?」
「何言ってる! あそこ! あそこにいるじゃないか!」
サティナが指し示す先にそれはいた。
黒い鱗のようなもので覆われた体、そして大きな一対の翼を持つ。
『グハハハハ! 獣どもが巣穴から出てこないと聞いてみれば。 なんとエルフまでもいるではないか! これは愉快なこと。 聞くがよい、低俗なエルフ共。 我こそは、ドラゴンの王、竜王ゲレニヘストスなるぞ!』
「ああ、よし。逃げよう」
「プッ……プハッ……アハハハハハハ!! ちっさ! ないない! それはない! ヤバい……笑いが止まらない……おなか痛い……イヒヒヒヒ……」
「ちょっ!? え……エルビー!? そんな笑って怒らせでもしたら……」
「エルビーよ。笑うでないぞ。 小さい頃のお主にそっくりではないか。 のうヴィアスよ」
「ああ、言われてみればそうですね。 まだうまく二足歩行できずに、私やミズィーの後ろをちょこちょこくっ付いて来てたの思い出しました」
「え……わたし……あんなだったの?」
『どうした?エルフ共! ドラゴンの王たる、この我の恐ろしさに言葉も出ないか! 数万の群れを前に、どれほど耐えられるか見物だな。 フハハハハハハ!!』
「ふむ。しかし実際、あの数は厄介じゃのう」
『仲間は……仲間は……助けられないのか』
ケルゲァルの王は敵となった群れを前にして、かすかな希望に縋ろうとする。
だが……。
『すまぬのう。 見たところ、あれは憑依ではない。 魂が融合してしまっておる。 ああなると、もうその魂を助けてやることは不可能じゃわい』
『そんな…そんな……ああ……ぁぁ…………』
『せめて、わしらの手で送ってやろうではないか……』
『……頼む…………』
望みを絶たれ絶望するケルゲァルの王。
悲しみに暮れるその王をエルビーが見る、そしてサティナもその悲しみを痛感する。
もしこれが自分たちだったら……。
かつてドラゴンは絶滅の危機に瀕した。
その時自分はまだ生まれていなかったが、あの時、同胞を失った悲しみはどれほど大きかったのだろうか。
想像することさえもできない……。
仲間が誘拐された。
もしかしたら、もう殺されてしまっているかもしれないという恐怖。
頭目と言う立場にありながら、守ることのできなかった無力感。
思い出すだけで胸が苦しくなる。
この王は、数万の仲間を一度に失うのだ。
しかも自身の目の前で。
自分なら気が狂ってしまうことだろう。
サティナは思う。
人族は嫌いだ。
ケルゲァルだって嫌いだ。
でも、だからと言って無駄に死んでいいわけじゃない。
エルビーは思う。
ドラゴンの王を名乗るこいつは、なぜケルゲァルを殺すのか。
自らの糧として生きるためか。
何かの生贄として復活させるためか。
『ねえ! ドラゴンの王って言うやつ! どうしてケルゲァルを殺すの? どうしてその魂を穢すの?』
『どうして……だと? そんなもの決まっている、ただの余興だ』
『それ……どういう意味?』
エルビーの眼光が鋭く、赤く光る。
『生贄じゃないの? 食らって糧にするんじゃないの?』
『フハハハハハ! 何を言うかと思えば! こんな獣、数万食らったところで腹の足しにもならぬわ! 時間が余っていたのでな、ただの暇つぶしだ。 次はそうだな、エルフ共でも狩るとするか』
そして、エルビーはキレた。




