エルフの大樹7
「ねえ、サティナ。 関係ないのかもしれないけど……わたし前の集落で聞いた滅びた大樹って言うのが気になるのよね。 だってね、どの集落も立派な樹じゃない? どうしたら滅びちゃうんだろうって。 なら今回のことだってその大樹が滅びた原因と関係しているのかもしれないって思うのよ」
「ケルケの森のことか?」
「そう。それ。 そもそもケルケの森って何? エルフの森じゃないの?」
「ああ、それはな。 まあ私も祖母から聞いた話で実際に見たわけでもないが―――――」
その昔、ケルケと言う大樹があった。
その大樹も他の集落同様エルフが住んでいた。
ところが、ある時大きな音がしたのだそうだ。
それは夜遅く、皆が寝静まった後。
当然騒ぎになるが、夜だし付近を捜索しても何もない。
サティナの祖母がいた集落以外でもその音には気付いていて調べていたらしく、そしてケルケの大樹がそれは凄まじく折れていたのだと言う。
「――――以前にも話したと思うが、大樹と言うのはエルフの森で結界を張る基点となっている。 つまりだ、大樹を失ったその地はエルフの森でありながらエルフ達が住めぬ森となったわけだ。 当時のエルフ達はその範囲をケルケの森と呼んでいたそうだぞ」
「大樹が折れるっていったい何があったのかしら?」
「さあな。 私が生まれる前の話だし、正直その話は怖かったからあまり聞きたいとは思っていなかったのだ」
「怖かったの?」
「ち……小さい頃の話だ……。 なにせ、そこに居たはずのエルフ達は一切の痕跡も残さずに一人もいなくなっていたと聞く。 ケルゲァルに襲われたのではないかという者もいたが、それならその痕跡が残るはずだ。 そもそも結界が機能しているはずのエルフの森に、ひとつの集落を落とせるだけのケルゲァルが入り込めるとは思えない。 得体の知れない何か、そんな話がまだ小さかった私は怖かったのだ」
「他に何か無いの? そのケルケの森って」
「う~ん……。 あ……。 そういえば、ケルケの森には古代の遺跡があると聞いたな。 だが今じゃケルゲァル達が住み着く危険地帯だ」
「わたし、分かっちゃったかも……」
「ん? 何がだ?」
「絶対その古代の遺跡と言うのに原因があるわ……」
「ふん、何を根拠に……」
「だってゲインたちが言っていたもの。 昔からあるものは触るな近づくなって。 昔の人は頭のおかしい人が多いから変な装置や変な罠を作ってるんだって。 冒険者はそういうだんじょんって呼ばれる場所に入って金目の物だけを持ち帰る仕事なんだって言っていたわ」
「身も蓋もない奴だな。 そもそも誰だゲインって……」
「ふむ。なるほどのう。 エルビーの言うことももっともじゃわい。 確かに、よくよく考えれば南に行くほど力の低下は小さくなっているようにも思えるのう」
「でしょ? えっへん。さすがわたし!」
「君たち、ケルケの遺跡に行く気なのかい?」
「うわっ、ってユエンファミルの長の人じゃん」
「シェルバです。いや、驚かせて済まない。 様子を見に来たのだが話しているのが聞こえてしまってね。 ただ、悪いことは言わない、ケルケの遺跡だけは止めておきなさい」
「それはどういうことだ?」
「サティナ殿。 あなたなら知っておるでしょう。 シリエルオランの西にある集落のことを」
「いや知らん」
「え?………… さ、さすが噂に聞くエルマイノスのサティナ殿と言ったところですか……」
「いやだから、私の噂どうなってるんだ?…………」
「バミリオンの大樹、本当に聞いたことが無いのですか?」
「バミリオン?? ん? んぐぬぐぬう~………ん、やっぱ知らん」
「シリエルオランの西と言うことは、そこの長が言っていた行ってはダメな集落ですよね?」
「ええ、その通り。 あの集落の者は自分たち集落の者しか信用しとらんのです。 同じエルフであってもよそ者はよそ者。 さすがに殺しに来るとは言いませんが、それでも怪我をして戻ってくる者は後を絶ちません。 私たちがシリエルオランと交流を持っているのもバミリオン対策だったりするわけですよ。 なんせ警告なしで弓を射ってきますからね。 しかも戦闘スキルも高いので被害も大きいのですよ。 そしてこれは噂なのですが、彼らがよそ者を信用しない理由、それがケルケの遺跡にあると言われているのですよ!」
「なんですって? それは、一体どんな理由で………」
「それは……。 知らんですよ」
「勿体ぶった割にはサティナと大差なかったわね」
「し、失礼な! ケルケの遺跡に行こうとしているあなた方に、バミリオンとケルケの遺跡は関係があるぞと言う貴重な情報ではないですか!」
「行かせたくないのか行かせたいのかどっちなのよ」
「そこはエルビー、言ってみたかったが正解なのだろう」
「と……ともかく、ケルケの遺跡に行くなら、まずはバミリオンに赴き叩き潰して……と違った、話を付けたほうが良いという忠告です」
「そっちが狙いか……」
「あ、くれぐれもこの集落の話はしないでくださいね。 報復とかされると困りますので」
「しかし、どうしますか? 実際、関係があるというのであれば、行く価値は十分にあります。 ただエルフと事を構えるのは若干抵抗がありますね」
「ヴィアスよ。何も命を懸けて争うわけではあるまいて。 もう少し気楽にしても良かろう」
「いや長老はそうかも知れませんが……」
「いずれにせよ、決めるのはエルフのサティナ殿じゃ。 我らはその決定に従おう」
「いいのか?…… 内輪揉めのようなことにあなた方を巻き込んでしまって……」
「ほっほっほっ。 気にせんでくだされ。 内輪揉めと言いますが、同じ種の過ちひとつで揃って滅ぼされることもありますからな」
「感謝する。 それで……ノールたちも?」
「そんなの聞くまでもないわよ。 わたしたちはエルフではなくサティナの仲間なのだから」
「そうか、ありがとう……。 では行くか……バミリオンに!」
「ええ! その前にお腹が空いたのだけどね!」
「食事ぐらいなら喜んでお出ししますよ。 何でしたら一泊付けますよ」
「ほっほっほっ。 わしとしてはサティナ殿のハーブティが飲みたいのじゃがのう」
「すまん。 あれは家にしかないのだ」
「そうか、残念じゃ」
「そう言われるとわたしも飲みたくなってきたわ。 ねぇノール、取って来てもらおうよ」
「いやさすがにそれは……って、あー!?」
「サティナの家、繋げた」
「あー、そうか……。 そうだな……。 じゃあちょっと行ってくるから、待ってて……」
「これが……ゲートの魔法ですか……。 先ほどシーラから話を聞いたときはまさかと思いましたが……。 本当だったとは……」
「やはりエルフでさえ驚いていますね。 あの、長老もあの魔法を……」
「何度か見てはおるが、わしにも無理じゃろうな」
「それは、長老でも難解な魔法、ということなのでしょうか」
「ふむ。お主、この魔法を扱うのにどれほどの魔力を必要とするか分かるかのう」
「あ、いえ。ですが相当な消費にはなると思います、なにせ空間同士を繋ぐなど。 それでも、我らの魔力ならばなんとか……」
「ではなヴィアスよ。 あのノールと言う少年。 それほどの魔力を持つように見えるかの?」
「いえ、まったく。ただ、隠蔽する魔法かスキルでも使っているのでは?」
「いや、あの少年はそのようなものに頼ってはおらぬようじゃ。 どんなに隠しても強い魔法の発動時には揺らぎがあるもの。 じゃがいずれの時もその様子は見受けられなかったのじゃよ。 つまり、紛れもない、ただの人間なのじゃ。 魔力量もそこらの人間並み、エルビーと比べてさえ大きな隔たりがあるほどじゃの。 そんなただの人間が、我らドラゴン以上に魔法を操って見せるわけじゃ。 わしとしてはやはり勇者なのではないかと思うのじゃがな。 しかし本人はそれを否定しおるし、それに……わしが知る勇者とも少し違うような気もするのじゃよ。 まあ今は考えるだけ無駄なことよ。 それよりも今は…サティナ殿が戻って来たぞい。 さあ、美味しいハーブティを頂くとするかのう」




