エルフの大樹5
「長老様、ここが、えーと……何とかの大樹です」
「エルマイノスじゃよ、エルビー。 ほほう。しかし想像していたよりも大きな樹じゃのう。 ふむ。どれ……」
ヴァルアヴィアルスは大樹に手を触れ目を閉じる。
「長老様?」
「しっ……今集中していらっしゃるから静かに……」
言われてエルビーは自身の口を手で塞いで見せた。
「やはりどこかで流れが遮られているようじゃ。 ふむ。とりあえず……。戻るとするかのう」
長老ヴァルアヴィアルスは二人の返事を待つこともなくサティナの家へと歩き出す。
そもそも返事をしたところで今の長老は聞いていないだろうな、とヴィアスは思っていた。
「いやはや。 エルフの方々からは好奇の目で見られましたわい。 しかし、久しぶりで楽しかったですぞ。 ここ最近は紛れて散策するだけじゃったからな。 昔を思い出してしまいましたわい」
「楽しんでくれたのであれば何よりだ」
「それで、サティナ殿。 茶の礼と言うわけではないが、わしなりに調べても見たのじゃが。 龍穴の痕跡は感じられた。 しかし力の流れはすでに枯れているようじゃったな」
「それは……もう戻らないと言うことでしょうか?」
メイフィが心配げに尋ねる。
「いやいや、龍脈とは言わば世界を巡る血潮のようなもの。 よほどのことが無い限り枯れると言うことはあるまい。 先ほども言うたがどこかで魔力干渉が起こっており、それによって流れが妨げられていると考えるのが自然と言うものじゃろうな。 もっとも、長い年月をかけて流れが変わると言うこともあるのじゃが、それについては分からないのであろう?」
「そうだな、我々が把握していることは最近になって精霊の力が弱まったと言うことぐらいだ」
「ふむ。自然のことであれば、その変化もまた緩やかなはずじゃ。 この近くで大地が裂けたなどと言う話もあるまい? であれば、やはり何かがあるということじゃろうな。 他の集落の様子を見ることが出来れば、何かヒントになるやも知れぬのじゃがのう」
「それは可能だが、そこまでお力添え頂いて宜しいのだろうか。 これは我らエルフの問題で……」
「ほっほっほっ。 我が郷のかわいいエルビーが世話になっておると言うのに、何を躊躇うことがあろうか。 それに、美味しいハーブティもあるしのう」
「感謝する」
「ところでノールよ。 お主の魔法で他の集落に向かうことは可能なのかのう?」
「今は出来ない。一度行けば、往復できる……と思う」
「そうか。まあ、いきなり転移で向かうというのも失礼じゃろうて。 ちょうど良いのかも知れぬな。 サティナ殿、わしらは特に準備と言うものは無い。 いつでも行けますがどうなされるかな?」
「なら、今すぐに」
「あい、分かった。 ヴィアス、エルビーも行くぞ。 それとノール、お主も来てくれるな?」
「もちろん」
「はあ、さすが長老様、一気に主導権を持っていかれたわ……」
「エルビー、私はそれが毎日だ……」
「「はあ……」」
「ほれ! 何若い者が溜め息なんぞついておる。 さっさと行くぞい」
「あの! サティナ様。 私も同行させていただいて宜しいでしょうか」
「ああ、もちろんだ」
斯くして、ノールたちは大樹に精霊が寄り付かなくなった原因を探るため、エルフの森の中、他の集落を目指し歩き出した。
まずは前回サティナが訪れたことのある集落を先に回る。
そのほうが話が早いだろうというサティナからの提案だ。
サティナが集落の長に話を通し、長老が樹に触れる。
そんな感じで3つ目の集落までやって来た。
大樹の名はシリエルオラン。
エルマイノスのサティナ、と言うように大樹の名がそのまま集落の名として定着するらしい。
つまりここはシリエルオランと言うわけだ。
「ふむ……。ここも減っておるのう」
「やはり、原因を探るのは難しいだろうか?」
「どうじゃろな。 今の段階ではなんとも言えぬ。 他の集落も見てみぬことにはのう」
「他の集落に行くのか?」
話に割って入ったのはこのシリエルオランの長だ。
「ああ、そのつもりだ。 何か問題があるのか?」
「いやなに。 西の集落には行くな。 うちの者が狩りの際に何度か襲われたりもしている。 こちらの話など一切聞く気が無いようだしな」
「西……か。 ああ分かった、忠告感謝する」
「それと……もう一つ……。 君も聞いたことがあるだろう。 滅びた大樹の集落を……」
「それは、もしかしてケルケの森のことか?」
「ほう。 まだ若いのに知っているのか。 思っていたより博識のようだ。 噂に聞いていたエルマイノスの長とは思えんほどだ」
「祖母から話は聞いていたのでな。 ところで噂って……ま、まあいい……聞かないほうがよさそうだな……。 もしかして、この近くにあるのか?」
「ああ、ここから北西にある。 あそこはケルゲァルもやってくるから行ってはダメだぞ」
「わかった。 ではそれ以外だと近くに集落はあるか?」
「南に行ったところにも集落があるな。 そこの者とは我々も交流している。 私の名を使うと良い。 ちゃんともてなしてくれるはずだ」
ノールたちは翌朝、シリエルオランの長に感謝の言葉を伝え集落を後にする。
エルフの森は広大で隣の集落ですらその日のうちに着くことは無い。
どのみち野宿は決定しているので、どの集落でも用事が済み次第出立していた。
しかし今回、シリエルオランの長は食事や宿の手配までしてくれたので厚意に甘えることとなった。
「ヴィアス様、どうかしたんですか?」
「ん……いやな……ここだけの話、ベッドと言う物は素晴らしいな。 我らドラゴンは地べたに寝るだろう。 それが当たり前と思っていたわけだが、あのベッドの心地良さには驚きだ。 何というか、こう全身を包まれるときの安心感と言うものだろうか……」
「じゃあ、ベッド買って郷に置いておけばどうです?」
「な……何を言うか! そんなこと……ドラゴンの矜持が許さんだろう……。 だが、まあこれも勉強という意味では吝かではあるが致し方ない……のか……。 ってなんだその目は!……」
「いえ、ヴィアス様って、わたしと同じ匂いがします」
「お前などと一緒にするな」
次に目指す集落、ユエンファミルの大樹だ。
先の長の話では森の中では変わった集落なのだという。
どう変わった集落なのか、聞いてみたが教えてはくれなかった。
曰く、見ればわかる、と。
そんな道すがら、サティナは言う。
「お前たちに一つ忠告しておいてやる。 このエルフの森に魔獣なるものはいない。 そう言ったのを覚えているな? 魔獣はいない……だが、この森には魔樹と呼ばれる生命体がいるのだ。 魔獣が獣であるなら魔樹はその名の通り樹だ。 しかし、この魔樹は決してエルフを襲わないのだ。 この森に害をなそうとするものを襲うという特徴を持つ。 よいか? しかと覚えておくと良い!!」
「サティナ。 じゃあなんでその魔樹に捕まってるの?」
「おぉ~よよよ~……ぐすん…………それがわかんないのよ~……なんでいつも私だけ~……ぐすん…………」
「実はサティナってエルフじゃないとか……?」
「そんなわけあるか!! 見ろこの耳! そしてこの麗しい容姿! 紛れもなくエルフだろが! あああ! ちょっ……ダメぇ! 食わないでー…とりあえず…助けてぇ…………」
「アレ、食われたらどうなるの?」
「えっと、時をかけて溶かされていきます」
「ふ~ん。 まあメイフィの落ち着きようからして、さほど危険じゃないってことね。 放置でいいからしら……」
「あ、いえ、危険なのは危険なのですが……。 触手で縛り上げられている頭目は、もうなんていうか、ほんと……ありがとうございます!」
「なんのお礼だ! メイフィ! いいから助けろ!!」
「ああ、なんかもったいないなぁ……。 けど仕方がないですね。 風の精霊よ! 集え!」
メイフィは精霊魔法を使い、サティナに絡みつく触手を切り裂いた。
「はあ、ひどい目に遭った……」
「その割には二人とも慣れた感じだったけど」
「ええ、実際に慣れたことなので。 けど頭目が言うように本当にあの魔樹はエルフを襲わないのですよ。 どうして襲ってこないのか、なぜ頭目だけ例外なのかは私たちにも分かっていませんけど」
あの魔樹と言うものは以前見たことがある。
グリムハイド東の洞窟にいた謎の植物。
あれに間違いないだろう。
ここが原産国なんだろうか。
「ほっほっほっ。 わしもあのような生物は初めて見ますわい。 エルフの森では比較的ポピュラーな生物なのですかな?」
「そうですね、割とどこでも見かけます。 実を言いますと、魔樹がさらに成長を続けると大樹になるのではないか、とエルフの間では考えられています。 虫などに喩えると、いわば幼体のようなものなのだろうと」
「蠢く木のまま大樹になったらかなりヤバいわよね」
「ふふっ。そうですね。 けどエルフを襲わないという前提なら、それはそれで。 あと魔樹のすべてが他の生物を食す姿なわけではありません。 そしてあのような魔樹の成長は生物を消化した際の栄養に頼りがちになるのです。 そうなるとある程度成長したところで大方成長止まりしてしまうんですよ。 我々は今まで精霊が魔樹に力を与え続けることで大樹へと成長していると考えておりました。 しかし実際は龍穴があり、そこに精霊が集まったり魔樹が生まれたりするだけだったのかも知れませんね」
「それより、サティナがベトベトでちょっと気持ち悪いわね」
「きもち悪いとか言うな。 一番気持ち悪い思いをしているのはこの私だ!」
「じゃ、水で洗おう」
「は? それはどういう……ごぼっ……ごぼっごぼっ……」
「ノールって、確認というひと手間がいつも足りないのよね。 良かれと思ってやっているんだろうけど、急に来るからびっくりするのよ」
「あの、ノールさん、そろそろ……。頭目死んじゃいます……」
そんなノールは、綺麗になったサティナを見て行動の正しさを確信するのだった。




