女神
私はリスティアーナと言う名の女神。
神としている時間は非常に長い。
数万、いやもっとだろうか。
神にとって時間と言う感覚はあまりにも無意味だ。
ただ私たちが管理する世界には時間という概念はとても重要である。
時がたては人は死ぬ。
死しては生まれて、それを繰り返す。
神となった私のもとに主神アズラエル様は現れた。
この世界を管理し、人間をよりよい未来に導くのだと。
時を意識する必要のない神が時を意識する。
それが世界を管理しているときなのだ。
主神様はたびたびこの世界にやってきて世界の成長ぶりを見て回る。
私はよく褒めていただいた。
だがある時、そう、それこそ数万年前だろう、主神様と共に四大神と言われる方がやってきた。
四大神が一人、アニマメール。
この神もまた女神だ。
そしておそらく、もっとも私が嫌いな神。
性格が悪い。神なのに性格が悪い。
地獄に落ちろと言ってやりたい。
アニマメールはことあるごとに私をバカにする。
主神様に付いてきて主神様が私を褒めると飴と鞭とばかりに私をバカにする。
腹立たしい。
もちろんどんなことを言われても主神様の前で笑顔を崩すことはしない。
アニマメールとしてはそれが面白くないのだろう。
主神様に私の不細工な姿を見せたいのだ。
ほんと性格終わってる女神だわ。
主神様は世界と世界を繋ぐ魔法をお使いになる。
その魔法を使って様々な世界を見て回っているようだ。
私にその魔法は使えない。高度過ぎる。
アニマメールはまずそんな私をバカにするのだ。
いや、お前も使えないだろうが。
おっと口が汚く、まあ回想だからいいや。
そうそう、そのあとは人に変化する魔法を見せびらかしに来た。
もはや近所の子供ですよ。
どうせ頑張って習得したんでしょ。そんな得意げになられてもねぇ。
悔しくなんてないし、全然ね、ぜんっぜんね。
主神様が来てくださるのはとてもうれしいがその度にアニマメールまで付いてくるのは非常に鬱陶しい。
そんなことを思っていると、今日は来なかった!
代わりと言っては何だが、別の四大神の一人、ラームブール様が来てくださった。
こちらは男の神様。しかも紳士と来たもんだ。
話をする中でちょっと口を滑らせてしまった感じでアニマメールの人に変化する魔法のことを話してしまった。
いやほんとにワザとじゃない。
そして、な・ん・と。紳士たるラームブール様は私にもその魔法を教えてくださるとのこと。
やった!
魔法の理論的なことはさほど難しくない感じだった。
そりゃそうだ、アニマメールごときが出来るんだもの。
ただ実際にやってみるとこれが実に上手くいかない。
そんな私を見てラームブール様が教えてくれた。
アニマメールも習得にはかなり苦戦していましたよ、って。
ほらやっぱり。そうじゃないかと思ってましたよ。
ついでとばかりに私は世界の管理や他の神についていろいろ教えてもらうことにした。
主神様に聞くのはちょっとこうなんていうか、まだ無理。
アニマメールは論外。
まずはそう、神のこと。
神はいっぱいいる。
世界と世界を渡れるのはラームブール様が知る限り主神様と四大神の一人、まだ見ぬ麗しの姫君こと、女神エリーエーネ様のみとのこと。
麗しの、なところは私の脚色。ただエリーエーネ様を語る時のラームブール様がそんな感じなので。
それと神にも力の強い弱いと言った、上下関係みたいなのは存在する。
実際に直接戦うわけではないのでよほど大きな差でもない限り同等として扱うのが我々業界での暗黙のルールと聞く。
アニマメールでさえ四大神を騙る以上――えっ? 何? 誤字? 違う合ってるからあいつが四大神とかおかしいから――、それなりに強いと言うことなんだろう。
私の強さはどのくらいなんだろうかとちょっと気になるのでさりげなく聞いてみた。
ラームブール様曰く、君の治世は素晴らしいものがある、とのこと。
そういうのを大切にすると良い、と言われた。
ふんっ、弱いってよ私。
それで今度は世界の話。
世界ってのはいっぱいある、うんうん、なんとなく知ってた。
神がいっぱいいるんだもの、その神が管理する世界もいっぱいあって然るべき。
神は世界を管理し人間のみを導く。
世界にはルール、法則のようなものが生まれる。
それは世界固有の物となり、ある世界の法則が別の世界で通用するとは限らない。
世界にいる人間以外の生き物は神が守る範囲外。
守ってはいけない、というわけではない。
結局は人間至上主義なのである。
人のためになるのであれば守ることもあるし、害があるとわかれば排除する。
世界に生まれる生物はそのすべてが世界のルール、法則に縛られている。
故に世界の法則の変化はその世界に息づくものに影響を与える。
このへんのことは強固な意思で逆らってみるとかそういう話ではないらしい。
その生物がそうあるべきと思う、自己の意識、生物の本能にすら作用してしまうので逆らうと言うことがまずありえないと聞く。
もしそれが出来るとすれば、それは世界の法則に縛られない存在だ。
そう、そしてそういう存在はいる。
魔王だ。
魔王がどうやって誕生するか、それは様々な方法や説がある。
ただその中の一つ、人間の負の感情。
人間以外の負の感情からは魔王は誕生しない。
だが人間の負の感情からは魔王が生まれてしまうことがある。
そして魔王は世界の法則に縛られない。
つまり我々神と同様に世界を渡り――いや私は渡れないけどさ――、それどころか世界の法則を書き換えしかねない存在となりえるのだ。
故に神は、人間を導く。
その魂が汚れないように。
世界の安寧のために。
神にとって脅威となるのは魔王だ。
力ある神ならばうち滅ぼすことも可能だろう。
では、私なら?
不可能だ。勝てない。
ラームブール様に弱いって言われたしね、えっ言われてはない? あっそ。
別に勝つ必要はない。
魔王なんて生まれないようにしっかり管理すればいいのだから。
様々なことを教えてもらったがラームブール様はそろそろ帰るとのこと。
つまり主神様もお帰りになる。
また次来られる時もラームブール様に来ていただきたい。
あ、エリーエーネ様でもいいね。
アニマメールじゃなきゃ誰でもいいまであるけどね。
私はそれから数千年近く、この世界を導いてきた。
危ういことはあった。ドラゴンが人間の国に侵攻した。
マッジかよ! ってちょっとキャラ崩壊しかけた。
焦る心を抑えて、でもちょっぱやで勇者を仕立て上げた。
仕立て上げる、とは言うが赤ちゃんのころから勇者として育てるのではない。
そんなの時間的に無理、足りない。
人間の中に、適度に勇者の因子を埋め込んでおく。
必要になった時、それらを覚醒させるわけだ。
それであっさり勇者覚醒。
この辺も世界の法則が絡んで来て、今の勇者が死なない限り次の勇者は誕生しなかったりする。
勇者ってのは神から力を与えられ、神ほどではないにしても世界をコントロールする力、そういう権限を世界から与えられる。
なので一度にいっぱい勇者がいると世界も疲弊してしまうのだ。
故に一度に一人と言う法則。
神たる存在ならばそのへん捻じ曲げることも可能らしいけどラームブール様からはやめておいた方がいいと言われていた。
世界がそれに耐えきれずに壊れてしまうこともあるんだとさ。
あ、あとね、ついでに勇者になれなかった者にもそれなりの力を与える。
ただ世界からのサポートは受けられない。
あくまで神たる私が少し力を貸し与えるだけに留まる。
それでも、人の間では英雄なんて呼ばれて持て囃されるレベルだ。
いかにドラゴンと言えど彼らには勝てまい。
どうかお願いなので負けてください。
そんなことも思ったりしたっけ。
勇者や英雄の活躍でドラゴンの侵攻も勢いを弱める。
と、そのうちに勇者側、人間側の勢力が増しているようだ。
勝ったな。
結果として勇者はドラゴンの一角を落とすことに成功したってわけ。
ふああ…、マジでヤバかったんじゃない? 今回。
今までドラゴンってそんな脅威に思ってなかったんだけどなー。
というかあまり繁殖されると、ちと困っちゃうよね。
今回みたいに暴走されても困るし。数は暴力だよ、ほんと。
ってことでちょこっと法則を書き換えっと。
そうそう、人間の中には巫女って言うのがいるのね。
いやまあ、私が人間の動きをけん制するために私の念話が聞こえるようにしたんだけどね。
人間って念話できないし。
おかげでその子を通じて一国を掌握出来た感じ。
世界をコントロールして掌握すると、それによってどんな弊害が発生しちゃうか私にも分からない。
巫女の場合、影響はその巫女の周辺だけだからね。
あ、巫女自体はこのドラゴンの侵攻前からいるわ。
便利なのよ。
巫女ってのに神の言葉よーとか言って指示するだけでいいの。
あの時もとりあえずドラゴンに制限かけといたよーって伝えたのよね。
あの国もそうやって成長した国だったはず。
おかげでリスティアーナと言う私の名は人間の世界にも広まっている。
私を神として崇める国になったそうよ。
かつてはムーンドファーエルマイス王国とか名乗ってたらしいんだけどね。
今じゃムーンドファーエルマイス聖王国って名乗ってるらしいわ。
その国王も何とか王じゃなくて何とか聖王って言うんですって。
そういうのも巫女を通じて知ることができるの、便利よ、ほんと。
さて、そんなドラゴンの一件以降平和なものだ。
ドラゴンは大人しいし。
人間同士での戦争もほとんどといって無い。
これを巫女と言うスパイのお陰かと思う。
さすが私。
ん? ん?
これは…。
主神様の魔法?
でも何か違う感じがする。
きれいに模倣された魔法。
でも主神様とは違う魔力。
まずは行ってみるか。
あれは? 初めて見る顔だ。もしかして他の四大神?
いや、主神様がいない。
ならエリーエーネ様か。それも違う気がする。
エリーエーネ様は麗しの姫君だったはず。
あ、はい、それは私の妄想でしたね。
ただ見た感じ目の前の者はまだまだ子供にしか見えない。
それでエリーエーネ様だとしたらラームブール様はただのロリコンとなる。
そんなお方じゃないと断言できる、紳士だったし。なら何者。
「こんにちは。あなたは…そう、あなたも神なのね。」
そうだ、何者もないだろう。
主神様の魔法を模倣する者。
それが出来るのも神にしかありえない。
私の言葉に小さく頷く小さな神。
ちょっとかわいいかも。
しかしすぐにひとつの疑問が頭をよぎる。
そしてそんな疑問を口にする。
「しかし、他の世界の神がやってくるなんて主神様以来だわ。あなたにも自分の世界があるのではなくて?」
面倒なので四大神のことは聞かない。
四大神が単独で来たことなど過去にもないからだ。
小さな神は私の言葉で何かを考え始めたようだ。
しばしの時間、私には長く感じられたがこの小さな神にはおそらく短い時間だっただろう。
小さな神は事の経緯を淡々と話し始めた。
なんとまあ。話を聞くうちにラームブール様との話を思い出す。
そう、聞く限りその黒い何かと言うのは魔王だ。
いや、でもまだそこまで力を発揮していない?
なり損ないか、もしくは成長しきる前だったのか。
いやどちらでも同じか。
そこに人間がいないなら、もうそれ以上の成長は見込めないんだから。
しかし、なり損ないとは言え魔王を一撃で滅ぼしたって。
ラームブール様の時の会話をまた思い出す。
私なら、私でも勝てたのだろうか。いや無理だろうな。根拠なんてない。
気づけば目を閉じ考えこんでしまっていた。
小さな神に魔王のなり損ないだったのだろうと告げる。
ただ魔王と言う言葉にピンと来ていない感じがする。
人間の敵、人間にとって、世界にとっての脅威。
私たち神が、守ろうとしているもの。
私は小さな神に魔王のヤバさというのを簡単にだが説明してあげた。
説明を聞き、目の前の小さな神が少し伏し目がちになったのを感じた。
確かにそうか。自分の失敗で魔王が生まれる。
それは今この小さな神が来たこの世界をも危険に晒してしまったのだ。
この子はいい子だ。アニマメールとは違う。
少し責任を感じてしまったのだろう。
神の先輩である私がフォローしてあげるべきだな。
というか後輩って初じゃん。
「ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。わたしはリスティアーナ。女神リスティアーナよ。よろしくね。それで、あなたの名前は?」
『ノール』
「そう。ノールって言うの。かわいいお名前ね」
いやほんと、実にかわいい小さな神だ。
フォローついでに相談にも乗ってあげる。
ほうほう、人間のことをもっと知りたいとな?
それ、私も知りたいよ。とは言えない。
「人間のことはね、言葉で説明するより見て感じるほうがよっぽどわかりやすいと思うの。人間のことを知るには自分が人間になってみるのが手っ取り早いんじゃないかしら? なんてね」
我ながらナイスジョーク。まああれね、ここで私と一緒にしばらく人間を観察すれば多少は理解してくると言うものよ。
私だってスパイ、じゃなかった巫女とか使って人間の考えとかを理解しようとしている。
その結果がラームブール様に褒めていただいた治世なんだから。
『リスティアーナの言う通りだ。人間になれば人間のことが分かる。人間になればいいんだ』
「えっ?」
そう、理論的には難しくはない。
でも初見じゃ無理。
いや私は無理だった。
何度も何度も練習してやっと出来るようになった魔法。
それが目の前で展開されていく。思わず変な声が出た。
ノールには聞こえていないことを願おう。
一瞬か、それとも長い時間か、自分の今までの苦労を回想するだけの時間が消費された後、展開されていた魔法は収束し消滅する。
魔法を発動させたノールを見る。
かわいいね、ああかわいい。
『ありがとう。それで、僕はこの世界にいさせてもらっていいの?』
ノールが何か言った。
えーと。
なんだろ。
ありがとう?
ありがとう
ありがとう?
「あ、いや、うん、そう、こちらこそありがとう。」
おっと混乱絶頂で感謝の意を述べてしまった。なんだよこちらこそって。
「そうね。えーと、いさせてもらう、いさせてもらう、と。ああうん、そうね、大丈夫よ」
とりあえず取り繕ってはみたがもうグダグダだ。
きっとノールの心には面白お姉さんとして刻み込まれることだろう。
ともかく落ち着かなくては。
胸に手を置いて深呼吸っと。落ち着いたか? 私。
「ところでノール。人間として暮らすなら念話ではなく声で会話できるようにならないとダメよ。人間は念話を使わないから」
何事もなかったかのようにあどばーいす。
面白お姉さんから昇格できるか? 私。
そんなことを思っているとたどたどしい口調で感謝してくるノール。
かわいいな、こいつぅ。
どうしたらいいか、か。そうね。
冒険者になるのが手っ取り早いのかしら。
神ならそこらの魔獣に負けることもないだろうし。
ぶっちゃけああいうのって変人多いし、一般常識のない異世界の神だったとしても何とかなるでしょ。
あ、食事のことは言っておかないとね。
私これで失敗したのよね。
神なのに、ラームブール様の前でお腹が鳴っちゃって。
いや恥ずかしかった。ノール、目の前の小さな神は私の言葉を聞いて、やるべきことが分かったようだ。
結構先輩出来るね、私。
それからリスティアーナはたぶん無難と思える街、グリムハイド、その冒険者ギルドをノールに紹介するのだった。
ノールは見たことない魔法を発動し、そして消えていった。
いや、なに今の魔法。
私知らないんですけど…。
あっ、寝ることも必要って、言うの忘れてた。