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海の怪物

 先の見えない航海はまだ続いていた。

 ビリエーラは遠く帝国領の地を眺めつつ、今回の旅のことを思いだし独り言ちる。


「……帰りたい…………」


 フォーノフィードがあると思われる前方に視線を向ける。


「はぁ……まだ先だし、見えるわけないっすよね……」


 ふと視界の隅にエルビーが映った。

 こんなところで何をしているのだろうか。

 時折海面を覗き込んでいるがまた危険なことでもしているのかも知れない。


「エルビーさん、何しているんですか?」

「ん?ああビリエーラ。 釣りしていたのよ。 この間のラゥミーの話でしてみたくなってね。 話だけしか聞いてないからやり方あっているのか分からないのだけど」

「釣りですか……。 ま、まさか、あの男を餌に?……」

「あの男? ってそんなわけないじゃない。 ビリエーラってば、わたしのことなんだと思っているのよ」

「いやだってラゥミーさんがそんな話してたじゃないですか。 だからてっきり……」

「出発前にね、サティナが言ってたのよ。 でっかい生き物が海にいるって。 だからそれ、釣ってみようと思って」

「でっかい生き物ですか? そんなのがこの辺りにいるんですか?」

「ええ。 そいつが帆柱を折ったって言ってたわね」

「へぇ……帆柱を折ったんですか…………へぇ……」


 ビリエーラはこの船の帆柱を見る。


「あの太い帆柱を?……折った?……。 って、いやいやいや! ちょっとエルビーさん! そんな大きな生き物いるんですか?! この海に!? 何かの見間違いとかじゃ? だいたいそんなものじゃすぐ切れちゃいますよ? 釣れるわけないですよ」

「え? そうなの? じゃあもっと大きい木の棒じゃないと無理かな?」

「いやそういうレベルの話じゃないと思いますけど……。 っていうかエルビーさん……。 その紐の先、何もついてないじゃないですか」

「先? 先に何かつけるの?」

「餌ですよ、餌。 紐だけ垂らしたって何も食いついたりしませんよ。 狙った魚が食いつきそうな餌を紐の先に付けるんですよ」

「そうなんだ。 あ、じゃあビリエーラ釣り方教えてよ。 わたしそのおっきな生き物釣ってみたくて……」

「とりあえずエルビーさん釣り方は教えますから、そのおっきな生き物と言うのは忘れてください。 釣るの無理なので。 普通の魚を釣りましょう」

「ええ……楽しみにしてたのに……まあいいわ」


 エルビーは不満そうに言うと、釣りに使っていた木の棒と紐を引き上げようとした。

 ふと鐘の音が聞こえる。

 すると船上が何やら慌ただしくなった。


「どうしたのかしら? もう夕食の時間?」

「この鳴らし方は……敵襲のようですね。 でも船影とか見えませんけど……」


 船員の一人が叫ぶ。


「そこの二人! 船縁から離れろ! 海に叩き落されるぞ!」


 その言葉に従い二人は船の中央付近に移動すると、そこにノールやヘイゼル達がやって来た。

 サティナやメイフィも一緒に来ているが他のエルフ達は船内に残っているようだ。


「二人ともここにいたか。 なんか見張りが海の中に大きな影を見たらしい。 連中言ってたぜ。 深海の王が現れたってさ」

「深海の王?」

「ああ、船乗りの間じゃ有名な伝説らしいがな。 触手が何本もあってそれで船を沈めちまうんだと」

「ほんとにいるんですか? そんなの……。 私、この旅で何度命の危険に遭遇するんでしょうか……」

「野郎ども!! 怪物を船に近づけさせるじゃねーぞ! 船に取り付かれたら船体ごとへし折られておしまいだぞ!」

「「おう!!」」


 船長が怒鳴り船員たちの士気を高めた。


「あそこだ!!」


 船員の一人が指さす先、確かに何者かの影がある。

 海の中から水しぶきを上げながら何かが出てきた。

 この船の帆柱よりも太い触腕、しかしその本体はまだ海の中にあるようだ。


「おっきーい! 見て見てノール! すっごい大きいわよ!」

「くそっ!ありゃ本気でヤバい奴だぞ!?」

「全速力で逃げたほうがいいんじゃ……」

「おや? あれはあの時のやつか」

「あれ結構太いわね。 この剣じゃさすがに切れないわよね……。 ねえノール、なんかない?」

「えっと……剣に風の魔法を」

「じゃ、それお願い」


 ヘイゼルが以前、魔剣に風を纏わりつかせ威力を高めていた。

 今回はその応用でエルビーの剣に風を纏わりつかせ、長い風の剣を生み出す。


「エルビー、長さが普通の剣と違うから周りには気を付けて」

「ええ! 分かったわ!」

「お前ら、あんな化け物と良く戦う気になれるよな、まったく。 はぁ……。 アーディ、ラゥミー、もしあの化け物が攻撃して来たら、こっちも全力で行くぞ!」

「おう!」「ええ!」

「頭目、私たちも」

「ああ、分かっている」


 海から出た触腕はまるで鞭のように水面を叩き、また水中に沈んでいく。

 船はその衝撃で大きく揺れた。


「近づいてくるぞ!」


 船に近づく影。

 その影からはまた触腕が伸び、そして今度はノールたちに向かう。


「わっ! わわわっ! 来たー!!」


 ビリエーラが叫ぶ。

 船員たちは魔法を使える者がいないのか、武器が届く範囲に来るのを待っているようだ。

 ヘイゼルとアーディは魔剣の力を解放する。

 そしてラゥミーは魔法を放つ。

 エルビーは、向かってくるその触腕に正面で対峙する。

 すんでのところでそれを避け、そして剣を下から切り上げた。


「やったぁー、足げっとぉー」

「エルビーさん、それ……まさか食べるんですか……?」

「え? 食べられるでしょ?」


 一部とは言えかなりの大きさがある。

 それはあと少しと言うところでサティナの前に落ちた。


「やつは?!」

「下だ! 船の下にいるぞ!」

「クソッたれが! 腕一本切り落とされたってのにまだ襲ってくるつもりか!?」

「んー……。 海の中だと厄介ね。 こっちから攻撃できないわ。 あと二本ぐらいは取っておきたいのだけど……」

「いや、エルビーさん。 あれは一本で十分です。 そんな沢山とっても食べ切る前に腐っちゃいますよ?」


 その間もヘイゼル達は魔剣や魔法を駆使して攻撃を仕掛けている。


「海の中だとダメね。威力が弱まってしまうわ」

「あいつ、もしかしてこっちがへばるの待ってるんじゃないだろうな?」

「そこまで知恵が回るものなの?」

「そりゃあんだけデカく成長してるんだぜ? 敵から身を護るために知恵だって回るってもんだろうよ。 だいたい深海に住む化け物がなんだってこんな浅いところまで来るんだよ」


 なおも攻撃は続けるものの、海に守られたその生物に有効打を与えることは出来ずにいた。


「エルビー。 風の剣、もっと長くする?」

「ん?……ああ! その手があったわね!」

「なんだ? なんか策でもあるのか?」

「海の中で剣が届かないなら、剣をもっと長くすればいいのよ!」

「僕、エルビーさんの言っている意味が何一つ分かりません」

「まあいいから! 見てなさい! ノール! 今度あいつが近づいてきたらお願いね!」

「わかった」

「右舷から来るぞ!」


 エルビーは振り下ろした剣が船を傷つけぬように船べりに立ち剣を両手で掲げる。


「来たわ! ノール!」


 エルビーの掛け声に合わせ魔法を発動する。

 先ほどかけた魔法の剣よりさらに長く。


「これで! 終わりよ!!」


 そしてエルビーは剣を振り下ろす。

 エルビーにとってはただ普通の剣を振り下ろすだけだっただろう。

 しかしノールの魔法により延長された風の刀身は海面を叩き、そのまま海を割って海中にいる巨大な生き物を二分した。


「おおおお!」「すげええええ!」


 船上から歓声が漏れる。


「エルビーさん。 やり過ぎです」

「へ?」


 エルビーはビリエーラの視線の先に目を向ける。

 風の刀身は遠く海岸まで届いていたようで、その岸壁は土煙を上げつつ崩壊していた。


「これ、海中もさぞ大変なことになっているんでしょうね」

「ちょっとノール! もうちょっと加減してよ!」

「短いと届かないかもと思って」

「あの、海底もあの距離と同じぐらい抉られているんですかね?」

「そこまで威力は無いから大丈夫だと思う。」

「そうですか……、でも、たまたま線上にいた海の生物は真っ二つでしょうね。 その線上に人が居ないことを祈ります」

「なあ、どうしたビリエーラ。 今回はやけに驚きが無いようだが……」

「ふふっ。 そう見えますか、そうでしょうとも。 いくら僕でもいい加減慣れますよ。 ああ、この二人に常識を求めてもダメなんだなって。 ねえ、ヘイゼルさん。 私ね、正直今の仕事続けるのどうなんだろうって思うことあったんです。 冒険者さんにちょっと憧れてもいたんですよ。 明るい世界の仕事じゃないですか、かっこいいよなぁって。 けど、今ようやっとわかりました。 私、あんな化け物と戦うの嫌です。 冒険者と言うのはエルビーさんたちのような規格外じゃないとやっていけない職業なんですね。 暗いけど暗部として、あっもう暗部じゃないけど人間相手にしていたほうが何十倍も良いですよ……。 私、今の仕事頑張りたいと思います」

「あ、ああ……、そうか……。 まあ向き不向きってのは人それぞれだからな。 自分に合った仕事をするのは大切だと俺も思うぞ。 あと、エルビーたちが規格外なだけで冒険者と言うのは一部を除き総じて規格に準拠した全うな人間であると訂正させてくれ」


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