帝国への航海
長い長い航海。
船酔いと言うものは付き物だろう。
気分が悪くなる者はメイフィの魔法によって癒される。
「しかしだ、あの二人も船は初めてなのだろ? なぜああも元気に走り回る?」
あの二人とはノールとエルビーのことだ。
ただし、走り回っているのはエルビーだけだが。
サティナはそんな船酔いもしていない二人を見て理不尽に感じていた。
そしてラゥミーも船酔いには勝てずメイフィの魔法に頼っていた。
「ま、あの二人は常識外だからね。 気にしたら負けよ。 ああ、メイフィありがとうね。 自分でもその魔法使えるのだけど、こう気分が良くない時に自分で使うのって大変なのよね。 助かったわ、ほんと」
「いえいえ、お気になさらずに。 また気分が悪くなりましたらいつでも声をかけてくださいな」
「ええ、そうするわ。 んーーーすっきりした。 しかし、この魔法作ったのって誰かしらね。 ほんと感謝しかないわ」
「そうですね。 ですが、魔法とは本来こういう物なのです。 人が生きる上でその手助けとなる神の力。 それが魔法。 しかし、いつしか人々はその魔法を争うために使うようになってしまいました。 悲しいことです。 もちろん、すべてを否定するわけではないのです。 守るために戦うことだってありますから」
「それって魔法共生国の教え?」
「はい。 あの国は魔法さえ使うならば種族を問いません。 私もまたあの国で様々なことを学びました。 エルフの森にいたのでは決して知りえなかったことはたくさんあります。 とはいえ、すべての者がそういう考えであったわけではありませんが」
「聖王国かしら?」
「ええ、露骨に嫌がらせしてくることは滅多にありませんが、友好的だった方はいませんでしたね。 でもほとんどの国の方はエルフだからと邪険にするようなことはありませんでしたし、むしろ庇ってくださる方のほうが多かったです。 なので辛い学生生活なんてことはありませんでしたのでご安心ください」
「そう。 それは同じ人間の魔法使いとして良かったわ。 聖王国は人間の恥ね」
「あはは……。 それは、ちょっと耳が痛いですね。 私たちエルフ族も似たようなものなので……」
「あ、ごめんなさい! そういうつもりで言ったんじゃないのよ? えーと。 うーんと……」
「大丈夫です、ラゥミーさんが私の身を案じてくださっての発言だとは理解していますから。 ただ、頭目も似たような発言を良くしていますが、あれは人族を見下しているからではなく、私たちエルフが見下されないように努力してくださっているだけなので、嫌わないでいて欲しいのです。 もし本当に見下していたなら、私が魔法共生国に行くことだって反対されていたはずですから」
「大丈夫よ。 嫌うだなんてとんでもない。 私、ああいう正直な性格の人結構好きだから」
そんな会話をしているとノールが近寄ってきた。
「どうしたの? ノール」
「ヘイゼルどこ?」
「さあ?まだ部屋で寝ているんじゃないかしら? 何かあった?」
「大したことじゃないけど。 エルビーが落ちた」
流れる沈黙。
「なんでそんな冷静なのよぉ!! どこ?! エルビーどこ?!」
「あっち」
「もう!」
「私ヘイゼルさん呼んできます」
メイフィは言って駆け出す。
その後、駆け付けた船員とヘイゼルらの手によって無事エルビーは救助された。
「いやー、びっくりしたわ」
「それこっちのセリフだよ! あれほど気を付けろよって言っただろうに。 で、なんでそんなことになったのか、ちゃんと説明をしなさい」
「子供たちと一緒にこれで遊んでいたのよ。 そしたら飛んでっちゃって。 で、海に落ちて、わたしも落ちた……てへ」
「てへじゃない。 それでエルフの子達が泣いているのか。 あのな、こういう時お前の命が危険に晒されるってだけじゃなくて、周りの者たちまで悲しませることになるんだ。 もう少し自分の行動に責任を持て」
「はーい」
軽い返事をした後エルビーはエルフの子供たちに近寄りそして抱き寄せる。
「ゴメンね。心配かけて。でももう大丈夫だから泣かないでね」
そんなエルビーにラゥミーが近寄る。
「まったくもう。 心配させないで。 そのままじゃ風邪をひくから、はい行くわよー」
濡れた服を乾かすために船室に向かうためその場を後にするエルビーとラゥミー。
残されたヘイゼル達は深々と溜め息をついた。
「まったく、これだから人族は。 無謀もいいところだ」
「いや、この海を穴の開いた小舟で渡ってきたお前も大概だぞ」
「違う! 穴は途中で開いたのだ」
「旦那、船動かしますぜ」
「ああ、船長すまない」
「あ……」
ノールから漏れ出た一言。
それに対してどうしたのか、おそらくそう言いかけたヘイゼルはその言葉を飲み込んだ。
船の下、つまりは船内から爆発音がしたからだ。
ヘイゼル達は急ぎ船内に向かう。
「何事だ? これ」
「ああ、いや、今回はわたしじゃないわよ」
そう言ってパタパタと右手を振り、左手で隣に立つラゥミーを指さすエルビー。
そんな二人の前には焦げた跡を残した扉と壁、そして焦げた船員が横たわっていた。
「これ……死んでる?」
「手加減ぐらいしているわよ」
「で、何があったのか説明してくれ」
「私たちが部屋に入ろうとしたら背後から襲われかけたの。 だから焼いたわ」
「で? 死体さんのほうの言い分は?」
「俺はただその、その子がびしょ濡れで寒そうだなと思ったから温めてやろうとしただけで!」
「いや、寒くはないわよ」
「だ、だからそう見えたってだけで……」
「抱きつこうとした……と?」
「いや……ちょっとぐらい良いじゃねぇか……」
「死刑ね」
「ちょっおい! 待てって! ラゥミー! 過激! 過激すぎるから! とりあえずこいつの処分は船長に任せるでどうだ? な?」
「まあいいけど。 甘すぎる裁定下したら船ごと丸焼きにするわ」
「いや、その場合俺たちも丸焼きだが……」
「この馬鹿タレが!」
「おっと船長の重そうな一発が……」
「すまねぇ、こいつは俺の息子なんだ。 信頼面から新人は入れるなとは言われていたが息子なら大丈夫だろうと甘く見ちまった。 これじゃベリアルの旦那にも顔向けできねぇや……」
「ふ~ん。 ん? リングーデン卿じゃなくてベリアルさんなのか?」
「あ、ああ、俺たちを拾ってこうして仕事くれたのはベリアルの旦那なのさ。 もちろん最終的な決定はリングーデン様だけどよ。 俺たちにとっての恩人はやっぱりベリアルの旦那なもんでな。 まったく、この馬鹿はあんた方のことも知らぬ世間知らずに育っちまった。 一応口では説明しておいたんだが、まさかお嬢さん方に手を出そうなんて命知らずな真似を……。 あのワイバーンを細切れにするようなお嬢さん方にこんなことして……」
「おぉーいっ! ちょっと待て。 話が盛られ過ぎているぞ」
「私あの時魔法で攻撃しただけなのに。 どうしたら物理攻撃に変えられちゃうのよ」
「え? そうなのか? 確かお嬢さんが剣で切ってワイバーンは消滅したって……。 てっきり見えなくなるまで細切れにしたのかと」
「あれは炎で焼き払ったのよ、 あと私じゃなくてそっちの子、エルビーね」
「こ、こんな小さい女の子が? あ、じゃあこの焦げ跡もこの子が?」
「いやそれは私」
「まあ、ともかく。 今回は襲撃とは違うんだし、この辺りでってことで」
「私はリングーデン卿と約束したわよ? 怪しい行動に出たら殺すって。 こいつは殺しても問題にならないはずだけど?」
「ならないはずがないだろ。 それに問題にすれば、この人たちのベリアルさんからの心証も悪くなる。 別にことなかれってことじゃない。 ただ始まったばかりの航海でそういうのは何かと都合が悪い。 逆に問題にしないでこの人たちの信頼を得るほうが今はメリットになるだけのことだ」
「まったく。 ヘイゼルってばいつもそうやって解決しようとするんだから。 あと、エルビーも。 なんで後ろから抱きつかれそうだったのに平然としているの?」
「え? 特に殺気とか感じなかったし」
「殺気って。 良い? あなたも冒険者である前に女の子なんだから。 ああいう時はちゃんとぶっ飛ばしてあげないとダメなのよ! 分かった!?」
「はい!」
「はい、よろしい。 それから、そいつも。 今度同じ事したら舳先から吊るして魚釣りの餌にしてあげる」
「魚釣り! わたしやりたい!」
「あーはい。 まずは着替えてからね」
そう言い残し二人は部屋に入る。
「いや、ほんと済まねえ。 この馬鹿はあんたたちに近づけさせねえからよ。 あんたたちが信用できないってならフォーノフィードまで幽閉ってことでもいいさ」
「あ、いや、そこまでしなくていいよ。 ラゥミーもああ言ってはいるけど本気で怒っているわけじゃないさ。 本気なら手加減なんてしないからな。 ただそうだな、体面と言うか。 今回は見逃してやるってことの意思表示だと思ってもらっていいだろうな。 そう、うん、たぶんそういうことだ」
「そうか、それはありがてえ。 俺たちに出来ることならなんでも言ってくれ」
「ああ、そうさせてもらうぜ」




