エルフの統率者4
「あの、よろしいですか? 私たちエルフの怒りを買わせるためにエルフを誘拐した、と言う話は分かります。 けどそうなると、エルフが王国の王女を襲うと言うのはどうなんでしょうか? 一方的にエルフが被害を受けるからこそ、その怒りは高まるのではないかと思うのです。 となればエルフにも非はあると言う事実は、エルフの高まる怒りを鎮火させてしまうのではないかと思うのですが」
「そうかもしれないわね。 でも、そこで王女を襲ったのは盗賊って言う隠れ蓑が生きてくるんじゃないのかしら? ノールだからそれがエルフだって気づいたわけで他の人だったら気づかなかったはずよ。 エルフが報復として反撃に出たタイミングで王女襲撃の件、実はエルフの仕業……なんて事実が出てくれば両者の争いは泥沼ってところじゃない?」
「なるほど、確かにそうかもしれないですね。 そうなると、やはりなぜ同胞が今回の件に加担しているかということでしょうか」
「加担している、というのはまだ断言できないぞ。 王女襲撃はあんたたちが誘拐された後らしいからな。 聖王国の刺客ではなく、ただあんたたちを誘拐された報復として襲っただけの可能性はまだある。 あんたたちを襲ったのがエルフって話も憶測でしかないだろう」
「ヘイゼルさん。 なんか、今回帝国は関係ないように思えるんですけど……」
「さあな。 憶測に憶測を重ねた信憑性のうっすい話だ。 可能性がどんなに高くても証拠も証言も無しに聖王国が悪いとは言えねえよ。 それに比べてエルフの売買に帝国貴族が絡んでいると言う証言は実際に得られているんだろう? ひっくり返すだけの証拠を揃えない限り無関係だなんて言えないだろうさ」
「そのひっくり返せる王国の貴族が行方不明になっているわけじゃないですか。 どうしようもなくないですか?」
「そんなもの、頑張ってその貴族を探すしかないんじゃないのか? そもそもそれはビリエーラの仕事じゃないだろ?」
「し、仕事じゃ……ないですよ? 僕は、お、親に命じられて親書を届けに来ただけですので。おうちのお手伝いです……」
「あ、そう……だったな。 まあ、聖王国の陰謀も帝国の濡れ衣も正直どうでもいいんだけどな。 前回の襲撃のように俺たちの邪魔さえしてこなければ。 他に、何か気づいたことある奴はいないか?」
「はい!」
「よしエルビー。 飯以外のことならいいぞ、言ってみろ」
「そう。 じゃあ特にないわ」
「冗談で言ったんだが……本当に飯のことだったのか……」
しばらくしてリングーデン卿が戻ってきた。
「皆様、お食事のほうはいかがでしたかな」
「ああ、リングーデン卿。 とても美味しかったよ」
「それは何より。 それで今後のことですが、明日帝国領フォーノフィードまでの船の手配がつきました。 今回、大切なお客様をご案内すると言うお役目ですので、船は専用のものをご用意いたしました。 皆様のみでの貸し切りとなります」
「そうか、それは助かるぜ」
「ということは、フォーノフィードまでどこにも寄港することなく直通ってことでいいのかしら?」
「はい、左様です」
「それならかなり時間を短縮できるな。 ところでリングーデン卿。 ひとつ尋ねたいことがあるんだがいいか?」
「ええ、私に分かることでしたらなんなりと」
「クルクッカの領主について何か知っているか?」
「クルクッカですか……。 あそこはリーズベルト伯爵の領地ですな」
「リーズベルト?」
「ええ。ご存じありませんかな? リーヴェンフォルト海運商会。 リーズベルト卿は、現当主ベイアルト殿の親類筋なのだそうです。 確かリーズベルト卿のお爺様の妹君がリーヴェンフォルト海運商会に嫁いだのだとか。 領主となったのも商会の後ろ盾あってこそとも言われておりましたな」
「なるほどな。 クルクッカの領主は同じクルクッカの大商人の親類と言うわけか」
「それがどうかされたのですかな?」
「いやな、俺たちはクルクッカで例の帝国の賞金首と盗賊団を捕らえたわけだけど、領主はそんな奴らの根城があったこと気づかなかったのかな?と思ってさ」
「そういうことですか。 ふむ。 私が言うのもなんですがそれは難しいことでしょうな。 あの街は商人の街と言う性質もあって人の出入りが多いのです。 昨日まで空き家だったのが今日にはお店が出ていたり、その逆で昨日までお店があったのに今日行ったらもぬけの殻、なんてこともよくあると聞きますので。 街の憲兵隊も目を光らせてはいるでしょうが、地下深くに潜られては探りようがないと言うものです」
「まあ、そういうもんだよな。 何かあるかと思って聞いてみたんだ。 すまんな。 さて、他に何か意見とか気づいたことある奴はいるかな?」
「はい!」
「あー、特にいないようなので……」
「ちょっと! わたし手を上げてるじゃないの!」
「あのなエルビー。 飯のことは後で聞くから」
「違うわよ! さっきの話で思い出したことがあるの。 リーヴェンフォルト海運商会ってどっかで聞いたことあるなーって思ってたんだけど、わたしたちがエレメンタルメタルゴーレムと戦った時に受けていた依頼。 それがリーヴェンフォルト海運商会からの依頼だったわけよ。 クルクッカからラビータまでの護衛ってやつ」
「え、ってことはちょっと待てよ? つまり、商会と盗賊団は繋がっていたってことか?」
「さあ?そんなことは知らないわ。 ただ思い出したから言っただけ」
「余計に混乱しただけなんだが……」
「その辺はノールが知っているんじゃない? エルネシアが同行することになった時その場に居たんでしょ?」
「エルネシアが同行したのはエルネシア本人の希望だった。 それと同行を許可したのはゲイン。 ベイアルトはゲインの説得で同行を認めたと言う話だった」
「ってことはそもそも王女がそこに居たことは偶然だったわけだ。 けど、それならなんで襲撃者は知っていたんだ?」
「エルネシアが話しかけてきた時、すでに監視する者がいた」
「それじゃ襲撃者はその馬車にお姫様が乗ったことを知っていたわけね。 今のところ領主も商会も関係はなさそうね」
「そっか。 なんか良い線行きそうだったんだが残念だ。 結局、今のところは有力な手掛かりは無しってところだな」
「いろんな疑問が残るだけになっちゃったわね」
「まあしょうがないか。 相手だってそう簡単に尻尾を掴ませてくれる間抜けではないだろうしな。 エルフ達を帝都にお連れするにしても出来れば敵の素性は把握しておきたかったんだがな。 今のままじゃすべてが疑わしくてどうにもならん」
「フフッ、そうね。 ところでリングーデン卿、船のほうだけど信用しても大丈夫なのよね?」
「は? と、申されますと?」
「だって、船なんて完全に逃げ場のない襲撃には絶好の舞台よ? それこそ乗組員の裏切りで沈没でもさせられたらあっという間に全滅だもの」
「なるほど。 ですがご安心ください。 船員はすべて私の子飼いの者です。 とはいえ、それを信用してくれと言葉で言っても納得はされないでしょう。 はてさて、どうしたものやら」
「そこらへんはシンプルに行きましょう。 もし、妙な真似をしたら…… 容赦なく殺すわ。 それでいいかしら?」
「…………。 あ、これはこれは……。 さすがは帝国トップクラスの冒険者様ですな。 呆気に取られてしまいました。 その覚悟は当然のものでしょう。 分かりました。 ベリアル。念のため、もう一度調整を行うように。 それから、そうだな、ここ最近になって入った者は今回乗船させないように。 お前が信用に足る人物だと認めた者以外を乗船させてはならない。 良いな?」
「はい。かしこまりました、旦那様」
「帝国トップクラスの冒険者チーム、疾風迅雷の魔剣。 なんと言っても、あのワイバーンの群れを倒した方々。 この街にその名を知らぬ者などおりません。 もし、そのような不届き者が居りましたら、その時は遠慮せずお切りください。 船員たちにもそのように厳命しておきますので」
「そう、なんか変な尾ひれがついているようだけども……。 それは安心だわ。 ねえ、ヘイゼル」
「そうやって自分の手は汚さずに俺を利用するんだよな。 ほんと怖い奴だよ、お前は」
「あら、そんな褒められても何も出ないわよ」
「では皆様。 お部屋の用意も整っております。 この者たちがご案内いたしますので。 たった一晩のこととなりましたがごゆっくりお休みください」
「ああ、じゃあ今夜は世話になるぜ」




