エルフの統率者3
領主リングーデン卿の屋敷。
ノールは目の前に立つ立派な屋敷を見上げる。
海を背に建てられたかなり立派な建物だ。
「ようこそ、お越しくださいました。 私は当家執事、ベリアルと申します。 ささ、主がお待ちかねです。 どうぞこちらへ」
執事に付いて行くと、玄関両脇に立つ使用人によって扉が開け放たれる。
中に入るとリングーデン卿と他の使用人たちによって出迎えられた。
「ヘイゼル殿、そして皆様。 お久しぶりです。 ようこそノエラミルースへ。 当家一同心よりお待ち申し上げておりました。 長旅お疲れでしょう。 お食事のご用意も出来ております。 さあどうぞこちらへ」
「食事か!」
サティナは叫ぶ。
「ええ、どうぞ、最高の料理をご用意しておりますので」
屋敷の中、広い食堂に案内され席に着く。
「それでは、私はしばらく席を外しますのでごゆっくりと食事をお楽しみください。 ベリアル、あとは任せたぞ」
「はい、旦那様」
「へえ、食事中に仕事の話をしないとは気の利く主様だこと。 まったく、食事中にづかづかとやって来たどこかの殿下とはえらい違いね」
「なんだラゥミー、意外に根に持ってるのか?」
「なわけないでしょ。 眼中にないわ。 ただこっちの貴族を評価しているだけ」
「けど、こういう貴族のほうが普通なんじゃないか?」
「そうかしら? 帝国の貴族共も食事をどうぞとか言って、いきなり仕事の話始めるのばかりだったじゃない」
「そう言われるとそうだったかもな。 まあ、エルフのあんな姿見ちゃ誰でも仕事の話する雰囲気じゃないってのは察するもんなんじゃねえの?」
ラゥミーはヘイゼルの視線の先、席に着くなり食べ始めたサティナを見やる。
「エルフってもう少し上品で気品に満ちた存在だと思っていたけど、意外と庶民っぽいのね」
「あれは空腹で死にかけだったんだろ。 王様だって死を目前にすれば汚らしく命乞いをするものだ」
「そこは皇帝の間違いじゃない? フフッ」
ヘイゼルとラゥミーの会話の一方でエルフ達も食事をしながら話をしている。
「頭目、もう少し品格を……」
「メイフィ。私はもう何日もまともなものを食べてないのだぞ? 無理言うな」
「ですが、小さい子供が真似するので……」
「メイフィさま。だいじょうぶよ。 わたし、ママからサティナさまはすてきなひとだけど、まねはしちゃダメっていつもいわれてるから」
「そう、偉いわ。 あなたは素敵な女性になるのよ」
「うん。すてきなメイフィさまみたいになる!」
「まあ、いい子ね」
「でもね、メイフィ。 私は、ああいう野性味溢れるサティナ様のお姿もすごくいいと思うのよ。 普段は頑張って上品に振舞おうとしているお姿。 そのギャップがまた、堪らないのよね」
「分かるわ! それ! ご本人は頑張ってるのでしょうけど、時折に隠しきれないオーラを垣間見せる時とか、あの美しいお姿も相まって、もう最高よね」
ノールたちは王城での食事と遜色ない料理の数々に満足していた。
食事も終盤に差し掛かったころ、サティナが口を開く。
「ところで、メイフィ。 あなり思い出したくないかもしれないが。 お前たちがかどわかされた経緯について知っておきたいのだ……。 話せるか?」
サティナは今までの話し方と違い、とても優しい口調になっていた。
「はい。 お気遣い痛み入ります。 あの日、私はいつものように森で薬草の採集をしていました。 そこで見知らぬ集団に囲まれてしまいまして。 反撃する暇さえありませんでした。 他の者らもだいたい似たような状況だったようです」
「相手は魔法を使ったのか?」
「魔法……ですか……。 それは…わかりません。 ですがそう言われると、あれはそうだったのかもしれません。 精神系の魔法を受けたのかも」
「精神系、精神支配か」
「断言はできませんが……」
「実はお前たちの行方が分からなくなった後、私は何か情報を得るため他の集落に出向いていたのだ。 そこで聞いたのは、いくつかの集落でも怪しい集団に襲われることがあったらしい。 襲われた者も精神支配を受けたそうだが、魔法抵抗を高めるアミュレットを身に付けていたそうだ。 そのため取り逃がしはしたが被害は出なかったそうだ。 お前たちが先か後かは分からん。 しかし一連の集団は同一である可能性が高いだろう。 これは頭目として、私の責任だ。 本当に済まない」
「いいえ頭目。 これはいかなる時も気を引き締めろと言う頭目の言葉を失念していた私たちの責任です。 頭目の非ではありません」
「ひとついいか。 精神支配ってそうそう効くものなのか?」
サティナたちの話を聞いて、ヘイゼルが疑問をぶつける。
「そうだな。普通なら、そうそう効かない。 この子のような小さい者はまだ魔法抵抗も弱く効きやすいが、大人の、いやそもそも我々エルフ相手に精神支配をかけられる人族と言うのはかなり限定されるだろう」
「その精神支配をかけたのもエルフだったなら、効き目は変わる?」
「ん? それはどういう意味だ? ノール」
「そんな同胞が仲間を傷つけるなど……」
「エルフならば、そうだな、可能性は高まると言える」
「と、頭目!……」
「落ち着けメイフィ。 これは可能性の話だ。 私だって同胞を疑いたくはない。 だが、我らに精神支配を施すなど……。 我らよりも劣る愚かな人族が! 我らより優れた魔法を使うなどあってたまるか!」
「いや頭目、それただの私怨じゃないですか。 そのプライドは分からなくもないですが、それで同胞を犯罪者扱いでは本末転倒ですよ」
「まあ、待て。 それより、ノールと言ったな? お前の考え、聞かせてもらおう」
「以前、ラビータへの護送任務中エレメンタルメタルゴーレムに襲われた時、そのゴーレムの召喚者はエルフだったのだと思う」
「ほう。その根拠は?」
「サティナやメイフィたちと魔力が似ていた。 魔力は個々で違うものだけど、種族ごとにより似た部分があると思う。 種族が異なるとそれだけ大きな違いが出てくる。 ゴーレムの召喚者が持つ魔力はヘイゼル達よりサティナやメイフィ寄り」
「もしかして、あの時の襲撃者って全員エルフだったり?」
「その可能性は高い」
「なあ、ノール。 ちょっといいか。 俺が以前聞いた限りの話じゃノールたちを狙って襲撃した黒装束と、商人たちを襲った盗賊は無関係だったんじゃないのか? 盗賊の襲撃に合わせて黒装束が便乗したようなもので」
「あの襲撃は不自然なことが多い。 あの時はたくさんの馬車列を襲うから人数も多いのだと思った。 でもあの規模の護衛ならそれなりの冒険者が就くのは想像できる。 けど襲って来た者はほとんど素人に近く積み荷の強奪と言う目的を達成するには弱すぎる。 でももし、あの盗賊の襲撃すべてがただの足止めで、その隙に王女を狙うためのものだったら素人集団の襲撃者と言う不自然な状況も理解できる。 もちろん弱さを数で補っている可能性はあるからその2つの襲撃が繋がっていると断言はできない」
「だとしてだ。 盗賊は街の娘やエルフはまだしも王女を攫って何の意味があるんだ? さすがにどこの貴族も王女は買わないだろ?」
「もしかしたら、街の娘の誘拐も本命を隠すためのことだったのかも知れないわね」
ヘイゼルの疑問、それにラゥミーが答える。
「本命?」
「そ、エルフか王女か、またはその両方」
「それでも繋がらないように思うんだが……」
ヘイゼルはそういうと、自身で考えを纏めるかのように話を続けた。
「えーと。 今回エルフの誘拐にはミハラムっていう聖王国の人間が絡んでいた。 そこから分かるのはこの件の後ろには聖王国がいるってことだ。 聖王国は人間様至上主義だからエルフをそういう扱いするのも分かる。 で、エルフを誘拐した盗賊団による商人たちの襲撃。 それがエルフによる王女襲撃を隠すためのものだったと。 でもなあ、その二つがどう繋がるんだ?」
「聖王国は人間の手によってエルフが誘拐された、という既成事実を作ったわけよね。 ヘイゼルが言ったように聖王国は人間至上主義、まあ世の中人間以外はゴミって思考のクズ共でしょ? これは仮定の話だけど、エルフが人を襲う状況を作り出したかったとか?」
「我ら高貴なエルフがそんな蛮行に及ぶなど!?」
「ま、まあ落ち着いてサティナ。 けどサティナだってこうして人間の国まで来て、私たちと出会ったときは問答無用で切りかかりそうな勢いだったじゃない。 聖王国としてはエルフが種族総出でそういう行動に出ることを考えていたのかもしれないわよ?」
「なあラゥミー。 だとしてエルフが王女を狙う理由はなんだ?」
「それは、エルフ誘拐の逆のことも考えていたのかもね。 エルフが王女を襲う。 そうなれば王国はエルフに対してどういった行動に出るか」
「でもよ、そのエルフは盗賊の襲撃を隠れ蓑にしたんだぜ? エルフが王女を襲った、ではなく盗賊が王女を襲ったにしかならねえと思うが」
「そんなの、後から我々聖王国が真犯人であるエルフを捕らえましたーってやれば済む話じゃない?」
「うわっ……エグいなーそれ」
「それはどういう意味だ? いやその場合、その襲撃に関わったエルフはどうなるのだ?」
「そうね、つまり、死人に口なし……ってことだと思うわよ」
「そ、そんな……」
「頭目……」
「分かっている。 同胞とはいえ、悪事に手を染めたことは許されることではない……。 だが……しかし……」
メイフィもサティナの言わんとしていることは理解している。
悪人なら死んでもいいとは割り切れないのだと。




