エルフの統率者
翌朝、朝食を食べていると出発の準備が整ったと報告を受ける。
「じゃあ朝食食べ終わったら俺たちも荷物纏めて出発するとしようか」
「了解だ」「ええ、分かったわ」
「もうちょっとここの料理食べていたかったわね」
エルビーが少し残念そうに言う。
「まあそれには俺も同意だな。 だが今回は諦めてくれ」
用意された馬車は2台。
後ろの馬車は少し大きめでおそらく7人のエルフ達を乗せるために余裕のあるサイズを持ってきたのだろう。
「と、言うわけで振り分けだ。 まあそんな大したことでもないけど。 俺たちのチームとビリエーラは前の馬車。 ノールとエルビーはエルフ達と共に後ろの馬車。 理由はまあ、エルフ達も知らない俺たちといるより、助けられたノールやエルビーと一緒のほうが安心するだろうってことだな」
ヘイゼルはノールたちを見やり、ひと呼吸入れた後続きを話し始める。
「それで万が一襲撃された場合、ノールやエルビーは基本エルフ達のそばで守りに徹する。 襲撃者への対応は俺たちで行う。 こっちの理由はだ、7人全員を守るのは俺たちでは不安だからな。 その点ノールの魔法なら確実に守れると踏んだ。 このタイミングで襲撃仕掛けてくるものはいないと思うが、例のゴーレム召喚者が強硬手段に出ないとも言えないからくれぐれも注意しておいてくれ。 んじゃ、そういうことでよろしく頼むな」
「昨日の逆恨みでアークレイ殿下が襲撃してくる可能性もあるんじゃない?」
皮肉交じりにラゥミーが言う。
「さすがにそこまで馬鹿王子じゃないと思うけどな」
「どうだかね」
するとそこへ保護されていたエルフを連れた一行が現れる。
先頭にいるのはそのアークレイだった。
「噂をすれば、ってやつかしら?」
ラゥミーは特に気にした様子もなく笑顔でそう言う。
「げっ。 聞かれてないよな? 昨日のことじゃなくて今のことで逆恨みとか勘弁してほしいぜ?」
当のアークレイは何やら不機嫌そうな表情をして近づいてくる。
「エルフ達をお連れした。 7名だ。 帝国の者たちに言うのもあれだが、王国にとっても大切な客人。 丁重に、帝国まで送り届けていただきたい。 船の手配などはリングーデン卿に一任してあるので、ノエラミルースに着いたらまずはリングーデン卿を訪ねてくれ。 それからクルクッカを始め途中の街に今回のエルフ護送の情報は行っていない。 あまり意味はないだろうし、余計な情報を流して余計な虫に感づかれても迷惑なんでな。 以上だ」
昨日とは打って変わって感情を押し殺したかのような淡々とした話し方だった。
いったいどういう心境なのか、少しだけ気になるところではあった。
すると、一人のエルフがこちらに近寄ってくる。
「あの、あの時はありがとうございました。 もし、あなた方が来てくださるのがもう少し遅かったら、こうして故郷に戻ることも叶わなかったかもしれません。 ここにいる皆、あなた方に感謝しています」
エルフはそう言い終わると深く礼をした。
後ろのエルフ達もそれに続く。
「あの時はお礼を言うことも出来ず申し訳ありません。 私も皆も余裕が無かったもので。 ずっとお二方に感謝の気持ちを伝えたいと思っておりました。 こうしてお二方に会うことが出来て良かったです。 もし、よろしければお名前をお聞かせていただいて宜しいですか?」
「気にしなくていいわよ。 わたしもまさかあんなところでエルフに会うなんて思いもよらなかったわ。 わたしはエルビー、そっちはノールね」
「エルビーさんとノールさん、ですね。 私はメイフィと言います。 本当に、本当にありがとうございました」
そしてまた深々と礼をし、それに続く後ろのエルフ達。
「だから気にしなくっていいって。 それより、今日は私たちであなたたちを護衛するわ。 それと後ろの冒険者たちもね」
「また、お世話になります。 そちらの、冒険者様方もよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。俺はヘイゼルだ。 今回、あんたたちにはそこのエルビーやノールと同じ馬車で移動してもらう。 構わないな?」
「ええ、何の問題もありません。 お心遣いに感謝します」
早速、全員が乗り込むと馬車は最初の目的地であるノエラミルースに向かって動き出した。
一行を乗せた馬車は何事もなく順調に街道を進む。
何日目かにして、やはりトラブルと言うのは望まなくとも向こうからやってくるもの。
「ヘイゼルの旦那、あれ、どうしますか?」
「あれ? あれって?……」
すぐには問いの意味が分からなかったヘイゼルだったが、御者が指し示す物を見てその意味を理解した。
街道にこちらの進路をふさぐようにして立つ人物が一人。
「なんだ? あれは。 男? いや女か」
フードを目深にかぶりその正体を隠している。
するとその人物が叫ぶ。
「停まれ! お前たち! 後ろの者を引き渡してもらおうか!」
ヘイゼルは御者に停まるよう指示をする。
「なんだ? 盗賊か?」
「たった一人で? さすがにそんな間抜けはいないと思うけど」
とりあえず、相手の話を聞いてみることに。
「申し訳ないが人違いじゃないか? 俺たちはあんたに渡さなきゃならないような物は積んでいないぞ?」
「しらばっくれるな! 後ろの馬車から同胞の気配を感じるぞ。 汚らわしい人族め!」
「あんた……もしかしてエルフか?」
「ハッハッハッ! 馬脚を現したな人族。 なぜ私がエルフだと分かった? それは後ろの馬車にエルフを乗せているからだろう」
「ああ、そのエルフを帝国まで護衛している最中だ」
「痴れ者め! 何が護衛だ! 我が同胞をかどわかした罪! 償ってもらうぞ!」
フードを目深に被ったエルフは叫ぶと剣を抜く。
すると保護していたエルフ達が降りてきた。
「お待ちください頭目!! 聞き覚えのある懐かしい声がすると思いました。 まさかこのような場所で頭目に会えるとは……」
「頭目!」「サティナ様だ!」
捕らえられていたエルフ達が口々に話しかける。
「お前は、メイフィ! 他の者たちも! やはりかどわかされていたか! なんと嘆かわしい! 人族め! 覚悟しろ!」
「いや、待て待て。 誘拐されている被害者が自由に出歩けるのはおかしいだろって。 確かに誘拐されていたけど、それを助けて今は送り届ける最中なんだよ」
「言った! 今言ったな!? 聞いたぞ! やっぱりかどわかしていたのではないか!」
「違う! 俺たちが誘拐したのではなく、誘拐されていたと言っているんだ!」
「頭目! 私たちはこの方たちに助けてもらったのです」
「そうか! 助けられたのか! 卑劣な人族め!」
「ん? どういうことだ?」
ヘイゼルは頭目と呼ばれたエルフの言葉に耳を疑った。
「頭目……。 皆さま! ごめんなさい! あの方は私たちの頭目でサティナ様と言います。 強く気高く優しい、そしてそのお姿は誰よりも美しい! 私たちでさえ思わず見惚れてしまうほどに! 皆が慕い憧れているそんなお方! ただ……ただ……」
サティナはメイフィの言葉に満足げな表情を浮かべていた。
メイフィは涙を浮かべながら、内に秘めたその想いを叫ぶ。
「頭目は……アホなんです!!」
そして両の手で顔を覆った。
「……え? おい、メイフィ。 本人、目の前にいるんだけど?」
メイフィの突然の発言に混乱する様子のサティナ。
「なるほどな」
「おいお前。 納得するな。 う~ん? つまりどういうこと?」
「だからな。 彼女たちはまあ確かに盗賊団に捕まっていた。 けど、ちゃんとこうして保護したってわけだ。 今は帝国に向け護送中。 その後はまあ帝国次第ではあるが」
「え、ああ? ああ……そうか……。 みんな、よく無事で帰ってきてくれたな」
「いろいろ無かったことにしたわね」
「ラゥミー、それは言ってあげるな」
「ま、まあ、あれだ。 我らの同胞を救ってくれたこと、感謝しよう。 後は私が連れ帰る。 それで構わないな?」
「えーと。 この場合王国からの依頼ってどうなるんだ?」
「エルフの頭目に直接引き継げたのだから問題ないんじゃないかしら?」
「そうか? ならいいが……」
「あのサティナ様。 どのようにしてここまで来られたのでしょうか」
「そりゃどういう意味なんだ?」
ヘイゼルはメイフィの言葉に何か引っかかるものを感じた。
「あ、いえ。 私たちエルフの森の民は基本、人族と交流を持ちません。 ですから、人族の通貨も持ちませんので、どうやってここまで来たのかちょっと疑問で。 船に乗るのもお金を取るのでしょう?」
「まあ、そりゃ船代は、結構高いな」
「そんなことか。 帝国から出る船に忍び込んだに決まっているじゃないか。 ドワーフの国から帝国までは流れついていた小舟に乗ってきた。 途中船の底に穴が開いて大変だったんだ。 あと植物に食われそうになった……」
「はあぁ……あの皆様。 頭目は………アホなんです」
「ああ、良く分かった」
「だからソコ! 納得するな! 実際にこうして着いているのだから良いではないか」
「それで頭目。 私たちを連れてどうやってエルフの森まで帰るつもりだったんですか?」
「へっ? そんなの、同じように船に忍び込んで……」
「頭目……。 こんな大人数じゃすぐバレますよ? この方々に付いて行けば帝国まで送り届けてもらえます。 船の代金も支払ってくれるそうですし。 帝国まで行けば、今度は帝国の方々の協力で帰ることが出来ますよ」
「し、しかし……。 人族の力など借りたくないし、せっかく頭目としていいところを見せようと思ったのに……」
「頭目。 そういうのは心に秘めておいてください。 いずれにせよ、この方々の協力無くしてエルフの森に帰ることは出来ません。 あの、それで冒険者の皆様。 不躾なお願いではありますが、我らが頭目も同行させていただいて宜しいでしょうか。 このままだと近いうちに死んでしまうかもしれませんので」
「あ、ああ、それは構わない。 船代はどうせリングーデン卿が払ってくれるだろうしな」
「ありがとうございます。 そういうことですから、頭目も、いい子にしていてくださいね」
「ふむ。 私の扱いに何か引っかかるものを感じるが……まあいいだろう。 それで? もちろん、食事なんかもお前たち人族が出してくれるのだろうな?」
「ああ、それはまあ一人増えたぐらいじゃ大して変わらないからな」
「フッ、しょうがない。 では望まぬところではあるが、お前たちについて行ってやるとするか。 あと、食事は出来れば早い方が嬉しいぞ。 森を出てからと言うもの、ろくに食えなくて……」
「皆様……。 ほんっとーに申し訳ありません。 ご迷惑をおかけすると思いますがどうぞよろしくお願いします」




