帝国からの使者3
「ヘイゼル殿。 少し宜しいかな?」
案内を申し出てくれたリドマイガス公だったが、どうやら話したいことがあったようだ。
「ああ、別に構わないですよ」
「では、こちらへ」
そう言われ案内されたのは、おそらく執務室と言うものだろう。
「まあ座ってくれ。 皆も遠慮せずに。 ところで、ヘイゼル殿は王国の現状をどこまで把握しているのかね?」
「すみませんが質問の意味が分からないです」
「ああこれは失礼。 確かに少し性急過ぎたようだ。 今回、エルフの護送が遅れた理由、それを知ってほしかったのだ。 首謀者と目される者は王派閥なのだがエルフが捕らえられていた場所は貴族派閥の領地だったのだ。 しかし当の首謀者は行方が分からなくなっておる。 その結果、互いに相手が首謀者を匿っているのではないかと疑心暗鬼になってしまっているのだ」
「なるほど。 状況的にはどちらの派閥も怪しさは残るってわけか」
「まあそういうことだ。 そして貴族派閥で帝国と懇意にしている者は帝国に協力的な姿勢を見せたいと考え自分たちで護送すると譲らぬ。 王派閥も、おそらく貴族派閥に責任を押し付けられると考えてしまっているのだろう。 経済的な面でも貴族派閥のほうが有利な状況で、帝国にも失望されたら王派閥の権勢は落ちるからな。 だから王派閥は自らが帝国に赴き釈明をしたいと考えているようなのだ」
「つまり、あれね。 帝国と懇意にしている者って言うのがノエラミルース周辺を領地に持ち帝国と交易をしているリングーデン卿。 そして、自らが帝国に赴き釈明をしたいと考えているのが、そうねアークレイ殿下ってあたりかしら」
ラゥミーが答える。
「ああ、その通りだ。 それと、帝国に親書を出させたのもアークレイ殿下の仕業であろう。 最悪自国の問題として片付ければよかったものを、少しでも王国の非を軽くしたいがために憶測で帝国貴族の存在を臭わせてしまった」
「だったら、そのリングーデンっていう人とアークレイっていう人の二人で護衛すれば良いじゃん。 ねえ?」
今度はエルビーが無遠慮に発言する。
「ハッハッハッ。 まあそれはそうなのだがね、今日の会議を見たであろう? アークレイ殿下はまだ若い。 不用意な発言で帝国の貴族を、いや帝国そのものを貶める発言をしてしまっては目も当たられんよ」
「あの性格じゃやりかねないわね、フフッ」
ラゥミーの独り言とも言い切れないような独り言に、苦笑気味になりつつリドマイガスは続ける。
「私としても今回の件はリングーデン卿に任せるのが良いとそう思っていたのだ。 彼は、帝国が亜人族に気を使っていることを知っている。 彼の思惑としては自らがエルフを護送することで帝国での自身の評価を高めたいのだ。 帝国からの評価が高まれば王国での評価も自然と高まる。 それが狙いだな。 王派閥を蹴落としたいわけではないのだが、アークレイ殿下は信用されておらぬようだ」
「でも旦那。 それじゃ俺たちが行くことにもリングーデン卿は反対なんじゃないのか?」
「内心はそうであろうな。 だが帝国からよく見られたいから自分が行くなどと本音は言えんだろう。 表向きは王派閥は信用ならない、と言っている。 だから帝国の貴公らが引き受けてくれることに表立って反対など出来ぬよ。 さらには王国側の者たちも同行するとなれば、王派閥が貶められることは無くなる。 なればアークレイ殿下が行く理由もない。 いやしかし、姫殿下の提案には驚かされたわい」
「ああ、まったく、本当に驚きましたよ。 本当、勘弁してほしい……」
「まあ、そう言わないでくれ。 その分報酬はしっかりと払わさせてもらう。 それから船代などは気にしなくていい。 リングーデン卿のことだ、帝国皇帝に良い報告をしてもらおうとノエラミルースではさぞかし貴公らを歓迎することだろう。 存分に頼ってやってくれたまえ」
「あの、ひとつ良いですか?」
「なにかな? 君はたしか……」
「ビリエーラです。 行方が分からない貴族の情報を頂けませんか? さすがに宰相閣下に報告を行うのにわかりませんでしたじゃ私の首が飛ぶような気がして……」
「大丈夫よビリエーラ。 首を切られそうになったらすかさずわたしがそいつの首をはねてやるわ」
「いや、ほんとやめてください。 そういう意味じゃないのと、あとなんでエルビーさんがその場に居る前提なんですか」
「ふむ。 それについては少し待ってはくれぬか。 陛下の許可なしに私の判断だけで帝国の方に情報を漏らすわけにも行かぬでな」
「あ、はい。 それでいいです。 ダメならだめでそう言っていただければそう報告いたしますので」
「ハッハッハッ。 それでは皇帝陛下の機嫌を損なわぬためにも、しかと情報をお渡しせねばなるまいな。 ここまでで何か質問はあるかね?」
「は~い。 今日の夕食は何?」
「エルビーさん?!」
「済まぬな。 私は献立にまでは関わっとらんのでな。 だが確実においしい料理とだけは言っておこうか」
「ほんと!? それは楽しみだわ! ねっ、ノール」
「そうか、それは何よりだ。 ふむ、せっかく楽しみにしてもらっているのに、これ以上引き止めるのも申し訳ないか。 では、案内させるとしよう」
案内された部屋にはすでに使用人と思われる人間が待っていた。
席に座ると、その後は料理が次々と運ばれてくる。
初めて見る料理の数々に目を奪われた。
どれも高級な料理と言うことだけど、それは良く分からない。
ただ綺麗に彩られ、そして繊細な味付けが施された手間暇をかけた料理だと言うのは分かる。
そんな料理に皆が感嘆する。
しかし、そんな楽しいひと時はいとも簡単に打ち破られてしまった。
ノール、そしてエルビーの前に立つ男によって。
「殿下! アークレイ殿下! お待ちください! こんなことをされては一大事に……」
「うるさい! 黙れ!」
「おっと、これは殿下。 どうかされましたか?」
ヘイゼルはすかさず立ち上がり、アークレイとノールたちの間に割って入る。
アークレイの後ろでは部下と思われる者が頭を抱えている。
「率直に聞く。 お前たちは誰に頼まれたのだ。 リングーデン卿か? 一体誰なんだ!?」
「いや、話が見えてこないんだが……。 さっきも言った通り、俺たちは皇帝の依頼でここに来ている。 たぶん、あんたが考えているようなことは何もないはずだぜ?」
「そんなこと信じられるか。 帝国に尻尾を振るリングーデン卿に頼まれたのではないか? 都合よくもリドマイガス公と知り合いのようではないか。 偶然にしては出来過ぎだ。 まさかリドマイガス公に頼まれたのか!?」
「はあ。 あのな、こんなこと自分で言うのすっごく嫌なんだが……。 俺たちはいろんなところで帝国貴族を批判することで有名なんだぜ? そんな帝国にとって都合の悪い人間を、帝国に尻尾を振る人間が頼りにするわけがないだろ」
ヘイゼルの言葉にアークレイは後ろの部下を振り返る。
「そういう噂を、聞いたことはあります」
どうやら王国でもある程度知られた話のようだ。
「だとしてもだ。 王国にとって信頼できる人物とは言えん。 だいたい王国側がそんな子供では話にならん。 言葉巧みに利用されてしまうのが目に見えているではないか。 エルネシアといい、子供の遊びではないのだぞ?」
そんなアークレイの言葉に珍しくラゥミーが反論した。
「アークレイ殿下。 私たちとしては別に今回の依頼断っても構いませんよ? ただ、その場合は当然、帝国には事実を伝えることになりますけど。 リドマイガス公やリングーデン卿は今回、私たちが護送することに賛成していた。 けど、アークレイ殿下がそれを阻止なされた、と。 もう一度言いますが、私たちはどちらでも構わないのですよ。 アークレイ殿下。 あなたは当初よりなぜ、リングーデン卿らが護送することに反対していたのか、それをもう一度思い出してみてはいかがかしら? その上でお聞きしますが、本当にそれでよろしいのですか?」
「そ、それは……」
「お話は以上かしら?」
アークレイもラゥミーの言葉の意味を理解したのだろう。
どう反論すべきか考えているようだ。
ラゥミーの言葉の意味、それは単純。
王派閥は、リングーデン卿らに今回の件の責任を押し付けられるのを警戒していたわけだが、帝国にとってそこはどうでもいいことだろう。
その上で、エルフ誘拐と言う事件の早期解決を邪魔をするというのは王派閥の信用を損なう失態でしかない。
つまりリングーデンと同じくアークレイもまた、今回の決定を黙って受け入れるしかないのだ。
「し、失礼する!」
どうやら返す言葉が見つからずアークレイは立ち去って行った。
「まったく、子供子供って自分のほうがよっぽど子供じゃないの」
「けど、大丈夫か? 帝国貴族だけじゃなくて、王国貴族にまで嫌われちゃうんじゃねえの? 俺ら」
「そんなの望むところよ」
「で、ビリエーラはどうしたんだ?」
「ヘイゼルさん。 ラゥミーさんってかっこいいですね。 王族にあそこまで啖呵切れる人、僕初めて見ました」
「冒険者は実力勝負だからね。 失う物もないから怖いもの知らずなのよ?」
「あやかりたいです」
「まあ俺としてはだ、はっきり物を言うラゥミーもすげぇと思うけどさ、自分たちが標的にされてるのに淡々と食事を続けているあの二人もすげぇと思うわ」
「あれは……。 食べることに夢中で他のことは興味なしって感じですね。 冒険者って、変わった人が多いんですね」
ノールとエルビーにとっての楽しいひと時は、まったく打ち破られていなかった。




