帝国からの使者2
王国貴族たちの様子がちょっとおかしい。
捕らえた者の引き渡し、または王国内での尋問の許可。
さほど難しい内容ではないはず。
「どうかしたんですか?」
ヘイゼルは彼らを見渡し、そして尋ねる。
「陛下。 ここは私に説明させていただけますかな? ヘイゼル殿とは知らぬ間柄というわけでもありませんので」
最初に口を開いたのはリドマイガス公だ。
「ああ、任せよう」
「では、ヘイゼル殿。 正直に言うと、その問題の貴族だが行方が分からぬのだ。 盗賊たちを尋問し、そこから関わった者らを洗い出した。 その結果とある貴族の名が挙がった。 しかし、その貴族を捕まえようとしたのだが、屋敷はもぬけの殻。 本当の意味でもぬけの殻だったのだ」
「つまり、帝国の要求には答えられない?」
「そういうことになるか。 我々も手を尽くして探してはいるのだが……」
「それは参ったな。 しかし、首謀者が行方不明じゃな。 まあ、しかし。 俺たちの役目は親書を渡すことで犯人捜しは俺たちの仕事じゃないしな」
そんなヘイゼルにビリエーラは傍まで寄り小声で話しかけた。
(あの、ヘイゼルさん。 僕としてはちょっと困るんですけど。 受けた指示は引き渡しかその場での尋問の許可なので)
(いや、そんなこと俺に言われてもな……。 ってお前が尋問するのか?)
(違いますよ。 その場合は帝国から担当官が派遣されます。 まあ引き渡しでも部隊用意してそっち専門の担当官が派遣されるだけですけど。 僕の役目は引き渡しかその場での尋問か、王国の判断を帝国に持って帰ることですので)
(じゃあどうするんだ?)
(どうもこうもないですよ。 そのまま伝えるだけです。 ただ居ない貴族はともかく、捕まえた盗賊らをどうするかは聞いておかないと)
「時にヘイゼル殿。 今回の件であるが、帝国皇帝はどのようにお考えなのか、聞いてはいるのかね?」
「と、言いますと?」
リドマイガスの言葉にヘイゼルは尋ねる。
「ふむ。 我々としては決して帝国を敵に回したいわけではないのだ。 ただ王国での事件、その中で帝国貴族が関与していた可能性があると言うことを皇帝陛下にいち早くお伝えしたかっただけなのだ。 しかしながら、こちらから皇帝陛下に送った親書の文面では、責任は帝国にあるかのようにも見受けられる。 誤解をされていないだろうかと、そう心配しておってな」
「は……はあ。 それは……どうなんだ? ビリエーラ」
「え? 僕ですか?」
「失礼だが、ヘイゼル殿。 その娘さんは?」
「ああ、すみません。 こちらはビリエーラ嬢。 今回、皇帝からの指示を俺たちに伝えた張本人です」
「ちょっとヘイゼルさん、言い方に棘がありませんか?」
「気のせいだ、それよりほら」
「あ、自己紹介が遅れました。 この度、ルイフィアナス・ベルィ・ランディア帝国皇帝、クレイ・ランディア陛下の命により、使者として派遣されましたビリエーラと申します」
「ほう、それはそれは。 それでビリエーラ殿。 何か聞いてはおりますかな?」
「その、実は私も陛下と直にお話ししたわけではなく、宰相閣下より、陛下の命として承った次第です。 私が宰相閣下よりお聞きした限りではありますが、今回、帝国としては人身売買を重罪としているにも関わらず愚かにもそのようなことに手を染めた帝国貴族をなんとしてでも突き止め、処分をしたい、とのことでした。 王国に関しては、そうですね、数か月も前のことなのになぜ未だにエルフを帰さないのだろうか、と疑問に思っておられるようでした」
「うぬっ、なるほど……そうか。 陛下、やはりエルフの件、早急に護送する手筈を整えませんと」
「ん?どうかしたんですかい? 旦那」
「ヘイゼル殿……、それは…ですな……」
「リドマイガス公。 良いのではないかな。 いずれにせよ、無関係とはいくまい」
「陛下がそのように仰るなら。 実は今さっきまで、捕らえられていたエルフたちを帝国まで護送すると言う話をしていたのだ。 しかし、なかなかに安心できる案がなくてな。 そう、信頼に足る人物がいないと言うことなのだ」
「はあ、そうなんですか。 でも、王国にも王直轄騎士みたいなのっていましたよね?たしか」
「それはもちろん、おるのだが」
「我々がその王の直轄騎士、銀星騎士だ。 私はその団長のアークレイ。 我が騎士団ならエルフの護衛など容易いと言っているのだ。 しかし帝国に尻尾を振る者がなかなか譲ってはくれないものでな」
「アークレイ。 止さぬか、みっともない。 客人の前であるぞ」
「何を言いますか父上。 帝国の冒険者など」
「ヘイゼル殿。我が子が失礼をした。 どうか許してやってくれ」
「あ、ああ、気にしないでください」
「そうですわ! お父様! ちょうどいいではないですか。 ヘイゼル様は聞けば帝国一の冒険者。 でしたらヘイゼル様に護送を依頼されては? リドマイガス様もヘイゼル様とお知り合いならば信用できるのではないかしら?」
「え?いや姫さんそれは……」
突然の申し出に慌てるヘイゼル。
「エルネシア! お前は何という馬鹿なことを! だいたい、帝国の冒険者だぞ? どこに信用できる要素がある?!」
声を荒らげるアークレイに対して、リドマイガスはその提案を熟慮する。
「お父様。ヘイゼル様は確かに帝国の冒険者様ですが、共に居るノール様とエルビー様は紛れもなく王国の冒険者様です。 その、以前わたくしがクルクッカに向かった際に非常にお世話になった方々ですの。 お二方はとても信頼できますわ」
「ハッ、何を言い出すかと思えば。 血迷ったのかエルネシアよ」
「お兄様は知らないかも知れませんが、ここにいるノール様もエルビー様もとてもお強い冒険者様なのですよ。 お兄様はエレメンタルメタルゴーレムをお一人で倒せますか? このノール様は、たった一つの魔法であのゴーレムを消し去ったのです」
「なっ!? ハッハハハハハハハッ! やっぱり血迷ったようだな。 そんな子供がエレメンタルメタルゴーレムを倒せるわけがないだろ? 馬鹿も休み休み言え」
「ヘイゼル殿。 それは事実、なのかな?」
考えに耽っていたリドマイガスがヘイゼルに尋ねる。
「ああ、まあその場面を見ていたわけじゃないが、おそらく本当だぜ? 少なくともワイバーン10体程度を一人で倒すだけの実力はあるな。 あ、そういえば、今回エルフたちを救ったのってのも、確かノールたちだったんじゃないか?」
「護衛するエルフ達ってあの時の子なの?」
「いや、今更かよエルビーよ。 というか俺としてはもうこのまま帰りたいんだが……」
「陛下。 もし、このヘイゼル殿と、それからノール殿、エルビー殿らが依頼を受けてくれると言うのであれば、私はそれに意義はありませんぞ」
「父上、このような戯言、真に受けてはなりません! あのような者がそれほどの実力を持っているはずがないではないですか! ここは、私にお任せください!」
「アークレイ。 お主では他の者が納得せぬ。 しかし、実力はともかくとして、エルネシアが信用に足ると言う者が同行することで、他の者が納得できるなら今回は彼らに任せようと思う。 他に、異論のある者はおるか?」
「父上!」
「アークレイよ。 お主が私のことを思ってくれているのは分かっている。 だが身内贔屓だけでは為政者は務まらんぞ」
「ぐっ……」
「ヘイゼル殿。 いかがだろうか、この依頼、受けては貰えぬか?」
ヘイゼルはメンバーを見る。
メンバーはヘイゼルが決めてと言わんばかりのしぐさをする。
その後、ヘイゼルはノールとエルビーに視線を向けた。
「わたしはどっちでもいいわ。 どうせ帝国に行くのは同じことだし」
ノールは同意と言う感じで頷く。
「あ、一応今回の依頼者の意見を聞いておかないとな。 な、ビリ―――――」
「いや僕には関係ないことですね。 依頼はここで終了ですから、フフッ」
「お、お前ぇー……」
勝ち誇ったような顔をするビリエーラだったが……
「けど、ビリエーラも帝国に戻るんだから、結局一緒よね」
エルビーの一言で一瞬にして曇った。
「いや、エルビーさん? 僕もう必要ないじゃないですか? 今回は皆さんだけで行けばそれでいいと思うんですよ」
「ダメよ。 ビリエーラはわたしが守るって言ったでしょ? それは帝国に帰るまで有効よ? それに、一人で帰って、ゴーレムに襲われても知らないわよ? あいつには逃げられているんだし」
「でも、僕襲われる理由ってないですよね?」
「復讐ってやつ? あの時、顔見られているんだから」
「あ、ああ……。 エルビーさん…、不本意ながらお世話になります……」
「ええ! 任せなさい!」
「では、話は纏まったと言うことでよろしいですかな? 陛下、こちらの準備が整うまで城に滞在して頂く、と言うことでよろしいですか?」
「ああ、もちろんだとも」
「では、ヘイゼル殿、ここは私が案内をしよう。 さ、他の皆もどうぞ」
「ねえ! もしかしてお城に泊まれるの!? やったわ!」




