勝者と最強の基準?
デスモルスの一撃をまともに食らい、その勢いのまま壁に激突して転がるエルビー。
心配をするビリエーラを他所になんとかその身を起こした。
だがまだ座ったままだ。
十分頑丈ではあると思うが、さすがに相当なダメージだったのだろうか。
「ちょっ!? エルビーさん! 血っ! 血っ!」
「へ?」
「鼻から血出てますよ!?」
「え?あっ、ほんとだ。 へぇ、血ってホントに赤いのね。 自分の血、初めて見たわ」
「体、大丈夫なんですか?」
「びっくりしたけど、大丈夫よ。 けど、この程度で血が出るなんて、人間の体ってほんと脆いわね」
いや、普通は死んでますって。
「おい! デスモルス! 遊んでいる場合じゃないぞ! 結界が消滅したってことはここもすぐ嗅ぎつけられる。 あのAランク冒険者たちが来てしまうぞ!? そいつらをさっさと始末してここを離れるんだ!」
うわっ、不穏なことを言うミハラム。
余計なことは言わないで欲しい。
その間にヘイゼルさんたちが来てくれれば助かるのに。
「やかましい!! 強者たるこの俺が決めることに口をはさむな。 お前たちに協力してやっているのは金のためだ。 そう、協力だ! 従っているわけではない。勘違いをするな。 あまり騒ぐならお前たちも潰すぞ。 それに、噂のAランク冒険者共とも戦ってみたいじゃねぇか。 この二人はそれまでの暇潰しだ」
「なっ……。 そんな弱い者、放っておけばいいものを」
「ふっ。この世界は弱肉強食。 強者は弱者からすべてを奪う権利を持つ。 弱者は強者が望むならすべてを差し出す義務を持つ。 これが世界の真理だ。 そしてこの俺は最強。 俺を楽しませ、そして死んでいく。 それが弱者の正しい姿だ。 分かったか?」
「馬鹿どもめ……。 なら俺は先に逃げさせてもらう。 あとは好きにしろ」
そう言ってミハラムは反対方向に走っていく。
うわー。
こいつヤバい思考してますよ。
というか最強を謳うならなんで帝国から出てきたんでしょ?
しかもこんなところに篭っているし。
「ねえ、あんた。 何馬鹿気たこと言ってるのよ。 強者は奪う権利があるとか、弱者は……なんだっけ? まあいいわ。 あのね、ノールは強いわよ。 でもノールはそんなこと言わないわ。 あなたの言う真理だかって言うのはただの妄想ね。 それが真実よ。 あなたも昔の私と同じね。 世界を知らないのよ。 今、自分が見ているものだけが世界のすべてだと勘違いしている。 自分で言うのも癪だけど、とんだ間抜けね。 この程度で強者とか、笑わせないでくれる? ほんと、腹立たしいことこの上ないわ」
あれ?もしかしてエルビーさん、ものすごく怒ってる?
「いい度胸だな、小娘。 そこまで言い切るなら、存分に楽しませてくれよ?」
エルビーは、その怒りとも言える感情を抑え込まない。
この者を打倒す力。
何者よりも速く、そして強く。
以前にも感じたことのある感覚。
たぶん、これが魔法だ。
そして魔法にとって重要な物。
それは意思の強さだと長老様は言っていた。
なら怒りと言う感情も魔法になるだろう。
そして怒りの感情と意思を重ねる。
魔法による身体強化。
エルビーは地を蹴る。
エルビーに合わせるかのようにデスモルスが拳を振るう。
剣でデスモルスの拳を防ぐも少し押し返されたエルビー。
まだ、うまくイメージが重なっていないのか。
もっとだ。もっと速く、もっと強く。
体中に、そして剣にもエルビーの魔力が大量に流れ込む。
それは一瞬のことだった。
エルビーは踏み込み、魔力により強化された一撃をデスモルスの腹に叩き込んだ。
「ぐはっっ!! 馬鹿な……。 こんな小娘の一撃など……。 なぜ…スピードが…上がった?……」
「ふんっ! この世界で強者を名乗るなら、最低でもドラゴンを倒せるぐらいになりなさいよ。 じゃなきゃ世界で最強なんて名乗らないことね。 あと、安心しなさい、今のは峰打ちよ!」
「あの、エルビーさん。 その剣両刃なんで、峰とか無いですよ?」
「ん?」
そう言われたエルビーは自分の剣をまじまじと見ていた。
「そう、だったんだ……。 買った時説明なかったから気づかなかったわ」
「いや、見ればわかるし、逆に峰打ちとかどこで覚えたんですか……」
デスモルスが倒されたことで盗賊たちの間に動揺が走る。
「嘘……だろ? ボスが小娘に倒された?」
「おい、あいつ、かなりヤバいぞ」
「ねえ、次はあんたたちだけど、どうする? 出口はわたしが塞いでいるわよ。 ここを通りたければ、わたしを倒してみなさい!」
「うわぁーー!!」
「に、逃げろーーー!!」
盗賊たちは叫びながら通路の奥に走っていく。
「ふっ、このわたしからは逃げられないわよ」
「あの、エルビーさん。 たぶんですけど、通路の向こうにも出口ありますよ」
「はあ!? なんでそれを先に言わないのよ!」
「え?そんなの私知らないですよー」
「追いかけなきゃ! ん? あっ。 でもいいわ、その必要はなくなったみたい」
通路の奥から悲鳴が聞こえる。
あと剣の音と、この音はなんだろう?
そして足音。
「よっ、ビリエーラ。 無事か?」
「へ、ヘイゼルさん! それにノールさんまで! 無事誘拐犯から解放されたんですね! 良かったぁ!」
「お前はノールの心配より自分の心配をしろよ。 こんなところに一人で乗り込みやがって。 俺たちがどれだけ心配したと思ってやがる」
「そ、それは……。 すみませんでした」
「まったく。 それで、そいつが親玉か?」
「あ、はい。 もう一人いましたが逃げられました。 こいつは帝国の賞金首、拳王デスモルスです」
「ふ~ん。 …………。 けっ、拳王!? マジか!?」
「はい…、マジなやつです。 そんなのをエルビーさん、一人で倒しちゃいました」
「そうか、ヤバいのはノールだけじゃなかったんだな」
「ああ、ヘイゼルさん。 そこの拳王ですけど、ヘイゼルさんたちとも戦いたそうでしたよ?」
「ふざけんなっ! そんなもんまっぴらごめんだ!」
「アハッ、アハハハハハハッ……」
笑うビリエーラの目から涙が溢れる。
今度のは恐怖じゃない。
嬉しさと安心感。
「この! ビリエーラお前っ! 何笑っていやがる! まったく。 ほんと、無事でよかった……」
そういうヘイゼルさんの顔は笑顔でとてもやさしい感じだった。
◇
それから他のメンバーとも合流し、街の憲兵隊を呼んで盗賊団を引き渡す。
引き渡しの際にはこの街の冒険者ギルドの職員も立ち会っていた。
「まったく、こっちは急いでいるって言うのに」
ヘイゼルが愚痴る。
相手が帝国側の賞金首というのも手続きに時間がかかっている原因だろう。
それでも冒険者ギルドが間に入ってくれているのでいい方だ。
「まあ、良いじゃないですか。 結局のところ、障害の一つを潰したわけですし」
「いやだからな、依頼者さんよ……。 はあ、まあビリエーラがそれでいいって言うならそれでいいさ。 ただ、これはビリエーラの指示の結果なわけだから、報酬はちゃんと今回の手間賃を上乗せしてもらうぜ?」
「え?いや!ちょっと待ってください! 私そんな指示出してませんよ!? 最初の馬車だって放っておきましょうって言ったのに助けに行ったのヘイゼルさんじゃないですか?」
「お前が勝手に居なくなったから、今こうなってるんだろ。 俺たちが冒険者ギルドで受けた依頼は、親書とお前の護衛だ」
そういうとビリエーラは小声で話始める。
(正式な依頼は親書を届けることで私の護衛は入ってませんよ!?)
(だからって表向きにでもお前を切り捨てるのは不自然だろ? これは作戦上必要な行動だ。 不満があるなら今後は勝手な行動をするな)
「うっ……。 分かりました。 今回の件は出来る限り善処します」
「あと、今後のこともな」
「ぐっ……。 分かりましたよ……」
「しかし、お前も会った時の面影、全然ないな」
「仕方がないじゃないですか。 普段はあんな感じで問題ないんです。 今回はいろいろイレギュラーなこと起き過ぎなんですよ。 私のキャパ超えているんです」
「まあ、な。 それは俺も良く分かる。 特にあの二人といるとな。 たいていのことが許容値を超えてくるんだ。 だが、おかげで多少のことなら驚かなくなった自信がある」
「ついさっき、拳王と聞いて驚いていたじゃないですか」
「そりゃ帝国の賞金首でアレにいくらかかっていると思ってるんだ。 小さな女の子が一人で倒せる相手じゃねぇっての」
「ですよね、普通はそうなんですよね。 あの子、最強を名乗るならドラゴンぐらい倒して見せろって言うんですよ。 無茶苦茶ですよ」
「ドラゴンか。 あれだな。 ここから南にあるグリムハイドって街で以前ドラゴンが出たらしいぜ? もしかしたら、あいつ、それを目の当たりにしたのかもな。 そんで人間がいかにちっぽけな存在かを思い知ったとか。 まあ、とりあえず、全員無事だったんだし、それで良しとするか」




