絶対絶命のビリエーラ
どうしよう……。
ビリエーラは頭を抱える。
エレメンタルメタルゴーレムの召喚者は街の中にいる。
…と言う言い訳を思いつき、街にでも避難しておこうかと思ったわけだけど。
逃げた先の東門で、私たちを騙したあの御者の男を見つけてしまった。
もちろん相手は気付いていない。
しかし見ちゃってから無かったことにして逃げるのはさすがに……。
そう思って追跡したら、気づけば敵のアジトの中。
外に逃げようとするとその方向から人が来るので、そいつらから逃げるためにどんどん奥に追い込まれていくことに……。
「おい、ミハラムよ。 首尾のほうはどうだ?」
「ああ、予定通りだ。 指定された場所でエレメンタルメタルゴーレムを召喚した。 そっちこそどうなんだ?」
「ふっ、ガキはちゃんと攫ったさ。 そういう報告を受けている。 しかし、ガキがAランクオーバーのゴーレムを倒したってのは本当なのか?」
「嘘など言っても仕方がない。 まっ、魔法を使いこなす程度なら、さほど珍しいことではないさ」
「さすがは大賢者ミューリの生まれ変わりと呼ばれるだけはあるな」
あれ?これかなり不味くないっすか?
あそこにいるの聖王国の魔法使いですよね?
あのエレメンタルメタルゴーレムの召喚者?
それに、隣にいるあの男。
どこかで見たことあると思ったら帝国の賞金首じゃないですか!
こんなところで何やってるのですか?!
たしか拳王って呼ばれてたような。
どう見ても中枢ですよ、ここ。
黙ってきちゃったから助けなんて来ないだろうし。
言ったら引き止められそうで嫌だったんですよね。
つまり、すべての行動が裏目に出た感じです。
ああ、ヤバイ。
変な汗出てきた。
バレたら確実に、私死ぬ。
「しかし、少し勿体ない気もするな」
「勿体ない? いったい何がだ?」
拳王の言葉にミハラムが疑問を返す。
「決まっている。 帝国トップクラスのAランク冒険者さ。 この俺が直々に戦ってみたかったがな。 ゴーレムに譲るなど惜しいものよ」
「今回はそういう契約だ」
「分かっているさ。 ただ、勿体ないと、そう思っているだけだ」
「高ランクの魔法使いならまだしも、いくら魔剣使いと言われようが分が悪いさ」
「ボス!」
「どうした?」
「実はゴーレムが…………」
「なんだと?」
「なんだ? 何があった?」
「お前さんご自慢のゴーレムが倒されたとよ」
「な、何を言っている?! あれがAランクの冒険者に倒されるはずがないだろう! 何かの間違いではないのか!?」
「そんなこと知るか。 部下がそう報告してきている。 見たままを報告しているにすぎないのだ」
「そんな……バカな……」
「連中、中々やるじゃねぇか。 まあAランク冒険者ならそれぐらい当然だろうな。 そうでなきゃ俺の楽しみがなくなる。 ミハラムよ、お前は帝国トップクラスの肩書を甘く見過ぎたってわけよ。 さてと、この俺、拳王デスモルス様が相手をしてやるとするか」
ゴーレムが倒されたって?
いったい誰が……?
もしかしてノールさんが戻ってきた?
ああ、やっぱり失敗したかな?
あのまま、あそこにいれば良かった。
「おい、そこに誰かいるのか?」
盗賊の一人が不審がる。
うわっ! やばっ! バレた!?
どうしよう?
「なんだ!? 誰だ!?」
ミハラムと言う男も盗賊の言葉であたりを見渡し始めた。
そんなざわつく盗賊たちに拳王デスモルスが言う。
「ふんっ! どうせネズミだろう!」
そうです! ネズミです! 一匹だけ! チュウチュウ! 見逃しましょう!!
「潰せ」
ああ……やっぱそっちのネズミかー……。
始めの盗賊も物音か気配か何かで気づいたのか、完全な位置までは把握していないようだ。
なら今のうちに逃げるしかない。
今行動に出ないと、完全に包囲されてしまう。
そうなったら本当に袋の鼠だ。
しかし恐怖で足が動かない。
うちの班は敵陣に乗り込んで情報を集めたりしないんですよー。
ダメだ。 逃げろ。 このままじゃ本当におしまいだぞ。
気持ちを落ち着かせよう。
恐怖に満ちた心を別の何かで埋めるんだ。
最初に浮かんだのはエルビーさんの言葉と笑顔。
――― 必ずあなたを守ってあげる ―――
あれはきっと本心だ。
あの人は社交辞令的なことは言わない。
そもそもそういう考えがないようだし。
きっと今も私を探してくれているに違いない。
そしてもう一人、ヘイゼルさんの言葉。
見捨てることなんて出来ないと言ってくれた。
動かなきゃ。
二人の気持ちに答えるためにも。
ビリエーラは決心する。
そして、その場から飛び出した。
「おい! 居たぞ!」
「全部聞かれてたか?! 追え!! 逃がすな!」
幸いにも通路入り口付近にはいない。
これなら逃げられる。
「おい! デスモルス! 大丈夫なのか!?」
「落ち着け。逃げられるわけがない」
「なら、いいが……」
「ふん、暇潰しにはいいか」
デスモルスもまた、ビリエーラのもとに歩き出した。
走る。
通路をひたすらに。
あの扉の先には1階に続く階段だ。
扉にしがみつき、開ける。
?
あれ?
開かない……。
なんで?
「へっへっへっ。 元気なネズミだな。 その扉はな、合言葉がないと開かないのさ。 ここは魔力を遮断する地下。 それじゃ魔力を持つ人間も出入りできないだろ? 入るのは自由。 だが出る時には合言葉でその魔力の遮断を解いてやらねぇとならねぇのさ。 知らなかっただろ? 時々お前のようにネズミが入ってくるがそういうことでここは守られていたってわけさ」
この盗賊! ものすごく説明してくれる!
冥途の土産ってやつのつもりだろうか。
時間稼ぎにはちょうどいいけど、打つ手なしじゃ結局は同じなんだよな。
どうせなら入る時も合言葉必要にしてほしかった。
「待て」
さっきのデスモルスだ。
もしかして、助けてくれるのか?
秘密を喋るなら命だけは……って奴?
でも命が助かっても奴隷になるのは嫌だな……。
「そいつの相手は俺がする。 雑魚相手でもいないよりはましだからな。 じっくり痛めつけてなぶり殺してやる」
全然違ったー。
一番きつい奴じゃん。
ナイフならあるし、もうこのままいっそ自分で……。
絶体絶命! 私ビリエーラの運命やいかに!
なんかもう、恐怖が一周して冷静さすら取り戻しつつある気がする。
いや、あきらめの境地、と言うものなのかもしれない。
ふと何かが崩れる、いや壊れる音がした。
「デスモルス!! 結界が消滅した! そいつ何かしたのかもしれないぞ! 気を付けろ!!」
はっ?
いや私、死を覚悟したぐらいで何もしてませんが……。
濡れ衣にもほどがあるんじゃないですかね。
「結界が消えた? どういうことだ?」
デスモルスが当然な疑問を口にする。
私も知りたい。
「そんなの! こういうことに決まってるわ!!」
突如空中に現れたエルビーは落下するその力を、そのまま剣に込めデスモルスに叩きつける。
そして私の目の前に着地し……。
そう、まるで私を守る騎士であるかのように立つその姿。
「遅れちゃってごめんね。 探すのに手間取ったのよ」
「エルビーさーーーん!!!」
聞き覚えのある声。
見知った顔。
彼女の顔を見たとき、今まで耐えてきた感情が一気に溢れ出してきた。
「ほう。 雑魚相手じゃ大して楽しめないと思っていたが、少しは骨のあるやつが出てきたじゃねーか。 お前は俺を楽しませてくれるんだろうな?」
「ビリエーラ。 何?このごついの」
「帝国の、賞金首拳王デスモルスです。 冒険者だったならAランク以上とも言われてますよ」
「へぇ、強いんだ」
「威勢のいい小娘だな。 しかし、ちょっと細すぎか。 いや、しかし先ほどの一撃は中々のものだったしな。 見た目で判断しちゃ、ならねえよな」
エルビーが踏み込み、そして剣を振るう。
デスモルスは避けることをせずに、その剣を自らの腕で受け止める。
「え?どういうこと? なんであの腕切れないの?」
「えっと、躊躇なく腕を切りに行くエルビーさんも怖いですけど。 デスモルスは闘気と言うのを身に纏うことで、身体の強度を高めることが出来るんです。 生半可な剣じゃそもそも太刀打ちできません」
「ビリエーラ、意外に詳しいのね。 ファンだったり?」
「違いますよ! 一般常識の範囲です!」
「じゃあもう一度!」
再度、踏み込み剣を振るう。
たださっきより踏み込みが深いようだ。
おそらくさっきのは様子見もかねて加減していたのかもしれない。
「そんな攻撃じゃ俺には通用しないぜ? まあいい。 遊ぶおもちゃが弱い雑魚から少し強い雑魚になったぐらいだしな。 お前を甚振ってから、後ろのやつで遊ぶか。 安心しろ、お前はまだ殺しはしない。 後ろのやつが痛めつけられているのを、特等席で見学させてやるよ」
デスモルスはそんな勘弁してほしいことを言いながら、エルビーの攻撃を右腕で受ける。
そして迷わずその剣を左手で掴み、空いた右腕でエルビーの腹部にパンチを打ち込んだ。
驚くほどの衝撃。
エルビーはその勢いのまま壁に叩きつけられ、そして地面に転がる。
私なら即死だろう。
「エルビーさん!」
駆け寄りたい。
駆け寄ってエルビーさんを介抱してあげたいが、動けない。
どうすればいい。
いったいどうすれば……。




