疑念と信念
「ところで、少年をどこに送り届ければいいですか?」
「クルクッカ」
「はい、そうですね。 ですがクルクッカと言っても広いです。 街の中を闇雲に探すのは効率が悪いです。 では、質問を変えます。 少年はどこで誘拐されましたか?」
「東門に入ろうとして入れずに街道に引き返した辺り」
「中々にざっくりした返事ですが、把握しました。 まずはそこに向かいます」
時々後ろを振り返りながら馬車を同じ速度で進ませる。
追手を警戒しての行動だろう。
西側の正門への入り口を過ぎ南門に近づく。
「あそこ。 エルビーたちがいる」
「あそこ? エルビー……、ですか。 一緒に居た方々ですか?」
「そう」
「それは良かった。 特に人影は見えませんが。 このまま進めばいいですか?」
「そう」
しばらくしてエルビーもこちらに気付いたようだ。
何やら騒いでいるようにも見えるが、おそらくヘイゼル達にこちらのことを伝えているんだろう。
「ノール! 無事でよかった! 無事で……よかった?……ん?」
ヘイゼルはノールを見つけ声をかける。
しかし、ノールの格好を見て自分の言葉に自信がなくなったようだ。
「少年は無事です。 怪我一つなく」
「そうか! 良かった。 もしかしてあんたがノールを助けてくれたのか?」
「はい。 怪しい集団に襲われているのを目撃してしまいましたので」
「そりゃ何とも、あんたには何か礼をしなきゃならねぇな」
「その必要はありません。 困っている人を助けるのは当たり前です。 当然のことをしただけです」
「そりゃどうも。 けど時間が出来たら是非礼をさせてくれ。 これも当然のことだからな。 ただ、ちょっと今はすまない。 もう一人、うちの連れが行方不明になってしまってな。 そっちを探すので手いっぱいなんだ。 その後で礼をさせてくれな」
「わかりました。 ではそのもう一人の捜索も手伝います」
「え?いや、それはさすがに申し訳ないって。 俺らの問題にあんたまで巻き込むわけには行かないからよ」
「先ほども言いましたが、困っている人を助けるのに理由は必要ありません。 それにここは街道。 助け合いながら利用する場所です」
「そうか、まあ俺たちとしても人手が多いに越したことは無い。 俺はヘイゼルだ。 よろしく頼むぜ」
「はい」
「・・・」
「・・・」
しばしの沈黙。
エルビーの腹の虫が鳴いている以外、静かなものだ。
「いや、済まねえな。 俺としてはあんたの名前も聞いておきたかったんだが、事情があって秘密とかそういうことだったりするか? なら無理に聞こうとはしないが」
「なるほど。 そういうことだったのですか。 なぜ突然名前を教えてくれたのか良く分かりませんでした。 私はネリア。 魔法共生国の生徒です」
「そ、そうか、ネリアか。 よろしく頼むな」
「はい。 それで。 行方が分からない人物に関して、今分かっていることは何がありますか?」
ヘイゼルはネリアと言う少女にこれまでの経緯を説明する。
もちろんビリエーラが帝国の秘密部隊員と言うことは伏せて。
「なるほど。 分かりました。 そのビリエーラと言う少女が黒幕ですね」
「またそれか!」
「またとは?」
「いや、済まねえ。 実はあいつの行方が分からなくなった時もその話が出てな。 俺も確かに、その可能性は疑った。 けど、やっぱりあいつはそう言う奴じゃねぇよ。 不器用だけど、自分のやるべきことを全うしようとしている。 あいつはそういう奴だ」
「ですが、エレメンタルメタルゴーレムを召喚した犯人と言う可能性は否定できないです」
「いや! でもよう……。 ゴーレムが召喚されたときはまだあいつはその場にいたはずだ。 もしあいつが召喚していたなら、さすがに俺たちも気づくだろうし」
ヘイゼルがそういうとネリアは一本のナイフを手に取り言う。
「これは魔剣です。 魔剣と言うのは……。 すでに魔剣を持つ皆さんに改めて言う必要もないですね。 この魔剣はエレメンタルストーンゴーレムを召喚できます。 私が持つ召喚系の魔剣はこれひとつですが、エレメンタルメタルゴーレムを召喚できる魔剣が存在しないとは言い切れません。 そして、私はまだ未熟な学生なので召喚する際にはナイフを向ける必要がありますが、熟練した者なら隠しながらでも扱えるかもしれません」
「ネリアの言い分はもっともだと思うわ」
「お、おい! ラゥミー! そんなお前まで……」
「落ち着いてヘイゼル。 これはあくまで可能性の話なの。 ネリアが言っていることはもっともだけど、推測の域を出ていない。 私はビリエーラが犯人である場合と犯人でない場合、両方の可能性を考えて捜索する必要があると言っているだけよ」
「あ、ああ、そうだな。 ああ、くそう! なんで俺がここまで惑わされなきゃいけないんだ!」
ヘイゼルは以前の馬車でのビリエーラとの会話を思い出していた。
(あいつが俺だけに相談してくるのが悪い! もしかして、俺の性格も知ったうえで、あの相談自体が作戦だったとか? あいつも大変なんだなとか思っちまってせいで、変に感情移入しちまうようになったじゃねぇか!)
「ところで。 エルビー、お前はさっきから何をしている?」
「へ? 何って……。 なんかノールが面白い格好してたので、つい」
「つい、じゃねぇよ。 こっちが真剣に考えているってのに。 ノールさっきよりグルグル巻きになってるじゃねぇか!」
「だいたいこの布何なのかしらね?」
「魔法を封じるものらしい」
エルビーの疑問に答えたのはグルグル巻きのノールだ。
「へえ。つまりこうやって魔法使いを縛り上げるためのものなのね」
またエルビーが感想を漏らす。
それに回答したのはネリアだった。
「いえ。 それは違います。 それはもともと危険なマジックアイテムを封じるために作られたものです。 形、大きさ、様々なものがあるマジックアイテムを封じるのには、その形状が都合良いのです。 袋状や箱状など、専用のものが作られる場合もありますが、一時凌ぎや専用品が作られない場合に汎用的な封印方法として広く用いられるものなのです」
「へえ。 じゃあノールはマジックアイテムね」
「そんなことより、ビリエーラを探すんでしょ? 今、ビリエーラが敵か味方かは関係ないわ。 ビリエーラが心配。 だから探す。 それで十分よ。 ねえ。 とりあえず、その魔剣でもう一度辺りを探ってみたら? 実は物陰に隠れてそのまま眠っていたりしてね」
「いや、ラゥミー、さすがにそれはないだろ。 ノールやエルビーじゃないんだから」
「ちょっと、わたしはそんな間の抜けたことしないわよ。 だいたい、わたしはどこでも眠れるわけじゃないのよ。 自分が心地良いと思った場所だけなの」
「心地良い場所なら、そのまま眠り続けることは……?」
「それは、あるわね」
「ヘイゼル、早くして」
「そうだな」
ヘイゼルは魔剣を構える。
そして魔剣に意識を集中し魔法を発動する。
風の精霊の力。
ゲインやダーンの持つ探索能力とは違う仕組み。
「ダメだな。 やっぱり何にも感じない。 少なくとも外に人はいない」
「そう。 やっぱりガラ………」
「違うからな。 この魔剣は優秀だ」
「はいはい」
「ノール、どうした? ああ、もしかして今使った魔法のことか?」
「うん。風の……精霊……」
「そうだ。 風の精霊。正確には微精霊ってやつだな。 とっても小さい、精霊の…子供?みたいなものさ。 で、そういう微精霊を周囲に飛ばす。 微精霊が感じたものを俺も感じ取ることが出来るってわけ。 だから微精霊が判別できないもの、例えば人間の男女の違いとかそういうのは俺も判別は出来ないわけだ」
つまり微精霊が自分の感覚の延長になるわけではなく、微精霊の感覚を自分が共有するのに近いのかもしれない。
こういう魔法は人間が考えるのだろうか。
それとも神が考えたものを人間たちが使っているのか。
やはり人間が使う魔法をもっと知りたい。
どうすれば人間の魔法を知ることが出来るのだろうか。
「けど人かどうかぐらいは微精霊でも判別できる。 本来いないだろう場所に人がいれば、それで分かるってわけさ。 もしビリエーラが外で眠りこけているなら微精霊がそれを見つけるはず。 けど、人はいないってわけだ。 外にはいない。 街には入った形跡がない。 じゃあビリエーラは一体どこに行ったんだ? やっぱり敵側だったとかか?」
ヘイゼルの疑問。
そしてラゥミーが別の可能性を指摘する。
「もうひとつ可能性があるわね。 今回ノールがあからさまに誘拐されたけど。 真の狙いはビリエーラって場合よ」
「あいつ攫って何になるんだ?」
「親書はヘイゼル、あなたが持っている。 けど貴族の娘が同行しているなら、親書は貴族の娘が持っていると勘違いしてもおかしくはないわよ? だから、親書狙いの可能性を考えると……。 言いたくはないけど。 依頼としての正しいのは、ビリエーラを見捨ててあなたが持っている親書を届けるってことになるわね」
「そう……だな。 けど、俺は……。 なあ、ラゥミー、アーディ。 お前らは……どう思う?」
「そんなの、決まっているじゃない。 帝国の犬とか御免だわ。 大切な仲間のほうが優先」
「当然だ。今更聞くまでもないだろう」
「へっ……。 そうだったな。 じゃあ、決まりだ! ビリエーラを探す!!」




