少女の正体と少女の行方
「そういうことだから。 じゃあ、先に逝きなさい」
剣がノールに向かって振り下ろされる。
「氷の槍!」
だが振り下ろされた剣は魔法の氷によって弾き飛ばされてしまった。
「ぐっ!」
「か、頭!」
頭と呼ばれた女は弾き飛ばされた剣を持っていた手を押さえ、痛みに耐えていた。
「氷の槍!」
今度は御者席に座る男が魔法で吹き飛ばされる。
すると、主を失った御者席から一人の少女が飛び込んできた。
「なっ? なんだ貴様!」
「怪しい奴めっ!」
「怪しい奴? それはこちらのセリフです。 こんな馬車の中で、こんな小さな子供を殺そうとするとは。 まったくもって非道極まりない行為です。 どちらが怪しいかは明白です」
「くそっ。あと少しで殺れたってのに」
「そうでしょうか。 アドバイスするわけではありませんが、どうせやるなら見えないようにやるべきです。 外から丸見えでしたので。 雑にもほどがあります」
おそらく御者側の幌の隙間から見えてしまったのだろう。
頭は恨みがましい目で少女を見る。
「まさか氷の槍で私の剣を弾くとはね。 それで? 貴様は何者だ? なぜ私の邪魔をする?」
「分からないというのであれば、教える必要もありません」
分からないから教えるのではないのだろうか?
あれ? つまり、どういうことだろう……。
「そうかい。 じゃあ、私らの自己紹介も、不要だねっ!」
「はい、必要ありません」
そういうと少女はノールを一瞥する。
「少年。 怪我はありませんか?」
「うん」
「結構。では……逃げます」
そういうとナイフを取り出し相手に向ける。
「そんなナイフ一本で何が出来るのさ。 バカにしているのかい?」
「ええ、そうかも知れません。 火球」
言葉に従い魔法陣が現れ、発動した。
威力はさほど高くないようだが、攪乱するなら十分だろう。
「クソッ! 魔剣か!?」
相手が混乱している間に少女はノールを抱えて馬車から飛び降りる。
今のノールは魔法を封じる布を上半身に巻かれた状態。
雑な巻き方のため腕などまったく動かせないわけではないが、それでも動きは制限されている。
だが脚まで巻かれていないのが幸いし、移動には問題ないだろう。
しかし、そんなノールを抱えて少女が馬車から飛び降りるとどうなるか。
「ぐへっ!?」
「大丈夫?」
「はい……大丈夫です……」
ノールは見事な着地を見せ、少女は盛大に転んだ。
少女の顔が少し赤いのは転んだ際にぶつけたからだろうか。
「お前ら! 逃がすんじゃないよ!!」
馬車の中から怒声がする。
「やっぱりあれぐらいじゃダメでしたか。 それは魔法封印術式のようですね。 しかし、ずいぶんと重ね掛けされているようですが。 それを解いてあげたいですが、今は逃げることを優先させます。 念のため、もう一発。 火球」
さらなる魔法が馬車の中で爆発する。
ノールたちが逃げる先には、おそらく少女が乗って来ただろう一人乗り用の馬車があった。
「少年、ここに乗って。 少し狭いですが我慢してください」
ノールは荷物を置くスペースに座らされる。
そして少女は御者席に座り、もともとの進行方向だったクルクッカに向け馬車を走らせた。
「いたたたた……。 まったく、魔剣なんて持ち出しやがって! クソ、あいつらどこに行きやがった!?」
馬車からは男たちが飛び出してくる。
「頭!」
男の一人が叫びノールたちが逃げた方角を指さす。
「馬車で逃げる気か! お前ら、子供は殺せ。 その小娘は生け捕りだ。 拷問してでも何者か吐かせるんだよ!」
頭が叫び指示を出す。
「見つかってしまいました。 ですが安心してください」
そういうと少女はまたナイフを男たちに向ける。
「同じ手が何度も通用すると思ってるのかい?!」
その言葉を聞き、少女は一瞬だけ少し笑って見せた。
「精霊、召喚」
少女の言葉に呼応し、地の精霊が呼び起こされる。
そして地の精霊によって創造される者。
「なっ!? ゴーレムだと!?」
男たちはさすがに取り乱しているようだ。
「後は頼みます」
少女はゴーレムに後を託し、馬車を走らせた。
ノールたちを乗せた馬車はゴーレムの出現に混乱している男たちの眼前を通り過ぎる。
「忘れものです。 火球」
少女は男たちにナイフを向け魔法を放った。
「小娘!! 覚えてろよ!!!」
頭の叫びが遠くで聞こえる。
「ふむふむ。 しかし少年。 危ないところでした。 ところで、どこで誘拐されてしまったのですか?」
「クルクッカ」
「そうですか。 ではこのまま進めばクルクッカです。 いつまた追いかけてくるかわかりませんし、とりあえずは先を急ぎます」
◇
「それで、誘拐されたノール、どこかに行ってしまったビリエーラ。 俺たちはどっちを優先して探すべきなんだ?」
ヘイゼルが誰にとも言わず質問を投げかける。
「一番年下の子を放置するのは気が引けるわね。 とは言っても依頼者を放っておくというのも冒険者として問題ありそうだし」
最初に答えたのはラゥミーだ。
「ノールのことだったら心配いらないわよ。 以前盗賊に捕まった時だって、結局一人で全部やっつけちゃったようなものだし。 わたしは奥に捕まっていた人たちを確認しに行っただけだしね」
「そうか。分かった。 ノールとの付き合いが長いエルビーがそういうならそうさせてもらおう。 まずビリエーラを探す。 それで? ビリエーラはどこに行ったと思う?」
「まあ、普通に考えて街でしょうね。 私が最初に言ったように街に逃げれば、自分が狙われているわけでもない限り襲われる可能性は低くなるし」
「狙われているのがビリエーラ本人って可能性はあるが、まあ街に行ってみるか」
「案外、ビリエーラが今回の襲撃の黒幕だったりして」
ラゥミーが予想外のことを言い放つ。
「え? あいつが? んー……。 さすがに、それはないだろ……。 あー、でも、今思えば自分の素性を簡単に明かすってのは怪しいところではあるか。 最初に重大な秘密を打ち明けることで相手の信用を得る。 詐欺師にありがちな奴だな。 その場合、親書を届けるって依頼がダミーで、狙いは俺たちを国外で抹殺ってか? いや、それはなんでも……。 あ……。 やっぱり皇帝が俺たちのこと嫌っているってことかね?」
「冗談で言ったことを真に受けないで、ヘイゼル」
「え?冗談かよ……」
「ともかく、まずは南門に行きましょう。 ビリエーラが街に入ったのなら門番が見ているはずだし」
ヘイゼル達は馬車に乗り込み南門に向かう。
襲撃者の仲間の女が乗ってきた馬車も念のため確認したが特に何もなかった。
しかし、今は南門の人通りが少ない時とは言え、たった一人の少女を門番が覚えてくれているだろうか。
面倒なことになったな。
「ヘイゼル、ぼうっとしてないで。南門に着くわよ」
「あ、ああ、すまねぇ」
門から少し離れた位置に馬車を止め、今御者をしているアーディを残し全員で門番のもとに向かった。
「少女? いや、見てないよ」
「え、そうなのか? でもこれだけ人が多いと見落とす可能性もある……よな?……」
「確かに人は多いが、見ての通り、ほとんど馬車で移動するし、徒歩移動の少女がいたとしても一人でいることはまずない。 しかもノエラミルース側からこの南門に来る少女となれば一人も見ていないってことさ。」
確かに門番の言うとおりだ。
人は多くても特殊な条件過ぎるってことだな。
だとすると、ビリエーラはどこに行ったのか……。
「あ、忙しいところ済まなかったな」
「いや、いいってことよ。 それより、誰かいなくなったのか? 東の方でなんかあったみたいだけど。 さっきも怪しい馬車が王都のほうに向かってかなりの速度で走って行ったんだ。 もしかして、誘拐か? 憲兵に連絡するか?」
「いや、それは俺たちも見たが無関係だ。 ただの迷子みたいなものだし、子供ってほどの歳でもないから大丈夫さ。 もし必要があればその時に頼むよ」
そう言って南門を後にし馬車のもとに戻る。
「ダメだったのか?」
一人状況を知らないアーディが聞いてきた。
「ああ、門番は見ていないと言っていた」
「ならまだ外にいるのか? 探知魔法使ってみたらどうだ?」
「ああ、そうか……。 しかし居なくなってからずいぶん経つし効果は期待できそうもないけどな。 あいつが居ないことに気づいたとき、すぐ使っていればよかった」
「冷静なヘイゼルがどうしちゃったのかしらね?」
「うるせぇなラゥミー。 まったく情報量が多すぎんだよ」
そんなことを話していると突然エルビーが騒ぎ始めた。
「ねえ! ねえ! 前! 前!」
「前?前がなんだよ。ビリエーラか?」
前方、つまり南門か王都側の街道と言うこと。
そしてその街道をこちらに向かってくる一台の馬車が見えた。
実を言うとこのクルクッカ南側の街道を通る馬車と言うのは今では珍しいのだ。
それは、たいていの者がクルクッカに立ち寄るから。
東にあるノエラミルースからくれば東門に、南にあるグリムハイドからくれば南門、西にある王都からくれば西側にある正門にと言うように。
正門、南門、東門のそれぞれの間にある街道のこの部分はクルクッカを素通りする者ぐらいしか利用者がいない。
そして今となってクルクッカを素通りするような者はかなり珍しいというわけである。
「エルビー。あの馬車がどうかしたのか?」
「何言ってるのよ! アレ、ノールが乗っているわ!」
「え? ほんとか!?」




