ゴーレムふたたび
「お、おい、エルビー。 本気であれと戦うのか? 大丈夫、なんだよな?」
「何が?」
ヘイゼルは不安を声に滲ませていた。
「だってよ、あれを倒したってのノールだろ? 言っておくが俺たちは自信ないぜ?」
「ん~。 わたしもないわね。 でも大丈夫よ」
「いや、それどっちだよ……」
二人のやり取りにラゥミーとアーディが割って入る。
「自信が無くてもエルビーだけに戦わせるわけにも行かないわよ? それとも敵を振り切って街に逃げる?」
「それだと俺たちが街の住民に恨まれそうだな」
「いやでもよ、ラゥミー。 こいつ相手はさすがに俺たちでも無理だろ」
「帝国が誇るAランク冒険者がそれでいいの? 戦いもせずに女の子一人に押し付けるなんて。 その肩書は捨てたほうがいいかもしれないわね」
「いや、そうは言ってねぇよ。 ただ、相性が悪いって話で……」
「じゃあ戦うしかないわね。 それに、わざわざエレメンタルメタルゴーレムと真っ向から戦う必要はないのではなくて? どこか近くに術者がいるはずよ」
「つまり、ゴーレムをあしらいつつ、術者を先に倒すと」
「そういうこと」
「話纏まった? わたしは見えないものを探すのって苦手だから、あのタルタルゴーレムはわたしが相手するわ」
エルビーはそういうと返事を待たずにゴーレムに迫る。
(敵の動きは遅いもの。チャンスは必ずあるわ)
「そういうことだから。 私はエルビーを援護するから、二人で術者探して」
「探すって? この隠れるようなものがないだだっ広い場所をどう探せばいいんだよ? 相手は小人かなんかかよ?」
「いいから探す」
ヘイゼル達の会話を他所にエルビーは攻撃を続ける。
エルビーは幾度となく剣を叩き込んでいるが手ごたえを感じない。
敵の攻撃は当たらないが、こちらの攻撃はダメージを与えられない。
完全に膠着状態になっている。
むしろこちらの手がしびれるだけだ。
(剣じゃダメよねぇ……)
(いっそ殴ってみる?)
(いやいや、それはさすがに無理……)
そんな思考を繰り返す。
途中エルビーが敵の攻撃を避け離れたタイミングを計ってラゥミーが火球を放つが、それもゴーレム相手では威力が不足しているようだ。
「エルビー、ちょっと時間稼いでてね。 大きいの狙ってみるわ」
ラゥミーは呪文の詠唱に入る。
彼女ならば詠唱しながら逃げ回ることも出来るが、今回の魔法は逃げる余裕さえ詠唱に回したいということなのだろう。
彼女の言葉に、エルビーは攻撃の手を緩めることなく敵の注意を惹き付けることに専念する。
やがて魔法は完成した。
ゴーレムの周囲に魔法陣の光が浮かび上がる。
そして吹き上がる炎の柱。
(ノールの魔法に似ているわね。 これなら………。 いや、違う。 あの時ほど強烈な熱さを感じないわ……)
「もう何よ! 全然効いてないじゃない。 この熱量に耐えるってなんなわけ?」
「だから相性悪いって言っただろ」
「だってノールも炎の魔法で倒したんでしょ? だったら行けるかなって思うじゃないのよ。 私のことより、ヘイゼルこそ術者は見つけたの?」
「探知魔法使ったけど街以外に人の気配はなしだ」
「それ魔剣に宿っている魔法だっけ? その魔剣ガラクタなんじゃないの?」
「おい、俺の魔剣に失礼な事言うなよ。 こいつは優秀だ」
その間もエルビーはゴーレムに剣を打ち込み続ける。
(固いなー。 せめて傷でも付いてくれれば……)
そんなことを考えているエルビーの耳にヘイゼル達の会話が入る。
(魔剣に宿っている魔法? あ、そうだ……なんで忘れてたんだろう……)
「ねえ! さっきの炎の魔法、何度か連続で打てる?」
「え?さっきの?爆炎陣のこと? 詠唱の時間は必要だけど、それで良ければ出来るわよ?」
「じゃあ、その魔法をこの剣にお願い!」
「いや、ちょっと待って! 付与魔法と攻撃魔法は別物よ? 攻撃魔法を剣に撃ったからってそれが付与されるわけじゃないわ」
「大丈夫! たぶんだけど! やって!」
「え……でも……!」
「ラゥミー! エルビーが大丈夫って言ってんだ! やってやれ!」
「ちょっと何よ! ヘイゼル! 他人事だと思って! ああ! もう分かったわよ! どうなっても知らないからね! あとエルビーそこ動かないでね!」
「え? ちょっと……それは!?」
エルビーは若干困惑した。
ゴーレムの攻撃はエルビーが引き付けている。
エルビーはその攻撃を避けつつ、自分の攻撃を当てているのでその場に留まるというのはかなり難しい。
「わかったわ! でも魔法撃つとき合図ちょうだい!」
叫ぶエルビー。
ラゥミーの詠唱によりエルビーがいる場所に魔法陣が現れる。
しかしエルビーはゴーレムの攻撃を避けるためにその場から離れてしまった。
それでもラゥミーは詠唱をやめない。
エルビーの言葉を信じて。
そして魔法は完成する。
「エルビー行くぞ!」
叫んだのはヘイゼルだった。
魔法の完成を見てエルビーに合図を送ったのだ。
エルビーはその合図により元居た場所に戻る。
そして剣を地面に突き刺し叫ぶ。
同時にラゥミーの魔法が発動しエルビーを炎が包み込む。
「焼き尽くす業火を! その身に纏いなさい!!」
エルビーの言葉は、エルビーの意思と重なり、魔法となる。
エルビーを包み込む炎はその力のすべてを剣に捧げる。
「ラゥミー! まだ足りない! もっと!!」
エルビーがラゥミーに叫ぶ。
その間もエルビーはゴーレムの攻撃を避けては反撃する。
今度はヘイゼルとアーディもゴーレムの注意を引きつけることに協力していた。
ダメージにはあまりなっていないようだが、それでもゴーレムは反応し狙いを変えてくる。
今一度、ラゥミーの魔法は完成し、ヘイゼルの合図と共に発動する。
「この炎も! その身に纏いなさい!!」
エルビーの言葉は先ほどとは違うもの。
それでもエルビーの言葉に従い魔法は発動する。
「エルビー! なんならもっと行こうか!?」
「ええ! お願い! ラゥミー!」
再度の魔法詠唱。
ラゥミーにも疲労の色が見て取れる。
そしてヘイゼルの合図。
「もっと! もっと食らい尽くせ!」
エルビーは叫ぶ。
「後は……頼んだわよ……」
「ええ! 任せなさい!」
エルビーの言葉を聞いてラゥミーはその場に倒れこんだ。
「おい、大丈夫かラゥミー」
グリムハイドでノールが邪竜を倒した時の力には程遠い。
それでも、このゴーレム相手ならなんとかなるだろう。
迫るゴーレム。
ゴーレムはエルビーに向かって攻撃を仕掛ける。
エルビーはその場から動くことなく剣を振り上げ構えた。
そしてふと気づく。
この剣がラゥミーの魔法だけじゃなく、エルビー自身の魔力も食らっていることに。
(そりゃ食らい尽くせって言ったけど、わたしの魔力まで食らうことないじゃないのよ。 まあいいけどさ。 その代わり、ちゃんとゴーレムを倒しなさいよ!)
「エルビー! ゴーレムの一撃を喰らったら一溜まりもないぞ! 一度離れるんだ!」
しかし、近づいたゴーレムの攻撃を避けようとはせず、エルビーは叫びと共に剣を一気に切り下ろした。
「すべてを! 焼き尽くせ!!」
先ほどまでゴーレムの堅い身体にただ弾かれるだけだったエルビーの攻撃。
しかしその剣身に炎を纏った剣は滑らかにゴーレムを切り裂く。
剣から溢れ出た炎はゴーレムを包み火柱となって吹き上がった。
「うわっ!」
衝撃に飛ばされ思わず声を出してしまったエルビーが地面を転がる。
「おい! エルビー大丈夫か!?」
「ああ…へーきへーき……。」
エルビーは気の抜けた返事をしながら問題ないと手を振った。
(今の、ワイバーンの時よりも強力だったよね……。)
エルビーは少しだけ嬉しかった。
いつもはノールが楽々やっていることを自分は出来ずにいる。
魔法は苦手だから仕方がないとも思うが、やっぱり悔しくもあったのだ。
「ね、ねえ。 エレメンタルメタルゴーレムは倒したの?」
ラゥミーが上体を起こしながら尋ねる。
「ああ、ラゥミー。 やっつけたぜ。」
「そう。ふふふっ。やったのね、私たち。 エレメンタルメタルゴーレムを倒したんだ……」
「まあ2度目はごめんだけどな」
「それはね。 しかしエルビーの剣、すごいわね。 魔法の剣とは言っていたけど、あれほどのことが出来るとは思ってみなかったわ。 ヘイゼルたちも出来るようにならないとね」
「いや、あれ魔剣には無理だろ?」
「Aランク冒険者なんだから。 そのぐらいの魔法の剣は見つけておかないと」
「無茶言うぜ……」
「ねえエルビー。 ちょっとだけ教えて欲しいのだけど」
「なーにー?」
「最初にも言ったけど、付与魔法と攻撃魔法は違うから、普通はあんな真似できないわ。 なのにどうして、あんな真似が出来たのかしら?」
「ん~。それはね~。うまく言えないけど。 付与魔法って言うの? あれって攻撃する魔法と付与する魔法の合体した魔法なんじゃないかなって。 わたしね、以前付与する魔法を使ったことがあって。 それでこの間のワイバーンの時、ノールがやったのも基本は同じだよって教えてくれたの。 で、何も付与する魔法と炎の魔法を同じ人が使う必要もないんじゃないかな~てそう思ったのよ。 それでやってみたわけ」
「え、思い付きでやったの? 失敗してたら大惨事だったのよ? 無茶するわね」
「わたしもね、ちょっと気になることがあるのだけど」
「何?私に答えられることなら何でも聞いて」
「さっきからビリエーラの姿が見えないけど、どうしちゃったの?」
「あっ、忘れてた。 まあ、あいつのことだ。馬車の中でビビッて縮こまっているんだろ。 まったく困った奴だな」
答えたのはヘイゼルだった。
それにアーディが続ける。
「いや、俺もそう思ったので見に行ったが誰も乗っていなかったぞ」
「まさかあいつ。 逃げた?……」




