揺れる聖王国
聖王国外務局。
外交などを所掌する組織で、その局長はエインパルドと言う男だ。
そんな彼は内務局に対して憤りを感じていた。
この国の歴史は古く、しかしはるか昔から続く聖王国の在り方と言うのは今でも変わらない。
女神リスティアーナを最上位に置き、次に聖王、そして女神を信奉する者たち。
女神が人々を導き、聖王はその代弁者となり、信者たちは等しく皆平等である、と。
しかし、そんな聖王国の在り方を変えようとする不穏な者たちがここ最近になって現れてきたのだ。
彼らの思想でも女神が最上位なのは変わらない。
ただし人々を導くのは女神ではなく聖王国そのものだと言うのだ。
外務局と言う立場からすると、他国と協調し有益な外交を進めるべく動いている中で、わが国こそ一番だ! 他国は従え! などと時代錯誤も甚だしいことを言うのは勘弁してもらいたい。
今、貿易の中枢になりつつあるのは王国なのだ。
そして帝国は亜人であるドワーフとの国交も持っている。
今更不穏なことをしでかしてこの貿易の輪から弾かれでもしたら、この国は衰退すること間違いないだろう。
これが単純に思想の問題で済めばいいのだが、残念ながらその不穏な者たちが内務局にいてすでに行動に移しているというわけだ。
内務局が行ったと思われる愚かな行為。
ひとつはエルフの人身売買。
ひとつは悪魔の召喚、そして魔獣への憑依実験。
エルフの人身売買については当初、我々聖王国には関係のないこととして気にも留めていなかった。
なにせ聖王国は女神を信奉する国、亜人種であるエルフを女神は守らないのだ。
もちろん、聖王国の人々も同じ亜人種であるドワーフの作るものを使っているので、亜人種は無関係とまでは言えないが聖王国が解決に動くほどではないのである。
問題となったのは悪魔召喚と憑依実験のほうだ。
それらは魔法共生国ならば可能。
神に携わる我ら聖王国が悪魔の召還などするはずがない、と言いたいが、悪魔をドラゴン以前からの神敵とするからこそ、悪魔に関して調査が必要ということでもある。
とは言ってもいつどこに現れるか分からない悪魔を捕縛し調査するなど現実的ではない。
となれば、そう、悪魔を召喚すればいい、と言う結論に至るわけだ。
そういう事情もあり、聖王国でも悪魔召喚は割と慣れたものである。
自国が怪しいのもあるが、まずは魔法共生国に疑いを向け、彼の国の有識者、魔法学の権威ともいうべき人物に何か心当たりはないかと、不躾ではあるがいくつかの質問を送った。
そして、帰ってきた回答を見て、私はすべてを知ったと言うところなのだ。
それは、要約するとこうだ。
――― これらの件に魔法共生国は一切関与していない。
聖王国の一部の者が、おそらく人間国家での立ち位置を確実なものにするべく暗躍している。
その方法として、人間国家と亜人種国家を仲違いさせ、戦争を起こさせる。
戦争が激化すれば女神は勇者を生み出すだろう。
その者たちはそれによって聖王国が人間国家の中で優位に立てると考えているようだ。
かつての大戦で聖王国が力を得たように。
悪魔召喚も同様。
人間が襲われれば、いずれ勇者が誕生する、そのように考えている節がある。
ただし、この計画には重大な欠陥が存在する。
それは、勇者が聖王国より誕生するとは限らない、と言う点。
それを踏まえれば、杜撰な計画と言わざるを得ない。 ―――
溜め息しか出ない。
聖王国のことでありながら、自分より聖王国の内情に精通しているとはどういうことだ。
どこの部署かは分からないが、おそらくスパイが送り込まれているのは間違いないだろう。
まあそれはお互い様だしこの際良いだろう。
しかし、この回答書には続きがある。
――― 時に、緑髪の少女は実に優秀だ。
しかしここ最近、授業の出席率が悪くなっている。
吾輩にも立場と言うものがあるので、授業には出るようにと窘めてはいるがそちらの任務が多忙なせいか、なかなか聞いてもらえぬのである。
なのでそちらから、授業にはしっかり出るように指導をお願いしたいのである。 ―――
緑髪の少女。
おそらくネリアのことだろう。
しかしネリアは聖王国の貴族として送り出しているので外交の一部として、回答のついでとばかりに外務局に伝えてきただけと思いたいが。
はっきりと任務と書かれている。
スパイだとバレているということだろうな。
とは言え、今回のことでネリアを引き上げることはしない。
それは肯定を意味してしまうからだ。
外交には時に建前というのが重要となる。
ネリアには彼の人物の言葉で心を入れ替えたとか言わせて授業にはちゃんと参加させるようにしよう。
さて、今はネリアの進退、スパイ問題は置いておくとしよう。
今考えるべきは彼の人物が言う聖王国の一部の者についてだ。
これについて我々が調査した結果、それが内務局の暴走と言うわけだ。
この件に内務局長が関わっているのかどうか、それはまだ分からない。
まったくどうしたものか。
そんな思いに耽っていると局長室の扉をノックする音が聞こえた。
「ああ、どうぞ」
「いらっしゃいましたか、よかった。 何度かノックしたんですけど返事がなかったので外出されているのかと思いましたよ」
彼は局長補佐官のジーベル。
まあ有能な男だと私は思っている。
「ん?そうか、気づかなかった。 ちょっと考え事をしていてね。 それで? どうかしたのか?」
「あ、はい。 報告がありまして」
「報告? いつも通り書面じゃダメなのか?」
「緊急を要すると判断したのと、まだ不確かな情報で書面にするのもと思いましたので」
「そうか、じゃあ聞こうか」
「はい。 先日、帝国から冒険者の一行が王都に向け出発した、と報告が上がっております」
「それのどこが問題なんだ?」
「はあ、それが依頼は手紙かなにかを王都の貴族に届けることなんです。 内通者の話によると、そう言った依頼ではギルドがその手紙を預かって冒険者に渡すか、依頼者の家まで行って直接受け取るかと言うのが一般的なんだそうですが、今回は宿屋で落ち合うという方法をとったそうです。 さらにはなぜか貴族の娘も同行することになっているのです。 この場合、手紙を届けるという依頼と貴族の娘を護衛するという二つの依頼が重なるわけで、ギルド側はリスクが上がるとして基本は受けない方針らしいんですよ。 今回、破格ともいえる報酬と、あとギルド長自らが話を持って来たらしく怪しい依頼だと言っていました」
「それは偶然じゃないのか?」
「あとですね、貴族の娘が同行する理由が不明なのです。 王都の貴族と知り合いであるなら、手紙は娘が持ち歩き、依頼としては娘の護衛とすれば辻褄が合うはずなんです。 それをわざわざ冒険者に手紙を預けるのは不自然だと」
「なるほど、だが娘と王都の貴族が知り合いでない可能性もあるだろ?」
「はい、ですがそれなら同行する理由がないはずです」
「ふむ、それもそうか。 しかし、ならなぜ冒険者に手紙を預けるのだ? 面識がないのはどちらも同じでは?」
「いえ、冒険者のほうは度々王都内で仕事をしており、王侯貴族からの依頼も受けた実績があります」
「ははあ、つまり今回の依頼で顔つなぎは元から不要である可能性があるわけか。 でもそれなら、貴族の娘の護衛を正式な依頼としておいて、その時に手紙を冒険者に預けるのでも良かったのではないか?」
「それについてはギルド側の規定が関係しているのでは? と言っておりました」
「規定?」
「ええ、ギルドに申告した依頼と違う依頼をさせた場合ペナルティがあるそうなんです。 今回話を持ってきたのはギルド長ですので、最悪の場合ギルド長の首が飛ぶわけですよ。 なので、秘密の依頼を受けるにもその点は譲るわけには行かなかったのかもしれません」
「そうか、ギルドにはそんな規定があるのか」
「あくまで帝国にあるギルドの場合ですよ。 ギルド全体では国家に寄らず中立を宣言していますが、それでも各ギルドは国家や領に所属せざるを得ないですから」
「なるほど。 んん、ああ、すまん。 結局、それの何が問題なんだったか?」
「え?あ、はい。 これは私の考えですが、エルフの人身売買に関係した話なのではないかと、そう睨んでいるんです。 ちょうど王国から親書が届けられた後の話ですし。 それでですね、その一行が王国の領内に入ったタイミングで悪魔に憑依されたワイバーン12匹に襲われた、と報告も上がっております」
「ん? 今なんて?」
「悪魔に憑依されたワイバーン12匹です。 信じられないと思いますがおそらく事実です。 多数の目撃者。 それと回収された魔石から悪魔のものと思われる魔力を神殿が確認しております」
「つまり、その襲撃にも内務局が絡んでいる可能性がある、と言うことか」
「はい、お察しの通りです」
「あっ!…… そ、それでその冒険者一行はどうなったんだ!?」
「はい、これもまた信じられない話ですが、大きな被害もなくワイバーン12匹はすべて殲滅されたとのことです」
「て、帝国の冒険者はそれほどまでに強いのか……」
「なんせ帝国でもトップクラスのAランク冒険者ですよ、疾風迅雷の魔剣、ご存じでしょ?」
「あの魔剣使いか!! ふっふふっ……。 なるほどトップクラスの冒険者に、怪しい依頼、さらには悪魔憑きの襲撃。 この依頼に帝国そのものが絡んでいるとみるのが自然というわけか。 そして、今ならエルフに関わる問題しかないというのも頷ける。 ふぁぁ~、頭が痛い。 なあ、私はどうしたらいいと思う?」
「あの、腹案なのですがネリアは動かせないでしょうか?」
「は? ネリア?」
「はい、聖王国から新たに動かしても時間がかかり過ぎます。 ですが、ネリアなら魔法共生国にいるのですよね? 彼女にある程度の情報収集を命じておけば良いのではないかと。 必要があれば接触させることも、まだ間に合うかと思います」
「そうか……、それだ!! よし今すぐにネリアに連絡を取るように。 多少強引でも構わん。 彼の国で活動出来なくなるのは痛いがどうせ学生の身では長く活動できないのだ。 今はこちらを優先させるとしよう!」
「承知しました、では直ちに」
「あ、そうか、それで緊急を要すると言うことか! ジーベル、お前は本当に優秀だな!」
「あ、ありがとうございます」
まずは情報収集だ。
ネリアには頑張ってもらわなくてはな。




