ビリエーラ
馬車に揺られること数日。
王都まではまだまだかかる。
「な~んにも起きないわね」
「ちょっ。 エルビーさん? 不吉なこと言わないでもらえませんかー」
「だってー。 この前ラビータまで護衛した時はさ、盗賊とかゴーレムとか言うのに襲われて楽しかったのに」
「いや! いやいや! 盗賊もですけど、ゴーレムとかに襲われて楽しいわけないじゃないですか! っていうか街道上の護衛でゴーレムが襲ってくるってどういう状況ですか!? 変なフラグ立てるの止めてくださいよ!」
「ビリエーラ、なんで若干涙目になってるんだよ」
「いや、そりゃなりますよ!」
「キャラ、忘れてるぞー」
「ふぐっ……」
御者席からヘイゼルがビリエーラをからかっている。
「ねぇノール、あの時のゴーレムなんて言ったっけ?」
「ん、んー……」
仰向けになって寝転がるノールにエルビーが問いかけていた。
「ちょっと、寝てないで」
「たしかゲインがエレメンタルゴーレムと言っていた。 鉄で出来た感じのゴーレム」
「えっ……」
何かを言いかけたビリエーラが口をパクパクしながら固まっている。
「それってエレメンタルメタルゴーレムってやつか?」
またしても御者席からヘイゼルが話しかける。
「そこまでの名称は分からない」
「ははは、そりゃそんなヤバいのとやりあえるなら楽しいとか思えるのかも知れねえな」
「いや! 笑い事じゃないですよヘイゼルさん! エレメンタルメタルゴーレムってAランク越えの激ヤバですよ!? っていうかそれって……」
「ん? どうした? ビリエーラ」
「いえ、なんでもないです。 ともかく! 私……僕としては何事もなく静か~に今回の依頼を終えたいんです。 もう、ほんとに!」
いつの間にかノールのように仰向けに寝転がっていたエルビーが彼女の名前を呼ぶ。
「ビリエーラ」
「え? な、なんですか? エルビーさん」
「大丈夫よ、安心して。 わたしとノールが必ずあなたを守ってあげる。 そういう依頼だからね」
「えぇーーーー……。 ちょっとエルビーさん、ほんっとそういうフラグ立てるのマジでやめてくださいよー」
「さっきからそのフラグって何よ?」
「それっぽいこと言っていると本当にそういうことが起きるって話です」
「ふ~ん……」
はぁ~。
そんなため息とともにビリエーラは御者席にいるヘイゼルの横に座る。
「なんだ急に……」
「あのヘイゼルさん。 あの二人に今回の本当の任務と私の正体を明かそうと思うんですがどう思いますか?」
「は?そんなの依頼者のお前が決めればいいだろ? 好きにしろよ。 だいたいなんだ急に……」
「いやだって。 私はもうちょっと簡単に進むと思っていたんですけどね。 王国について早々にワイバーンの大群に襲われるわ、街道でエレメンタルメタルゴーレムに襲われるわとか、そりゃこんな気分にもなりますよ」
「いや、待て待てっ。 ワイバーンの件は偶然だし、エレメンタルメタルゴーレムに至ってはエルビーの過去の話で俺たちは襲われてないだろうが」
「ふっ、だって、あれだけ念入りにフラグ立ててくるんですよ。 もう絶対ね……」
「さっきも言ったが、明かすかどうかはお前が決めればいい。 ただ、そうだな。 俺から言ってやれるのは、あの二人に明かすかどうかは重要ではないだろうな。 見ている限り、そういうの気にして行動していないようだし」
「はぁ、そうですよね……」
「ふふっ、ふふふっ、ふふふふふっ」
いまだ寝転がっているエルビーが突然笑い出した。
「え? ちょっ、何ですかエルビーさん! 怖っ!」
「あ、いや、ちょっとね。 ラビータの街でね、食べたのよ、美味しかったわ、魚料理」
「は? なんですか?急に……」
「だからね、エレメンタルメタルゴーレム、だっけ? エレメン…タルタル…ゴーレム……。 タルタルソースって言うのをかけた料理がすっごく美味しかったの。 思い出しちゃった。 ふふふっ、んふふふっ」
「あの、ヘイゼルさん。 ちょっと、あの子殴ってきて良いですか?」
「ああ、それも好きにしろ。 骨は拾ってやる」
「んぐっ。 ヘイゼルさん、あの子殴ってきてください」
「それは、断る」
握りこぶしを片手に、ビリエーラは恨みがましくエルビーを見つめていた。
「というかビリエーラはそれなりに強いんだろ?」
「は? 強くないですよ? 私」
「いや、だってこの間、そういう役だから戦闘は出来ないけど、一人でも大丈夫って言ってたじゃないか」
「一人で逃げるだけなら大丈夫と言ったんです。 あと役の都合もあって援護も出来ないと言ったつもりで、戦闘が強いという意味じゃないですよ。 私が所属する帝国特殊部隊第三秘密行動班と言うのは、そうですね、帝国特殊部隊と言うのが昔で言う暗部なわけです。 今はそういう後ろ向きな名称をやめて前向きな名称にしたというわけですよ。 そして第三秘密行動班と言うのは、私のような戦闘には不向きだけど相手を欺く形で情報を収集、操作する組織なんです」
「それって情報局とはなんか違うのか?」
「あっちは表立って情報を集めますが、こっちは裏側ってところですかね。 あと、情報局員も外に出ますが、メインは中で情報を精査したりするのが仕事です。 帝国特殊部隊は外での活動がメインの仕事になります。 実働部隊、という感じでしょうか」
「そんなこと、ペラペラしゃべっちゃって大丈夫なのか? 俺、始末されない?」
「アハハ。 秘密の組織なら前向きな名称にしたりしませんよ。 大ぴらに公表するものでもないですけどね」
「ふ~ん。 さっきの話だけどさ、本当の依頼内容はともかく、お前の素性は話す必要はなさそうだな。 エルビーが理解できるとは思えないし、そもそも興味がないだろ、あの子。 それに、お前がそんなに強くないって言うなら、俺たちは親書とお前と両方を守らないとならない。 見捨てていいとお前は言うが、さすがにそれは出来ねぇよ。 けど、エルビーたちがお前を守ってくれるってんなら、俺たちは親書のほうに全力を尽くせるって話だ。 とりあえず、無理して打ち明ける必要はないんじゃねぇかな」
「そう……ですか……。 そうですね。 少し安心しました。 ありがとうございます、ヘイゼルさん」
「あいよ」
ビリエーラが御者席を離れようとした時、ヘイゼルがまだ続きがあると言った感じに話を始める。
「なあビリエーラ」
「あ、はい?」
「俺はフラグとかそういうのは特に信じないんだが、まあ長いことAランクで仕事しているわけでな。 特に、人の言葉、行動、そういうのにはよく注意して、観察するようにしている。 エレメンタルメタルゴーレムの名前聞いたとき、お前ちょっと動揺したよな? それ、なんでだ?」
「いや、だってAランクのモンスターですよ? 動揺もしますよ?」
「何か言いかけただろ」
「ああ、まったくヘイゼルさんは……」
そして座りなおすビリエーラ。
「ヘイゼルさん。 情報の価値って言うのは、時に人の命より重いことがあるんですよ」
「へっ。 自分の命より重いものがあるのかよ」
「・・・」
「喋ったら消されちまうのか? それとも聞いたら消されちまうのか? ま、どっちでもいいがな。 解決の糸口になる情報を持った奴がどうなるかってのもフラグなんじゃねえのか?」
「ふふっ、ヘイゼルさんって結構嫌な人ですね」
「いや、目敏いと言ってくれ。 上位ランクで長く生き抜くには必要な力だ」
「さすがに消されるとかはないと思いたいですが。 エレメンタルゴーレムは精霊召喚によって生まれるものです。 エレメンタルメタルゴーレムを召喚できる人間と言うのはかなり限られるんですよ。 それこそ聖王国か魔法共生国かというぐらいに。 今、聖王国は結構揺れ動いているんですよね。 おそらくエルビーさんが遭遇したのも聖王国の仕業でしょう。 ところで、最近王国内では悪魔憑きの魔獣が多発しているそうです。 そして今回のエルフ誘拐の騒ぎ。 まだ何の根拠もないことですが……」
「それらに聖王国が絡んでいるって言いたいのか?」
「さあ、どうでしょうか。 一見するとなんの脈絡もない事象の集まりですし。 ただ、この仕事をしていると、意外にすべてが繋がっているというのも良くあるんですよね。 ワイバーンにしてもクラインさんの話では目撃情報は常に1体だったはずです。 それが、私たちが来た直後に12体に襲われるのは本当に偶然だったのかと」
「なるほど。 あれもまた聖王国が陰で糸を引いていたのではないかと。 そういうことか。 となると、またヤバい案件に首を突っ込んじまったかなぁ」
「すみません。 私も、まさかここまでのことになっているとは……」
「あ、済まねえ、責める気はないんだ、気にしないでくれ。 だいたい皇帝直々の依頼だろ? なら悪いのは皇帝だ。 しっかし聖王国が王国内で暗躍中か。 確かに、あまり聞かないほうがいい情報だったかもな、ハハハハ」




