魔剣
「はい、じゃあ皆さん。 今日はお疲れさまでした。 かんぱ~い」
さきほどとは打って変わって、クラインの調子が軽い。
「ヘイゼルさん。 この魚料理美味しいですよ」
「ビリエーラ、俺たちはお前の依頼でこの王国に居るってことを忘れないでくれな」
「ん! げほっげほっ! だ、大丈夫ですよ。 忘れてませんから」
「それは何というか、俺も無理に誘って悪かったな」
「別にクラインが謝ることじゃないさ。 だいたい、そう判断したのは依頼者本人だ。 まったく、依頼者が足止めするってことが無ければ、今頃王都に向かう馬車の中だったのにな」
「ちょ、ひどっ」
「何がだ。まったく」
「あ、それで、クラインさんってたしか、王都の冒険者チーム光緑のリーダーでしたよね?」
「え、ああそうだよ。 良く知ってるね」
「偶然っすよ、偶然。 それで、ノールさんとエルビーさんって光緑のメンバーさんにはいなかったと思うんっすけど、新しく加入されたんですか?」
「いや、違うよ。 この二人とは以前別の場所で会っていてね。 それが偶然この街で再会したってわけ」
「へぇ、そうなんですかー。 じゃあ普段はお二人で行動しているんですか?」
「ああ、そうらしいな。 そうだろ?エルビー」
「ええ、そうよ。 わたしたち帝国に行こうとしてたのよ。 けど船に乗るのってすっごくお金かかるから、この街で依頼を探していたの。 でも面白そうな依頼が全然なくて、そうしたらワイバーンの討伐とかちょっと面白そうな依頼だったから、受けてもいいかなって思ったのよ」
「だ、そうだ。 って、あれ? Eランクの依頼に食いつきが悪かったのは報酬が安いのが理由じゃなかったのか?」
「あっ、もちろんそれもあるわけよ」
「なるほどー。 ところでー、お三人さんも一緒に王都までいかがでっすかー?」
「え? おい、ビリエーラ!」
「いやいや、大丈夫ですよ。 報酬はちゃんと予定通りの額をお渡ししますんでー。 お三人さんが同行してくださるなら追加でお支払いしまっすよー」
「悪いが俺はパスだな。 ここで仲間を待たなきゃいけないし」
「そうですかー。 ノールさんとエルビーさんはどうでっすかー?」
「わたしたちが目指しているのは帝国よ? 王都って反対方向じゃない」
「でも先ほどの報酬だけでは心許なくないですか? 帝国に行った先でもお二方はEランク。 つまり大きな収入は得られないっすよねー。 今回はお知り合いだったからAランクの依頼に同行出来たようですが、帝国にお知り合いいらっしゃいますかー? 普通だったら実力も見てもらえず門前払いのはずでっすよー? 今回の依頼は帝国のギルドなんでっすけどー、実はそこのギルマスとはちょっとした知り合いなんでっすよー。 もし今回、僕の依頼を受けてくれると言うのであれば、ギルマスに言ってお二方をDランク、いやいや、Cランクにすることだって出来るはずなんでっすよー。 どうでしょう?」
(おい、そんなこと安請け合いして大丈夫なのかよ?)
(大丈夫ですよ。 ギルマスと知り合いは事実ですし、それよりなにより、お二方の活躍は事実じゃないですかー。)
「ねえギルマスって何? 値切りますってこと?」
「ああ、ギルドマスター、王国じゃギルド長って呼ばれてるな」
クラインが律義に答えてくれた。
「へぇ~。 ノール、どうする?」
「別にいいと思う」
「ワイバーンの報酬って結構いいと思ったんだけど、これじゃまだ足りないのかしらね?」
「依頼料としてはいい額だな。 けど、彼女の言うようにこの先Eランクの依頼報酬で動き回ることを考えると心許ないと思う。 もう少し稼いでおくのとランクアップはたしかに魅力的な話だ。 けどなあ、うまい話には裏があるというしな。 そっちの冒険者だってかなり強いはずなのに、それでも戦力増強を図りたいってのはヤバい匂いしかしないんだよな」
「ふ~ん、クラインだったら受けてるの?」
「ああ……。 そうだな、まあ、なんだかんだ言って受けてるかな。 Aランク冒険者はだいたいそういう仕事ばかりだしさ」
「そう。 その子の語尾はなんか雑で嫌だけど、いいわ。 その依頼受けてあげる」
「うぐっ!? 語尾は今関係ないのではー? けどまあ、ありがとうございまっす」
(二人にはお前の正体明かさないのか?)
(必要ないかと。 ヘイゼルさんたちに明かしたのは信用して頂くためと、誤った認識での任務失敗を避けるためです。 あのお二人は私の正体に関係なく協力を得られますし、クラインさんが言うように戦力が目当てですので)
「なんでコソコソ話しているの? 怪しいわね」
「い、いや、こっちの話っすよー。 お気になさらずっすー」
「それで、依頼の内容はどういう感じなの? 依頼者であるあなたを守ればいいのかしら?」
「そうですね、ではお二方には僕の護衛をお願いしましょうか。 よろしくお願いしまっすー」
「わかったわ。 きっちり守ってあげる」
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「それじゃ、ノール、エルビー、頑張ってな」
「うん」
「ええ、行ってくるわ」
クラインの見送りの言葉。
ノールたちは馬車に乗り、そして王都への旅路に就く。
「しかしー、朝食後の出発予定が昼食後の出発になっちゃいましたねー」
「いや、それ決めたのお前だからな」
「分かってますよー、ヘイゼルさーん」
「ん? なんだノール。 もしかして魔剣が見たいのか?」
「うん」
「そうか、俺ので良ければ見ていいぜ」
ヘイゼルから魔剣を受け取るとまじまじと眺めるノール。
「わたしも。わたしも見る」
そう言って近づくエルビー。
見た限りだとエルビーの剣のように刀身に文字が刻まれているというわけでも無いようだ。
しかし、なるほど。
それで魔剣か。
遠目から見たとき、この剣から魔獣と似たような感じがした。
不思議に思っていたが、見せてもらってなんとなくわかった気がする。
「わたしの剣とはなんか違うのね。 どういう仕組みかしら」
「魔剣と言っていた。 魔獣は、魔石を持った獣のこと。 剣も似たようなもので、魔石を使って作られた剣のことを魔剣って言うんだと思う。 エルビーの剣に掛けた付与魔法とは違って、魔剣は剣そのものが魔法を発動させている」
エルビーとの会話を聞いてヘイゼルが感嘆の声を上げる。
「ノールは見ただけでそれが分かっちまうのか。 そりゃすげぇな。 ノールの言っていることはほぼ正解だ。 それに補足して言うと、魔石を使って鍛えたとしても必ずしも魔剣になるわけじゃない。 それこそ安物の剣のほうがマシって言うほどの鈍らしか作れないことのほうが多いぐらいだ。 魔剣を打つってのは、並大抵の鍛冶師じゃ出来ない技術なわけだ」
「へえ、じゃあ魔法使えない人でも魔剣なら魔法が使えるってことなのね? 便利ね、それ」
「たしかに魔法を使えない奴でも魔剣なら使える。 でもその効果は魔剣ごとに決まっているので魔法のような汎用性はない。 あと魔力量が無いやつが使うと、魔剣の効果を発動させるための魔力も魔剣からの持ち出し一方になっていずれ魔剣が砕けちまう。 使用者が魔剣に魔力を供給できると、その分魔剣も長持ちするってわけさ。 しっかしこの辺りはいろいろ複雑でな。 魔剣によっては供給を受け付けなかったり、使用者との相性が悪くて供給できなかったりする。 そういう場合はいずれ砕ける」
「そっかあ、じゃあ良いこと尽くしってわけでもないのね」
「そうだな。 魔剣によっては無理やり使用者から魔力を奪おうとする物や、切った敵から奪う物もある。 奪うのが魔力ならいいが、最悪は生命力を奪われる物もあるって聞くぞ。 そこまで行くと、もう呪いの剣だな。 強力な効果を発揮する魔剣ほどそういう癖が強いらしい。 俺やアーディの魔剣は威力は抑え目だが癖が無くて使いやすいんだ。 ノールたちも魔剣を手に入れたら、そういう癖に注意したほうがいいぞ」
「し、使用者の生命力奪うってどんな剣よ。 それってただの駄作じゃない?」
「つっても、手に入れた魔剣にどんな癖があるかなんて、使ってみないことには分からないからな。 徐々に生命力を奪われているなんて可能性だって捨てきれない」
「怖っ……。 よくそんな危ない代物使えるわね」
「それだけ詠唱を必要としない魔剣の効果ってのは戦闘で役に立つってことなんだよ。 それにな、魔法共生国に行けば手に入れた魔剣について調べてくれるのさ。 俺たちも調べてもらったうえで使っている。 ただ、まあ、調査料がバカ高いんだ、これが。 あ、あと、魔剣ってのは目に見えて効果を発揮するものだけとは限らないから注意しろよ。 普通の剣と思っていたら魔剣だった、なんて話も稀に聞くほどだからな」
「ちょっとノール。 わたしの剣大丈夫よね? 命吸われてない?」
「その剣は魔剣じゃないから大丈夫」
「そうなの? まあ、ノールがそういうなら信じるわ」
「なあ、もし良ければエルビーの剣を見せてもらってもいいか?」
「え?いいわよ、もちろん」
エルビーはヘイゼルに剣を渡した。
「ふ~ん、確かに魔剣って感じじゃあねぇな」
「そうなのよ、その剣、お店の人は魔法の剣って言っていたわ。 ただ使い方が分からないとかでずっと売れ残っているって。 わたしは良い剣見えたんだけど」
「へえ、そうなのか。 ラゥミー、これどう思う?」
「え、私に聞く? 剣のこととかよく分からないわよ?」
「いいから見てみろって」
「ったく」
ラゥミーと呼ばれた女性が剣を取り眺める。
「これって……、この文字よ。 なんだったかな~? どっかで見た覚えがあるのよねぇ」
「どっかってどこだよ」
「それが分からないからどっかなのよ」
そう言ってラゥミーは剣をエルビーへと返した。
「いや、ほんとどこだったかしら……」




