二人とAランク冒険者
「冒険って意外に大変なのね」
突然エルビーがそんなことを言い出した。
今ノールたちがいるのはノエラミルース、王国の東側に位置し、帝国と行き来するための港町だ。
「だってさ、帝国に行く船がこんなに高いなんて思わなかったもの。 馬車ぐらいのお金で乗れると思ってたわ」
「船の代金を稼ぐしかない」
「そうね」
そして向かったのはこの街のギルド。
掲示された依頼の中でEランクのものを探す。
「依頼はそれなりにあるけど、これと言って面白そうなのないわよね」
「これは?」
「煤掃除って何?」
「知らない」
「じゃ却下」
船の代金を稼ぐの目的なのでとりあえず何でもやってみればいいと思うのだが、エルビーにとってはまず面白そうなものと言う基準があるようだ。
「あれ? ノールとエルビー、かな?」
突然名前を呼ぶ声がした。
「いや、久しぶりだな。 元気だったか? 二人がいるってことはゲインもここに来ているのか?」
と言うことはゲインの知り合いだろうか。
この感じは確か……。
「誰? どこかであったっけ?」
「あ、そうか、そういえば自己紹介はしてなかったんだったな。 俺はクライン。 チーム光緑のリーダーだ。 ああ、クルクッカからラビータまで荷馬車の護衛したの覚えているか? その時先頭に居た冒険者チームだよ」
「ああ、ゲインたちと一緒にわたしたちを捜索してた人ね」
「ん、そう……だけど。 それだけで聞くと違和感すごいな。 捜索されてた側の反応じゃないって言うか……。 いや、まあいいか。 それでゲインたちは?」
「ゲインたちは来てないわよ。 今はわたしとノールだけで冒険しているの。 帝国に行こうと思ったのだけどEランクの報酬ってどれも安くて」
煤掃除の依頼はそれなりの金額だったのに……。
「え、そうなのか。 あ、それでEランクの依頼を見ていたのか。 乗船料を稼ぐため、か。 ふ~ん、そうか。 そうか……」
クラインは何やら考えているみたいだ。
「あのさ、ものは相談なんだが…。 実を言うと俺も今一人なんだ。 個人的な用事があって、その間チームは休暇にしようかと思ったんだが、みんな暇するのも嫌みたいでな。 俺がいない分ランクは下がるが、それぞれで依頼を受けている最中なんだよ。 で、俺は用事が終わったところに名指しで依頼が来てしまってね。 依頼はAランクなんだが、さすがに一人では無理だろうから断ろうと思っていたのさ。 で、もし良かったら君たち参加してくれないかな。 どうだろうか?」
「でもわたしたちEランクよ?」
「アハハハ。そうらしいね。 けどゲインから実力はBランクかAランクはあるとも聞いているよ。 それにAランクの仕事なら山分けにしてもEランク以上の報酬だよ?」
「いいわ。受けてあげる。面白そうだし」
「ノールもそれでいいかい?」
「うん」
「よし分かった。 じゃあ依頼を受けてくるからちょっと待ってて」
そう言ってクラインは窓口に向かう。
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「それじゃ依頼内容について話をしようか。 今回の依頼は討伐だ。 ターゲットはワイバーン。 東の山を根城にしている空を飛ぶ魔獣だ。 そうだな、小さいドラゴンみたいな感じなのかな?」
「ど、ドラゴン?! ドラゴンが人を襲っているの!?」
クラインの言葉にエルビーが驚きの声を上げた。
「あ、ああ。 そういえばグリムハイドにドラゴンが出たんだってな。 俺は見たことないから本当のことかどうかは知らないが、見た連中に聞くと全員死を覚悟したとか言ってたが。 でも安心してくれ、噂に聞くドラゴンとはまったく違うから」
「そ、そうなの、安心したわ」
「ワイバーンってのは魔獣として弱いわけじゃないが、全員が死を覚悟するほどじゃない。 まあそれでも空を飛ぶって言うのが一番の問題だな。 弓使いか魔法使いじゃないと相手にならない。 対策立てないとジリ貧だし、そういう意味では強敵だろう。 けど俺は基本は剣なんだけど弓も使える。 まあそれで俺を指名してきたわけでもあるんだろうけどな。 で、そんなワイバーンの目撃情報が最近急増している。 中には襲われて命からがら逃げだしたってやつもいるんだ。 それの討伐が今回の任務」
「何よそれ。 ワイバーン、だっけ? 迷惑なやつね」
「まったくその通りだ」
エルビーの迷惑なやつと言うのは、クラインが考えている意味とはちょっと違うんだろうなと思う。
まあ、それでもワイバーンの存在が迷惑であるのは同じだからいいか。
「けど二人が居てくれて助かったよ。 仮に俺たちのチームで戦うとしても、飛行する魔獣に対して戦力になりそうなのは俺と魔法使いの二人だけだっただろうからな。 他の連中は接近戦タイプなんで近づいたところを攻撃するしかない。 しかも、俺は《必中の矢》ってスキルがあるからいいけど、魔法使いはまだ実力的にはワイバーン相手に善戦できるほどじゃないんだ。 その点ノールの魔法ならワイバーン相手でも十分通用するはず。 あ、言っておくけどノールのほうが上って話はうちの魔法使い本人が言っていたことだからな。 陰口じゃないからそこは勘違いしないでくれよ」
「ねえ、わたしは?」
「あ、いや、もちろん頼りにしているさ」
「うんうん、当然よね。 それで? そのワイバーンっていうのはどこにいるの? さっさと行ってさくっとやっつけちゃいましょ」
「ああ、それなんだがな。 あいつら空飛ぶし、住処は山の上の方だと思うんだ。 人間の足じゃさすがにな。 だから街道で張り込んで、来たところを討つ」
「わたし、なんだか不安になって来たわ」
「いや、ほんと済まない……」
つまりは、街道沿いで野営してワイバーンがやってくるのを待つという作戦らしい。
ワイバーンの襲撃ポイントと言うのもほぼ同じなので、待ち伏せでも効果はあるだろうと言う。
待ち伏せでも野営でもいいけど、美味しい食事は出てくるんだろうか……。
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「とりあえずっと。 この辺りで良いだろうな」
街道沿い、とは言うが空から見える場所ではなく森の中に入りテントを張る。
空からは見えないだろうが、街道からは丸見えだ。
街からもそんなに離れていないので食材は十分整っているので安心できそう。
ワイバーンの襲撃は夕方から夜にかけてが一番多いという話。
おそらく街に到着するという安心、そして馬車の旅での疲労、そういうところを狙っているんだろうとクラインは言う。
まるで盗賊みたいだね。
それと街から出ていく者より街にやってくる者、ワイバーンが出ることを知らず対策を立てていない者が多い時間帯と言うのも狙いやすさのポイントなんだろう。
「ねぇねぇノール。 ワイバーンってどんな感じなのかしらね。 小さいドラゴンって言ってたけど。 話とか通じるのかな」
「魔獣と言ってたから話は出来ないんじゃないかな」
「え?でもこの間のウェアウルフは喋ってたじゃない」
「あれは悪魔憑きだったから」
「ああ、そうか。 つまんないわね。 あ、でもここら辺の魔獣よりは強そうだから、それはちょっと楽しみだわ」
「エルビーは戦うのが好きなの?」
「なによ、その顔。 別に殺すのが好きとかそういうのじゃないわよ。 強い相手と戦うのが面白いのよ。 逃げる相手を追いかけまわす趣味はないわ」
「そう」
良かった……。
エルビーは仲間だし、人間にとっての脅威であるドラゴンだとしても戦いたくはない。
テントに近づく人影。
これは、クラインだ。
「今日は出てこなさそうだな」
そんなことを言いながらテントに入ってくる。
「ねえクライン。 もしずっと待っていても現れなかったらどうするの?」
「今回の依頼、明確な期限はないんだ。 討伐すればもちろん報酬は上乗せされるが、討伐せずに終わっても待機分の報酬はちゃんと支払われる。 まあその場合Aランクの報酬としては安くなってしまうが……。 それでもEランクの報酬よりよっぽどいいから安心してくれ」
「退屈なのがちょっとね」
「それは、まあ我慢してくれ。 辺りを散策して来たらと言ってあげたいが森しかないし。 もしワイバーンが出てきた場合に困るしな」
「仕方がないわね。 あっ。 ところでクライン。 ワイバーンの攻撃ってどんなの? ブレスとか吐いてくるのかしら?」
「いや、基本的には後ろ脚を使ってきたり、尾による攻撃だな。 過去の記録には火を噴くものや魔法を使ったものがいたという報告もあるから注意は必要だ。 ただ今のところ目撃情報が入っているものでそういう報告は上がっていないようだぞ」
「そうなんだ。 なんかあまり強そうじゃないわね。 あ~あ。 今日はもう寝ようっと」
「聞いてはいたけど……。 ずいぶんとマイペースな子なんだな……」
「わたしよりノールのほうがマイペースよ。 あまり喋らないから分からないだけ」
「そうなんだ。 そりゃ、ゲインたちも苦労しているんだな……」




