帝国の冒険者
「これは、本当なのか?」
ルイフィアナス・ベルィ・ランディア帝国皇帝、クレイ・ランディア。
彼は今、ある問題で頭を悩ましていた。
ことの発端は先日、エスティーゼ王国から送られてきた一通の親書。
その内容は、王国領内で捕らえられていたエルフを保護した、と。
それについてはすでに知っていたことでもある。
その犯人は盗賊団であるが、調査の結果、王国内の貴族が関与していた、と言うことだ。
これだけであれば、悩むことは無い。
王国を批判するだけでエルフに対する体裁は整えられるだろう。
しかし、親書には続きがあった。
「まさか我が帝国の貴族が、王国の貴族から捕らえたエルフを買っていたというのは……」
帝国では、王国も同様だが人身売買を禁止している。
それは人間の奴隷だけでなく、エルフなど亜人種を奴隷にすることも同様に禁止してるのだ。
「申し訳ありません、陛下。 私も寝耳に水と言う状況でして」
「いや、私だって思いもしなかったことだ。 いまだにそんな愚か者がいるとはな。 ただ、それ以外にも気になる点はあるがな」
帝国は海を隔てて隣接するドワーフの国と国交がある。
亜人種であるドワーフと国交を結んでいるのに、同じ亜人種のエルフを商品として扱うというのはドワーフとの関係を悪化させかねない。
「どう対応いたしますか?」
「当然、使者を派遣する。 その盗賊団や関わった王国側の貴族の引き渡しを要求する。 もしダメでも王国内での尋問は認めさせてもらわなくてはならない。 そして関わった帝国貴族にはしっかりとその報いを受けてもらうさ」
「しかし、なぜ、エルフの売買など……。 王国でもエルフの売買は禁止のはずではないですか?」
「王国も売買は禁止しているが帝国ほど監視も罰則も厳しくない。 ドワーフの国との国境警備は双方ともにかなり厳重にしている。 帝国の人間がドワーフの国を経由してエルフを連れてくるのはかなり難しいだろう。 しかし、人の欲望は禁止されるほど強くなるものだ。 王国なら海を渡ればエルフの森との往復はさほど難しくない。 我々帝国も王国との貿易に対してさほど警戒をしていないからな。 そういう隙を突かれてしまったと言うところだろう」
「では、王国からの商船に制限を課しますか?」
「それも手ではあるが、しかしそれではより深くに潜っていくだけだろう。 商船を制限する方法は商業ギルドを敵に回すことになるし、王国の商船の中には聖王国との貿易品も交じっているからな。 それよりも帝国側の膿を出すことに力を注いだ方がいいだろう。 需要がなくなれば供給もなくなる。 それに帝国で人身売買を行うとどうなるかと言う見せしめにもなる。 そのためにも関わった貴族を特定しなければならない」
「なるほど、では早急に使者を手配いたしましょう」
「ああ、頼むぞ。 いや、ちょっと待て。 使者にはAランク冒険者、疾風迅雷の魔剣を使おう」
「彼らをですか? しかし、彼らは帝国の冒険者でありながら帝国を批判していると聞いています。 あまり良い冒険者とは思えないのですが」
「だからこそいいんだ。 今回の件で言えば帝国の不祥事。 彼らなら全力で乗ってくれるさ。 今回はどの貴族が関わっているのかまだ分からないんだ。 帝国貴族の息がかかった役人や冒険者では、わざと依頼を失敗する可能性も捨てきれない。 それに彼らは王国でも名の売れている冒険者で、王侯貴族からも依頼を受けたことがあると聞くぞ。 なら王国側からの信頼も得ているだろう。 これ以上うってつけの人材が他にいるか?」
「しかし、言いふらされたりしてはさすがに困るのではないでしょうか」
「さすがにAランク冒険者だぞ? 守秘義務ぐらいは理解しているだろう。 それと、言いふらすことで帝国を批判できるかもしれないが、それは関わった貴族に逃げる猶予を与えるだけだ。 彼らは口先だけの冒険者ではなく、実力の伴った冒険者。 確実にその貴族たちを潰すために動いてくれると私は信じているよ。 もっとも、この件が片付いたら私を批判するかも知れないがな」
「わかりました。 では疾風迅雷の魔剣に依頼を出します」
「ああ、頼んだ。 ところで、王国が保護したエルフを移送したという話は聞いたか?」
「いえ、そのような報告は上がっておりませんが」
「保護してからかなり経つだろ。 まさかいまだに王国内にいるのか? 王国は……まったく何を考えているんだ……」
◇
宿屋の一室。
冒険者ギルドから名指しで依頼。
依頼の内容は重要な物を先方に届ける、ということであったが。
しかし、依頼者が誰なのか、誰に届けるのか、そういう詳細はこの宿屋にて説明すると言われた。
実に怪しい依頼ではあったが、報酬は破格。
つまりそういう相手からの依頼と言うのはそれだけで分かると言うものだ。
疾風迅雷の魔剣のチームリーダー、そして魔剣キャリギュリの持ち主であるヘイゼルはこの依頼を受けることにした。
理由は金、ということもあるんだが、ここまで用意周到な依頼がどんなものか興味があったのだ。
「で、本当に良かったのか? ヘイゼル」
「そうよ、怪しいなんてもんじゃないわよ? ヤバい依頼だったらどうするつもりよ」
「あれか?帝国が俺たちを嵌めるために嘘の依頼をでっちあげてるとかだったりしてな」
「だから言ってるのよ。 あまり帝国を挑発するの止めてって」
不安をヘイゼルにぶつけているのは、チームメンバーである戦士のアーディに魔法使いのラゥミーだ。
「帝国だって一介の冒険者相手にしているほど暇じゃないだろうぜ。 だいたい帝国批判しているのは俺よりラゥミーのほうだろ」
「あたしは批判はするけど言葉に出したりしないのよ」
「まあそうカリカリするな。 まずは依頼内容を聞いてそこで判断すればいいだろ」
「そもそもこの宿に呼ばれたことが罠で襲撃者が俺たちを……」
「アーディ! 馬鹿なこと言わないでよ!」
―――コンコン
扉をノックする音が聞こえる。
依頼者だろうな。
「どうぞ」
「失礼しまっすー。 あ、どうも、どうも、僕はビリエーラと言いますー。 よろしくお願いしまっすねー」
「あ、ああ……」
「ちょ、ちょっと、あれ大丈夫なの?」
「そんなの俺が知るかよ」
ビリエーラと名乗る少女を不審に思い、ヘイゼルとラゥミーは小声で相談していた。
「まあいい…。 それでビリエーラさん。 依頼について、話を聞いても?」
「あ、はいっすー。 その前にっすねー。 念のために確認しておきたいっすけどー」
緊張感の欠片もない喋り方。
そんな少女は突然声のトーンを下げ真面目な口調になる。
「今回の件、依頼を受けていただけるのであれば、依頼遂行中は何があっても他言無用でお願いします。 それから、もし依頼を受ける気がない、もしくは依頼内容を聞いた上で依頼を断るのであれば、今後、この件については他言無用でお願いします。 よろしいでしょうか?」
「んぁっ!?きゅ、急にキャラ変わるのな……。 あ、まあでもよほどのことが無い限り依頼は受けるつもりだ。 それと他言無用って件に関してもな。 依頼を受けるかどうかに関わらず、依頼内容をベラベラ喋ったりはしないよ」
それを聞いて少女、ビリエーラは笑みを浮かべてた。
「わかりました。 それから私のことについてですが、これも他言無用で。 私は帝国特殊部隊第三秘密行動班ビリエーラと申します。 以後お見知りおきを」
「は?はぁあ!!? てっ、ていこ…」
「しっ!! それは絶対に内密に!」
「あ、す、済まない」
「今回の依頼主は帝国皇帝クレイ・ランディア陛下直々のものです。 そしてあなた方に依頼するのは、極秘裏に、帝国貴族たちにもバレぬように遂行して頂きたい任務なのです」
「こ、皇帝直々って、マジなのか?」
「はい、皇帝直々です。 それと安心してください。 犯罪の片棒を担がせる、と言うことではありませんので。 皆さんは、先日王国でエルフが保護されたという話をご存じですか?」
「あ、ああ。 王国でも帝国でも結構問題になってるよな、それ」
「はい。 そして今回、その人身売買に帝国貴族も関与している、と言う嫌疑がかかっているのです。 しかしながらその証言者である王国貴族たちは今王都。 そこで皇帝陛下は王国に対して王国貴族の引き渡しを要求する、と言うお話なのです。 そしてこの親書には、そのことが書かれております。 皆様方にはこの親書を王国国王のもとに届けていただきたいのです」
「え、いや、それ本気で言っているのか? 実は俺たちを騙そうとしているってわけじゃ……」
「いや、ちょっと待って。 親書の封だけど、これ皇帝の印よ。 嘘ってわけでもなさそうみたいだけど」
「これは事実です。 こうして秘密裏に依頼しているのには理由があって。 帝国貴族の誰が関与しているのか、皇帝陛下もまだ特定できていないのです。 ですので邪魔が入らないようにとあえて皆様方に依頼をしたとのことです。 皆様方が帝国の貴族に加担することは無いだろう、と」
「ああ、なるほど。 つまり皇帝は俺たちの評判も知っているってわけか。 あとで打ち首とかならないよな?」
「打ち首っていつの時代よ……」
「でも、まあ分かった。 この依頼受けよう。 二人もそれでいいな?」
「ああ」「いいわよ」
「あ、それからもう一つ、よろしいですか? 今回の任務ですが、わたしも同行させていただきます。 皆様方の監視というわけではなく、秘密裏に連絡を取れる人間が必要ですので」
「あ、マジか…。 いや、まあそれは構わないけどさ」
「では、よろしくお願いします。 今回の依頼ですが、表向きは王国に物を届ける皆様方に、下級貴族の娘である私も同行する。 そういうわがままを押し通すため依頼料が高くなっている、と言うことになっています。 ですが、実際に皆様方に守っていただきたいのはその親書の方だけと言うことを念頭に置いておいてください。 もし親書か私かと言う状況になった場合には、私を切り捨ててでも親書を届けていただきたいのです」
「それは、最悪の場合ビリエーラさんを見捨てろと言うことか」
「はい。 でもご安心ください。 役の都合上、私は表立って戦闘に参加できませんが、一人で逃げる程度はなんとかできますので」
「分かった。 ただひとつ、確認させてくれ」
ヘイゼルは神妙な面持ちで少女に疑問を投げかけた。
「表向きとはいえ、貴族の娘の話し方があれでいいのか?」
「はいっす。下級貴族、ですから」




