一章 幕間
私はこの世界の女神リスティアーナ。
この前、突然やって来た後輩とも言える神ノールから人間のことをもっと知りたいと相談された私。
それなら私が管理する世界で、人間として生活すれば良く分かるんじゃないかと、冗談で言ったのだった。
彼はそれを真に受けて、そして行ってしまった。
いや、まあ私にも責任はあるけど、まさか本当に実行するとは思わなかったものでね。
しかし、そんな彼には、今となっては感謝しかない。
そう、あれは彼を送り出してから数日の出来事。
赤いドラゴンが人間の街に来てしまった。
これは最悪の場合、2000年前のあの戦争が、この地で起こってしまうかもしれない。
そう思ったわ。
ドラゴンのほうに敵意はまだないようだけど、人間のほうはそうでもない。
もしドラゴンに恐怖した人間がドラゴンに攻撃を仕掛ければ、おそらくドラゴンも反撃したでしょう。
そしてドラゴンが死んでしまったり、もしくは人間のほうに被害が出てしまえば、相手に報復する理由を与えることになる。
そう、それはつまり戦争の理由を与えたことになる。
ここしばらく平和だったから勇者なんて覚醒させてないのに。
もし、今ドラゴンと人間の間で戦争が起きたならば、間違いなくたくさんの人が死ぬわ。
それはつまり魔王の誕生を意味する。
勇者の覚醒と言ったって、スイッチ一つで最強勇者が誕生するわけじゃない。
力はその時点で覚醒させることは出来るのだけど。
スペックは高くても経験不足、それは否めないのだ。
魔王が誕生する前に勇者が成長を終えるかは賭けでしかないのだ。
それに因子を持つからと言って、すべてが最強勇者に成れる保証もない。
その選定にも時間はかかるし、最悪そういう人材がまだいない可能性だってある。
そんなことを考えていると、ドラゴンの前にノールが立った。
いや浮いていた。
何をする気だろうと様子を伺っていると……。
マジか、ドラゴンを人間にしてしまったよ。
まあおかげでドラゴンと人間の戦争ってのは回避できたので良しとしましょう。
その後もノールは人間の冒険者と、あと元ドラゴンの少女と共に冒険者として生活していた。
最初、冒険者登録の時に職業神様と書いたときはアホか!って思ったのに、今じゃ普通の人間にしか見えないぐらいの成長っぷり、お姉さん嬉しいわ。
その後も盗賊団に攫われたりもしていたけど、まあ楽しそうで何より。
その後、弱そうな悪魔が出たりといろいろあったようだけど、そんなことはどうでもいい。
それよりも……。
2000年前の戦争で滅ぼしたあのドラゴンたち。
彼らが住んでいた地からものすっごく嫌な気配を感じる。
女神の勘ってやつだ。
どこから力を得ているのか分からないけど、それはどんどん大きくなっていく。
この成長スピードはちょっと異常だ。
普通ではあり得ない。
というかまずい。
勇者が間に合わない。
うわーーー待ってーーー。
何アレ。
ドラゴンと人間の魂のミックスみたいなの出てきた。
これもうダメじゃん。
これだけ長いこと世界を管理してきたのに。
終わる時はほんと一瞬で終わるんだなって思ってしまいました。
主神様になんと言えばいいのかと。
そんな時、やってきましたノール君。
何あの子! 天使? いや神様? そんな気分。
正直ね、ノールに会う前の私ならさすがにあれは無理だとそう思っていたことでしょう。
しかし、ノールは自分のいた世界でも魔王のなり損ないを滅ぼしている。
今回のあれがその時のアレと比較してどの程度の強さなのか分からないけど、いけるんじゃないかと思ってしまいました。
そして案の定、ノールはあれを倒してくれた。
いやあ、さすがです。
直接会って褒めてあげたい。
けど残念。
私には会いに行く方法が無いのです。
そんな時、ふと思ってしまったのです。
私が行けないなら、向こうから来てもらえばいいじゃないの。
どうやって連絡を取るかって?
ふっふっふっ。
私にはスパイがいる。
そう、聖王国の巫女です。
彼女に神託と称してノールに連絡をつける。
さすがではないか、私。
とは言っても軽い口調でノール呼んできてーなんて言えるはずがない。
神として威厳を持った話し方で伝える必要がある。
さらに巫女とは言えそこは人間、なんとも受信感度が高くない。
受信性能高くても人格破綻していては神の威厳も地に落ちるので、人格良し、性能も良しな人を選ぶのも一苦労なのだ。
まあそうは言っても一応は巫女見習いから選ぶので、ある程度は人間のほうで選別してくれているからいいほうだけどね。
さてさて、そんな当代の巫女に選ばれた少女に向け念話を飛ばす。
内容を要約すると、ドラゴンズ・ピークから見下ろす人の街にノールが居るから連れて来て、と言う感じかな。
その後どうするかは、まあその時に考えましょう。
◇
「皆の者、良く集まってくれた」
ムーンドファーエルマイス聖王国。
ここは聖王国、王城の中にある一室。
声の主は聖王国の現聖王、エルマイス14世である。
「此度、皆を呼び集めたのは他でもない。 女神より巫女が神託を授かった。 そして、その神託について、皆の意見を聞きたい。 神託の内容は、竜の地、見下げるは人、ノールたる者、捧げよ」
「それはいったい……」
「ふむ。竜の地はまさにドラゴンズ・ピークでありましょうな」
「見下げるは人、と言うのは?」
「相手はドラゴン、当然人間を下等な生き物と見下げているのでしょう」
「ノールという人物を捧げよ、つまりは……」
「ドラゴンにノールと言う人物を生け贄として捧げよ、と言う意味でしょうな」
「そんな、我らが女神様がそのようなことを……」
「いや、それが多くの人を助ける唯一の手段なのやも知れん。 女神さまとてお心を痛めているに違いない」
「あの、よろしいでしょうか」
「ん? 何かね?」
「はい、エスティーゼ王国ではここ最近で数度、ドラゴンの目撃情報がございます。 もしかすれば、それと関係があるのかもしれません」
「ドラゴンの目撃情報だと?それはまことか?」
「はい。しかも街が邪悪なドラゴンに襲われている際に現れ、その邪悪なドラゴンを滅ぼしたとか。 街では女神の使徒ではないか、と言う噂も上がっているほどです」
「ドラゴンが女神の使徒だと?何をバカげたことを」
「先の大戦より女神様がドラゴンを使役するようになられたのではないかと言う噂もございまして」
「いや、しかし、それはあり得ないことでもなかろう。 人間の守り手は勇者ではある。 だが先の大戦からも分かるように、すぐに人間を守れるようになるわけではない。 つまり、勇者が成熟するまでの間をドラゴンに守らせるようにしたのかもしれぬ」
「では、ノールと言う人物はその女神の使徒であるドラゴンへの供物ということか?」
「皆の者、そもそもそのノールと言うものが人間であるとは限らぬ。 亜人、または人の姿をした別のもの、と言う可能性もある」
「いや、たしかにその通りですな」
「しかし、いったいどうすれば」
「ふむ、まずはそのノールなる人物を調査するのがよろしいでしょうな。 もし神敵となるものであったなら、そのまま供物として差し出せばよい。 だがもしただの人であるなら、なぜドラゴンが供物を欲しているのか調べるというのでどうだろうか」
「神託に疑問を持つというのはどうなのか。 女神が捧げろというのであるなら、我らは捧げるだけで良いのでは?」
「いやまて、神託では竜の地となっているのだ。 特定のドラゴンに捧げるのではなくドラゴンズ・ピークに生け贄として捧げるのが正しいのではないか」
「女神の使徒が特定のドラゴンとは限らんではないか。 ドラゴンズ・ピークに封印されたドラゴンすべてが女神の使徒かも知れん。 ならどのドラゴンに捧げても結果は同じであろう」
「ん?そもそも封印されたドラゴンがどうして出てきているのだ?」
「それは女神様が一時的に封印を解いたのだろう」
「皆の者、ドラゴンが女神の使徒と言うのも憶測でしかない。 それを前提にするのは危険であろう」
「はっ、猊下の仰る通りです」
「まずは、ノールと言う者を探す。 そしてその人物が何者かを調査。 並行してドラゴンについての調査も行うように。 ただし、これはすべてにおいて内密に行う必要がある。 良いな?」
「仰せのままに」




