再会の二人
街の観光を終えたわしらはゲインたち4人の冒険者に挨拶をしたのち帰路に立った。
街を出て街道の反対側に進む。
「ねえ、ノール。 わたし、思うことがあるのだけど……」
しばらく歩いているとエルビーが少年に話しかける。
わしもヴィアスも二人の会話に、ただ静かに耳を傾けるだけだった。
今までのこと、そしてこの先のこと、様々な思いがエルビーの胸中に渦巻いていることだろう。
「なに?」
「あの邪竜を倒した時に使った魔法、ゲートだっけ? あれ使えば、アムライズィッヒまであっという間なんじゃないかなって」
なるほど、まったくそういう心境ではないようじゃったわい。
「そうだね」
「じゃあ何で使わないの?」
「歩いて行った方が楽しい」
「あ、なるほど! それはたしかに」
「エルビー、ゲート、と言うのは?」
ヴィアスが尋ねる。
ゲート、それは空間と空間を繋ぐ魔法のはず。
しかし、そんな魔法まで使えるのか。
「ヴィアス様、えーとゲートって言うのは、ここから、遠くに一瞬で行ける魔法です」
「は? はあ……」
ヴィアスもまた知らぬ魔法じゃな。
想像が追いついておらんようじゃ。
「でも、どこに繋げればいいの?」
「とりあえず、あの山の一番上ね」
「わかった」
そういうと少年は魔法を発動させる。
すると眼前の空間が歪み、そこにゲートが現れた。
「な!? こ、これは!」
ヴィアスが驚いておる。
無理もないな、わしも聞いたことがあるだけで見るのは初めてじゃ。
しかし、そんな魔法も難なく使いこなすとは。
本当に何者なのか。
皆でゲートをくぐると見覚えのある場所に出た。
「ここは? あ、懐かしい!」
ゲートが繋がった先は、エルビーが好きだった場所。
たしかに、街から見ればこの位置が一番目立つ。
『ヴィアスよ。 ミズィーをここへ。 それから人化の魔法を使っておくように』
少年はエルビーの正体を知ってる。
しかし我らの正体はまだ明かしておらなんだ。
もっとも、エルビーの知り合いでこの山に住むとなれば察しは付いているだろうがのう。
『はっ。わかりました』
「エルビーよ。 よくぞ戻った。 そしてノールと言ったか、ようこそ、アムライズィッヒへ」
少年は小さく頷く。
しばらくするとヴィアスに連れられ少女がやって来た。
『連れてまいりました』
『うむ』
「あの、長老様。 どうかされたのですか? それにそのお二人は?」
「エルビーじゃよ」
「え?エルビー? ほんとに? ほんとにエルビーなの? エルビー!」
少女は涙を流し、エルビーに抱きついた。
「え? あ、ん?誰?」
困惑するエルビーに少女が告げる。
「私よ、ミズィーよ。 忘れたの?」
「ええ!?ミズィーなの!? 忘れたって言うか人化した姿なんて初めて見たから」
「それはお互い様でしょ」
「そうだけど……ってあれ? ミズィー、角と尻尾あるよ」
「しょうがないじゃない! この魔法難しいんだからね! エルビーのほうが不思議よ。 魔法とかあんなに下手っぴだったのに、こんな完璧に人の姿になってるなんて」
「ああ、それはね……」
二人は昔を懐かしむ旧友のように語り合っている。
ならば、わしは今のうちに少年と語らうとするかのう。
「ノールよ、少し良いかのう」
「なに?」
「ふむ、お主はミズィーのあの姿を見ても驚かないのじゃな」
「うん。エルビーと同じドラゴン。君たちも」
「そうか、まあ当然よな」
「お主は、何者なのかの?」
「僕は冒険者」
「ふーむ、この間のドラゴンの穢れ、あれを倒したのはお主であろう? それに、エルビーを人の姿にしたのもお主の魔法ではないかの。 エルビーは、ああいう複雑な魔法は苦手じゃからな。 あれほどまでに精度の高い魔法はエルビーには無理じゃろうて。 そしてゲートの魔法、ただの人間にあのような真似は出来まいよ」
ふむ。
答えぬ、か。
しかし……。
「どうして!?」
ミズィーが声を上げる。
少年との会話も中断せざるを得ないか。
「どうかしたのかの?」
「あ、いえ、エルビーがまだ帰らないと言うもので」
それに答えたのはミズィーではなくヴィアスだった。
「ほう、それはまたどうしてかのう?」
「それは……。 長老様、わたし、もっと世界を知りたいの。 この場所であの街を眺めていた時、わたしはこの見える範囲だけが世界だと思っていたわ。 でもあの街で、冒険者に会って、わたしは知った。 わたしが知っていた世界は、本当の世界のごく一部に過ぎないんだって。 だから、もっと世界を見て回りたい」
「エルビーよ、わしらはお主が心配なのじゃ。 この間も、街の中でドラゴンの姿になっておったじゃろうて。 もしかすれば、人間たちの間でお主を討伐するという話になってしまうやも知れぬ。 女神がお主を排除しようと動けば、我らに助ける手立てはないじゃろう」
そう、女神の真意。
女神は我らドラゴンをどうするつもりなのか。
やはり、この少年がカギとなるはず。
「ときに、ノールよ。 お主は勇者なのかのう?」
「僕は、勇者じゃない」
「そう、なのか……。 それは妙なことを聞いてしまったな。 女神は、わしらをどうするつもりなのか、それが分からんのじゃ。 お主が勇者ならば、何か聞かされているのではとも思ったのじゃが。 せめて、女神の真意でもわかれば、のう」
勇者でなくともあれだけの力を持つと言うのか。
では一体何者なのだ?
「我らドラゴンはこの地より離れるわけにはいかぬ。 これはかつての勇者との約束なのじゃ。 勇者の恩情により我らは滅ぼされずに済んだ。 約束を違えば女神の怒りを買うことになるやも知れぬ。 そうなれば、今度こそ我らドラゴンは、絶滅する」
女神より与えられた運命と言うべきか。
しかし少年は言う。
「リスティアーナなら、大丈夫だと思う」
「それはどういう意味じゃ?」
「神の役目は、人間を守り導くこと。 人間以外の者は守らないけど干渉もしない。 人間にとって脅威にならなければ排除もしない。 エルビーが人間に危害を加えることはない。 だから脅威にならない」
「何を…、お主は何を根拠にそのようなことが言えるのじゃ?」
「エルビーは人間と共に生きることを選択した。 それは少しの間のことかもしれないけど、距離を取るのではなく、人間の街の中で生きる選択をした。 人間の脅威はドラゴンだけじゃない。 魔王とか、悪魔と言う存在が世界にはいる。 魔王は勇者が戦ってくれるけど、悪魔は人間たちが戦わないといけないのかも知れない。 だから、そういう時に君たちが手を貸してあげればいい、と思う」
「しかし、人間が我らを受け入れてくれるとは限らぬ。 2000年もの間、人間と対話したことは一度もないのじゃ」
「大丈夫、この間、ドラゴンの穢れを倒した時に、エルビーはリスティアーナが遣わせたドラゴン、みたいなことになっているから」
「は?それは、どういう意味じゃ?」
「そのままの意味。 ドラゴンのエルビーは神の使い。 そういう話が街の中で広まっている。 あの街が脅威に晒されたときに、ドラゴンが現れ、助けてくれれば、街の人間はもっと感謝する、と思う」
「もしや、あやつは、その神の使いとして担ぎ上げられておるのかのう」
「それはまだ。 そうなる前に離れたから。 そういう話が広まっているだけのこと」
「そ、そうか。 なるほどのう。 しかし、人間はそれで良いとして女神は認めてくれるかのう」
「リスティアーナに会ったとき、別に怒っている感じではなかった。 だからたぶん大丈夫だと思う。 今度、会うことがあったら聞いてみる」
いや、じゃからのう、その大丈夫となぜ言えるのか、それが知りたいのじゃがな。
「ひとつよいかの。 勇者でないお主が、どうやって女神と話をするのじゃ? 人間の中には巫女と言う者がいるのは知っておるが、お主はその巫女なのかの?」
「巫女? それは知らない。 ただ、僕はリスティアーナにお願いして、この世界に居させてもらっている。 冒険者になることを勧めてくれたのもリスティアーナ」
「それでは、まるで別の世界から来たかのような言い方ではないかの?」
荒唐無稽とも言える話ではあるが、ふと思ったことがそのまま言葉として出てしまった。
「僕はこの世界の者じゃない。 別の世界の神だから」
「か、神? それはつまり女神と同格の存在、と言うことか」
少年は少し考えた。
「そう。同じ神。でもリスティアーナは僕よりもすごい神」
いや、さすがにそれは信じられんわい。
この少年の妄想、と言う可能性は……。
しかし、これまでの人知を超えた力、まさしく神の所業と言ったところではあるわい。
信じるべきかどうか。
そうよな。
勇者である可能性は考えておった。
しかし勇者ではないと言う。
では勇者以上の存在だとしたら、それはもう神しかおらんのだろうな。
なるほど、神か。
「しかし、我らは女神の呪いを受けておるのじゃ。 あの日以来、我らドラゴンに子は生まれなくなった。 ただ一人、エルビーを除いて。 そして今やエルビーが最後の子となってしもうた。 我らは、本当に我らは女神の怒りを受けたわけではないのじゃろうか?」
「呪い?その話は聞いてない。 けど、それも会ったら聞いてみる」
どのみち、わしらは流れに身を任せるしか出来ぬのじゃ。
ならこの少年の言葉に乗ってみるのもいいのかも知れぬな。
エルビーとてこの少年と共にいるほうが安全じゃろう。
神かどうかはともかくとして、この少年の力は本物じゃ。
エルビーが、我らの未来を切り開いてくれるやも知れぬな。
「エルビーよ」
「はい。長老様」
「しばしの間、人間の街で暮らすことを許可する」
「しかし、長老!」
「良いのじゃヴィアスよ。 その代わり、ひとつ、使命を与える。 我らドラゴンは勇者との約束によりこの地を出ることは出来ぬ。 それは知っておるな? しかし、その約束は2000年も前の話。 今人間たちの中でその認識がどうなっているのか、それを探ってもらいたいのじゃ。 ただし、くれぐれもお主がドラゴンだとは気づかれんようにな。 特に、聖王国には気を付けるのじゃぞ。 あと、時々はここに戻ってきて顔を見せなさい、よいな?」
「はい、長老様、ありがとうございます!」
「ミズィーよ。 お主は少し寂しくなるやも知れぬが我慢しておくれ」
「だ、大丈夫です、長老様! 別にエルビーが居なくて寂しかったわけじゃ……」
「ほっほっほっ、そうか。 では、ともにエルビーの帰りを待ってやるとするかのう」
「はい。 エルビー、ちゃんと帰ってくるんだよ?」
「分かってるわよ。 えーっと、要するに皆が外に出られるかどうかはわたしにかかっているってわけでしょ? 大丈夫よ!ちゃんとこなして見せるわ!」
「ノールよ。 エルビーのこと、頼みますぞ。 それから、例の件も……」
「わかった」
もう少し、ここに留まるかと思ったが二人はそのままゲートを開き帰って行った。
(エルビー、お主にとっての居場所は、もうそっちになっておるのじゃな)
「長老、本当によろしかったのですか?」
「ああ、なに、あの少年が一緒にいる間は大丈夫じゃろう。 それに、このままあの子を連れ戻しても、我らドラゴンの未来は明るいものではない。 勇者との約束、そして女神の呪い。 いずれは解決せねばならぬ問題よ。 あの子に背負わせてしまうのは気が引けることじゃが、今はあの子が置かれた境遇に望みを託すしかあるまいて」
「それは、あの少年のことですか」
女神リスティアーナを知る神ノール。
エルビーはそんな神と共に行動している。
もしかすれば、エルビーが女神リスティアーナに会う日が訪れるかもしれない。
頼んだぞ、エルビーよ……。




