エルビーの思惑
意を決して中に入る。
外は眩しかったが中は少し暗いためか、目が慣れるのに少し時間がかかってしまった。
暗がりに慣れた目で辺りを見渡す。
中にはテーブルがいくつも置かれていて、その周りを椅子が囲んでいる。
そしてそんなテーブルの一つに6人が座って食事をしていた。
その中にはエルビーと思われる少女、それとあの時の少年もいる。
少年はこちらに気付いていたようで、入った時からこちらを見ていたようだ。
ただ声をかけてくる気配はない。
少女はと言うと特にこちらを気にする様子もなく食事をしている。
さて、なんと声をかけるべきか。
「失礼。 わしはヴァルアヴィアルスと言う。 そこの……」
言いかけた時、少女、おそらくエルビーだが、飲んでいたものを吹き出し、噎せていた。
「うわっ! エルビーなんだよ急に!」
声を上げたのは噴出した飲み物をかけられた少年ではなく別の者。
「プハハハハハハ! ノール、びしょびしょじゃないか! 大丈夫か?」
「平気……」
「いや、全然平気には見えないけどな」
「あっごめんノール。 だってびっくりしたもので」
やはりエルビーで合っていたようだ。
「エルビー、探したぞ」
そう声をかけるとエルビーは立ち上がった。
「あ、あの、え~っと、これには深い事情がありまして……。 説明するとものすっっご~く長くなるんですけど……」
「エルビー。まったくこんな長い間連絡もせずいったい何をしていたんだ。 皆心配していたんだぞ?」
「あ、はい。え? 誰?」
「私はヴィアスだ」
「えっ? ちょっヴィアス様まで!? 暇なんですか?」
「そんなわけがないだろ。 長老に付いて来いと言われてこんなことになっているんだ。 まさか人間の街を見たくて黙って抜け出したわけじゃないだろうな?」
「いや、そんな、まさか……あははは……」
「あのー。いやすまない。 俺はゲインと言います。 それでエルビーの知り合いの人たち、で合ってるかな? 立ち話もなんだし、とりあえず座ってもらったらどうかな」
「さすがにこのテーブルに8人は狭すぎるであろう。 俺は移動するのでここに座ると良い」
「これはこれは。 ご厚情痛み入ります。 では、お言葉に甘えさせていただくとするかのう」
そう声をかけてくれた人物と、もう一人無言で席を立った人物に礼を言って席に座る。
「改めて。 わしはヴァルアヴィアルスと言う。 そのエルビーが暮らしていた、そうよな、村の長、と言った感じの者じゃ。 そして、隣の者はヴィアスと言う」
「どうも。俺はゲイン、隣はビッツ、でさっき移動したのがダーンで、無言なのがルドー。 で、エルビーの隣にいるのがノール。 一応、俺たち4人でチームを組んでいて、エルビーとノールは時々チームに参加してるってところだな」
『ヴィアスよ。 おそらくこの者たちはエルビーがドラゴンなどとは知らんのであろう。 分かってはおると思うが、発言には注意せよ』
『は、はい』
念ため、ヴィアスには念話で注意を促しておく。
「しかしエルビーよ。 無事でほっとしたわい」
「うん、全然元気だよ」
「それで、エルビーよ。 帰っては来ぬのか?」
「え、いやあ、それは、その……」
「ふむ。 何やら事情がある、と言うことかのう?」
「ああ、もしかして、俺らっていないほうが良かったかな?」
ゲインと名乗った者が聞いてきたが、わしが答えようとする前にエルビーが答えてしまった。
「いや、大丈夫! 居て。むしろ居て」
「お、おう。それでいいならいるけどさ」
エルビーめ、どういうつもりじゃ?
「ところで、エルビーよ。 今は楽しいかの?」
「へっ?あ、うん、楽しいよ、ですよ」
「そうか、それは良かったわい」
ああ良かった。
もしかしたら従わされているのではないか?
ここに来る途中、そんなことも頭を過った。
だが、そうではなく自分の意思でここにいるようだ。
「せめて、ミズィーにだけでも会ってはやらんのか? お主が居なくなってからというものの、あの子の元気が無くてな。 お主のことも心配じゃったが、あの子のことも心配なのじゃよ」
「あ、うん、ごめんなさい」
「エルビーよ、家族、大切なものがいるなら会える時にちゃんと会っておくべきだぞ。 大人になって会いたいと思っても、会えなくなることがいずれやってくる」
「ルドー、お前喋れたのか……」
「いやビッツ、さすがに今は空気読めって」
「ああ、すまねぇ。あまりの驚きの事態についな。 ルドーも、そうか、きっと後悔しているんだろうな。 両親と、あと兄貴がいたんだっけか。 冒険者なんてやってると、そういうこともあるんだよなあ」
「ビッツよ。何を勘違いしているのかは知らんが、俺は毎年実家に帰っているぞ。 あと両親も兄も健在だ。 勝手に不幸設定を盛るな」
「え?そうなのかよ! いつの間に帰ってたんだ? あれ?もしかして他のやつらも帰ってたりする?」
「当然」「まあ、当たり前ではある」
「ウソ。マジか。親不孝者は俺一人だったのかよ……。 仲間だと思ってたのによ、チクショー」
「今年はお前も帰れ」
「いや、でもダーン。 今まで一度も帰ってこない奴がいきなり帰ったりすると、それはそれでフラグじゃねぇの?」
「馬鹿なことを言っていないでちゃんと帰るんだ」
「ああ、はいはい。分かったよ」
「あのすみません、うちのメンバーのくだらない話になってしまって。 けど、エルビー。 俺もルドーの意見には賛成だ。 外野の俺たちが口出しする問題でもないかもしれないが、ともに冒険者として戦ったこともある仲だし、多少のことは言わせてくれ」
「あ、うん、ありがとうゲイン、それにみんな。 え~と、じゃあ、ちょっとだけ、帰っちゃおうかな。 そう、するね。 あ、もちろん、ノールも一緒に来ること」
「え? 僕は関係ないんじゃ……」
「関係ないわけないでしょ。 当事者でしょ。 いろいろと! 説明!」
「あ、はい」
うぬ?
少年のほうが押されているではないか。
やはり少年は勇者ではない、のか。
いや、ただ気の弱い勇者と言うこともあり得るか。
「さて、そうと決まったのなら、エルビーの再会を祝して乾杯だな! というか帰るって言っても今すぐ出るわけじゃないんだろ? あ、え~と、ヴァ…ヴァル…ん?」
「ヴァルアヴィアルスじゃ。 言いにくいかのう。 ほっほっほっ。 村の皆からは長老と呼ばれておる。 まあ爺さんでも爺でも好きに呼んでくださって結構ですぞい」
「い、いや、さすがに爺さんとは呼べねぇわ。 じゃあ長老さんと呼ばしてもらうか。 それで、時間は大丈夫なんだろ?」
「そうですな、まあ少しぐらいなら誤差の範囲でしょうな、ほっほっほっ」
「長老……」
「お主も良いではないか、来る途中、物珍しそうにキョロキョロしておったろうに」
「ちょ、長老!」
「あー、ヴィアス様、お上りさんだー、アハハハハー」
「エルビーだって最初はそうだっただろ」
「うぐっ」
「帰るまでの間、街でも案内して差し上げたらどうだ?」
「ほう、それはそれは。 わしもこのような場所に来るのはなかなか無くてのう。 心が躍るわい」
「えー……。 じゃあ……ノールも一緒だからね!」
「いや、僕は関係ないんじゃ……」
「ダメ!」
「はい」
「でも、この間の攻撃で随分と壊されちゃったけどね。 長老様は見たいところとかありますか?」
「いやいや、エルビーが見せたいところを案内してくれればそれでいいわい」
「そう、分かったわ! じゃあ武器屋ね!」
「なんでだよ! 他に興味惹くものあるだろうが」
ビッツが叫ぶ。
「なんじゃ、エルビーは武器が気に入っているのかの?」
「ええ、そうよ。 あ、わたしが持っている剣も結構すごいんだから。 あとで見せてあげるわ」
「ほう、それは楽しみじゃ」
「ところで長老様は食事は大丈夫ですか?」
「ん?ああ、わしらはすでに済ませておる」
ドラゴンであるこの体に食事は不要だが、人間の前でそうは言えない。
しかしエルビーはなぜ食べているのだろうか。
いや、人間の社会に紛れ込むのならそれは普通のことか。
エルビーは食事を済ませ、まだ食べていたノールと言う少年を引き摺るようにして外に出た。
「せわしないやつだな。 ノールまだ食べてたのに」
「まあ、お姉ちゃんと弟って感じだな」
「では、失礼」
エルビーの後に続き外に出たわしらをエルビーは観光に案内してくれた。
エルビーは街のことを良く知っている。
とても楽しそうに話す。
エルビーが帰ろうとしなかった、その理由……。
それはもしかしたら……。




