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領主の決断

「皆、静まれ!」


 グリムハイド領主、エイントは一喝し、そして周りを見渡す。


「兵士、冒険者、城内で働く者を総動員し、街の者をすべて避難させる。それから街道沿いの村々からも避難させる。避難先はクルクッカ。これは決定事項だ」


 ドラゴンが襲ってくる。

 それに対して領主として出来ることはこれ以外にないだろう。

 

「ひ、避難ですか?!」

「お、お待ちください! すべての住民の避難など現実的ではありません!」

「そうです! そんなことをすれば混乱が生じます! ここはもっと冷静に判断されては……!」

「パニックを起こせば収集がつかなくなります! 今は皆を落ち着かせることにして、少しずつ避難させるべきでは?」

「私は避難に賛成ですぞ!」

「私の息子も避難……できますか……?」

「よ……嫁と一緒に……。」

「諸君、勘違いしてはいけない。現実的かどうか、可能か不可能か。そうではないのだ。この街を預かる者として、これは絶対にやり遂げなければならない。この街に住む者たちを死なせるわけには行かない。それがこの街の領主となった私の責務、いや最後の使命なのだ。出来る出来ないではなく、やらなければいけないことだと認識してほしい。今ここで話すべきことは、逃げるか戦うかではなく、どうやって全員を逃がすか、だ」

「し、しかし、クルクッカに逃げ延びたとしてドラゴンの脅威がなくなるわけではございません。それはどうなされるおつもりで?」

「その通りだ。だが勝てもしない者に戦わせたとしても時間稼ぎにもならぬだろう。ならばすべての力を避難に使ったほうが良いとは思わないかね? そしてクルクッカの近くには魔法共生国(レイアスカント)がある。彼の国の魔法使いたちならば、あるいは……」

「それは…! 他国を巻き込むということですか!?」


 巻き込む、か。

 これはわが国だけの問題ではないというのに。


「ドラゴンなど国の脅威ではない。世界の脅威だ。クルクッカがドラゴンに襲われている間、魔法共生国(レイアスカント)が見て見ぬふりをしようとも自由ではあるが、その次は彼の国が襲われる番でしかない」

「しかし、クルクッカに避難するにしても受け入れてくれるでしょうか?」

「分からぬ。だがもとよりクルクッカに留まるというものではない。街自体の作りではここグリムハイドの方が上なのだ。この街は高い外壁に囲まれている。しかしそんな外壁でさえあの巨体には多少の時間稼ぎにしかなるまい。だが今回はそれでいいのだ。この無人となった街が襲われている間に、クルクッカから今度は王都を目指す。そこが最終避難地となるだろう。問題はそこまで住民の体力が持つかどうか。兵士や冒険者たちには無駄にドラゴンと戦わせるよりそういう住民の護衛や移動の手助けに尽力して欲しいと思う」

「なるほど。クルクッカはともかく、王都が我々を見放すはずがありませんね。わかりました」


 先ほどまでとは打って変わって貴族たちは静かにこちらの話に耳を傾けている。

 住民は守れるだろう、住民は、な。

 覚悟せねばな。


「まあ私は無能な領主の烙印を押されるだろうな。君たちも多少のことは覚悟しておいてくれ」

「そんな、無能などと! すべての住民を助けることが出来たなら、それで十分ではないですか」

「中央貴族共には戦うこともせずに尻尾を巻いて逃げたと思われるだろう。王が寛大な方ならば一縷の望みはあるが。少なくとも、王より預かったこの街を失うと言うことは避けられまい。その責任は取らねばならぬだろう」

「そんな……」


 数名の者が俯く。


「まあ、お前たちは領主の命に従っただけだ。深く責任を追及されることもあるまいて」


 最悪の場合、私が強制したと言うことで納得させられるだろう。

 その分私の罪が重くなるが。


「さて、諸君。我々のことはこのぐらいにしておこう。今はどう避難させるか、だ」


 そんな話を始めようかとしたとき、兵士が会議に乱入してきた。


「た、大変です!」

「どうした?騒々しい。今は会議の最中だぞ!」


 貴族の一人が咎める。


「も、申し訳ありません。ですが、一刻も早く報告せねばならぬ事態になりました」


 こんな時に報告することなど、今話題にしていること以外にあるまい。


「構わぬ報告を続けよ」

「はっ。ドラゴンのブレスにより、街の東側外壁が一部崩壊しました」


「「「はっ?」」」


 全員の声が一致した。


「すまん、分かりやすく説明してくれ。ドラゴンがもうそこまで来ていると言うことか?」

「い、いえ、申し訳ありません。ゆっくりとした移動でドラゴンの位置はさほど変わっていません。問題はブレスの方で、最初はドラゴンの周囲を焼くだけだったのですが、偶発的なのか街の近くまで届くこともあったようです。徐々にその回数も増え、中には街を超えることもあったようで。それでドラゴンは狙いを定めるようになり、その結果かと思いますが、ブレスが外壁に直撃したとのことです」

「な、そんな……」

「これは、急いで避難を開始せねばなりませんぞ」

「しかし、こんな急では移動の際の食糧や運搬の手筈、まったく準備する時間がありません!」

「ここで考えていても仕方がない。まずは動くべきだ」

「あ、あの!申し訳ありません! まだご報告があります」

「なんだ?早く言いたまえ」

「はい。外壁に直撃した以降、ドラゴンのブレス攻撃は止まっております」

「何?それはどういうことだ?」

「あ、え、その申し訳ありません。自分には分かりかねます」


 攻撃が止まっているなら、それは好機だ。

 しかし悠長に持ち出す物資のチェックなどしている暇もないだろう。

 日持ちするものを詰めるだけ積み込み逐次出発させる。

 同時に人もだ。

 子供、女、老人を優先して馬車に乗せ出発させる。

 本当なら家族ごとに避難させてやりたいが非常事態だ、我慢してもらうとしよう。


「理由などどうでもいい! 相手の手が止まっているなら、この機を逃す手はないだろう。早急に避難の準備を進めるのだ。兵士、冒険者ギルド、馬車組合、避難に活用できるものはすべて! 領主の命として従わせろ!」


 それぞれが動き出そうとしたその時。

 轟音と共に城が揺れる。

 いや、大地そのものが揺れているのか。


「な、何事だ!」


 一人が叫ぶ。


「ひぇっ?!」

「ああもうおしまいだあ……」

「せめて、嫁だけでも避難してくれ……」

「あばばばばばばばば……」


 ここにいる者、誰一人して分かるはずがあるまい。

 ただ、おそらくドラゴンが攻撃を再開した、そういうことだろう。

 城内が慌ただしくなる。

 そのうちに一人の兵士が息を切らせながら報告にやって来た。


「ほ、報告します! ドラゴンのブレスにより神殿の一部が崩落したとの情報が入っております!」

「し、神殿だと? 街の内部にまで攻撃が通ったと言うことか! これではあの高い外壁も無意味ではないか!」


 直線的な攻撃だったならば外壁がある限り街の中は安全だった。

 街の中央近くにある神殿に攻撃が当たるということは多少強引にでも避難を始めなければなるまい。

 まずは人を先行し避難させ物資の搬出はその後。

 それで行くしかないか。

 この街の領主、エイントは天を見上げる。

 あの時、あの弱小貴族のまま、王都でひっそり暮らしていたほうが良かったかもしれない。

 そんなことを思いながら、何度目かの溜め息をついた。

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