討伐試験
男の名はビッツと言う。
今回はノールの討伐試験の試験官をすることとなったBランク冒険者だ。
彼は試験官と言う仕事に若干の遊び心を持っていた。
(試験官の依頼自体は割安であまりおいしいとは言えないんだが…。ずっとチームだけで行動していると他の冒険者とかまったく知らないからな。その点、試験官は変わった面白い新人を見る事出来て暇潰しにはもってこいなんだよな。まあハズレのほうが多いんだが……)
ギルド内での彼の評判は新人を育成するのが好きな冒険者と言うことになっている。
そのためギルドも彼がいるときは率先して彼に依頼しているほどだ。
(若手が育つさまを見るのも楽しいってもんよ。あの時俺が試験官をやった新人が今じゃ立派な冒険者に、なんてな)
ビッツは仲間たちに対してはただの暇潰しなのだと言っている。
しかし本人は気付いていない。酔った時に何度か本音を漏らしていることに。
(物静かなタイプだが臆病って感じでもなさそうだな。珍しいわけでもないが、さてどうだかな)
ビッツは受付のコーラスと共に扉から出てくるノールを観察していた。
(見どころは、ありそうだな)
ビッツの経験から言うと、この扉からどのようにして出てくるかでだいたい判別できる。
扉を開ける前から話声が聞こえて、扉を開けてもまだ話している者。
そしてワンテンポ遅れてこちらに気付き元気に挨拶をしてくる。
元気な挨拶と言うのは一見やる気に満ちていて好感触とも思える。
しかしそういう手合いは移動中もずっとお喋りをしていて魔獣の接近に気付かなかったりするので、そのやる気と言うのがどうにも信用できない。
(いや、まあ、俺も通った道ではあるけど)
ビッツは新人の頃、安全な場所だからと言う思い込みは危険だと注意されたことがある。
それ以来、冒険者として注意を怠らないように気を付けているのだ。
街中で、しかも冒険者ギルドの裏で一体どんな危険があるんだよとは思わなくもないが。
ただ今となっては自然体で周辺の警戒が出来るまでになったのだ。
要は日頃からそういう癖をつけることが実戦で役に立つと言う話なんだと今では思えるようになっていた。
(平凡な俺がBランクまで上がって来れたのは、こういう努力の積み重ねなんだよ)
新人の頃から特別な力に目覚めている者はそうそういない。
そんな新人が冒険者として長生きするためには用心深さが必要だと言うのがビッツの持論だったりする。
そして久しぶりの期待できそうな新人の挑戦にビッツは気分を良くしていた。
彼が短剣を渡したのもノールを気に入ったからに他ならない。
(さてと、魔法使いってことだが。一角狼あたりがちょうどいいか)
一角狼。
それはこのグリムハイドを取り囲む広い森ではポピュラーな魔獣で群れを成すこともなくほぼ単独で行動している。
一角と言うがその角は錐のような鋭いものではなく丸みを帯びた小さな角だ。
とは言っても突進されるととても痛い。
街の西、一角狼が多く生息する場所まで往復の時間も含めて半日もかからない。
「さてと、ノール。移動の間、ただ無言で行軍ってのも味気ない。ここで冒険者についてある程度教えておこうと思う。まあ興味ないかも知れんが聞いてくれ」
ビッツの言葉に対してやはり小さく頷くノール。
「俺たちの仕事は討伐だ。だがただ倒せばいいってもんじゃない。倒したぞって言う証拠が必要だ。魔獣ってのはその多くが体の中に魔石って言う核を持っている」
そう言いながらビッツは腰にぶら下げた革製の袋から小さな石を取り出した。
「こんな感じのやつ。で、それを回収するわけだ。じゃあ魔石のない魔獣はどうするか。そういう場合は魔獣の体の一部を切り取って持ち帰る」
取り出した魔石をしまいながら話を続ける。
「魔石があるかないかはだいたい魔獣の種類で決まってるんだ。なもんで、魔獣を指定した討伐の依頼書には何を回収するかがだいたい書かれている。ここまではいいか?」
やっぱり小さく頷くだけのノール。
「ところがだ、中には魔石を持つ種類の魔獣にも関わらず、魔石を回収できない場合もある。そういう場合はどうするか」
ビッツはちらっとノールを見た。
ノールはビッツの言葉に相槌を打つこともなく無言のまま聞いている。
「そういう場合は、諦める、が正解だ」
そう言って肩をすくめる。
「冒険者ギルドでもそういう事情があるのは把握している。ただな、じゃあそういう時は体の一部で良いですよ、なんて言っちゃうと魔石と体の一部で二重取りになっちまうだろ? 真面目な冒険者には悪いが過去そういうズルをする冒険者がいたんだとよ」
ビッツは大仰な身振りで話を続ける。
「今回お前さんが討伐するのは一角狼だ。こいつは魔石を持たない。魔獣なんて呼ばれているがそういう面ではただの獣に近い存在だな。で、回収するのは体の一部ってことになるんだがそれは角ってわけだ。わかったかい?」
「わかった」
今度は返事するんだ、などと思いながらビッツは説明を続ける。
「ちなみにここだけどな話だが。魔石を持ってないとされる魔獣が魔石を持っている場合もあるんだ。そんな時はその魔石も回収しておくと、二重取りできたりするんだぜ」
ノールはビッツを見上げた。
その視線に悪事を指摘されたかのように錯覚し、ビッツはばつが悪そうに話す。
「まあこれもギルドは知っていることなんだがな。こっちは頻繁に起こるわけじゃないし、ある意味ボーナスってことで黙認しているらしい」
気を取り直してビッツは説明を続けた。
「ああ一応説明しておくな。本来は魔石を持った獣を魔獣と言って、魔石がない獣はただの獣、魔獣とは呼ばないんだ」
生来、魔石を持っている獣を魔獣と呼ぶのが一般的だった。
魔石を持たない一角狼が魔獣と呼ばれているのは、最初に発見し討伐した時には魔石を有していたのだと言われている。
しかし多くの冒険者が流入し討伐が盛んに行なわれるようになると魔石を持つ一角狼は減っていった。
その後の調査で魔石を持たない弱い一角狼が、成長の過程で魔石を生じさせることがあると言う事実が判明する。
魔石を持つ一角狼は魔石を持たない一角狼より若干強いにも関わらず、その見た目からは判断できないため、冒険者ギルドではどちらも魔獣として扱うことにしていた。
今でこそ魔石を持つ一角狼に会うことはめったにないが……。
「――――とまぁ魔石を持つ一角狼ってのはFランク冒険者に勝てない強さってわけじゃないが、魔石を持たない奴を想定して戦っていると多少は苦労するってレベルだな。ボーナスってのもその脅威を未然に排除することができたって意味合いが大きいのさ」
その後ビッツは過去の失敗談や仲間内から野盗にしか見えないというテッパンネタなどを話しておおよその目的地に到着した。
話を聞くだけのノールを前にビッツは思う。
(さっきはベラベラ喋る奴は信用できねぇみたいなこと言ったが、俺がベラベラ喋っちまった。だってこのノールって子はまったく喋らねぇんだもんよ)
とは言えベテラン冒険者として自負するビッツは、喋りながらでも警戒を怠ったりはしないと心の中で言い訳をしていた。
自分が喋っている間も試験官としてノールの観察を怠ってはいない。
肝心のノールはちゃんと話を聞いていたのかは分からないが、その間もキョロキョロと周辺警戒は怠っていないように感じられた。
とりあえず、もう少し先に進んでみようと判断する。
さほど時も経っていないぐらいでノールの挙動が変わるのが分かった。
何やらある方面を集中的に警戒している様子を伺わせる。
これといってビッツはなにも感じない。
(もしかして、魔獣の存在を敏感に感じ取れるタイプか?)
森林探検者は中にはそういったスキルを持つものが多くいる。
しかしビッツは軽装戦士なのでそういうのはまったくもって皆無だった。
ノールが立ち止まる。
「ん?どうした?」
「まじゅう? の気配。隠して近づいてくる。多い」
ビッツは気を引き締める。気配を感じ取ったわけじゃない。
ただノールの言葉と態度に、それは正しいと自分の勘が告げている。
野生の獣も狩りをするのだから気配を消して近づくのは当然なんだが、同時にここまで完璧に消せるものなのかと疑問に思う。
音がした。
前方、ノールが示した方向。
草木をかき分ける音、踏んだ時の音。
本当に微かだ。
これは獣特有のものではない。
獣なら気配は完全に断てなくても物音は一切させずに近づいてくる。
最悪試験を中止にすることも考えた。
音は少しずつ大きくなる。
はっきりと確実に。
どうやら魔獣も自分たちの存在がバレていると気づいたのだろうか。
それでも気配を消したまま、そして音は可能な限り出さないように歩いてくる。
おそらくもう少しで姿が見えるだろう。
あと少し、あと少し。
ビッツは前方に意識を集中する。
瞬間。
ノールが後ろを振り向きざまに何か魔法のようなものを解き放った。
あたり一面の木々が削られ細い枝ならば折れ、そしてそこには氷の矢に串刺しになったウェアウルフの姿があった。
気づかなかった。
前方から来る者は陽動だったのだ。
気づくかどうかというギリギリのところでこちらに気づかせ意識を集中させる。
そして完璧なまでに気配を断った者が本命とばかりに後ろから襲い掛かる。
ウェアウルフ。
Dランクの魔獣。
それを複数と言うことで脅威度はCランクに引き上げられる。
正直な話、撤退するべき状況だとビッツは思う。
Bランク冒険者である自分だけならどうにでもできただろう。
だがFランク、いや、まだ試験中なのでFランクですらないこの少年を危険に晒すわけには行かない。
しかしどうだろう、後ろのウェアウルフは先ほどの一撃でほぼ全滅している。
前方の、陽動と思われるウェアウルフは今まさにノールの魔法で串刺しの最中だ。
(あ~あ。俺の笑い話がまたひとつ増えちまった)
ビッツが呆気に取られている間に10匹ぐらいはいたウエアウルフは全滅していた。
(なんだろうね、今は初夏を過ぎたあたりだと言うのに。目の前の冬景色がとっても素敵だよ)
ウェアウルフは魔石を持っているので、証拠としては魔石の回収になる。
ちなみにだが魔石というのはどれも同じというわけではない。
強力な魔獣ほど強力な魔石を持っているので、魔石から魔獣のランク程度は判別できる。
つまり今回で言えばDランクの魔獣を10匹ぐらいは倒したぞという証拠になるわけだ。
(フハハッ、おもしれ―。こんな子供が討伐試験でウェアウルフ10匹を瞬殺かよ)
ビッツは思う。待ちに待った逸材だと。
そんなノールは当然合格だろう。初試験にDランク10匹。
(いや、問題はそこだな。冒険者ギルドはそんな非常識な新人をどのランクに置くつもりだ? D? いやCランクか? しかしな、技量は十分でも冒険者としてはまだ未熟。ここはやっぱりEランク当りが無難だろうか)
目の前の光景を見て、ビッツは好奇心と言う名の胸の高鳴りを抑えられずにいた。