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領主の憂鬱

 コンコンと部屋の扉をノックする音がした。


「入りなさい」

「おはようございます」

「ああ君か、おはよう」

「こちら本日の報告書と決算書になります」

「ご苦労」


 グリムハイド、その中央に位置し領主が住む城の執務室。

 報告書に目を通している人物はその領主であるエイントと言う男だ。

 兵士詰め所より報告。

   ・地鳴りのような音がする。

   ・遠くで獣のようなものが遠吠えをしている。

   ・獣の低い唸り声が聞こえて眠れない。

   ・西の森で爆発したような音、夜なのに西の空が明るくなった。

 またいつもの報告だな、最後のを除いて。

 爆発や謎の光は今回一度きりのようなので無視していいか。

 森の中にある街なのだから獣の声の一つや二つは仕方がないだろう。

 我慢は出来んのだろうか。


「コンラッド。この報告に関してだが、冒険者ギルドに連絡して調査をしてもらってくれ。そうだな、調査期間はこちらが依頼を取り消すまでとしておこう。目安は数か月程度。範囲は、街周辺。ただし出来る限り広範囲での調査を、と伝えてくれ」

「かしこまりました」


 先日、ラビータより大きな爆発があったと報告を受けている。

 盗賊団が関与しているとの話だが、詳細までは入ってこない。

 その爆発の音も今回の報告に含まれている可能性はあるが、そちらは日時がはっきりしている。

 だが、それ以外の日も報告が上がっているところを見るとラビータの一件は無関係と見るべきだろう。

 何もなければそれでいい。

 しかし先日の件もある。

 赤いドラゴン。

 突然現れ、街中に恐怖を振りまいただけで、忽然と姿を消した事件だ。

 すべてが繋がっているとまでは思わないが、すべてが無関係だとも断言できない。

 それもあり、些細な報告に思えても安易に切り捨てるわけにもいかないのだ。

 その結果、飼い猫が逃げたとかそんな報告にまで目を通す羽目になる。


「それから、冒険者ギルドにはこの件に関して情報を集め事態の収拾に努めるようにと伝えておいてくれ。定期報告も忘れぬようにと」


 街の中しか警備していない兵士の情報では限界がある。

 しかし冒険者ならば街の外、森の中に行くことも多くある。

 無駄に思われる情報の中にヒントが隠されている場合もあるからな。

 まったく、街の中の問題ならともかく、街の外の問題の方が多いではないか。

 しかもドラゴンなどと。

 はあ……。

 大きくため息をつく。

 彼、エイントはもともと王都に住む貴族であった。

 そんな彼はある日、王に呼ばれ、そしてこのグリムハイドの領主となったのだ。

 最初聞いたときは嫌だった。

 なんせ森の奥深くにある街だ。

 どんな田舎なのかと不安しかなかったのだ。

 だが来てみればそんな不安は吹き飛んでしまった。

 聞けば、かつてこの国の王の血族が保養のために建てさせたとのこと。

 規模は小さいが王都のように賑わう街並み。

 その作りは洗練されていて美しくさえある。

 なるほど、これは素晴らしい街だ、そう思ったほどである。

 当時はとても喜んだものだ。

 辺境とは言え一領主となれるわけだから。

 そんな彼の想いは、先日の赤いドラゴンの出現から一変する。

 ドラゴンなど伝説の生き物としか教わっていない。

 過去には実在した、その程度の認識だった。

 そんな化け物が目の前に現れたのだ。

 あの日以来、住民たちも神経質になっているようだ。


「それから、こちらなんですが、冒険者ギルドより極秘として報告が上がって来たものです」


 ん?

 そんなもの一緒に渡してくれればいいものを。

 そう思ったが中身を見て唖然とした。


   ・西の森で悪魔の出現を確認。


 悪魔だと?

 ドラゴンよりは聞く話だが、実際にそんな報告を受けたのは初めてだ。

 報告にはレッサーデーモンが憑依した魔獣の目撃、およびその討伐とある。

 しかし。


「なぜ極秘の報告なのだ?」

「それは、おそらく西の丘にある悪魔を封印した洞窟が関係しているのではないかと思われます」

「は? 悪魔を封印した洞窟?」

「はい。」


 そんなの初耳だ。


「あの。もしかしてご存じなかったのですか?」


 そんなことも知らなかったのかこの無能領主め!という蔑んだ目ではなく、おそらく重要なことを当然知っているだろうと思い込んで伝えていなかったことへの自責、と言う感じだ。


「ああ、知らなかった。そんなに危険なものなのか? いや、そもそもそれは秘密にされているものなのか?」

「多重の結界で封印されておりまして特に危険と言う物ではありません。ただ封印されている中身まで安全と言う物でもありませんが。この封印自体は秘密というわけではありません。冒険者ギルドには定期的な封印効果の確認を依頼しております。ただすべての住民が知っていることかと言われますと、おそらく違うかと」

「ふーん。ドラゴンズ・ピークに赤いドラゴン、そして悪魔、か。もしかして、この地ってヤバくないか?」

「え?あ、ああ……、そう……ですね」

「フッ。そんな表情をするな。そうか、なるほどな。王都では大した力も持っていなかった弱小貴族である私が、どうして地方とは言え領主になれたのかと思ってはいたが、ハッ、そうか、得心したよ。いや、君が気にすることではないさ。そもそも領主を拝命することになる時もそんな説明は受けていないんだ。普通ならそんな重要な情報は伝えられているはずだろ? 要するに、事情を知る者は誰もなりたがらず、私のような無知に押し付けていたというところだろうよ。そうだな、厄介者の街、と言ったところか」

「本当に、申し訳ありません」


 まったく、この男の忠義も大層なものだな。

 臣下が気にするようなことではないと言うのに。

 とは言え、事情を知ったからには無知は罪だろう。


「コンラッド。この街について調べておいてくれないか? ああ、別に極秘でなくても構わん。人を使っていいので纏めておいてくれ」

「はい、かしこまりました」


 まったく何が保養のためだ。

 おそらくは監視と防衛が目的と言ったところだろうか。

 いや、違うな。

 この街の戦力で防衛など無理に決まっている。

 そうか、この街が犠牲になっている間に対応を考えると言ったところか。

 いずれ襲ってくる可能性がある、そういうことか?

 とりあえず、悪魔の方は問題ないだろう。

 となるとドラゴンだろうな。


 そんな彼の推測は、この後的中することになる。





――――グランドラルにて。

 ドラゴンが住まう地の一つ。

 アムライズィッヒ、または人間たちがドラゴンズ・ピークと呼ぶ山より西に位置する台地こそ、彼らが住まうグランドラルである。

 そのグランドラルの長の名はヴィイヴィアスと言う。

 彼もまた、アムライズィッヒの長、ヴァルアヴィアルスと同じく2000年前の大戦の後、長老となった者だ。

 そして彼は今、不穏な気配を感じている。

 グランドラルとアムライズィッヒとの間には黒霧の谷と呼ばれる、ドラゴンが住まう地があった。

 黒霧とは言うが決して恐ろしいものではなく、それはこの谷が深く、そしてその谷底に立ち込める霧には光も届かないため、黒い霧と呼ばれていたことに由来する。

 そこに住んでいたドラゴンは、かつての大戦のより滅ぼされた者たち。

 人間を滅ぼそうと戦いを挑み、逆に滅ぼされた愚かな者たち。

 あの対戦は彼らが、彼らだけが起こしたものだった。

 しかし同じドラゴンと言うだけで、かつての長老は責任を取らされたのだ。

 長老に付き添い人間の国に行った者の話では、長老自らが望んだことだと言う。

 しかしどうせ追い詰められた挙句、そう選択せざるを得ない状況だったのだろうとヴィイヴィアスは考える。

 人間を恨む気持ちが無いとは言えないが、元を辿れば同じドラゴンである黒霧の谷の者たちがしでかしたことが原因なわけだ。

 同じドラゴンとして愚かな行動を許してしまった我らにも責任があると言われてしまうとどうしようもない。

 いや、今は過去の過ちは記憶の片隅に置いておこう。

 それよりもこの不穏な気配。

 その正体のほうだ。

 邪悪な気配。

 そんなものが渦巻いている。

 正確な場所は把握できないが、ただ方角は黒霧の谷と一致している。

 そして時折、ほんの微かにドラゴンの気配がする、そんな気がするのだ。

 だが、あの地にドラゴンはもういない。

 黒霧の谷のドラゴンはあの日、すべて滅ぼされたのだ。

 今すぐにでも調べに行きたいところだが、人間との約束でこの地を離れるわけには行かない。

 かと言って、もしもドラゴンの生き残りが居て、また問題を起こせば今度こそ滅ぼされる危険もある。

 何とも言えない不安、それがどうにも心をざわつかせる。

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