二人と、4匹の魔獣討伐?
『エルビー、起きてる?』
「な~に~?」
寝ぼけているのだろうか、念話で聞いたのに声に出して返事している。
今は皆、睡眠中。
とは言え見張りは必要なので交代で番をしている。
今は料理好きのカミットの番だ。
ただし残念ながら、うたた寝している。
『エルビー、ビックルたちを起こしてきて。魔獣4匹、近づいてくる。それと、たぶん戦闘になる』
「わかったー」
よたよたと起き上がるエルビー。
自分も起きてエルビーがビックルたちを起こしている間に服やローブについた草や土を払い落とす。
魔獣の進行に変化はない。
気づいていない、と思っているのだろうか。
「びっくるぅー、おきてー、まじゅーだってー」
心地よい夢でも見ていたのだろうか、エルビーの声でまずはうたた寝のカミットが飛び起きた。
続いてビックル、そしてコルクにエイレと言う順番で起きる。
「ま、魔獣?ど、どこに?」
カミットがあたりを見渡しながら聞いてくる。
「森の中、こちらに向かってくる」
こちらが気づいたと分かるはずなのに近づいてくる魔獣には警戒する様子が無い。
魔獣4匹が森の中の暗闇から姿を現した。
「またウェアウルフなのね」
「ウェアウルフ……。こ、今度は俺たちも戦うよ!」
エルビーの言葉にビックルが続ける。
しかし、それは今回遠慮してもらおう。
「待って。確かにウェアウルフなんだけど。1匹変なのが混ざってる。ビックルたちは動かないで」
「へ、変なの?」
ノールの言葉にビックルが疑問符を浮かべる。
やはり魔獣は警戒する様子もなく、距離を詰めてくる。
「ねえノール、その変なのって、他のより黒っぽいあいつのこと?」
「そう、それ」
「確かに変ね。ちゃんと川で体洗って欲しいわ」
「いや、あれは汚れではないと思う」
「たった4匹だし、またわたし行こうか?」
そんなエルビーの言葉に答えたのは、思わぬ者だった。
「ほう。人間ごときが威勢良いじゃねえか。まあそのほうが食べ応えがあるってものだな」
「ま、魔獣が喋った!?」「え!?どういうこと?どういうこと?」
人語を話すウェアウルフに動揺する青炎の槍メンバー。
エルビーもまた驚きの表情を浮かべている。
「え?嘘でしょ? その口でどうやって喋ってるの?」
エルビー、それは確かに思うけど、今疑問に思うべきはそこじゃないと思うんだ。
「なんだ人間。俺様の声が聞けて光栄だろ?」
「いや、普通に気持ち悪いだけよ」
「人間の分際で。どうやら先に死にたいようだな。だがすぐに殺さんさ。精々楽しませてもらうとするか」
そんなことを言うウェアウルフ。
いや、この魔獣の正体は……。
「ねえ、君は、君が悪魔なの?」
「え?悪魔って、あいつ悪魔なの? ウェアウルフじゃないの?」
「そんな! まさか洞窟の悪魔が逃げ出したってことなのか?!」
ノールが投げた疑問に、エルビーとビックルが疑問を口にする。
「ほう。人間ごときがこの俺様の正体に気付くか」
ノールの言葉に感嘆する悪魔。
「洞窟の悪魔とはたぶん別。ただ似た気配がするだけ。それから、あれはウェアウルフに取り憑いている感じ」
「その通り。俺様は悪魔だ。そして、この3匹にもレッサーデーモンを憑依させている。ただのウェアウルフと侮らぬことだな」
「それで。洞窟の悪魔とは関係あるの?」
「関係? あの方は我らを支配なされるお方。貴様らごとき人間が気安く話題にするな」
ふとビックルたちを見やる。
目の前のあれらが悪魔だと知ってか、表情を強張らせている。
エルビーはいつも通り。
「君たちはここで何をしていたの?」
とりあえず、悪魔の目的があるなら聞き出してみる。
「人間を狩っていたのさ。俺様の力とするためにな。安心しろ。お前たちもじっくり味わって食ってやるぞ」
「他にもレッサーデーモンを取り憑かせた魔獣はいるの?」
「さあな。たくさん放ってやったからな」
「君は人間のことが嫌いなの?」
「嫌い?まさか。俺様は人間のことが大好きだぞ。人間の悪感情はとても美味いからな。お前たちとて美味い獣は好きであろう?」
悪魔にとって人間は食糧、そういうことだろうか。
「あ、なるほどね」
エルビーが納得してしまった。
生きる以上食事は必要だし食糧となる者の犠牲は仕方がないことだろう。
しかし人間を守り導く神にとって、人間を食糧とされるのは困る。
いや、でも感情を食糧とするなら犠牲にする必要はないのではないか。
「感情を食べるなら、殺したりしなくてもいいのでは?」
「ん? それだけのはずがあるまい。魂も大好物だぞ。当然であろう。そして死にゆく断末魔の叫びは何よりのスパイス。人間は放っておいてもすぐ繁殖するし、絶滅してしまうこともあるまい?俺様は力を付け、もっとたくさんの悪感情やその魂を頂きたいのさ。そのためには多くの人間に死んでもらわなくてはな。それに、逃げ惑う人間を狩るのは面白いぞ。クククッ。」
純粋に食事のため、という訳でもないようだ。
これ以上、この悪魔からは有益な話を聞けそうにない。
それに悪魔の目的が人間を狩ることだというなら、それは放っておけない。
ここで消滅させる。
ノールは悪魔に両手を向ける。
過去にも使ったことがある魔法。
ゴーレムを倒した魔法をもう一度使う。
純粋な耐久度で言うと圧倒的にあの時のゴーレムのほうが上と感じる。
なのでこの悪魔がなぜそれほどまでに自信を持っているのかちょっと理解できない。
ただし、今回は周りのレッサーデーモンと言うのも纏めて消滅させるので威力は同等か若干高めで。
そして放つ。
悪魔たちの周囲が光り輝き、轟音と共に巨大な火柱が立ちあがる。
ウェアウルフの肉体は一瞬で蒸発し、そして消滅した。
ゴーレムの時はもう少し時間がかかったのに。
「あ、あの時の魔法ね! えっと、もう終わり?」
何も無くなった火柱の跡を見てエルビーがちょっと残念そうに言う。
「いや、ぎりぎりで逃げられた」
「えっ?逃げたの?どこ?どこ?」
「えっと、それは……」
どこに逃げたのか。
それは分かっていた。
だがエルビーの疑問にすぐには答えない。
そしてほんの少しの時間を待ち……。
エルビーの顔を見て、教えてあげる。
「それは、エルビーの下」
「へっ?」
間の抜けた声を出しながら自分の下を見るエルビー。
黒い靄のようなものがエルビーに纏わりつき中に入っていく。
『ハハハハハーッ!! 残念だがもう手遅れだ! 人間にしては強力な魔法を使うようだな! だがこの娘は俺様の依り代となった!! お前たちにもう勝ち目はないのだ!!』
悪魔が勝利宣言する。
「うわああああああ!!! いやあああ!! いや! いやああ!!!」
エルビーが叫ぶ。
『どうする人間!! もう一度先ほどの魔法を使うか?! そしてこの娘を殺すか?! それともこの娘に殺されるか?! さあ選ぶが良い、人間ども!! 所詮貴様らなど虫けらよ!!』
悪魔は自分の勝利を確信しているようだ。
だが、悪魔はまだ気づいていない。
「いやあ!! いや! いや! いや! 気持ちわるー!! なんかわたしの中に変なの入って来たんだけど!! もにょもにょしてて気持ち悪いぃぃぃぃぃ!! 何これ! 何これ! 吐きそう!」
「エルビー。そのまま、その悪魔逃がさないでね?」
「えっ?ちょっ! ちょっと待って! どういうこと?これ!」
『な? どういうことだ? なぜ俺様がこんな人間ごときを掌握できない? なぜだ? なぜだーーー!!!』
両手で二の腕を擦って悶えているエルビーに近づき、そっと話しかける。
「エルビーはドラゴンだから。その悪魔程度の力じゃドラゴンの魂を掌握するのは無理。あそこの、洞窟の中にいる悪魔だったらちょっと分からないけどね」
「そんなこと良いから早くなんとかして―!!」
「あ、うん」
方法なら思いついている。
「じゃあエルビー、そこから動かないでね」
そう言って昼に手に入れたウェアウルフの魔石6個をエルビーの周りに円形に置く。
そして魔法を発動。
エルビーと魔石の周囲が光り輝く。
先ほどエルビーの体に入っていった靄のようなものが、今度は魔石に吸い込まれていく。
ほどなくして光は消えた。
「どう?エルビー、気分は」
「どうって、最悪よ。っていうか何なのよ! なんでもっと早く教えてくれなかったのよ!」
「教えちゃうとエルビーが抵抗しちゃいそうだったから。そうするとあの悪魔はビックルたちに狙いを変えていたと思う。そうなると、どう対処していいか分からなかった。最悪、ビックルたちが死んでしまうかも知れなかったし」
「えっ。あーもう! それは、ダメよね。しょうがない。我慢するわ」
「それで? 気分は?」
「んー、もう気持ち悪くはないかな?ただこの辺にまだ残っている感じがするだけ」
そう言ってお腹の辺りを擦るエルビー。
変なものを食べたときのビッツと同じことを言っている。
そんな話をしながらエルビーの周りの魔石を回収する。
そして回収し終わりエルビーに声をかけようと……。
エルビーの後ろ、そこに居た者たちにノールは気づいてしまった。
今までの出来事に呆然と立ち尽くす、ビックルたち4人に。
「どうしたの?ノール」
「ビックルたちの前で2回も無詠唱で魔法を使ってしまった」
「あ、それは……どうしようもないわね!」
「うう……」
それはともかくとして。
今回の件で分かったことがある。
ビッツとの討伐試験の時にウェアウルフ10匹と遭遇した。
ビッツの話ではウェアウルフと言うのは本来群れたりしないし不意打ちしたりしないはずだった。
そんなウェアウルフが群れて不意打ちしてきたのはおそらく今回の件と関係しているのではないだろうか。
つまり、あれもまたレッサーデーモンに憑依されていたと言うこと。
そうしてもう一つ、わかったこと。
「ねえ、エルビー」
「なに?」
「次は、下に敷くもの、何か持ってこよう。チクチクしてくすぐったい」
「あ、それね。わたしも思ったわ」




