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二人で、お出かけ

 ビッツたちと出会って数か月が経った。

 人間たちの生活にも馴染めた気がする。

 目が覚めたノールは明るくなった窓の外を眺めながら、ふとそんなことを考えていた。

 朝日が街に溢れている。

 その溢れた光が反射し、室内も明るく照らしている。


 ――――楽しい。


 そんな言葉が胸の中にすっと浮かんできたことで、自分の頬が緩んでいることに気付いた。

 感情と言うものはいまいち理解できない。

 ただ自分の世界が滅んでしまった時から、自分にも感情と言うものがあることは自覚している。

 辛い、悲しいという感情は好きではない。

 でも楽しいと言う感情はとても好きだ。 

 人間を知るためにはすべての感情を理解しなくてはいけないのだろうけど、好きではない感情より、楽しい感情のほうがいっぱいあって欲しい。

 出来る事ならば今日もそんな普通の、楽しい一日になって欲しい。

 ノールは隣のベッドでいまだ寝息を立てて寝ているエルビーを起こす。

 ノールにとって食事は「楽しい」の代表例であった。

 エルビーは朝食と聞いて飛び起きる。


「おはよーノール。今日は何食べようかしら。やっぱり肉よね」

「僕は魚料理にする」


 そんな会話を交わしながら二人は部屋を出た。





 今日は仕事がない日であるにも関わらず珍しくも全員が揃っていた。

 ゲインとダーンはよほどのことがない限りは休みの日でも朝食を取っているが、ビッツとルドーはこういうとき昼過ぎぐらいまで寝ているのが恒例となっている。


「相変わらず朝からいっぱい食うのな」

「これぐらい普通よ。みんなのほうが少ないのよ」

「正直俺、見てるだけで腹いっぱいになってくるんだが」


 ビッツは口とお腹に手を当てて呻いている。


「仕事のある日はビッツだってちゃんと食べているじゃない?」

「あれはお前らのせいだ……」


 苦々しい顔でビッツがボソッと独り言ちる。

 それを見たゲインが面白そうにして経緯を教えてくれた。


「ハハハハ! あのなエルビー。二人が来るまでビッツは仕事のある日も朝食抜くことなんてざらにあったんだよ。だから自分だけ昼分を少し多めに持っていく。途中で腹が減ればそれを少しつまみ食いするって感じでさ」

「ふぅ~ん」

「ところがだ!二人が合流してからは増えた分も二人が勝手に食っちまうだろ。それで夕食まで持たなくなって、結局今じゃ朝食も食べるようになったんだってさ」

「食われるのが増えた分だけならマシだがな。お前ら時々俺の分を平気で食いやがる」

「だってあれだけじゃお腹が空くんだもの。ノールもビッツから取ってたからいいのかと思ってたわ。ほら、ビッツってノールに甘いところあるし」

「それでなんでお前まで取るんだよ。ってエルビーお前、俺の分だって知ってて取ってたのかよ。まさかノール、お前も知ってて取ってたのか?」


 ノールは首を横に振りながら、そして答える。


「ううん。僕の分だと思ってた、全部」

「なわけあるか! くそっ、腹が減ってたらかわいそうだなと思って俺なりに我慢してたってのに……」


 ノールの言葉に項垂れるビッツと腹を抱えて笑っているゲインたち。

 そんなビッツにノールは心からの謝罪をする。

 

「ごめんビッツ。次からは少しだけ残しておく」

「違う。そうじゃない、食べるのは自分の分だけだ」


 残念ながらノールの謝罪はゲインの言葉によって無力化されてしまった。


「これは人の分を取るノールが悪いわね。駄目よ、ノール。そういうのはドロボーっていうんだからね」

「エルビー、お前も取ってただろ。忘れたのか」


 こうしてエルビーもまたゲインに叱られたのだった。

 それからもたわいのない会話を交えながら食事をしているとゲインがふとまじめな顔になる。


「ノールって今ランクはなんだったっけ?」


 ゲインからの質問だ。

 ランク、最初に言われた覚えはあるけどなんだったっけ?


「Eだよ、Eランク」


 なんとか思い出そうとしたが、先に答えたのはビッツだった。


「Eランクか……」


 そういうとゲインは思案を巡らせている。


「なあノール。こうして仕事がない日だからって暇するたびに街をぶらつくってのもあれだしさ。ランクを上げる意味もあるし、そろそろ一人で活動してみてもいいんじゃないかと思うんだがどうだろうか」

「ランクを上げる?」

「そこからか。そうだな、ちょっとランクについて話しておこうか。ランクを上げる方法は大きく分けて2つある。試験を受ける方法と地道に評価を稼ぐ方法だ」


 試験と言うのは最初にビッツと共に出向いた試験のことだろうか。


「試験は基本的に望めば誰でも受けられるんだがそのランクに応じて最低限の実績も必要だ。今のランクになってどのくらい経つのかとか、その間の依頼の達成数はとか。どのランクのどの魔獣を倒したのかとか、な」


 魔獣を倒せば魔石が手に入る。

 魔石や魔獣の体の一部を持っていくと金に換えてもらえるけど、それが積み重なって実績になるってことらしい。

 つまり普段通りにしていればいいってことかな?


「それで地道に評価を稼ぐ場合、ソロでの活動は評価されやすいがチームだとそれが難しくなる。それでもチームが成果を出せばメンバーの評価もちゃんと上がるんだが、ソロで同じ魔獣を倒した時よりそれぞれに与えられる評価は低いのが相場だ」

「4人で討伐するより1人で討伐する方が、評価は高い?」

「ああそういうことだ。極端な話、4人で行ってその内3人何もせずに1人で討伐したとしても、ギルドの評価は4人同時に与えられる。その分1人当たりの評価は下げられるってわけだ」

「チームより1人のほうが良い?」

「いや、そうばかりでもない。まずまともなチームなら一人で活動するより効率的に討伐数を稼げるから結果として十分な評価になる。それに後衛で治療したり、サポートする職業の場合、ソロでの依頼達成は難しいからチームで評価を受けるほうが良かったりする」


 ゲインはそこで言葉を区切り、他の3人の冒険者仲間に視線を向けたあと言葉を続けた。


「ただな、ノールの場合チームでの評価が正当に配分されていない可能性がある」

「配分?」

「そう、俺たちはBランクだ。対してノールだけがEランク。こうなってくるとチームで魔獣討伐してもノールは何もしていないんじゃないかと思われてしまうのさ。Eランクの者がBランクの者と渡り合えるなんて誰も思ってはくれないからな」

「それだと……評価されない?」

「一応は評価されるが配分は低く見積もられるってことさ。実際にノールがEランク相当の実力だったならそれでも十分な評価のはずだけどさ。その上後衛だったなら十二分以上の評価かもしれない。まあチームの場合その評価には良くも悪くもブレが生じるってことさ。で、もっとも本人の実力を正しく評価できるのがソロでの活動と言える。そこでノール。そろそろソロ討伐もしてみないか?」


 一人で活動か。

 昔なら何も思うことがなかったと思うけど6人での行動に慣れてきたこともあってか少なからず戸惑いも感じる。

 そんなノールの想いには気付くはずもなくゲインは話を続けた。


「ただし依頼による討伐ではなくあくまで遭遇による討伐だ。依頼の場合はそもそも上位ランクの討伐は受けられないし。狙いはDランクからCランクの魔獣だ」


 Dランクの魔獣。

 えっと、確かウェアウルフがそうだったはず。


「けどあまり強い魔獣は狩ってくるなよ? Eランクの子供が大の大人でも苦戦するAランクの魔獣を一人で倒しましたなんて言っても信用してもらえるとは思えないからな」


 ゲインの話にビッツがここぞとばかりに割り込んできた。


「そうだぞノール。Dランクの魔獣10匹を一人で倒したなんて話ですら信用してくれない大人がここに3人もいるかならな。Aランク倒したなんて信用してもらえないぜ?」

「違うぞビッツ。信用されなかったのはノールではなくお前だ」


「はっ? ……ってそりゃどういう意味だルドー、おいこら!」

「お前は酒が入ると話を盛るだろうが」

「ぐっ……悪いが俺の記憶にはないなっ!」

「酒が入ると記憶も飛ぶようだな」

「ぐぬぬぬぬ……」

「もういいか? まあそういうわけだ。今のところ冒険者ギルドへの討伐報告はCランクまでに留めておいた方がいい。Cランク程度なら評価は十分得られるし、不自然でもないから疑われることもないだろうさ」


 ビッツとルドーの話が落ち着いたところで脱線していた話をゲインが戻した。


「あ、あともし討伐したのがBランク以上の場合は、魔石なら取っておけば後でも交換できるしその時の評価にも使えるぞ。それでノール。どうするんだ? 俺としてはソロ討伐のが良いと思うが」

「なあゲイン、ランク上げるなら試験のほうが楽じゃないか?」

「そうだけど、試験はな。ノールの戦い方って基本魔法だろ? しかも無詠唱。前にも言ったことだがあまり人前で見せていいものじゃないと思うぞ。そういうので目立つと碌なことにならない」

「ビッツに無詠唱はダメと言われた」


 ノールは過去にビッツに言われたことを思い出す。


「それにランクを上げることは目的じゃないのさ。暇な時間に街を散策するのではなくて、森を散策してついでに魔獣でも討伐してたらどうだ?ってこと」

「なるほど、たしかにそれなら暇も潰せて金も稼げるな」

「そういうこと。それにこの時期は街道沿いでも魔獣の報告があるし、その辺の魔獣を討伐していれば街道利用者にも喜ばれる。街道は一本道で迷子の心配もないし、人通りもあるから安心だろ。まあ決めるのはノールだが……」


 街を探索するのも楽しいから問題は無いのだけど。

 ゲインの言っていることも分かる気がする。

 それに……。


「わかった。街道沿いで魔獣探す。あと……サンドイッチも……」


 外に出ると言うことはサンドイッチを食べることが出来る、ということでもある。

 それはとても楽しいと思えた。


「あっ、ずるーい! 自分だけサンドイッチ食べようとしてる! それ私も行くわ!」

「それじゃソロ討伐にならないんじゃ……」

「エルビーなら大丈夫じゃないか? 冒険者登録してないし」

「ほら!よし決定!ゲイン!サンドイッチ!」

「あーはいはい」


 エルビーの一声でサンドイッチを注文しに行くゲイン。


「あっ! わたしの剣!」


 二階に駆け上がり剣を取りに行くエルビー。


「騒がしいやつだな」

「ノール、がんばれよ」


 少しして剣を持ったエルビーが降りてきた。


「サンドイッチ出来た?」

「まだ」

「そう。早く来ないかしらね」


 目的地は隣の村。

 今から歩きだと到着は夜遅く……ですら辿り着かないだろう。

 ただ行くことが目的ではなく、討伐が目的なのでスピードはもっと落ちるだろうし気にしても仕方がない。

 今日のお昼はサンドイッチ、夜は川で魚を取って焼く。

 そしてそこで野宿、そういう予定。

 しかし大丈夫だろうか。

 料理と言う料理を自分たちでしたことは無い。

 これまでと言えば全部、ビッツやゲインたちがやってくれていた。

 見ていたので出来る気はしているが、何か忘れているかもしれない。

 美味しくなるはずの食事が台無しなんてあってはならない。

 心配。

 それから夜は冷えるから火は絶やさないようにとも言われた。

 そんなアドバイスを受け、サンドイッチを受け取り街の北にある門から街道に出る。

 人通りはそんなに多くない。

 隣の村まで距離があるのでほとんどの人はもっと早い時間に街を出ているからだろう。

 そんな街道をゆっくりと進む。

 街道に沿って川が近づいたり離れたりする。

 なので常に街道を進むわけでもなく、川に近づいたときに一度川沿いを歩いて、次街道に近づいたときに戻るなんてこともしていた。

 ゲインが言うには、この時期は森でも食料が減るので魔獣たちが街道沿いまで来るのだという。

 今回はそういう魔獣を見つけたら討伐する。

 依頼ではないので成功報酬のようなものは出ないが、魔獣討伐により得た魔石を交換することでそれに見合った報酬が貰えるというわけだ。

 自分たちの服装はと言うと、少し前に買ってもらった新しい服。

 厚手で寒さを凌げる。

 動きやすさはもちろん大丈夫。

 ローブは以前買ってもらったものをそのままに。

 エルビーはマントを買ってもらっていた。

 ふと目の前に獣が現れた。

 いや魔獣ではない、ただの獣だ。

 かなり小さい。

 耳が長く、色は灰色に近い、街道の端にちょこんと座っている。

 こっちに気づいたようだ。

 ピョンピョンと走って逃げてしまった。

 初めて見た。

 ビッツに聞けばさっきのが何者か分かるのかな。

 エルビーも気づいていたようでそっちのほうを見ていた。


「なんか……、お腹空いたわね!」


 あの獣を見た後でそれを言わないで欲しい。

 エルビーの言葉でなんだか自分もお腹が空いてきた気がしてしまった。

 まだ昼食まで時間があると思うのに。

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