牢の中
目が覚める。
エルビーはまだ寝ているようだ。
まだ朝食の時間には早い。
もし朝食の時間になってもエルビーが起きなかったら、その時は起こそう。
ノールは窓から外を眺める。
エルビーが起きた。
朝食にはちょうどいい時間だ。
エルビーと共に一階に降りるが、ビッツたちはまだいない。
少し待ってみたが、上で起きるような気配は感じられない。
なら起こしに行こうかと思った矢先、エルビーが料理を注文し始めた。
「起こさない?」
「お腹空いたら降りてくるわよ。わたしたちはわたしたちで先に食べてましょ」
なるほど、と思いノールもまた注文する。
普段はビッツやゲインたちが注文するものを注文していたが今はいない、とりあえず昨日と同じメニューを注文した。
エルビーはと言うと昨日と違うメニューを注文している。
おいしい。
良い気分になる。
だが昨日エルビーにされたことを思い出す。
次食べようとしていた魚をエルビーに食べられてしまった。
悲しい気分になる。
昨日の悲しみを取り戻すべく、今日はいっぱい食べる。
「ねえ、海に行きましょう!」
唐突に。
食事が終わった後、そんなことを言い出した。
ここの食事は宿を出るとき、最後に精算する仕組み。
なので支払いの心配をせずに食事ができる。
場所によって違うから気を付けろとも言われた。
「ちょっと遠いと思う。ビッツたちに怒られるかも」
「ちょっとぐらい大丈夫よ」
「確認してから」
「もう。じゃあこの辺見て回るだけ」
「街の中なら大丈夫」
「それで!」
「わかった」
そんなやり取りの後、近場を散策。
王都よりは人の数が少ない。
だけどグリムハイドに比べたら人の数は多い。
建物はグリムハイドのほうが大きかった。
「ねえ!あれ何?海の上」
「あれは……、たぶんあれが船」
「あれが船なの?あれ、どうやって浮かんでるの?」
「昨日、エルビーも浮かんでた」
「今のわたしはちっちゃいもの。海に浮かぶわ。あれ、あんなにおっきいのよ?どうやって浮いてるのよ」
「分からない。でも海からすればどっちも小さいからきっと同じ」
どこかで誰かが言っていた。
神は全知全能だと。
なら大きな船が浮かんでいる理由を知らない自分は神ではないのだろうか。
そんなことを思ってしまう。
そもそもどうやって進むのかもわからない。
この世界の女神、リスティアーナならば知っているのだろう、神様なのだから。
そういえば、エルビーはどうして泳ぎ方を知っていたのだろうか。
「エルビー。君はどこで泳ぎ方を知ったの?」
「えっ?何よ急に。えっとね、犬?っていう生き物がそんな感じで泳いでいたわ! それを真似してみただけ」
「犬……。手と足を使わないと歩けないのに泳ぐことは出来るのか。知らなかった」
「へへっ!すごいでしょ!ノールはなーんにも知らないのね!」
「うん。だからいっぱい知りたい」
「わたしも!」
エルビーも自分と同じで人間に興味を持ってくれたみたいだ。
最初出会ったときは人間を滅ぼそうとしていた。
でも今はそんな人間の街を楽しんでいる。
「ふんふふふーんふんふんふふーん。」
??
「何?それ。」
「ん?何って?
あ、知らないの?歌よ。人間は楽しい事があるとこうして歌うのよ。あと気持ちとかそういうのを歌にして相手に伝えたりもするんだって」
「でもビッツたちがそうしているの、見たことない。」
「わたしも見たことは無いわ。あ、でも王都で子供たちが歌っているのは見たことある。あそこは楽しかったもの。きっと子供たちも楽しくて歌ってしまうのね」
「そうか。楽しいと歌うんだ。なら今のエルビーも楽しい?」
「ええ、楽しいわ。王都も楽しかったけどここも楽しい」
またひとつ人間について知ることができた。
自分では気づかなかったことをエルビーは教えてくれる。
エルビーは自分と同じで人間のことを知らない。
でも人間と言うものへの理解の仕方は自分とは違う。
エルビーがいてよか――――
「お腹空いたわ!戻りましょ!」
またも唐突に。
そのせいで考えていたことがどこかへ行ってしまった。
たしかにそろそろ昼食の時間ではある。
しかたがない。
「じゃあ戻ろう」
「そうね」
宿に着きまた同じテーブルに座る。
上の気配を探るがまだ寝ている、起きてくる様子はない。
昼食のメニューは朝食と同じ。
エルビーはまた若干変わっている。
食後、また唐突に連れて行かれるかもと思っていたけど、今回は降りてくるのを待っているみたい。
あ、ゲインが起きた。
降りてくる。
「あ、ゲインやっと起きてきた。もうお昼食べちゃったわよ」
「ん?そうか、それは済まなかったな。他の連中はまだか……」
「ねえゲイン。また海に行ってくるわ」
「えっ?今から?」
「そうよ、海は待ってくれないもの」
「逃げたりもしないだろ」
「別にノールと二人で行くから大丈夫よ」
そうか、許可を取りたくて待っていたのか。
「ああ、分かった。でも夕食までには戻るんだぞ?」
「わかったわ!」
そう言って、ノールを引き摺るように宿を出た。
海までの道のりは覚えている。
海の中にはいろいろな生き物がいっぱいいた。
不思議。
夕食まで時間はまだある。
エルビーは海で泳いでいる。
ベタベタするとか髪がパサパサするとか昨日あれだけ文句言ってたのに。
見知らぬ気配が5人近づいてくる。
人がいない、広い場所で迷いなくこちらに向かってくる時点で、自分たちに用があるだろうことはわかる。
殺気はない。
「おいギニル。いいのがいるぜ?」
「でも昼間っから大丈夫っすかね?ラングさん」
「あたりに人はいねえし大丈夫だろ。それより金のほうが重要だろ?」
「そりゃそうっすね、へへ」
「よう。ここで何してるんだ? もっと面白いものがあるぜ? 見たくねえか?」
昨日話していた。
多分盗賊。
どうするか。
「ちょっと何してるのよ!」
エルビーが来た。
相手に気づかれないように念話で話をする。
『エルビー。昨日話をしていた盗賊』
『そう?ちょっと海の匂いが強くて良く分からないわ』
『ギルドの人たち、情報欲しがってたし、ちょうどいいかも』
『って、そんなことしたらゲインに怒られない? 海に行くとしか言って無いのに』
『夕食までに戻れば大丈夫』
『戻れるかなあ?』
「ああ?なんだお嬢ちゃんも一緒に来るか?」
「いいわ。しょうがないから付いて行ってあげる」
「へへっ。じゃあこっちだ、来な」
それからかなり歩かされた。
ラビータの南。
木々を抜けさらに突き進む。
ビッツたちとした洞窟調査のことを思い出す。
ちょっと楽しい。
ちょっとした岩山のようなところ。
洞窟のような小さな入り口がある。
普通に歩いていると気づかないような位置。
中に入る。
「おい。なんだそいつらは」
別の男が声をかけてきた。
「海で遊んでいやがったからな。面白いもの見せるって連れてきたのよ。これなら高く売れると思うぜ?」
「誰かに見られてないだろうな?」
「そんなヘマはしねぇよ」
それはどうだろうか。
昨日、ギルドに居た数名がこちらに気づいていた。
おそらく彼らを通じビッツたちにも情報は伝わっているはず。
『ねえ。こいつらわたしたちをどうするつもりなの?』
『人を攫って別の人に売っているとビッツが言ってた。ビッツも王都で間違われていた。この前の盗賊と同じように倒していい人間』
『そう。それであの人たちはどうするの?』
エルビーの言うあの人たち、それは奥にある牢に閉じ込められている人たち。
俯いている人、声を殺して泣いている人、様々。
若い女性を中心として子供もいる。
一番小さいのは自分のようだけど。
そして自分たちもその牢に入れられる。
「おい、ラング。そいつらなんでそんな素直に牢に入っているんだ?」
「さ、さあ? まあ子供だしよくわかってないんじゃねーですかね?」
ラング、と言う男の話し方が変わった。
つまりこの男がこの中のリーダーである可能性が高い。
「ねえ。さっきまで海に入っていたからベトベトするんだけど。体洗う水とかないの?」
リーダーらしき男がエルビーを一瞥する。
男が他の者に合図を送ると、その者はどこかに行ってしまった。
「髪もパサパサするんだけど」
「おい。あんまり騒ぐようなら痛い目見るぞ」
『エルビー、まだ』
「……。ふんっ」
先ほど居なくなった男が戻ってきた。
手には水の入ったバケツ。
その男は牢越しからエルビーに水をかけた。
エルビーの顔めがけて。
怒らなきゃいいけど。
そう思ったけど、エルビーは自分の髪を触り一言。
「ねえ。もう一杯持って来て」
牢の中にいた人たちを始め、盗賊連中もまた不思議そうな顔をしてエルビーを見ていた。
言われた男は律義にもまた水を取りに行く。
「なんかこの中ジメジメするわね。乾くのに時間かかりそうだわ」
そう言いながら服をパタパタさせていた。
男が戻ってきて2度目の水浴び。
エルビーはちょっと近寄り、水をかけやすくしていた。
「ちょっと物足りないけどまあいいわ」
『それでノール。この後どうするの?』
『もう少し様子見。上位者が現れるかもしれないし。ただ牢の中の人たちが危険になりそうだったり、別の場所に連れていかれそうだったらそこまでにする』
『分かったわ』




