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襲撃者

 今回の依頼はごく普通の護衛任務だとゲインは考えている。

 期間が長く約半月にもなる長旅となる仕事はあまり好みとは言えなかったが今回は報酬の良さが魅力的だった。

 結局受けることにしてしまったが、こうもすることがないというのは手持無沙汰で困る。

 普段ならば彼自身が御者をやるのだが今回は依頼者側が用意した御者がいるため特にすることがないのだ。

 もちろん敵の警戒は護衛任務に当たっている冒険者の仕事ではあるが、どうしてもただ景色を眺めているだけみたいになってしまうので集中力も切れやすい。

 とりあえずせめて仕事で思考を埋めるべく、今回の依頼について考えを纏めておくことにした。


 本命は盗賊だが、魔獣の出現はないのかと言えば嘘になるだろう。

 商品だけでなく商人や馬などに対しての護衛でもあるのでもし魔獣に襲われるなら戦わなくてはならない。

 重要な人物は当主のベイアルトぐらいだ。他にどこかの貴族が便乗しているようには見えなかった。

 当主自ら行くのかと言う疑問はあったが、従者の話ではそれほど大きな取引だと言うことらしい。

 次に商品、こちらはベイアルトに確認したが貴重な品というものは乗せていないとのこと。

 あくまでありふれた流通品。

 盗賊というのは一点物なんて盗もうとしない。そんなものを盗んでも金に換えられないし足が付きやすいからだ。

 なのでどこでも売っていてどこでも金に換えられるありふれた商品のほうが襲われやすい。

 ただ例外もある。

 政治的に重要なものだったり宗教的に大事なものだったりすると、そもそもそこらの市場での換金が目的ではないので執拗に狙われたり、他の商品を襲っている間に本命がこっそり盗んでいく場合がある。

 こういうのは知らないと護りようがないので「特に重点的に監視、あるいは警護する必要のあるものはあるか?」とベイアルト本人に確認してある。

 回答はまあ「ない」とのこと。

 あと今回の護衛任務は俺たちだけでない。他にも数チームの姿を見かけている。

 見知った顔からおそらく名前だけなら知っているというものまで。

 なんせ積み荷の商品が大量なのだ。それを運ぶ馬車も多い。

 まあ当然だろう、これから港に行き船に積み込むわけだ。

 そのため特定の商品を重点的ということはないが、自分たちの周りを可能な範囲で護って欲しいとのことだった。

 出発してからというものの特に怪しい気配はしない。

 まあ襲われるのは疲労が溜まってくる、そしてなかなか襲ってこないのでもう大丈夫じゃないか?なんて油断が生まれ始める中盤以降と相場が決まっている。

 だが稀にそういう序盤から襲わないだろうと言う油断を突いてくることもあるので結局のところ常に警戒は必要なのだ。

 今回の任務、相手が盗賊、つまり人と言うことで俺やダーンの気配を察知する能力は当てに出来ない。

 なので普段なら警戒には当たらないビッツやルドーにも目を使って襲撃者への警戒を、と言ってある。

 もちろんノールやエルビーにもだ。

 エルビーの力量はまだ不明だが、ノールに対してかなり期待している。

 以前の警護任務でもそうだったが誰よりも先に敵の気配、接近に反応した。

 しかも気配だけで相手に魔法を当てるという技まで見せてくれた。

 距離的な制限があるかは不明だが先ほどのクルクッカでの一件もあり、対人でも優秀なことに変わりはないと判断できる。

 とは言え、この辺はしばらく平野が続くので視界も広く襲う側にとっては不利となる。

 おそらく他の冒険者たちも本命は中盤以降、王都の先からラビータまでの街道と予想しているだろう。

 でも敵だってそれは承知の上なわけだ。

 結局根負けしたら終わりって言う勝負でしかないのかもしれない。

 一応言っておくと、俺たちが護衛任務に就くのは街道を移動、もしくは街道沿いで野営する場合のみ。

 町や村に入った場合は護衛の必要がなくなる。

 さすがに街中で盗賊に襲われるなんてことはないだろうし、荷物の見張り自体は俺たちではなく従者の仕事となっている。

 なので出発までの間は一時解散となり自由時間となる。

 通常クルクッカから王都までは10日前後と言ったところなんだが、この速度だともっとかかるだろうか。



 馬車はクルクッカに来るまでに乗っていた貸馬車に比べ、若干遅いペースではあるが確実に進んでいた。

 俺たちだけだったならば日暮れ前には適当な町や村に入り宿をとってしまうんだが、この馬車列は少しでも先に行くためか時間いっぱいまで移動している。

 その付近に街も村もなければ野宿となる。

 というわけで初めの頃こそ自由時間も取れたがクルクッカから離れるにしたがって野宿の日が増えた。

 警戒は慎重に行っているがそれから数日と言うもの、何も変化は見られない。

 食事も飯屋で食べるそれよりも質素で味気ないものであったが、ノールやエルビーにとってはこれも新鮮であるらしく美味しそうに食べていた。

 俺たちは腐りにくい日持ちのするパンを携帯しているが、これは非常用として温存しておく。

 通常の食事はリーヴェンフォルト海運商会のほうが用意してくれるものを食べる。

 つまりこの馬車列の中には飯用の食材を積んだものも含まれているわけだ。

 あとは町や村でも調達しているらしい。

 夜はと言うと、残念ながら今のところは野宿だった。

 この馬車は良い物でクルクッカまでの貸馬車と比べると乗り心地などすべてにおいて上だ。

 人が乗る方の馬車は幌ではなくしっかりした作りとなっているので昼はあまり暑くならないし、夜は急に寒くなることが無く快適だ。

 御者席までしっかり覆われているので雨の日でも安心である。

 今度からはこういうのを借りたい。

 ちなみに御者は彼ら用の休む場所があるらしい。

 夜になるとお休みなさいと言ってどこかに行ってしまう。

 あ、あとこれ、笛だ。

 御者に聞くと馬車列の2台目に1番目のチームが、最後尾に5番目のチームがいる。

 あとはだいたい等間隔に2番、3番、4番のチームと言う感じで、冒険者用の馬車が配置されていて俺たちは4番目だそうだ。

 チーム同士で連携しようにも馬車列の先頭と最後尾では距離がある。

 どこのチームでも先に敵を発見したら迷わず吹くこと。

 後ろで襲われているのに先頭ではお茶してたなんて話にもならない。

 即座に全体が戦闘態勢に入れるように、ということだ。

 そして馬車列が敵に遭遇しても1番目と5番目は逆方向からの奇襲も考えられるためあまり動かず、可能な限り2番、3番、4番のチームが遊撃に当たる。

 ただしその時深追いはせず、防衛用の人員は残しておいて欲しい、とのこと。

 これは今回の冒険者の中で唯一のAランクチームの提案だそうだ。

 一応、彼らが冒険者チームのまとめ役らしい。

 俺たち、会ってないけどさ。

 馬車の行軍は続く。



 さて今の俺には盗賊への警戒の他にちょっとした心配事がある。

 この遠征に出発するとき、一人の少女、エルネシアが話しかけてきた。

 王都まで行きたいが金がないので連れて行って欲しい。

 そんな願いだったわけだが。

 問題はその少女に見覚えがあること。

 心配事というのもそのことなわけだ。

 俺は王都まで残り僅かと言う距離で食事のタイミングを使い、子供たちを除く大人組には話を通しておく。

 当のエルネシアを含む子供たちはと言うと食事のために停車している馬車から外に出て散策していた。


「ちょっといいか。例の、エルネシアのことなんだが」


 俺の歯切れの悪い言い回しにビッツが怪訝そうな顔をする。

 また面倒ごとを持ってきたのか?そんな顔だ。


「なんだよ。まさかまた面倒なことになってるのか? ほんとゲインは面倒ごと好きだよな」


 顔どころか言葉にも出してきたか。

 しかし心外だ。

 面倒ごとが好きなのはビッツだろうに。

 嘆息し二人の子供のことを思い浮かべる。


「それで? 今回はどんな面倒なのだ?」


 とはダーンの追撃。


「面倒とは心外だぞ。本人に確認するのが一番手っ取り早いが逃げ出されても困るので、ここでの会話はエルネシア本人には内緒だ。あと行動が読めないノールとエルビーにも一応黙っておく。依頼主には先に話してあって承知のことなんだが、あのエルネシアと言う少女はこの国の第三王女じゃないかと思う」

「はぁ……。またなんでそんなことに?」

「驚かないのか?王女様だぞ王女様。あっ、信じてないだろ」

「いや、信じる信じない以前にゲインも確証はないんだろ? ただそれを前提として行動している。俺としてはそんな面倒ごとをなぜ引き受けたのか?ってことのほうが疑問なわけだ」


 俺は少女が王女かも知れないと分かった時、かなり興奮したんだけどさ。

 そんなことを思いつつ、ビッツの疑問に答える。


「出発の日、俺とエルネシアが会話しているときにノールが突然割り込んできただろ? 俺が金を貸すからそれで王都に帰るようにエルネシアに言った時さ」

「ああ、そんなこともあったな。確かノールはやめた方がいいって言ったんだよな」


 ビッツも思い出したようで相槌を打ちながら返事をしていた。


「そう。それであの時、ノールの視線を追うと怪しい人影を見つけたんだ。気配を隠してこちらを監視している感じだった。あれは素人じゃないさ。おそらくはプロ。そうなると王女様を一人放置したら襲撃される危険があったわけさ」

「なるほど、そういうことか」

「問題はここから。俺たちは王女様に出会い会話している。それはきっと周りの人が目撃しているだろうさ。その後王女様が行方不明になる。はい、犯人誰? まあ、いきなり犯人扱いされることもないだろうが、王族から保護しなかったことで恨まれるのはごめんだからな」

「うぐっ……それは確かに嫌だな。でも盗賊の襲撃に王女を狙う襲撃。ちょっとどころかかなり厄介じゃねえか?」

「予想では盗賊の目的は積み荷だ。人が乗るこのタイプの馬車は狙わないだろう。従者は貴金属を持ってないし襲ったところで何も利点がない」

「そうかも知れぬが人が乗る馬車だからこそ金も積まれていると、盗賊らもそう思うのではないか?」


 ダーンの言うことももっともだ。その可能性があることは否定できない。だがそれでも問題はない。


「荷ではなく金を狙うならどっちみちこの馬車も守ることになる。金は積んでないが、放置すれば金は他の馬車だと敵に合図送るのと同じことだから。それにどちらかを囮にした他方狙いって線もあるわけだ。敵の目的がどちらであれ、この馬車を中心とした護衛であることに変わりはない」

「ふむ、なるほど。荷を襲う振りをして馬車から護衛が離れれば、そこに金はないと相手にも悟られるというわけか」

「そうだ。1番目と5番目チームを除いた、他の3チームに近いほどに荷の価値も上がるように配置されているらしい。それに依頼そのものがこの馬車を中心とした護衛をするようにと、自分たちの周りが優先となっているので都合がいいというのもある」


 ビッツの「じゃあ金はどこに積んでるんだ?」と言う疑問に、ダーンが「そんなもの当主が乗っている馬車だろう。2番目の冒険者チームの護衛対象だな」と返している。

 

「おそらく。金と当主を別々に守るより同時に守るほうが確実だし。そんなわけで俺たちは盗賊が近くに来たら攻撃するが基本防衛をメインにする。襲撃者が盗賊ではなく王女様狙いなら真っ先にこの馬車が狙われるからな」

「王女狙いの襲撃者ってなんだ? やっぱ暗殺者ってやつか?」

「そんな心配か? ビッツ。けどまあこっちにはノールもいる。前回の屋敷での襲撃もノールのおかげでかなり楽だっただろ? ノール頼みにするわけじゃないが、かなり期待は出来ると俺は考えている。襲撃者が誰であっても、もし便乗され同時に襲撃されたとしても、俺たちはこの馬車を基点として周囲の防衛を行えばいい」

「なるほどな、まあ話は分かった。しかしそんな連中の気配にも気づくのか、ノールは」

「そうだな。ノールの気配を察しする能力はかなり高い。人だけでなく魔獣相手でも俺やダーンより上だろうと思う」


 そんな感じで話は纏まる。

 王都までの道のり、おそらく半分を過ぎたころだろうか。

 その夜。

 ノールが反応を示す。


「気配がする。87人いる」

「マジか。場所は?」

「あっちとあっち、それと前」


 そう言って馬車列の左側前方と右側前方を交互に指さし、そして進む先を指さす。

 げ、挟み撃ちか。

 厄介だ。

 そんな細かくわかるのかと言う些細なことはひとまず放置し、俺はこの後の展開を想像する。

 前の集団が先頭を襲い注意を惹き付け両側の集団が襲い掛かるか、だがその逆も考えられる。

 敵の襲撃パターンは読めないが、このままでは馬車列の先頭が接敵してしまうし、何より向こうに先手を取られるのは好ましくない。

 しかし笛で敵の存在を知らせることができても、その敵が今どこにいるのかを知らせる方法まではない。

 俺たちが気づいていても、他の連中が片方に気を取られている間に後方から、なんてことは十分あり得る、それどころか常套手段と言っていい。


「攻撃、する?」


 なんかお茶にでもする?みたいな軽い感じで言われた気がする。

 まあそれはいい。まずは仲間を起こす。

 そして俺が笛を吹き、その後に攻撃を開始、ということで。


 静かな夜空に甲高い笛の音が響き渡った。


 ノールは俺の言葉で俺たちが乗る馬車の上に登る。

 そんなノールに続いてエルビーも馬車の上に登る。

 そして笛の音の少し後、ノールが魔法を解き放つ。

 まずは右側前方、続けて左側前方、そして馬車列の前方。

 ノールの解き放った小さな火球は周囲を照らしながら、3か所に着弾し爆発した。

 ってあれ?

 てっきりいつものように氷系の魔法で敵を討つもんだとばかり思っていた。

 魔法の属性にも適正不適正があり、ノールは氷系の適性が高いから普段使いしていると思っていたがどうやら炎の魔法も使えるらしい。

 おそらく警戒していたであろう他の冒険者もまた、笛の音で気づき、そして夜空を煌々と照らす小さな火球の軌跡、続く爆発により敵の位置を把握する。

 まあびっくりしただろうな、後方から笛の音が聞こえたと思ったら、火球が自分たちを超えて前方に飛んでいくんだから。

 火球の威力はさほど高くなく、運悪く直撃を食らったものはそこで倒れただろうがそれ以外の者はまだ行動できる。

 闇夜に紛れて襲撃する予定だったであろう盗賊たちは突然の火球による明かりでその位置を露呈させてしまっている。

 そんな連中に向かい冒険者の一部が攻勢をかけた。

 剣、斧、弓、様々な武器を持ち敵を仕留めに向かう。

 俺たちはと言うと、敵が遠いため予定通りこの場を離れない。

 エルビーはノールの横で仁王立ち。

 ノールはいまだに火球を撃ち続けている。

 もうちょっと接近してから笛を吹くべきだったか?

 だがそれでも敵の位置取り的に先頭の馬車列が攻撃を受ける状況は変わってないだろう。

 時々魔法らしき光が見える。

 他の冒険者チームにも魔法使いがいる、と言うことだろう。

 87人と言っていたが、さすがの大人数も奇襲に失敗し、それどころか不意打ちを食らっている状況だ。

 対して冒険者は5チーム。

 一チーム4~6人ぐらいなので3~4倍近い敵がいたことになる。

 しかし盗賊のほうは大人数と言え、そのほとんどは戦闘の素人のようだ。

 Bランク以上である冒険者5チームに素人の集団など役にも立たない。

 結果としては盗賊側の惨敗となるだろう。

 出来ることなら首領のような者を捕まえておきたいが。


 そんなことを思っていると俺たちの横、左側で謎の光。

 ノールもそちらを見ている。


「今のは?」


 俺はノールに聞いてみた。


「魔法。何かを呼び出した感じ」


 何か? 何かってなんだ?

 光の中で蠢く何かが見える。

 夜に魔法の光は目が痛い。

 そして現れたのは……。


「エレメンタルゴーレムか!」


 精霊魔法によるゴーレムの召喚。

 いや正確には創造なのだろうか。

 しかも、エレメンタルメタルゴーレム。

 エレメンタルゴーレムは通常のゴーレムより強い。

 自然的に生まれたゴーレムと違い、精霊魔法を用いて人為的に生まれるのがエレメンタルゴーレムだ。

 精霊によって人為的に生まれたメタルゴーレム、ということになる。

 とはいえメタルゴーレムと言うのはほとんど自然発生しない。

 メタルゴーレムなんかとは戦ったことが無い。

 おそらくルドーもそうだろう。

 メタルゴーレムのランクはAと言われている。

 それより上位となるエレメンタルメタルゴーレム。

 この襲撃者、思っていたよりもヤバイ。

 ゴーレムはこちらに歩みを進める。

 ゆっくりだが大きさゆえに時間もかからないだろう。

 そこにルドーが動き出した。

 彼のスキルならもしかしたら破壊できるかもしれない。

 ノールはと言うと盗賊たちへの攻撃の手を止めずにこちらの戦局も注意しているようだ。

 ルドーのスキルによる一撃。

 大きな音を立てて……。

 ダメっぽいな、傷一つ付いていないように見える。

 ルドーは諦めず二撃、三撃と打ち込む。

 そんなルドーにゴーレムは腕を振る。

 吹き飛ばされるルドー。

 盾で防いだとは言え、ダメージは大きいはず。

 ゴーレム的には軽く振った程度のようだがそれでもあの一撃だ。

 俺はルドーのもとに駆け寄り、怪我の具合を確認する。

 おっと、あの一撃食らっといてこの程度か。

 ノールの氷系魔法はこういったゴーレムには効かないはず。

 気休め、ちょっとした足止め程度。

 火球にしてもあの威力では効果がないだろう。

 しかし打つ手がない。

 エルビーもあのゴーレムに打つ手なしとわかっているのか無理に動こうとはしない。

 何かノールと会話しているようにも見えるが。

 仕方がない、王女を連れて逃げるか。

 ゴーレムは確かに脅威だが、その図体のせいで動きは遅い。

 逃げることは可能だ。

 護衛の任務は放り出す形になるが、俺たちが離れればゴーレムも馬車列から離れていくと思われる。

 さっきまで続いていた爆発音が止む。

 ノールが火球を放つのをやめたようだ。

 そして両手をゴーレムに向け、ゆっくりと左右に広げる。

 ゴーレムの足元に生まれた魔法陣によって周囲が光り輝き、轟音と共に巨大な火柱が立ち上がった。

 立ち上る火柱の熱が離れた場所にいる俺の肌までちりちりと焼く。

 火柱の中のゴーレムはまるで苦しんでいるかのように悶えていた。

 極限の熱に晒されたゴーレムはその姿を失う。

 火柱は消え、それまでゴーレムがいた場所には何もない。

 そして俺たち大人組はただ焼けた地面を見つめているだけだった。


―――ギィィーーーーーン―――


 剣の音。

 ふと我に返った俺たちの視界に地面に降りたエルビーと黒い装束を着た者が剣を打ち合わせていた。

 エルビーはあの不釣り合いな剣を器用に振り回し襲撃者を撥ね除ける。

 おっと、戦闘中だった。

 俺はルドーを回復してやり、その間にビッツやダーンがエルビーに加勢する。

 ノールはまだ馬車の上。

 襲撃者は一人か?

 そんなことを思ったとき、まるで心を読んだかのようにノールが告げる。


「三人。一人は遠く、おそらく魔法使い。二人はここ」


 ここ?

 一人の姿しか見えないが。

 その一人がもう一度突っ込んでくる。

 やはり馬車が狙いか。

 襲撃者にビッツがナイフを投げた。

 ナイフは避けられたが、その一瞬でダーンが接近する。

 大振りではなく小さな一閃。

 紙一重で躱され、相手も負けじと攻撃を仕掛けてくる。

 そのタイミングでまたビッツのナイフが飛ぶ。

 襲撃者は攻撃の手をやめ、ナイフを叩き落し後ろに飛んだ。

 完全に膠着状態だ。

 せめてルドーや俺が参戦できればいいが、回復まではまだ時間がかかる。

 襲撃者が一歩踏み込む。

 するとビッツとダーンの間をすり抜けるようにエルビーが駆けた。

 上段からの一振りだが大きい、躱された。

 だがエルビーはさらに一歩踏み込み振り下ろした剣をすかさず斜めに切り上げる。

 切り上げた剣を避ける襲撃者にそのまま廻し蹴りを食らわせていた。

 飛ばされる襲撃者。

 だがエルビーは追撃しようとしない。

 ノールが言うもう一人の存在に警戒しているのだろうか。

 剣を肩に担ぎ余裕の表情だが。

 襲撃者がちらりとノールを見やる。

 遠く離れた、おそらく精霊魔法使いだろう、そのあたりから上空に向かい火球が放たれた。

 ただし攻撃ではなく合図だろう。

 襲撃者は諦めあっさりと引き下がっていく。

 その間ノールはと言うと、盗賊に向かい火球を撃つのを再開していた。

 盗賊との戦闘は味方側の死傷者ゼロという結果で終わった。

 ルドーの負傷は盗賊によるものじゃないからノーカウント。

 敗北した盗賊はと言うと戦闘後すぐ冒険者チームの一つから早馬を出し、王都の憲兵を呼び、そのまま引き渡すという手筈になっているようだ。

 じゃあそれまで移動できないのかと言うとそうでもなく、盗賊たちはロープで繋がれ徒歩で連行されている。

 盗賊の襲撃はノールの先制攻撃を差し引いてもお粗末とも言えるものだった。

 となれば今回の襲撃が威力偵察だった可能性は高く、やはりどこかで本命の襲撃も予想される。

 今後もまだ警戒が必要ってことだ。



 王都近郊。

 その城壁が目で見える程度にまで近づいた。

 まず王都では護衛任務が不要なため、移動再開まで自由時間となる。

 なので俺たちはプライベートタイムを楽しむと言うところなのだが、そういうわけにもいかず、まずは王女様は安全な場所まで送り届けるということになった。

 王都内とは言えあの手の襲撃はもうないとは言えない。

 ただ全員で行っても仕方がないので、ここはいつものように観光もかねてビッツと子供二人に行ってもらう。

 という提案をビッツにしたら却下されてしまった。

 子供二人の面倒はもう嫌なのかと思ったが、どうやらそうではなく王女様のエスコートなんて無理だってことらしい。

 しかし、王都内とは言えあの手の襲撃はもうないとは言えない。

 事情が分からない以上、やれるチャンスが出来たなら行動に移される危険もあったので王都到着早々サヨナラというわけにも行かない。

 とりあえず、王女様には気づいていることは言っていないし、この二人にもこの少女が王女様だとは言っていない。

 なのであくまで観光と言う名の護衛である。

 とりあえずどこに行きたいかと王女様に尋ねる。

 いやだって、こっちから王城行きましょうなんて言ったらバレてますよって白状しているようなものじゃないか。

 だからここは王女様から王城に行くと言うように仕向けるわけだ。


「はい!はい!はーーーい! わたし、あの一番おっきな建物見てみたいわ!」


 あ、うん、それが王城だからね。

 いや、だがナイスアシストだエルビー君。


「お、そうか、エルビー君は王城を見てみたいのかあ。じゃあしょうがないな、行ってみるかなあ。ノール君も、見てみたいよなー?」


 完璧である。


「別に僕はい――――」


 とりあえず口を塞いだ。

 意味はない。

 僕はいいとか僕は行かないなんて言おうとしたわけじゃないのは分かっているさ。


「よし。僕も行きたいってか。しょうがないなー、じゃあ行くしかないなー」


 なぜか王女様が苦笑しているように見える。

 いや、気のせいだろう。

 実は俺もこうしてちゃんと王城を見るのは初めてだったりする。


「なにこれ! でっかーーい! ドラゴンとか住んでるの?!」


 なわけないよ。

 だがしかし、なるほど。

 確かにでかい。

 掃除とか大変だろうな、と庶民的な感想しか持てない自分にちょっとがっかりした。


「あ、あの……。その……」


 何かを言いたげにモゴモゴしている王女様。

 いやいや、分かってますとも。


「あ、そうだったな。エルネシアは王都に戻るのが目的だったよな。王都に住んでるなら王城なんて今更か。いや、悪いな、俺たちの観光に付き合わせてしまって。それじゃあ、俺たちはこのまま観光続けるから、ここで別れるとしようか」

「そ、そんなことはありません。私も楽しかったです。それに、私を守ってくださってありがとうございました。いつか、必ずいつか、このお礼を……」

「俺たちは盗賊からあの商人たちを守っただけだぜ。君はたまたまあの場に居合わせただけだ。むしろあれだな、怖い思いしなかったか? こっちがお詫びしなきゃかもしれないな」


 俺の言葉に何か申し訳なさそうな顔をして彼女は言葉を返す。


「本当に、本当にありがとうございました」


 そう言って彼女は城の門の方へ歩いて行った。

 俺たちはそんな彼女の後姿を見届けることなく観光を再開したのだった。

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