新たな問題と次の目標
ラフィニアたちからの報告を聞き終えエインパルドは一人考え事をしていた。
「ノールにエルビーか……あとは長老とヴィアスと言う青年もいたと言っていたな。 一体何者なんだ彼らは……、あまり期待は出来ないが調査はさせておくか。 しかし頭の痛い話だな」
それは他でもないノールのことだ。
大迷宮での話は当然知っている、エインパルドはそれを聞いてノールは人に対して特に甘いと言う印象を受けた。
自分を攻撃したリィベルに対する言動、操られていたスコピエを攻撃させなかったことを考えると間違ってはいないように思える。
しかしプリシュティナの話によればノールは研究員全員を消滅させたという。
人として元には戻れない状態だったとプリシュティナは言っていたが、問題はノール自身に人を殺すと言うことへの戸惑いのようなものは感じなかったというのだ。
おそらく命に対する価値観が人のそれと違うのではないかと。
もしそれらが事実だとするなら……。
正直聖王の言っていた女神の化身などと言うものには興味無かったが、仮にそれらが正しいのだとした場合一つ気がかりなことが出来る。
ノールは言っていた、魔王を生むのなら、世界を脅かすのならすべて滅ぼすと。
そして彼は人間を守るとは一度も言わなかったように思う、それが意味することは何だろうか。
今はまだ魔王を生みかねないと一部の人間だけが排除されるに留まったが、もし人間そのものが魔王を生む原因だと判断されたらどうなるのだろうか。
人間の憎悪や死が魔王を生むのなら、最初から人間がいなければ魔王も生まれない。
世界を脅かす存在がいなくなるのである、世界にとってそれは最も平穏な形となるだろう。
「世界にとって人間は不要だと女神が判断してしまったら、最悪我々は滅ぼされる可能性もあると言うのか?」
王国では赤いドラゴンが女神の使徒だと言う噂も広まっている。
それは2000年前の勇者に、つまり女神の力に敗北したドラゴンが今は女神に従っているという噂だ。
ならば、女神の指示で北の山からドラゴンが押し寄せてくることも考えられるのではないか。
「いやいや、それはありえんだろう……」
エインパルドは頭を振り自らその考えを否定する。
発端となった2000年前の戦いを思えばその可能性は非常に低いはずだ。
当時魔王を生み出しかねないと勇者を誕生させたのに、同じくドラゴンに蹂躙を指示するとは考えられないからだ。
とは言え僅かながらにでも可能性がある問題を忘れることは出来ない。
「聖王国もそういう可能性を念頭に入れねばなるまい。 このこと、さすがの陛下も気づいてはいないだろうな。 気づいていたらもっと面倒なことになっていそうだし」
いろいろと考えていると扉をノックする音が聞こえる、「どうぞ」と返すとプリシュティナが入ってきた。
「プリシュティナか、いったいどうかしたのか?」
エインパルドはふとそれまで自分の思考が言葉となって漏れていたことに気づき、目の前にいる悪魔に聞かれていなかったかと少し不安になった。
人間自らが滅びの道に向かうように誘導するということも悪魔ならやりかねないからだ。
人間に協力するように命じられたと言っていたが悪魔の言うことを全面的に信用することなど出来るはずもない。
「少しだけ、忠告しておこうかと思いまして」
「忠告?」
「ええ、ラフィニアさんには言っていないことなのですけど、一応エインパルドさんにはお伝えしておこうと思いまして。 後になってから聞いていないと言われてまた怒られるのは嫌ですもの」
「そうか、それでいったいどんな忠告をしてくれるのだ?」
「もし、ノール君やエルビーさんに興味を持たれたとしても詮索しないほうがいいですわよ。 はっきりとしたことは言えませんけどあの二人からはなにか異常なものを感じますの。 特にノール君ですけどイビエラが滅ぼされる直前に女神がどうのと言っていましたのよ」
「ああ君たち悪魔もか……」
聖王エルマイスだけでなく悪魔までもがノールと女神を関連付けるようなことを言い出した。
聖王だけなら妄言とかあまりのことに頭がおかしくなったとか思えるがさすがに長い月日を生きる悪魔から言われると真実味が増すと言うところだろう。
「やはりノールと女神は関係があると言うことか?」
「さあ? それが何を意味するのかわたくしには分かりませんわ。 でもあのお方はわたくしたちの話を聞いて何かを察したようにも見えましたの。 そして死にたくないのなら二人には絶対に手を出すなと言われました、その時は利用価値があるから大切にしろぐらいの意味と思っておりましたけど、今思えば彼らの危険性を忠告してくださっていたのかもしれないと思いますのよ」
「危険性か、まあ悪魔二体を滅ぼし大きな魔獣を一撃で仕留めたとなれば当然とも言えるな」
「ところが彼の手で滅ぼされた悪魔は二人だけではありませんのよ。 どうやら聖王国に来る前、魔法共生国と言う地でも同じように彼のお方の封印を解こうと画策していた悪魔二人が滅ぼされていますの。 わたくしそれを聞いて不甲斐なくも戦慄してしまいましたわ」
「魔法共生国でも悪魔が現れたのか!?」
「ええ、その時に滅ぼされた悪魔ですがわたくしも多少は知る者でしたの。 二人ともわたくしよりも強い悪魔で、それが一人はノール君に、もう一人はなんとエルビーさんに打ち取られたそうですの。 こんな話信じられます? あのお方の言葉でなかったらわたくしは絶対に信じていなかったと断言出来ますわね」
「正直悪魔の強さと言うのは分からん。 私としてはそれよりも魔法共生国でも似た事件があったことのほうが驚きだよ」
「似た事件と言っても聖王国で起きたことに比べればひっそりと解決してしまった些細な事件ですわ。 ああそうそう、その時にもミハラムと言う男が絡んでいたと言うお話しですわね。 聞くとその悪魔たちと接触していたそうですわよ」
「ふふっ、そうか、やはりミハラムか。 今回の件、そして魔法共生国の件、どちらにもその背後にミハラムがいたとするならば、おそらくこの先も白の悪魔の封印を解こうとする者たちが現れるだろうな。 ミハラムが真の黒幕か、もしくは相当近い場所にいるということだろう」
「そのミハラムというのは相当な手練れと言うことですの?」
「いや、所詮は人間の域を出ない存在だよ、ノールやエルビーの話を聞いた後ではね。 ただ人間は悪知恵を働かせる生き物、悪魔が人間を利用するように人間も悪魔を利用しようとすると言う話だ。 とりあえずこのことは陛下に報告し聖王国として早急に手を打つよう進言するつもりでいる。 プリシュティナ、君たちのほうでも奴の行方を追って欲しいが可能か?」
「分かりましたわ、ただあまり期待はしないでいただきたいですわね。 悪魔は上位者に従いはしますけど基本は身勝手に行動するもの、横の繋がりは弱く思うように情報も集まらないと思いますの。 でも一応ヴァムにはそう伝えておきますわね。 それじゃ忠告はしましたからわたくしは行きますわ」
エインパルドは部屋を出ていくプリシュティナを目で追いつつ、そして気づきたくもなかった真実に頭を悩ませる。
(そういうことか……考えてみれば思い当たることだらけだったな)
ノールたちに依頼をしたと言う悪魔、魔法共生国での一件、そして以前受け取った魔法共生国ダリアス学長の返信内容。
(まさかダリアス学長が悪魔だったとは……)
◇
「なあラフィニア、これからどうすんだ?」
「え? どうするって何を?」
それはラフィニアが仇と対峙したあの時からリックが考えていたこと。
今のラフィニアにはいったい何が残っているのだろうか。
「いやだってさ、リーアを、いや欠片の悪魔を倒すためにこの10年冒険者やって来たわけだろ? 奴が倒された以上これからどうすんのかなと思ってさ」
「そうね、それが一番の目標だったわね。 でも私の目標はそれだけじゃないわよ、まだニヴィルベアに勝ったとは言えないもの」
Bランクの時に大迷宮で惨敗し、そして王国から戻ってきた時には勝ったもののラフィニア一人ではまだ勝てなかった魔物。
「まさか大迷宮に潜ってニヴィルベアに挑戦するってことか?」
「当然よ」
ラフィニアは簡単に言うがそれは決して容易なことではないのだとリックは知っている。
(ラフィニアが知らねえわけねえよな。 知ってて言ってるわけだ、そういういつもギリギリを攻めてるだけとか言ってたか)
それはリックが知るいつものラフィニアだった。
言うことは苛烈だが普段通りの様子にリックは逆に安堵していた。
「そっか……そうだな、まあ仕方がねえ、俺も最後まで付き合ってやるとするか」
ラフィニアたちは聖王国を離れマラティアにある迷宮都市ラフィンツェルへと向かう。
あれほどの大事件があったというのにラフィンツェルはまったく人が減っていない、それどころか以前にもまして活気に溢れているようにさえ見える。
「なんか人増えてね?」
「商魂たくましいと言えるのかもしれないわね」
人が増えたのはその通りなのだが増えたのは冒険者でも生きるのに必死な孤児たちでもなく観光客だ。
それはラフィンツェルと言う都市にわずかながらの変化をもたらしていた。
大迷宮での収益は国や領主のものになるので、街に住む人がお金を得るには滞在する冒険者たちから搾取するしかない。
しかし冒険者と言うのは総じて羽振りが悪く、それも当然で金を稼ぎに来たのに散財してくれる者はいないというわけである。
だが観光客と言うのは別、それは散財が目的と言ってもいいからだ。
その結果、国でも領主ではなく街の人が少しばかり潤う結果となった。
「宿も以前より混んでいるわね、取れなかったらどうしようかと思ったわよ」
「別にどうせ潜ったら野宿みたいなもんだしいいんじゃねえの?」
「気持ちの問題よ」
いつもの宿を選び、いつものように寝て明日を待つ。
たったそれだけのことだったのだが……。
「眠れない! いったい何なのよ、もう!」
「なんだよ、今日はずいぶんとご機嫌斜めだな。 ちゃんと休まなかったのか?」
「あれよ! なんなの!? あれは! あれから何日経ったと思っているのよ、眩しくて全然眠れなかったのよ!」
アバタルとの戦いの中、ノールの魔法により生まれた光の柱はあれから一ヵ月も経とうと言うのにいまだ消えずにいる。
昼間でもわかるほどに光を放ち、夜ともなればまるで昼間のように周囲を照らす光の柱は今ではこのラフィンツェルでの観光名所の一つとなっていたのだった。
「すっげーよなアレ。 でもあれ見るためにいろんな国から観光客が来るようになったんだろ?」
大惨事に思えたあの場所も今では奇麗に整備され訪れる人に驚きを与えている。
当初は謎の光の柱に混乱もしていたが調査隊が組織されその解明に立ち上がるもそれが何なのかは分からずじまい、ただ人体に影響はないことや魔獣は近づこうともしないということは分かった。
そして人体に影響がないならとラフィンツェルの領主がそのまま観光地へと変えたというわけである。
「それは別にいいけど眩しすぎて眠れないのよ。 ノール君何考えてあんなもの放置したのかしら?」
「いや、あいつは何も考えてないだろ。 というかさあラフィニア、宿のおばちゃんから聞いてなかったのか? あれのこと」
「あれ? あれって何?」
「ほら、あれ」
そういうとリックは近くにあった建物の窓を指さす。
「窓がどうしたの?」
「その窓についているもの、寝るときあの光を遮るのに閉じるんだよ。 今じゃどこの家にもついているらしいぞ、説明されなかったか?」
「聞いてない……」
「それは、残念だったな」
「私戻って寝るわ……」
「え? ちょっ俺どうすりゃいいんだよ?」
「あの観光名所でも見てきたら? 大迷宮は明日にしましょ、じゃ」
そう言ってラフィニアはまた宿へと戻っていった。