悪魔のあれこれ
「プリシュティナ!? え? どうしてあなたがここに?」
「それについて話すととっても長くなりますわね」
プリシュティナは空いている椅子に座ると話し始めた。
「わたくしたち一つ大きな過ちをしておりましたの」
「過ち?」
「ええ彼のお方を封印から解き放つ。 セイムエルを中心としてわたくしもそのために動いておりましたのよ」
「まあそうでしょうね、四精霊の宝珠もそのために狙っていたのでしょうし。 それの何が過ちだったの?」
「その封印から解き放つという行為自体が過ちでしたの」
「えっと、言っている意味が私には分からないのだけど」
「ほっほっほっ、それについてはわしから話すとするかの」
そう言いながら良く知る人物がもう一人。
「ヴァムさんまで…… まさかエインパルドさん、悪魔に支配されて……」
「そんなわけあるか、まあ彼らの話を聞けばなんとなく理解できるさ」
「この者らが封印と言っているものだが、そもそもあれはリーア様を閉じ込める結界ではないのじゃよ」
「どういうこと? だって2000年前ドラゴンが封印されたことで今度は悪魔が活発になった、その時に暴れたリーアが封印されプリシュティナたちは今こうしてその封印を解こうとしていた。 そういう話しじゃないの?」
「それは事情を知らぬ者が勝手に解釈しただけじゃな」
「ええ、まさにその通りでしたわ。 でも2000年前に暴れたという話があって彼のお方が封印されているのだとしたら誰だってそう思いますわよ」
「でも真実は違った、そういうこと?」
「リーア様は我が侭なところはあるが世界征服などと言うものに興味は持たれておらぬ……」
そしてヴァムが語る真実――――
遥か昔、ドラゴンと人間の戦争に終止符が打たれ今現在王国と呼ばれている地にも一度は平穏が訪れた。
ところがドラゴンと言う種が勇者に倒され世界のパワーバランスが崩れたことで、とある悪魔が世界の支配者は自分たち悪魔であるべきと動き出したのだ。
とは言え悪魔にとってドラゴンは天敵も同然、そのドラゴンを討ち滅ぼした人間を相手にその悪魔では到底敵わないだろうということも分かっていた。
そこでその悪魔は考えた、ならば悪魔の中でも最強の一角とも言われていたリーアを世界の支配者とすればいい。
我が侭で傍若無人なリーアならば正しく世界に混沌をまき散らしてくれることだろうと……。
「まあその悪魔が考えたことも分からぬわけではないのじゃ、実際リーア様は面倒なお方じゃったからな。 問題はその起こし方じゃ、我らが主リーア様はとってもお昼寝が好きなお方でのう。 その時もリーア様はお休みになられていたのじゃよ」
「そうなのね…………ん?」
そこまで聞いたラフィニアには嫌な予感しかない。
「心地よく寝ておったリーア様は無理やり起こされたことでお怒りになったのじゃ。 その悪魔を滅ぼし、辺り一面を焼き払ってもその怒りを鎮められることはなかった、そこで当時の勇者とあのお方が協力してリーア様をとある洞窟に寝かしつけたというわけじゃ」
「寝かしつけたって……何その寝起きが悪くて不機嫌になる人みたいな話……」
「あれだろ、おとぎ話で良く聞く『我が眠りを妨げる者は誰だ』ってやつ。 そこで勇者が出てくるのは正しいと思うぜ」
「それじゃあ、あの結界はリーアを閉じ込めるものじゃなくて、誰かがリーアにちょっかいを掛けて無理やり起こすことがないようにするためのものだったってこと?」
「ふむ、その通りじゃ。 にも関わらずセイムエルやプリシュティナらが結界を解こうとしておったので、ワシは馬鹿なことをするなと邪魔をしていたというわけじゃな」
「まあそういうことなんですの。 結界の一つに悪魔の力が関わっている時点でおかしいと気づくべきでしたわ。 けどそれならそうと言ってくださればよかったと思いませんこと? ねえラフィニアさん」
「え? んー、まあそうなのかも?」
「いやいや、ワシもてっきり知っている上で、それでも封印を解こうとしているのかと思っておったのじゃよ。 まさかあの当時のことを知らぬ者がおるなど思いもよらなんだ、いやはや困ったものじゃて」
「それで結界のことは分かったのだけど、結局あなたたちがここにいる理由はなんなの?」
ラフィニアの疑問にヴァムとプリシュティナが揃ってため息をつく。
「今回の一件であのお方から呼び出しを受けましたの。 それでとっても怒られましたのよ、大人しく寝ている子を起こそうとするとは何を考えているのか、と。 悪魔として生きてきてあれほど怒られたのは初めてでしたわ、もう……泣きたい……」
「ワシもプリシュティナと共に呼び出されてのう、なぜちゃんと話をしていなかったのだと管理責任を問われたわけじゃよ」
「まあそういうことだラフィニア殿。 基本的には悪魔側の話とは思うが万が一にも人間側で寝た子を起こそうとする愚か者が現れないとも限らない。 つまり聖王国としても正しい伝承を残し、人が白の悪魔を呼び起こすことがないようにするというわけだ」
「わたくしはあのお方から人間側に協力するようにと命じられてここにいるということですのよ」
「なるほど、つまりプリシュティナがエインパルドさんの部下になったということね」
そして項垂れるプリシュティナ。
「それならヴァムさんはどうして?」
「ワシは事後処理じゃな、それとプリシュティナが人間側に協力している間、ワシは悪魔側に愚か者が現れないようにしろと命じられたのじゃ」
「それもあのお方っていうのに? それって悪魔よね……うっ……ちょっと待って、もしかしてその悪魔って……」
「ふむ、気づいたか、そうじゃよノール殿に調査を依頼したという悪魔じゃの。 結局のところプリシュティナらがリーア様の封印を解こうとすることをあのお方も察することは出来なかったというわけじゃな。 とはいえ何か不穏な気配は感じていた、そこで彼の少年たちに調べるようにと依頼をしたのであろう」
「まあそうよね、起こした子に殺されるの覚悟で起こそうとするとか理解できる人はいないわよ。 人じゃなくて悪魔だけど」
ラフィニアの言葉をエインパルドは何やら考えながら言う。
「それだがな、無理に起こすことで世界を滅ぼすことが出来るというのも目的としてはあり得ないことではないと私は思うぞ?」
「そんな馬鹿いるのか?」
リックが疑問を投げるとプリシュティナがそれに答えた。
「そうですわね、わたくしは本当に知らなかっただけですけどセイムエルも同じだったとは断言できませんわ。 それこそもしかしたら知っていてあえて封印を解こうとしていたのかもしれませんもの。 先ほどのお話、欠片の悪魔でしたっけ? セイムエルがあれを仲間に引き入れていたのがよく分りませんの」
「なあ、結局その欠片の悪魔って何だったんだ? 漏れ出た力から生まれた欠片みたいなこと言ってた気がするけど。 10年前もそうだけどリーアの破壊衝動みたいのが現れたってわけじゃねえのか?」
「あれはリーア様の意思とは無関係な存在じゃよ、リーア様は理由もなく暴れたりはせぬ、まあ一度暴れ始めると手が付けられぬし、しょうもない理由で暴れたりはするがの。 あの結界もある程度はリーア様の魔力を押さえ込んではいるが、本来は外からの干渉を防ぐのが目的じゃ、リーア様の魔力が長い年月をかけ漏れ出ていたのじゃろうて。 その漏れ出た力が澱みを作り生まれたのがあの悪魔、容姿や魔力が似ているのはそのためじゃな」
よくよく考えてみればそれとわかることはあった。
セイムエルもプリシュティナも幾度となく目の前にいる欠片の悪魔を無視してあの方の復活と言っていた。
それはつまり目の前のそれがあの方ではないということだったのだ。
「おそらくじゃが10年前のことにセイムエルは関わっておらぬじゃろう。 その頃欠片の悪魔が生まれ人間の街を襲った、じゃがそのラフィニア殿の話にあった長老と言う方に手痛いダメージを与えられ逃げ延びた先でセイムエルに拾われたのではないだろうかの」
「つまり、私の村が襲われたことにリーア復活は無関係だと?」
「たぶんじゃよ、たぶん」
「けど神殿がある街は襲っていなかったって聞いたぜ? そりゃなんでだ?」
「押収した悪魔研究の資料には、悪魔を召喚するというものもあった。 例えばだがドルドアレイクはその研究の過程で欠片の悪魔を召喚したという可能性はないだろうか。 そして召喚者の命令で襲う場所を選んでいたとしたら?」
「なるほどのう、王国で生まれた欠片の悪魔を偶然何者かが召喚したか、もしくは召喚によって呼び出された欠片の悪魔に自我が芽生えたか。 その可能性はないとも言い切れぬのう」
「その召喚も欠片の悪魔ではなく本当なら白の悪魔を呼び出そうとしていたのかもしれない、複雑な結界も召喚によって突破できるかもと考えてね。 しかしその召喚はリーア本人ではなくその力の残滓を呼び寄せるだけになってしまった、それが欠片の悪魔になったとも考えられないだろうか」
「それも資料に?」
「いや、私の推測だ。 ただこの推測が正しいとするならば、ミハラムの関与が濃厚と言えるようになる。 10年前はちょうど奴も学生だったのだよ、得意分野はゴーレムなど精霊召喚だが悪魔の召喚には手を出さなかったとは限るまい? そして奴の出身はまさにドルドアレイクだ」
「そりゃ真っ黒だなあ……」
「奴の消息がいまだ不明だということも気になるところだ。 聖王国として本格的に奴の捜索に力を入れるべきなのかも知れん……」