最後の戦い
ノールは魔獣アバタルとの戦いに苦慮する。
魔法共生国で学んだ魔法ではほとんど効果が出ない。
しかしかつて自身の世界で使った魔法では威力が大きすぎてヴィアスの張る結界では防ぎきれないように思うし、そもそも少し離れたところにある迷宮都市ラフィンツェルが消滅してしまうと思う。
あとはグリムハイドの時に使った方法だが、それは残念なことに聖剣クラウソラスをエルビーが持ったまま行ってしまったため使えない。
仮に今持っている短剣で同じことをしても、あの威力に到達する前に短剣は壊れ失敗に終わるだろう。
魔法が効かない理由はあの銀色の体毛で魔法障壁のように防いでいるのだと考えられる。
魔法が効かないならと、イビエラと言う悪魔がしていたように剣のような物を生み出して当ててみたが脆く崩れ去るだけ。
その銀色の体毛はニヴィルベアの時のように剣に対しても高い防御効果を持っているようだった。
何かないだろうか、そんなことを考えているちょうどその時、ノールはヴァルアヴィアルスが解き放った魔法を目の当たりにしたのだ。
威力としては十分だし、魔法の効きにくいアバタルに対しても有効な魔法であると。
「むむっ? これは……わしが使った魔法か…… いや……」
ヴァルアヴィアルスは自分の放った魔法とは比較にならないほどの力を感じた。
自身の記憶にある、勇者が使った時の威力と比較しても圧倒的な魔力の奔流。
「ヴィアスよ、この結界全力で維持するのじゃ、ノールが放とうとしている魔法は以前グリムハイドで見たものとは桁が違うぞ。 わしはあちらで街のほうに結界を張る。 良いか、決して手を抜くでないぞ」
「しょ……承知しましたっ!」
ヴィアスにはまだ理解できていなかった。
グリムハイドで見た魔法の威力は知っている、だがそれを超える威力と言われても想像が追い付かない。
ただ長老の普段とは違う態度を見れば、ことの重大さは分かるつもりでいる。
そしてヴィアスは後悔する。
遥か遠く、偶然にもその瞬間を見ていた者たちは後にこう証言した。
――――遥か高く、空が割れ、そこから現れた一本の矢が大地に突き刺さった――――
そして多くの人が大地に突き刺さるそれを目にしたときに言うのだ、まるで暴れる魔獣アバタルに対して女神が撃ち放った裁きの一撃であると……。
見る場所や見る人によって矢ではなく剣であったり槍であったりと表現は様々だったが、大地から一本の光の柱が天高くまで伸びているというのがもっとも正しいだろう。
ヴィアスの結界によって守られていたラフィニアとリックは、突然目の前に現れた光景に絶句していた。
ヴァルアヴィアルスとヴィアスの結界によりその後方はなんとか原形をとどめているが、それ以外は原形どころかすべてが消滅し大地は深く抉れている。
「な、なんか一気に見晴らしが良くなったな。 特に横方向、誰も巻き込まれて無きゃいいけど」
いまだ消えるのことない光の柱、そしてラフィニアとリックの前には力尽きた青年が横たわっている。
「私たちを守るために……命まで投げ出してくれるなんて……」
ラフィニアはその青年の変わり果てた姿を見ながら声を震わせていた。
「いや、お嬢さん勝手に殺さないでください。 全力出しすぎて動けないだけですので。 というか分かってて言ってますよね? それ」
「なんじゃヴィアスよ、情けないのう。 その程度の結界で力尽きるとは」
「あの長老、せめて仰向けにしてはもらえませんか? ちょっと苦しいです」
「どれ…… ほんと情けないのう、それではエルビーのこと言えぬぞ? お主も修業が足りぬ」
「はい、私も世界の広さを改めて思い知らされました」
仰向けとなったヴィアスはなんとか視線をノールに向け疑問を口にする。
「ノール殿、あれほどの魔法を操るなど君はいったい何者なのだ」
「それは俺たちも何度となく考えたな」
「けどその答えが分かることはないとも分かっていたから考えるのはもう止めたわ」
「ほっほっほっ、それが良かろうて。 ヴィアスよ、お主もあまり深く考えるではないぞ。 世の中には触れぬほうが良いものは意外と多い、ましてやお主の力はまだその域に達しておらぬということじゃ」
「はあ…… 精進します」
ヴィアスの問いかけにノールは考えた。
ヴァルアヴィアルスには神であることを話したが他の人には秘密にしている。
だが心配はいらないと思う、なぜならそのためにダリアスからこれを渡されたのだから。
「これはフレイヤワンドの力、フレイヤワンドはすごい」
「フレイヤワンドですか? それが? フレイヤワンド?」
「そう、フレイヤワンドはすごいもの」
「なるほど……フレイヤワンドですか……」
ノールと青年の会話を聞いて、ラフィニアはひどく悲しそうな表情をしながらノールに打ち明けた。
「そう、フレイヤワンドは確かにすごいものだわ。 でもねノール君、今あなたが持っているそれはフレイヤワンドと言うよりただの棒切れなの、フレイヤワンドの本体は折れてそのまま置いてきちゃったでしょ? ただの棒切れにフレイヤワンドとしての機能はもうないのよ」
「え……」
ノールは持ち手の部分だけになっているフレイヤワンドだったものを見る。
「取りに……」
取りには行けない、あそこには転移するための目印がない。
ノールの気持ちを察してかラフィニアが優しく語り掛ける。
「どうせあそこはエインパルドさんたちに調査してもらう必要あるし、その時にでも回収してもらいましょう、ね?」
「うん……」
フレイヤワンドは高級品だし壊れてそういう表情になるのも分からなくもないが、なくても強いノールがそこまでショックを受けている理由がラフィニアには分からなかった。
ラフィニアは気を取り直してこの後のことについて話を振る。
「それよりノール君、そのゴミはともかくとしてこれからどうする?」
「ちょっ!? ラフィニア言い方!」
ノールは手に持ったままの棒切れをもう一度見つめると、意を決したかのように答えた。
「……エルビーのところに行く」
「そんなエルビーか置いてきたフレイヤワンドかの二択で重大な決断をしたみたいな顔されても困るんだが……一択だろ? それ」
キリっとして言うノールに呆れた顔をするリック。
「そうね、聖都がどうなったかも気になるところだし。 というかアルメティア軍に転移魔獣の群れって、どうにか出来るのかしら?」
「エルビーが行っているから大丈夫だと思う」
「そのエルビーちゃんに対する絶対的な自信ってどこから来るのかしら……」
「まあノールが大丈夫って言ってんだから大丈夫だろ、なんだかんだ言ったとおりになっていること多いし」
「ま、それもそうね。 それで長老様たちはどうなされるのですか?」
「ふむ、ワシらの目的はアバタルじゃったからのう。 それにヴィアスがこれではな、大人しく郷に戻るとするわい」
「分かりました。 あの長老様、10年前、そして今と大変お世話になりました」
それもラフィニアにとっては心残りの一つだった。
命の恩人、その人に礼を言うこと。
「それじゃノール君、行きましょう! エルビーちゃんのもとへ」
ノールはただの棒切れを掲げ転移魔法を発動した。
「行ってしまいましたね」
「そうじゃのう、エルビーにも会いたかったが残念じゃ」
「何やら大変な様子ですし仕方がないのではありませんか?」
「ヴィアスよ。 仕方がないのはお主で、お主の体たらくゆえ会いに行けぬのじゃぞ? しかし本当に動けぬのか?」
「すみません。 まったく動けないです……」
「転移魔法…… 便利そうじゃのう」
まったく身動きが出来ないというヴィアスを見つめながらヴァルアヴィアルスは呟いた。
◇
「森?」
「森ね……」
転移した先はなぜか見渡す限りの森だった。
「もしかして転移に失敗したとか?」
「ここにエルビーちゃんがいるんじゃない?」
「っていねえぞ?」
ラフィニアとリックは周囲を見渡してみるがそれらしき人物はいない。
そもそもあのエルビーが大人しくしているともラフィニアたちには思えなかった。
エルビーは何処にいるのか、そう尋ねようとしたラフィニアはノールが上を向いたままであることに気づく。
同じようにリックも気づいたのか、ほぼ同時に二人が上を見上げた。
「みんな、おかえりー」
空からエルビーが降ってきた? いや違う。
「エルビーちゃん、木の上にいたの?」
「そうよ、木の上で寝てたの、だいぶ久しぶりだったわ。 ねえ聞いて、枝がポキポキ折れるもんだから三回ぐらい落ちそうになって大変だったのよ。 前はそんなことなかったのに、わたしも成長したってことかしらね?」
そういうエルビーだが目の前に生えている木はそれは立派なものでエルビーぐらいの体重で折れるほど細くはない。
ただ気になることがあるとすればかなりの太さの枝がこの辺りだけ結構な数落ちているということだった。
「エルビーさ、食いすぎなんじゃねえの?」
「そんなことないわよ、むしろ抑え気味なぐらい」
「あれで抑え気味なのかよ!?」
「エルビーちゃんの体重のことは良いわよ、それより聖都はどうなっているの?」
「ああそれね、侵攻の集団って言うのは結局来なかったわね。 だからここで寝てたの」
「聖王様たちはもう到着してた?」
「うん、リオンとかもいたわ」
「そう、とりあえず聖都に向かいましょ」
「まあそれしかないよな、けど聖都まで歩きか…… って、ん? どうしたんだラフィニア」
辺りは見渡す限りの森。
「いや、えっと。 聖都ってどっち? そもそもここどこ?」