リーアとの決戦2
戦いは苛烈を極めていた。
老人の放つ魔法と白の悪魔の放つ魔法がぶつかり激しい衝撃を生み出す。
光、音、そして衝撃と三拍子揃ったそれは凄まじい光景である。
さらに魔獣アバタルが咆哮を上げる、すると辺り一面が一瞬で凍り付くのだ。
老人と共に来ていた青年が結界を張ってくれていなかったらとっくに凍死していただろうとラフィニアは身震いしていた。
アバタルは一瞬で凍り付かせる咆哮を時折上げノールを威嚇しつつ、魔法による攻撃を繰り出している。
その姿は傍から見ると巨大な魔獣が周辺を無差別に破壊しているように見えるのではないだろうか。
きっと迷宮都市ラフィンツェルの上層部は今、緊急会議を開いていることだろう。
近くで見れば何者かが戦っている姿も見えただろうけど、巨大な魔獣がいるのに近づけるような者などまずいない。
まともな人間ならばあんな魔獣を見た時点で踵を返し来た道を戻っているものだ。
遠く離れたところから観察した誰かによって魔獣が復活し辺り一面に破壊を振りまいているということが街に伝わっているはずである。
そんなノールとアバタルとの戦いはと言うと、老人と白の悪魔との戦いとは対極的になぜか落ち着いたものだった。
老人が言っていたように魔法が効きづらいようでノールの魔法攻撃もあまり効果が出ていない。
対するアバタルも魔法で応戦しているようだがノールの魔法障壁に阻まれてまったく効いていないという状況だった。
そして青年のほうは試合を観戦しているただの人になっている。
実際には魔法障壁を張り自分たちを守っていてくれているのだが、そんな様子が全く感じられないほどに自然な体勢で戦闘の行方を見守っている。
リックもほぼラフィニアと同じ感想を抱いていると思うがそのことについてすり合わせをしたいとは思っていない。
それについても同じ思いであると思いたかったが、残念なことにそこまでには至っていないようだった。
「なあラフィニア……」
「何?」
「ノールって詠唱してないよな?」
やっぱり聞いてきた、正直そんなことを聞かれても返答に困る。
長い沈黙の後、ラフィニアはこれしかないと言う答えを返す。
「………… フレイヤワンドってやっぱりすごいわね」
「え……? ああ、そうだなやっぱフレイヤワンドはすげえや」
ノールは属性を変えながらいろいろな魔法攻撃を仕掛けている。
効果のありそうな魔法を探しているのだろうが、その使っている魔法が上級魔法ばかりなのだ。
それだけなら良かったのだがそんな上級魔法をおそらく無詠唱で連発している。
大声でフレイヤワンドにそんな機能はないと言いたいところだが、それに意味があるわけでもなくグッと堪えた。
「なあラフィニア」
「今度は何よ、私今とっても忙しいんだけど」
無論見ているだけで忙しいことなどあるはずもない。
だがそんな抗議もむなしくリックは何事もなく続けた。
「あいつら、なんで空飛んでんの?」
それは最初から思っていた。
悪魔であるリーアは良い、悪魔だしそういうものだと納得できる。
けど老人もノールも当然のように空に浮き魔法を叩きつけ合って戦っているのだ。
アバタルと言う魔獣がその巨体を生かした攻撃を仕掛けていないのもノールが地上にいないからと言うわけである。
人が空を飛ぶことは不可能だと言うわけではない、偵察の時など高高度に上がり周囲を見渡すというのはたまに見かける。
問題は空を飛ぶという魔法を使っている最中に、さらに高難易度の上級魔法を使い連発していること。
そんな理由など知っていたらこんな悩まずに済むというのに、なぜ私に聞くのだろうか。
とは言えその問いかけにはもちろんこう返せばいいのも知っていた。
「フレイヤワンドってやっぱ――――」
「いやそれは無理あるだろ」
いや駄目だった。
「私ね、物事には理由があって、その理由が分かれば必ず結論へと辿り着けるって思うの」
「お、おぅ……」
「だからねリック、分からないものはいくら考えても分からないのよ」
この10年、ラフィニアはあの悪魔を倒すべくいろいろ調べていた。
それはつまり悪魔と戦ったことがある勇者の伝承にも行き着くということでもある。
ではそんな勇者が空飛んでいたとか無詠唱で魔法を使っていたとして疑う者がいるだろうか、疑問に思う者がいるだろうか。
たぶんそういうことなのだとラフィニアは納得するようにしている。
常人である自分に超人たちの仕組みなんて知るわけがないのである。
ノールとアバタルの戦いのほうはともかくとして白の悪魔にとっては不快感が募っていたのだろうか、老人に対する怒りを露わにしだした。
「小賢しい人間がッ! 貴様ごときにこの私が倒せると思うなッ!」
「いいや悪魔よ、わしを人間と侮っている間は其方に勝機などありはせぬよ。 10年前は近くの人間に配慮して取り逃してしまったが、今なら少しは力も出せようからのう」
老人のほうは余裕の笑みを浮かべている。
まるで子供の力量をはかりながら戦う親のようにも見える。
「なかなかやりおるな、しかしこれならどうかな? ――――神々ノ裁き!」
それはかつてドラゴンとの戦いの中で勇者が使った魔法のひとつ。
当時のヴァルアヴィアルスはその威力に驚愕したものだった。
ドラゴンでさえ一撃で屠る魔法など今まで見たことがなかったからだ。
勇者ではない者が使う場合はさすがに威力などもたかが知れていると思えるが、相手がこの悪魔程度なら十分だろうとヴァルアヴィアルスは判断した。
白の悪魔は咄嗟に魔法障壁を展開したが呆気なく破壊された。
そして――――
「ぐわぁーーー!!」
叫びと共に悪魔の体が崩壊していく。
「に……人間め……決して……決して許しはせぬぞ……」
ラフィニアには呪詛のようにも聞こえた白の悪魔の最後の言葉。
そう、最後の言葉……。
あの悪魔が家族を殺してから10年もの間、ずっと夢に見ていた瞬間だった。
そんなときに現れたのがノールたちだ、最初から期待していたわけではなかったが少しでも情報が得られれば、そんな思いもあって協力を申し出た。
それからはあっと言う間で気づけば宿敵となる悪魔が目の前にいた。
そして今、その白の悪魔はこの世界から消えたのだと、仇を取ったのだと家族に言えるような気がした。
「お父さん…… お母さん…… お姉ちゃん………… フィナ……」
気づけばその場に崩れ落ち家族を、そして妹の名を呼んでいた。
まだノールが戦っているというのに、溢れる気持ちを抑えようと試みるがまったく効果がない。
それどころか大声で叫びたくなるほどにどんどんと湧き出してくる。
本当なら自分の手であの悪魔を殺したかった。
だが大人になり強さを手に入れるほどに、自分の実力では届かないと思い知るようにもなる。
勇者のようにその手で倒すことは出来ないが、勇者に力を貸し共に戦った英雄の真似事は出来たのではないだろうか。
妹はそれで許してくれるだろうか……。
リックはそんなラフィニアをただ見つめることしか出来なかった。
崩れ落ち、大粒の涙を流しながら家族を呼ぶ姿。
ラフィニアと共に行動するようになって数年にもなるがこうして周りを気にせず泣く姿を見るのは初めてだった。
以前ノールが神殿に捕らわれたときに感情的になったこともあったが、あの時でさえ涙を見せぬようにと堪えていたのに。
泣いてはいるが悲願の達成なのだ、結果としては喜ばしいことなはずなのにリックの心は晴れぬままだ。
ラフィニアはあの悪魔を倒すと言うただそれだけを目的にこの10年を生きてきたはず。
では目的を達成した後、ラフィニアはどうなってしまうのだろうか、すべてを忘れて新しい家族のもとに帰ることができるのだろうか?
ここ最近、手がかりを得て突っ走るラフィニアを見ると心配になるのだ、生きる理由を失ってそのまま壊れて行ってしまうのではないかと言うことを。
白の悪魔を滅ぼすことに成功したヴァルアヴィアルスはヴィアスたちの元へと戻る。
「そのお嬢さんはどうしたのじゃ? ヴィアスよ」
「あ、えっと。 長老があの悪魔を倒された後に突然……」
「ふむ」
「あの、ごめんなさい。 アイツは、あの悪魔は家族の仇だったので。 やっと、やっとこの瞬間を見ることが出来て嬉しかったのです。 長老様、二度も助けていただき、本当にありがとうございました……」
一度目は幼き頃に命を、そして今は心を。
ラフィニアは目の前に立つ老人を見上げる。
「そうか…… お主の家族、守ってやれなんですまなんだな。 あの時は偶然見つけたゆえ、奴と戦ったわけじゃが……」
「いいえ、あなたが居なければ私も死んでいたかもしれません。 そうすればこうしてアイツの最後を見ることも出来なかったはずです。 私に機会を与えてくださったことには感謝しかありません」
「それはなによりじゃな」
「しかし、ノール君やエルビーちゃんもそうですが、長老様はとてもお強いのですね、まさかあのリーアを倒してしまうなんて」
ラフィニアの言葉を聞いた老人が少し困惑した表情を見せる。
「あれ…… 私何か変なこと言ってしまいましたか?」
「いや、そうではないじゃがな…… ただそのな、お嬢さんはひとつ勘違いをしておるようでな。 わしが今倒した悪魔は白の悪魔ではないのじゃよ」
「え……?」
ラフィニアは衝撃を受けた、もしや自分の敵討ちはまだ終わっていなかったのだろうか。
そんな思いが頭を過ぎる。
「おっと言い方が悪かったのう。 アヤツが10年前お嬢さんの村を襲った仇と言うのは正しいのじゃ。 ただアヤツは白の悪魔ではないと言うことじゃな。 何せ本物の白の悪魔は2000年ほど前からとある場所に封じられたままじゃからのう」
「ああ…… そういう意味でしたか。 それなら別に構いません。 私の目的は敵討ちでしたから」
「長老、白の悪魔ではないとしたら、あの悪魔はいったい何者だったのですか?」
それはラフィニアも気になるところだった。
古い文献に書かれている容姿とも一致しているようだし、特徴的な見た目の悪魔だと思ったが悪魔の世界じゃ一般的なものだったのだろうか。
「本物の白の悪魔はとても強い悪魔じゃよ、封印されておってもその力が漏れ出るほどにのう。 わしが倒した悪魔はその漏れ出た力から生まれた欠片と言うべき悪魔じゃな。 そうじゃな、仮に欠片の悪魔とでも呼ぶとするかの。 ヴィアスよ、欠片の悪魔ぐらいならお主でも倒せよう。 だが本物の白の悪魔はお主では倒せぬ、残念ながらわしでも難しいじゃろうな」
「そんな危険な悪魔なんですか!?」
「そうじゃ、見かけてもちょっかい出すでないぞ。 封印されておるから見かけることはないがの、フォッフォッフォッ」
「それほどの悪魔がいるだなんて驚きです……」
「まあわしも詳しく知っているわけではおらんからな。 さて、さすがのノールも苦戦しておるようだしわしも力を貸すべきかのう」
ノールの戦い方はなんとも言い難いものだった。
ヴァルアヴィアルスはノールが神であることを知っている。
世界の絶対的な支配者である神の力ならば問題はないだろうと思っていたが、何か理由があるのかその絶対的な力を振るうことがない。
世界への影響を考慮しているのかはたまた……。
いずれにせよ、いかに魔法が効きにくい魔獣と言えど二人掛ならばなんとかなるだろうとヴァルアヴィアルスは考えたのだった。