クルクッカ
クルクッカでの護衛任務に向かう5日目の昼。
茹だるような暑さの中、今朝に作ってもらった昼食をとることにした。
皆が腹が痛くなったらどうしようと言う思いと戦いながら食べている。
ノールとエルビーは気にもしていない様子。
ただ幸いなことに生の野菜などは入っていないようだ。
もしかしたら気を利かせてくれたのかもしれない。
ノールは普段のサンドイッチとはまた違った味、食感の虜になっているかのように食べる。
しかし表情には一切出さないがビッツにはそれがわかっていた。
ノールは絶望した時の顔は出来るくせに嬉しそうな顔は一切しないのだ。
そんな不思議な光景を見つつ食事を終え移動を再開する。
目的地は最後の宿となる町。
ここはクルクッカに半日と言う距離もあってかそれなりに発展もしてきた街だ。
それでもやはり宿場の町なので宿と飯屋以外にこれと言ってない、そういう町である。
おそらくだが、もうすぐ到着する頃合いだ。
街道を進むにつれ人工物らしきものが見えてくる。
町に到着だ。
◇
いつも通り宿に向かい部屋を借りる。
俺からすると面白みに欠ける町なんだが、やはりノールやエルビーからすると興味が尽きないという感じなのだろう。
大きな町でもないしここは自由に見て回らせる。
時間には戻って来いよ、来なかったら飯はない。
そう伝えてある。
こいつらにはこれが一番効くんだ。
興味の最上位に飯があるらしい。
他のメンバーはもう宿で休んでいる。
さすがにずっと馬車の中で座りっぱなしは体が痛くなるからな。
馬車の中でもエルビーみたいな子供がピョンピョン跳ねていることには問題ないが、さすがにルドーなんかがそれやったら床が抜けてしまうので大人しく座っているしかないのだ。
夕飯の時間ちょっと前ぐらいに二人は帰ってきた。
よくもまあ見るものがあるなとちょっと感心する。
エルビーが服屋を見つけ、そこで売っている服が可愛いから買っていきたいと言い出したらしい。
ノールは今買っても荷物になるだけだから、帰りにまた寄って買うのが良いと説得したようだ。
んー、見た目は弟なのにほんとしっかりしているんだよな、こういうときは。
普段はあれほどマイペースなのに。
そんな話を聞きながら夕飯を食べ、そして明日に備えて休むことにした。
やっと明日にはクルクッカだ。
出発の朝、朝飯を食べ、昼飯用の軽食も買う。
今回はサンドイッチも作ってもらえたんだが、昨日のあれがまた食べたいらしく二人揃って昨日と同じようなものを注文していた。
あのメニュー、どうやらこっちの町で生まれたものらしい。
そして今日もまた暑くなりそうだな、と思いつつ出発した。
延々と続くほぼまっすぐな街道。
ただ今までの道とは違い、平坦で走りやすい。
もう少しすると横を流れていた川は遠く東の方に曲がっていってしまうので、その手前で昼休憩とすることにした。
その休憩ポイントを過ぎればクルクッカの街は目と鼻の先である。
「やっと見えてきたな。クルクッカ……」
ゲインが漏らす。
ここまで特に危険なこともなく順調に来た。
幸先のいい感じだ。
クルクッカの出入り口は3つ。
王都に続く西門、帝国への港町に続く東門、そしてグリムハイドへと続く南門である。
俺たちはそのまま南門から街に入るわけだ。
門には兵士もいるが身分のチェックや身体チェックなどされることはない。
荷馬車にたくさんの荷物、見慣れない行商人などは時々積み荷の検査を受けている。
相手が人ならば、街の中で犯罪に手を出した時点で捕まるわけだが、危険なものの持ち込みは極力制限したいと言うことなんだろう。
俺たちはと言うと特に大きな積み荷は無く、むさい大人4人と小さな子供2人だけの到って普通の構成と言うわけだ。
だと言うのに兵士に止められた。
その子供たちは?と。
おや、なんだ。
俺たちが疑われたのではなく、子供が怪しかったわけか。
たしかによく食べるし貴族っぽくないのに子供でも知っていることを知らなかったりするし怪しいと言えば怪しい。
「王国では人身の売り買いは違法だ。まさか知らないわけではないよな?」
はっ?
人身の売り買い?
何を言っている?
ふと当事者を見るとエルビーは眠りこけ、ノールは俯き静かにしている。
少しの思考の末、なるほど!と思ったほどである。
というかノールは状況を理解して俺たちを嵌めようとでもしているのか?
「なあ、ノール。俯いちゃってどうした?」
こちらの声に反応してノールが答えた。
「エルビーに虫が集まっている」
あ、違った。
やっぱり何も気にしていないだけだった。
っていうか虫が集まるってどういう状況だよ。
「ノール。とりあえずこっち来て冒険者カード見せてくれ」
頷き、無言で冒険者カードを差し出すノール。
兵士はそれを受け取り確認する。
「当然俺たちも冒険者だ」
そう言って俺の冒険者カードも渡す。
「す、すみません。最近そういう話を耳にしたものでまさかと思ってしまいました。あ、冒険者カードはお返しします。どうぞ、お通りください」
まさか王国内で身分証として冒険者カードを出すことになるとは思わなかった。
ノールたちが居て助かったと思ったが、すぐにノールたちが居なければこうなってなかったんだよなと思い直す。
無事、と言っていいのか、まあとりあえず街に入ることは出来た。
6日ぶりの大きな街。
依頼者と会うのは明後日だ。
とりあえず俺たちは宿を探して休むことにする。
ノールたちにとってはやはり見知らぬ土地ということもあってすべてに興味を向ける。
俺たちにとってはよく見た光景なわけで、正直宿でゆっくりしていたい。
二人だけで遊びに行かせてもいいのだが、さすがに依頼を控えたときに見知らぬ土地で迷子と言う状況は問題があるので今日は我慢してもらい、その代わり明日行きたいところに連れていくと言う約束を取り付ける。
はあ……。
こういうのもゲインに振れば嫌な顔せずにやってくれるのだが、リーダーとしてやることやってくれているのにこいつらの面倒まで負わせるのはさすがの俺でも気が引ける。
かと言って、ダーンやルドーは放任主義と言うか我関せずな一面があるのでノールだけならまだしもエルビーもとなるとかなり心配である。
しかし交通の要として栄えた街であって観光で栄えた街ではない。
見るものなんて特に何も思い浮かばないけどなあ。
夕飯となり、またエルビーが元気を取り戻す。
注文するのはここでも変わらず肉料理だ。
ノールも変わらず、俺たちに合わせて注文する。
さて、明日はどこに行くべきか。
翌日、朝飯を済ませ、ついでとばかりに何か子供が面白がる場所はないかと聞く。
俺の言葉に記憶を呼び起こし考える宿の従業員。
そうだよな、ないだろ?俺だって思いつかないのだから。
「そういえばー。先日ー、南のグリムハイドでドラゴンが出たー、なんて噂あるんですけど知ってますー? そのことについてー、神殿が何か発表をしているそうですよー」
ドラゴン。
ああもちろん知っている。
急に消えたあれな。
おかげで恥かいたわ。
今度そのドラゴンが出たなら俺がぶん殴ってやる。
「ああ知っている。けど、それって子供が喜びそうな話か? 神殿の話だと退屈過ぎて寝ちまいそうな気がするが」
「んー、やっぱりそうですかねー? それじゃ他にはー……。あー、北の丘ですけどー、今沢山綺麗な花が咲いていて見ごろなんですよー。それなんてどうですー? 丘一面に青い花が咲き誇っているんですー。あれは見ごたえありますよー」
花か。
あいつらが花に食いつくようにも見えないが、でも北の丘ってのはありだな。
海も見えるし向こう側の陸も見える。
馬車での移動の時も景色をよく見ていたから、ああいう景色はまだ見たことないかも知れねぇし。
「それいいな。ありがとだぜ。あ、ところでなんだが昼飯用のサンドイッチって作れるか? 主に子供2人が食べるやつなんだが」
「はいー、出来ますよー。えっとー、どのくらい作りますかー?」
「んと、そうだな、5、いや6人前頼めるか?」
「えっ?そんなに?」
従業員の姉ちゃん素に戻って語尾忘れてるぞ。
「あー、よく食う奴らなんだよ。育ち盛りってやつかね」
「わかりましたー。ちょっと行ってきますのでー、お待ちくださいー。お会計は今しますー?後でまとめてご精算しますー?」
「後で良いよ」
「はいー」
サンドイッチを受け取り、ノールとエルビーを連れて東門から外に出る。
目的地をノールとエルビーに告げたがあまりピンと来ていないようだ。
花を見る、ということ自体理解していない様子だったが……。
まあ行けばわかる。
最悪でもサンドイッチでこいつらの元気は復活するしな。
街の東側は帝国への道、港町ノエラミルースがある方向だが、北の丘に上がる道もこちら側にある。
ちなみにだがこの丘、東はノエラミルースの近くまで、西側は王都の近くまで繋がるかなりの大きさだ。
そしてその丘、クルクッカの北西ほどに建国されたのが魔法共生国というわけである。
なので丘一面というのは王都までではなく、多くてもこの魔法共生国の城壁までと言うことになるはずだが、実際どれほどのものか俺も知らない。
丘も急な斜面と言うわけではないので道のないところを上ることも可能だが、ここはちゃんと道を辿って上がっていこうと思う。
そういや、洞窟調査の時ピクニック気分じゃないぞと言ったが、今日は本物のピクニックだな。
いやはや、この俺が子供を連れてピクニックか……。
仲間内から野盗にしか見えないとか言われたときが懐かしいぜ。
そんなことを想いながら道とは言えないような細い道を上がっていく。
一度上がってまた下がるような起伏のある場所だったが、その上に立って驚いた。
本当に一面が青い花で埋め尽くされている。
この様子だと魔法共生国の城壁まで届いているだろうな。
「なにこれー! なにこれー!」
この少女の驚きはだいたいがこれ。
「ずっと向こうまで続いている」
ノールは淡々と答えているが、動きを見る限りノール自身もまた驚いているように感じる。
表情に出さないのが惜しいくらいだ。
「なあ、花もすごいがこの先の景色も良いものだぜ」
俺はそう言ってさらに先に進むことを提案。
エルビーなんかはこれ以上のすごいものが見られるのか、なんて表情で先へ進む。
丘のもっとも北に位置する場所。
眼下に海を見下ろす断崖。
この海の北側にはすぐ別の陸がある。
詳しい者が言うには海峡というものらしいが、それが最西端ラビータのある海と最東端ノエラミルースがある海、つまり帝国の領海と繋がっている。
もともとは陸続きだった場所が崩落と浸食を繰り返し今の状態になったのだろうと聞いた気がする。
もしこの海峡を船で通ることができたならば聖王国と帝国の移動ははるかに楽になり、同時にこの王国も生まれなかったかもしれない。
だが、その海峡は浅瀬や岩礁が多く船の往来には適していない。
王国の北側はラビータから王都先ぐらいまでは浅瀬と岩礁、王都手前からノエラミルースまでは丘があり断崖となっているため船の離着は難しい。
その結果当時の、今でもそうだが王国の北端の海と丘に沿うように平野部に街道が生まれたというわけだ。
エルビーが一言も発することなく、海を、そして向こう側の陸を眺めている。
あれ、やっぱり女の子だし花のほうが良かったのだろうか。
そんなことを考えているとエルビーがぼそりと声を発した。
「ねえ。ビッツ。この向こうにも人は住んでいるの?」
「そりゃ当然だろ。ここや向こうの陸だけじゃない。いろんなところで人は暮らしているのさ」
「そう……。あのね。わたしはね、自分が見ている場所が世界のすべてだと思っていたの。でも、わたしの知らない世界がまだいっぱいある。人間ってすごいわ。こんなに世界を広げているなんて」
「いや、別に人間はすごかないぞ。ただ単にいろんなところに人が住んでいると言うだけで、世界のすべてを知っている人間なんておそらくいないんじゃないか。俺だってこの辺りを縄張りにしているだけだ。世界なんて知りもしないさ」
エルビーはビッツを見上げた後、また先の陸地に目を向ける。
「でも人間は世界が広いということを知っているのでしょ? 自分たちがそんな世界のごく一部でしかないと言うことを知っている。わたしはね、ちょっと前まで知らなかったもの。わたし、もっともっと世界を知りたいわ」
エルビーの言い方に若干の違和感を覚えながらもビッツは次に言うべきことを考える。
「世界を知る、か。ならいろんなところに行く以外にないだろうな。そういやあ、エルビーはあそこにある魔法共生国も行ったことないだろ? そういう見えているのに知らない世界もあるわけだ」
エルビーはただ黙って海の向こうの陸地を眺めていた。
そしてそんなエルビーを、ノールは見る。
世界を知る。
限りある寿命の人間にそれは出来るのだろうか。
そもそも世界の大きさを人間はまだ知らないのかも知れない。
翌日、俺たちは依頼者との約束の場所へ向かった。
正門近くにある大広場、大広場中央には大きな噴水もある。
俺たちはそこでゲインから大まかな内容を聞いていた。
リーヴェンフォルト海運商会、現当主ベイアルト。
今回の依頼者であり、このクルクッカに本部を置く商会の当主である。
グリムハイドの大商人ザイバッハの紹介と言うことらしい。
行程などの打ち合わせだが昨日俺たちがピクニックしている間にゲインが済ませていたようだ。
まあ仕事の中身としては特段変わったものではない。
商人が商品を馬車に積んでラビータまで行くのでその間の護衛をお願いしたい、というありふれた依頼だ。
そして護衛対象となる一団と俺たちが乗る予定の馬車も到着し、俺たちは自分たちの荷物を積み込む。
そんな出発の準備をしている最中のこと。
「あの……」
突然、見知らぬ少女に声をかけられた。
事案である。
いや、逆だからセーフか。
「どうした?お嬢ちゃん」
「その、盗み聞きのような真似をして申し訳ありません。ただ会話が聞こえましたもので……。冒険者の方、ですよね? その、もし、もし宜しければ王都までの道のり、同行させて戴けませんでしょうか?」
ふ~ん、やけに丁寧な喋り方だな、身なりも綺麗だし。
「ああ、いやすまねえ。俺たちは依頼で王都の先まで行くんだ。さすがに知らない人物を同行させるのは問題があるだろうからな」
可能な限り依頼内容は話さない。
こんなかわいい顔して実は盗賊の一味、なんて可能性もあり得るからな。
「そ、そこをなんとか! お願いします……」
んぐっ。
そんな可能性を考慮するわけだが、男としては、こんな顔されると断りづらい。
俺たちが断って諦めてくれるならそれでいいが、もし強硬と言う手段に出て一人で王都まで、なんてなると今度はこの子が盗賊に襲われる可能性だってある。
人身売買は重罪だが、ハイリスクである分、ハイリターンになっているものだ。
盗賊共がそんな金の成る木を見逃すはずもなく……。
んん、うぐぅわぁああ……。
そんな感じでもがき苦しんでいると、それを見つけたゲインが助け舟を出してくれた。
「どうした?ビッツ。ナンパか?」
助け舟ではなかった。
「俺が声をかけたんじゃねえ、声をかけられたんだ!」
俺は被害者、そこを強調する。
「いや、冗談だよ。聞こえてたし」
聞こえてたんならもっと早く来い!!
「そもそも、どうして君のような子がこのクルクッカから王都に行きたいんだい?できればその辺の事情、聞かせてもらえるかな?」
「おい、ゲイン。そんなの聴いてどうするんだよ。もしかして連れて行こうとか考えてんのか?」
「それは事情を聴いてから」
「事情……ですか。この街に、知り合いがいるのです。その方に、会いに来ました」
「なるほど。ならその知り合いの人に頼んで路銀を少し貸してもらえばいいんじゃないかな? 見ず知らずの俺たちに同行を頼むよりよっぽど安全だ」
「そっ、それは、その……」
言い淀む少女。
やっぱり訳ありだよなあ。
「その、知人の方には、父の許可は貰っていると、嘘をついています。ですが、本当は内緒で来てしまったのです。もし路銀を借りるとなれば、嘘をついたことを知られてしまいます。その、知人の方……に、もう……会いたくないと言われるのが怖いのです」
やっぱ来た。
絶対どこぞのお嬢様だよこれ。
逢引きか? 密会か? 闇取引か?
いや、最後はなんか違うか。
面倒ごと間違いなしのやつだな。
断るべきとも思うが、さて、ゲインはどうするか。
「それは、好きな男性に会いに来た、とかそういう感じなんだろうか」
えっ?嘘だろ?ゲインのやつそんなド直球で…?
「ちっ、違います! そういうのではないです」
顔を少し赤らめ、そして全力で否定している。
これどっちだ?
少女の答えにゲインは無言で見つめ続ける。
根負けしたのか、少女が話始めた。
「その、知人と言うのは、私の母なのです。どうしても会いたくて、父には黙って出てきてしまいました」
はぁぁ……。
ゲインはそう溜め息をつき頭を抱えながら何か考え事をしている。
「なら、少しばかりなら俺が路銀を貸そう。それで王都まで帰る。それでどうだ?」
少し逡巡する少女。
わかりました、おそらくそう言いかけた少女の言葉を遮る者が現れた。
「それは止めた方がいい」
うわっびっくりした!
ノール、わざわざ気配を消して背後に立つのやめてくれない?
なんでちょくちょくそういうドッキリ仕掛けてくるわけ?
「えっ? なんで?」
ゲインは疑問を口にするが驚いた様子はない。
たぶん気づいていたか。
俺からは完全な死角からの接近だったがゲインからはギリギリ見えていたのかもな。
あれ、ノールのやつ、やっぱり俺に対してわざとやってる?
「ああ……。なるほど。そうだな、分かった。でもそうすると、どーすっかなあ?」
またも頭を抱えるゲイン。
というか何がどう分かったんだよ。
ノールとゲインの会話は時々意味不明な時がある。
「ちょっと待っててくれ。依頼主に聞いてくる」
そう言ってゲインはこの場から離れた。
残された俺、ノール、そして少女。
特に会話することが無い沈黙。
いや、あった。
さっきのドッキリについてちゃんと言っておかなければならない気がする。
「なあノール。さっきのわざとか?」
「何が?」
「いや、俺の背後に気配消して近づくの」
「偶然」
「えっ、そうか? でも俺の覚えている限りだと1日に1回はそういうことある気がするんだが」
「違う。――1日2回」
「ん……? ……。ってやっぱりわざとなんじゃねーか!!」
そんなことをやっていると、ゲインが戻ってきた。
「今、依頼主に確認してきたよ。好きにしていいとさ。まあ、依頼内容は馬車列の護衛、それさえちゃんとやってくれるなら同時に他の依頼を受けることを禁止する理由はない、ってことだ」
「好きにしていいって言ってもなぁ……」
俺の言葉にゲインは少し苦笑しつつも後を続ける。
「でだお嬢さん。メインの仕事は荷馬車の護衛なので、有事の際に優先させるのはこっちの護衛ってことになる。けどその時はお嬢さんを見捨てることじゃなくてお嬢さんの護衛は優先事項ではない、と言うことを自覚してほしいってことなんだ」
「それは……もちろん、そのつもりです。決してお邪魔には……」
「俺たちの指示には絶対に従ってもらう、それがお嬢さんを同行させる上での絶対条件だな。金は、まあ正直当てにしていない。親に秘密にして出てきたのに護衛料出してくださいなんて言えないだろうからさ」
「す、すみません。何かお渡しできるものでもあればよかったのですが……」
「いや、まあそこは気にしないでくれ。実はこっちにもお嬢さんと同年代ぐらいの女の子がいてな。お嬢さんと同じで立場は同行者ってことなんだが、その子と、あとさっきまで居たあの子と仲良くしてくれたらそれでいいと思う。そんな感じでどうだろうか?」
「あ、ありがとうございます」
ゲインの言葉に少女は表情を明るくしてお礼を言ってきた。
あとノールがいつの間にかいなくなってる。
なんなんだ? ほんと。
話が纏まったところで他の者と合流し自己紹介。
「ああ、とまあ、そんなわけだ。えっと、彼はダーン、隣がルドー、さっき話していたのがビッツ、それとノールに、エルビー、そして俺はゲイン。で、えっと、こっちのお嬢さんは……」
「私はエルネシアと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
「はい! はーい! わたしエルビー! よろしくね。あなたの服かわいいわね! どこで売っているの?」
「えっ?あ、ごめんなさい。家の者が用意してくれた服なのでどこで買えるのかは分からないのです」
「そうなんだー。ざんねーん」
まったく残念そうじゃないけど。
一通り紹介を終えたところでダーンが疑問を口にする。
「大丈夫なのか? ゲイン。同時に受けたりして」
「ん?依頼者にはちゃんと言って……」
「そうではない。ちゃんと守ってやれるのか? と言う心配だ」
ダーンはそう言いながらちらりとエルビーを見やる。
そのエルビーはと言うと、少し離れたところでエルネシアと何やら話を始めていた。
ノールもエルビーたちと一緒にいる。
ダーンの心配はもっともだった。
エルビーはまだ戦力として不明で最悪襲撃者から守ってあげなくてはいけないかもしれない。
となれば守る対象が二人に増える。
そんな俺たちの心配を察してかゲインが口を開いた。
「まあ油断は出来ないが俺としてはそこまで心配はしてないさ。そもそも襲撃者の狙いは積み荷だろ。けど俺たちが守るのは荷物だけじゃなく従者もだ。そこに一人増えたところで大きな違いもないだろうさ」
「そりゃそうかも知れないが……」
「それじゃまだ不安か? そうだな、心配していない一番の理由はノールさ。おそらく数で攻めてくる盗賊相手に俺たちだけじゃ心もとないところだが、ノールの魔法はかなり有効だぞ?」
「ふむ、確かにあの威力と範囲は盗賊相手にはうってつけではあるな」
「まあな。まとまって出てきてもこの間みたいに氷漬けにしちまえばいいだけだし」
ゲインの言葉に同意するダーンと俺。
「そういうこと。そのノールが馬車周辺を守る。盗賊どもを近寄らせない。一緒にいればエルビーもエルネシアも安全だろ」
言われてみれば、俺たち4人だけだったらまず考えられなかった戦術ではある。
「エルビーも自分の身ぐらいは守れる程度の腕はあるんじゃないか? 飾りで剣を持つようにも見えないし」
そういや、ノールと戦わなくてよかったとか、そんなこと言ってたか。
「あとは、俺の勘だな。エルネシアを同行させなかった場合、たぶんまずいことになる気がする」
「うぇっ!? なんだよそれ。その発言が一番不安」
俺の抱いたエルネシアを同行させた場合の小さな不安は、そんな大きな不安によっていとも簡単に吹き飛んだ。
妙なところでよく当たるんだよな、ゲインの勘は。
まあそういうわけで、残すなら小さな不安の方と言うことでエルネシアの同行は決定となった。
「さて、間もなく出発だ。全員準備はいいか?」
「ええ! お腹空いたわ!」
ノールを除く全員の視線がエルビーに刺さる。
はぁ……。
俺は深くため息をつき、そしてエルビーに言う。
「馬車の中でな」
「やったぁー!!」
ノールもマイペースな感じだが、それを超える存在が現れたか。
厄介だな。