リーアとの決戦1
アルメティアにある研究施設でようやく見つけた白の悪魔。
そしてほぼノールの力であったがセイムエルとイビエラと言う悪魔を倒すと、不利を悟ったのか白の悪魔はどこかへと転移してしまった。
その転移した先は迷宮都市ラフィンツェルに向かう街道でその手前にあるアバタルと言う魔獣が封印されている場所。
「ここまで追ってくるか、しぶとい虫ども」
ラフィニアたちが転移するとリーアは氷塊の横にいた、ただし空中に浮かんだままで。
ラフィニアは悪魔と言う存在が実に厄介だと実感する。
狭い室内だったからこそプリシュティナとも戦えていたのだろうか、あのように空を飛ばれては攻撃を当てることすらできないだろう。
「悪魔の好きにさせるわけがないでしょ」
ラフィニアはそんなリーアを睨みつけるように見上げる。
「人間如きに私の動きを止められるとでも思っているのか? 10年前と同じ、なす術もなくただ散るだけのお前たち人間が。 笑わせてくれる」
「その10年前、ただの人間にやられてあそこで息を潜めていたのは誰かしらね。 今回も、また同じようになるとは思わないのかしら?」
「貴様たちがか? フッ、いやセイムエルを倒したその者ならば少しは私の相手も出来るやもしれぬ。 だがプリシュティナ程度に後れを取っているような人間にこの私を倒すことなど万が一にもあり得ぬ」
「そこまで自信があるなら降りてきたらどうかしら? やっぱり怖いのでしょう? 私たちと戦うのが。 今のあなたの力は封印されたまま、全力を出せないんじゃないかしら?」
白の悪魔の封印を解くために四精霊の宝珠が必要だということだったが、そもそもリーアは10年前にも活動していたし今はこうしてラフィニアたちの目の前にいる。
だが先の戦いでもプリシュティナはまだ宝珠を欲していた。
そのことを考えればこの悪魔にとって宝珠が必要なことには変わりなく、その理由としてラフィニアが導き出したのが今の言葉と言うわけだ。
(四精霊の宝珠がリーア自身を封印するものではなく、その力の一部を封印するものだったなら)
複数の封印が重なっていると言っていたがそれぞれ異なるものを封印していて、宝珠は力を封印するものだったのではないだろうか。
そもそも先ほどの戦いでも自分自身は参加しようとせず、今回もアバタルの封印を解くと言って自分で戦おうとしないのが引っかかる。
プリシュティナやセイムエルたちにとって上位となる存在だったようだが、それはあくまで封印されていない状態での話。
つまり今の白の悪魔はプリシュティナたちよりも弱いという可能性だってあるというわけだ。
そして10年前、まだ子供でしかない自分には無理だっただけでAランクとなった今ならあの悪魔にこの剣の切っ先が届くかもしれない。
(私一人じゃ届かないかもしれないけど今はリックもいる。 そして何よりセイムエルを倒したノール君がいる)
ラフィニアの心はかつてないほどに燃えていた、もしかしたら勝てるかもしれない……と。
「封印……?」
リーアが疑問を込めて呟く。
その言葉にラフィニアの心が騒めいた。
「私の力は封印などされていない。 だが安心しろ、どのみちこの私が戦うことはないのだ」
リーアの言葉にラフィニアは僅かな動揺を浮かべる。
それはリックも同じだったようだ。
「おいっ、嘘つくんじゃねえ! 今のお前は封印されていて、それで宝珠ってのが必要なんだろっ! さっきプリシュティナが言ってたんだよ、俺が聞こえてなかったとでも思ったか!?」
「フンッ、プリシュティナが何を言おうが知ったことか。 私と戦いたければまずはこの氷魔幻獣アバタルを倒して見せるがいい」
そう言うとリーアはアバタルを封印した氷に向かって右手を差し向ける。
おそらく封印を解こうとしているのだろうとラフィニアは考えた。
だがまだ慌てる必要はない、もう少し……。
すると街道の反対側、ちょうどリーアの死角となる方向から魔法が放たれリーアに直撃する。
かなりの高威力でありリーアのいる場所が空中でなかったら大惨事だったかもしれない。
「なっなんだ?」
驚いているのはリック一人。
ノールのことまでは知らないがラフィニアは街道に潜むその人影に気づいていたのだ。
どこの誰かは知らないが狙いがリーアであるなら邪魔をする理由もない、そう思いラフィニアは時間稼ぎをしていたのだった。
「鬱陶しい、また増えたか。 その程度の魔法で私が倒せるとでも思っているのか」
ただ残念なことにリーアにはあまり効いていない様子だった。
「いやいや、何やら懐かしい顔にわしも少々気分が高まってしまってな、ちょっとしたあいさつ代わりじゃよ、ホッホッホッ」
現れたのは老人と青年。
ただその老人には見覚えがあった、燃え盛る炎の中、あの白の悪魔と戦っていた老人に似ている、と。
とは言っても10年も前の話だ、子供だったラフィニアには老人など皆同じに見えていたかもしれない。
「き……貴様なぜ!?」
「ほう、覚えていてくれたか。 人の姿などお主ら悪魔は記憶など出来んと思っておったが違うようじゃな」
老人は偶然出会った昔馴染みと会話するように自然と、そしてゆったりと街道を進みラフィニアたちのもとまでやって来た。
おそらく本人が言うように奇襲で倒そうなどとは思っておらず本当にあいさつ代わりだったのだろう。
あそこまで特徴的な悪魔と知り合いなどと言う人間はおそらく一人しかいない。
それはつまり……。
「あなたは……まさか……あの時の……」
「おや? どこかでお会いしましたかな? どこだったかのう? ふむ、ワシも年を取ったということか……」
「あ、いえ、その、10年前、リーア……あの悪魔に襲われていたところを助けていただいたのです。 その時、あなたをお見かけしました」
「ホッ、なるほど10年前か。 ならお嬢さんの姿も変わってしまっているだろうから覚えておらんでも無理もないのう。 ふぅ、とうとうわしにもその時が来たかと正直焦ってしまったわい」
「やめてください長老、まだまだ現役でいてもらわなくては困りますよ」
「ほっほっほっ、そうじゃのう、せっかくおいしいハーブティを飲めるようになったのだからまだまだ頑張らなくてはならんな」
そういうと老人はノールへと視線を移す。
「ふむ、ノールよ、久しいな。 エルビーの姿が見えぬようじゃがおらんのかの?」
「エルビーは今聖都に行ってる」
「ほう聖都か。 やはり気のせいではなかったのじゃな。 しかし良かったのかのう、問題にならぬか?」
「……? たぶん大丈夫……」
老人の言葉にノールは何の話か分からないと言った表情をしている。
特に心配事など思いつかず大丈夫と言ったようだが、ノールはそういうことを深く考えていないだけと言う気がしてきた。
老人の心配事がいったいなんなのか、どんなことかまでは分からなかったが、どうやら老人はノールやエルビーの知り合いのようだった。
そしてラフィニアは青年が老人を呼ぶ時の言葉を聞いて思い出した。
「あの、もしかしてエルビーちゃんの言っていた長老様なのですか?」
「ぬ? ああそうじゃな、エルビーもわしをそう呼ぶしの」
その老人こそドラゴンであるエルビーの集落の長、ヴァルアヴィアルスである。
そしてもう一人の青年。
「あの、長老…… 10年前、人の街で会ったとはどういうことでしょう……いったい長老は何をなさっていたのですか?」
「ヴィアスよ、前にも言ったではないか、時々街に出ていると」
「いや長老、今の話って聖王国ですよね!? このマラティアや王国の街だけでなく聖王国にまで来ていらしたんですか!? はっ、まさか他の国にも……」
「ほっほっほっ、それより目の前のことに集中じゃよ」
「話逸らさないでください」
「ほれ、そんな話をしている間にアバタルの封印が解けるぞい」
ヴァルアヴィアルスの言葉でラフィニアは思い出す、今悪魔と戦っている最中だったことに。
緊張感の欠片もない老人との会話ですっかり忘れていたが、リーアもこちらの会話が終わるのを黙って待っていてくれたわけではない。
その間にアバタルの封印を解く準備を進めていたのだ。
(というか世界の危機を目の前にしているって緊張感が全くないわね、いや仇を前にしているはずの自分も同じだけど……)
リックはノールにどういう知り合いなのかと尋ねていた。
「エルビーのところの偉い人」とノールは答える。
それはともかく実のところそのアバタルと言う魔獣がいったいどんなものなのかラフィニアもあまり詳しく知らない。
ただ白の悪魔が聖王国で猛威を振るっていた頃、ここマラティアでは魔獣アバタルが街を凍り付かせていたという話がある。
当時、リーアとアバタルを関連付けて語る研究者はいた。
リーアは王国で封印されている悪魔であり、同時期に現れたアバタルは北の山からやって来たとされている。
つまりリーアと共にアバタルという魔獣も王国からやって来たという説だ。
ただあの山々は昔から強力な魔獣の生息地と言われていたこともあり、多くの研究者はその説に否定的で偶然現れただけとする意見のほうが圧倒的に多かったとも記録されている。
しかしこうしてリーアがアバタルの封印を解こうとしているのを見れば正解だったということだろう、研究者の得意げな顔が目に浮かぶ。
もっともラフィニア自身が世間に公表するつもりは全くないが……。
白の悪魔と共に世界中を恐怖に陥れた魔獣。
世界中とは言ったが白の悪魔は聖王国、アバタルはマラティアを中心とした地域限定なので結構誇張された話と言うのも有名だ。
とは言えその存在が世界を震撼させたのは間違いないことだし、地域限定になったのは魔獣を封印した者、悪魔を追いやった者がいたからに過ぎない。
もし止められるものが誰もいなかったら本当に世界に恐怖が溢れていたかもしれないのだ。
(だと言うのに……この緊張感の無さ……)
ラフィニアはため息が出そうになるのをグッと堪える。
「はあ……仕方ありません、あの程度の魔獣なら私が――――」
ヴィアスと呼ばれた青年が仕方がなさそうに参戦しようとする。
この長老の部下ならばきっと強いのかもしれないが、それでももう少し緊張感と言うものを持ってほしいものだと今更ながらにラフィニアは感じていた。
「止まれヴィアスよ、わしがなぜこの地に来たと思っておる」
「それは……」
「わしでさえ封印に留めた魔獣なのじゃぞ? 今のお主の力では無理じゃな」
「それほどの強者……ということでしょうか」
「奴そのものは言うほど強くもないのじゃがな。 いかんせんわしらとは相性が悪い。 あの魔獣は魔法が効きにくいのじゃ、わしもそれで苦労したわい。 こうして、そろそろ封印が弱っているかもと様子を見に来れば、まさか彼奴までいて封印を解こうとしておるとは思わなんだ。 それでノールよ、お主ならあの魔獣を滅ぼせるのかのう?」
「大丈夫」
「そうか、ではあの悪魔のほうはわしが相手をしよう」
何やらとんとん拍子に話が進んでいくことに若干拍子抜けする。
強大な力を持つ悪魔、同じく圧倒的な存在感を見せつけてくる魔獣。
それらを相手に戦わなければならずそれはもう命を賭けた死闘なんてものは当然、様々な葛藤を乗り越え多大な犠牲の上にようやく勝利を手にするとか想像していたのに、なんかもう今日の夕食の当番を決めるぐらいのノリと勢いで話が進んでいる。
だがその程度のことでラフィニアの心が折れることはなかった。
(ええそうよ、考えちゃダメ。 ノール君やエルビーちゃんの関係者だもの、どうせめちゃくちゃな人たちに決まっているじゃない)
ラフィニアはその戦いの行く末をしっかりと見届けるのだと心に誓う。
「なあラフィニア、結局俺たちは見ているだけでいいってことか? そりゃまあありがたいことだけど、怖いし。 けど大丈夫だろうか、ノールとか」
リックの心配も当然な気がする。
これまで目の当たりにしたことも冷静に考えればあたふたしていたのは自分たちだけだった気もする。
そもそも勢いで来たもののあんな悪魔や魔獣に対抗できる手段なんて持っているわけもなかった。
そんなことをリックに言おうとしたがその前に青年が先に口を開く。
「長老、それなら私も何かお手伝いを……」
「いや、お主は後ろの二人を結界で保護するのじゃ。 前回は周りに気を使って十分に戦えんかったが、今回はお主がおるからの。 任せたぞ」
「承知しました」
「うむ、では参るとするか」
老人の合図、ちょうどその時、魔獣アバタルが10年の眠りから目覚めたのだった。