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アルハイドの覚悟4

「母上!? まさか兄上の代わりに母上がおいでになられたのですか?」

「何をそんなに驚くことがあるのです? 兄か信用できる使者かと言ったのはあなたではありませんか。 ですからこうして兄の次に信用してもらっていると思うわたくしが参ったのです。 それともわたくしでは不足ですか?」

「とんでもないことです、エデルブルグの戦乙女と呼ばれた母上なら安心して任せられます」


 それは母グレーテが聖王エルマイスのもとに嫁ぐ前につけられていた二つ名。

 エデルブルグの現領主であるメレディック卿の実子であり、それまで度々起きていたクラノイスダールからの侵攻がここ数十年ぴたりと止まることになった立役者でもあった。

 当の本人はおとぎ話のようになっているものはかなり誇張されたものだと言っているが、昔父から聞いた限りではあながちそうとも言えないようだった。

 そんな彼女が今回の件に関わってくれるというならそれに勝るものなどないだろう。


「それでは母上、これからのことですが――――」


 まずひとつ重要な前提としてアルメティアが攻めてくると言う証拠はないという点だ。

 状況的に導き出したこととセイムエルと言う男が肯定したというだけに過ぎない。

 次にクラノイスダール側がこちらの言い分に乗ってくれるという確証がないこと。

 聖王国が攻め入られようとも自分たちには関係ない、実際に聖王国が落とされたならその時に考えればいいという判断もされかねないわけだ。

 最後に現在城を占拠している者たちの排除の方法について。

 

「なるほど……。 占拠している者たちの排除は実のところ難しいことではありません。 彼らはここを含めた隠し通路の存在を知りませんから少数で包囲し警戒を外に向けさせ、その後主力を内部に侵入させます。 次はクラノイスダールのほうですが、こちらにも当てがあります。 アルメティアの金鉱山は知っていますか? 有数の埋蔵量を誇るらしいですがそれがクラノイスダールの国境付近にあって、当時も度々ちょっかいをかけていました。 今も情勢に変わりはないはずなのでそれを使えばいいでしょう」

「うまく誘導に乗ってくれるでしょうか」

「クラノイスダールからすればまたとない好機ですからまず間違いなく乗ってきます。 問題はアルメティアです、いつ頃から部隊を動かしているかにもよりますが国境を越えてしまったら、もう止めることは難しくなります。 かといって早くにクラノイスダールが侵攻してしまうとアルメティアは部隊を二つに分け二正面作戦に移行するだけになる危険もあります」

「二正面作戦ですか…… 自領が襲撃を受けるというときにそんな悠長なことがあり得ますでしょうか?」

「可能性の話です。 もとより金鉱山とてそう簡単に落とせるようなものではありません。 その間に必要な部隊を再編成させクラノイスダールの迎撃に向かわせる、残りの部隊はそのまま聖都に攻め入ることが考えられます。 ですがクラノイスダールの侵攻に対し増援が間に合わない場合、防衛作戦ではなく奪還作戦を取らねばなりませんから必要な部隊数は防衛の際よりも跳ね上がるでしょう。 そうなると聖王国への侵攻に必要な部隊数を維持できなくなり諦めるという筋書きです」

「なるほど、つまりクラノイスダールの動きを調整してアルメティア首脳陣に防衛作戦ではなく奪還作戦と認識させる必要があるわけですね」

「はい。 そしてアルメティア首脳陣が聖王国侵攻部隊を引き戻せる限界が国境となります、国境の門には非常時の通信用魔道具がありますから。 多少入り込まれたぐらいなら早馬などを使って呼び戻せますが、あまりに離れてしまうと金鉱山奪還を諦め聖都陥落を是が非でも遂行するという方針になる危険もありますから厳しい見極めが必要でしょう」

「母上、良いタイミングでクラノイスダールを動かすことが出来たとしてアルメティア軍勢が予想以上でそのまま二正面作戦に移行するということは考えられませんか?」

「否定はできませんがクラノイスダールとてアルメティアの総戦力は把握していることでしょう。 良いですかアルハイド、平時ならばクラノイスダールのほぼ総力を以ってしても金鉱山の奪取は叶いません。 それは先ほど言ったように金鉱山を守る部隊によって時間稼ぎをしその間にアルメティア主力が投入されるからです。 クラノイスダールからすれば聖王国に侵攻しているアルメティア主力が戻ってくる前に事を終えるか、最低でもある程度優位な状況にまで侵攻させている必要があるわけなのです」

「そうか、時間との勝負は当然としてアルメティア主力が戻ってくることを前提にクラノイスダールが戦力を動かすなら、アルメティアとしても二正面作戦をしている余裕自体無くなるということですね」

「その通りです、もちろんアルメティア側にもうまく情報を流し彼らが誤った判断をしないように仕向ける必要もありますね」

「母上はこの作戦、うまくいくと思われますか?」

「どうでしょう? ですが成し遂げなければなりません。 それより危惧すべきはアルメティアの聖王国侵攻が欺瞞だった場合です。 聖王国が他国同士の戦争を引き起こそうと策謀を巡らせたというのは中々に問題がありますね。 ただそれもヴィクトルたちに擦り付ければいいだけにも思えます、アルメティアから多額の賠償を求められそうで頭の痛いことですが……」

「それはまた立場が逆転しそうな大事件となりますね」

「アルハイド、もうあなたがこの城に留まる理由はないのではありませんか? 共に逃げましょう?」

「それは……たしかに今後の作戦を鑑みればここに留まる理由はありませんが……」


 グレーテが心配そうな瞳でアルハイドを見つめている。


「母上、私はこの手で、今回のことに決着を付けなければならないと思っております。 今このまま母上と共に逃げても私は犯罪者の一人として汚名を着せられる人生となりましょう。 ただ生きるだけならそれでいいかも知れません。 ですがルナの兄としてそれだけは耐えられないのです。 我が侭とは分かっていますが、どうか許していただきたいと思います」

「本当に馬鹿な子……。 分かりました、でも約束してください。 決して死ぬことはないと……」


 アルハイドはその言葉にただ無言で、笑って見せた。


「母上、ドルバスらは秘密兵器と称して大変危険な魔道具を持ち込んでいます。 負けを悟ったドルバスがそれらを発動させる危険性もありますので、大きな動きがあるまで城への侵入は待つよう兄上にお伝えください」

「秘密兵器、ですか?」

「ええ、出来ることなら私はそれを奪いたいと考えています。 城の奪還はその後のほうが良いでしょう」

「分かりました、ヴェルクリフにはそう伝えましょう」

「そろそろ戻ります。 母上、お元気で……」


 アルハイドはグレーテの言葉を待つことなくその場を立ち去った。

 作戦のほうは母グレーテに任せておけば問題ないだろう、自分は自分のやるべきことを片づける。


   ・

   ・

   ・


 あれ以降、兄ヴェルクリフや母グレーテとも連絡は取り合っていない。

 見張りのいない場所に足繁く通いつめれば怪しまれるだろう。

 そしてヴェルクリフが貴族街を掌握し城を包囲し始めることでドルバスたちは自分たちの計画が少しずつ狂い始めたことに焦りを感じているように見える。

 ヴィクトルにおいては最初から焦っていたようにも思えるが、その焦りは他の部下たちからも見え始めた。

 例えばライアスと言う男。

 普段はドルバスの腰巾着らしく付いて回っているのだが最近は別々に行動することが増えた。

 どうやら警備の見直しをしているらしく、侵入経路を塞ぐことに人員を割いているように見える。


(外壁回りなどいくら警備を強化したところで意味などないのにな)


 それは水路などどうしても完全には封鎖しきれない場所を侵入経路として見ているわけだ。

 他にもいくつか警備を強化している場所もあるが、結局のところどれも的外れとしか言いようがない。

 母グレーテが言うには現在の戦力でも城を落とすことは不可能ではないという。

 だがそれにはあの魔道具がどうしても邪魔だ。

 せめて魔道具を管理しているライアスだけでも排除したいところ。

 作戦がすべて順調に進んだ場合、兄ヴェルクリフの軍と父エルマイスの軍が合流しドルバスらを討つことになるだろう。

 しかしそれで大人しくしている奴らでもないはず、まず間違いなくあの魔道具を持ち出すことだろう。

 そして、とうとうその時は来た……。


 ライアスと言う男が寝室に使っている部屋から出てきたが、その手には青白い液体の入った容器が握られている。


「ライアスと言ったか、お前が持っているそれは何だ?」


 突然声を掛けられ驚くライアス。


「で、殿下!? いえ、これは大したものではありませんよ」

「ああそれがドルバス卿の言っていた魔道具と言うものか。 確か魔獣を転移させることが出来るのだろう? 素晴らしい発明だな」

「どうして殿下がそれを?」

「なに、ドルバス卿が教えてくれたのだよ。 いざとなればそれを使って城の外にいる者らを根絶やしにするのだと。 そう聞いているが違ったか?」

「は、はは……ハハハハハ、そうですか、それは失礼しました。 ですがこれが中々に扱い難いものでして、この魔道具ですが発動にも手順があってそのため使用者がそこにいないと使うことが出来ないのですよ。 でも自分がいる場所でこれを使うと、まず最初に自分が襲われてしまうわけです」

「ほう、それは確かに困ったものだな。 だが初めて使うものと言うわけでもないのだろう? 今まではどうしていたのだ?」

「ええ、これまでは適当な奴を雇い大迷宮近くの森で見つからぬように使えと命じておりました。 まあ今回も下っ端にもいざとなったら使えと渡しておりますから問題ないかと」

「部下を生贄にしてしまうのか? それは勿体なくはないのか」

「いやいや、あれらは適当に神殿から連れてきた者や金で雇ったならず者ですよ。 我々の部下はすべてこの階におりますから」

「ドルドアレイクからすべての騎士を連れてきたわけではないのか?」

「そうしたかったのですが、反対する者もいそうでしたのでそういうのは置いてきました。 まあ当然、そんな連中にはこの作戦が成功しても甘い汁を吸うことは許しませんがね」

「なるほどそういうことか、なんとなくだが読めてきた気がする。 ところでだ、今そんなものを持ち出して何の意味があるのだ?」

「え? ああ、これですか。 これが最後の二本なのですよ。 そしてこっちの一本は非常に恐ろしい魔獣を呼び出すことが出来ますので、万が一敵の増援が来た場合に備えて渡しておこうと思いまして」

「そうか、なあ、その前に見せてもらって構わないか? 教えては貰ったものの実物は見ていなかったのでな」

「はあ……構いませんが少しだけでお願いしますよ、下の連中に使い方も教えなければなりませんから」

「ああすぐ済む、どうせだ二つ見せてくれ」


 アルハイドはライアスから二つの魔道具を受け取るとそれをマジマジと眺める。


「まだ量産は出来ないようで貴重なものですから落とさないでください」

「分かっているさ、それで使い方は?」


 アルハイドの言葉に疑うこともなくライアスは使い方を説明した。


「ふむ、手順があるというだけで使い方はさほど難しいわけではないのだな。 よく分かった、ありがとう」

「ええ、では行きますからお返し願いますか」

「ああ……」


 アルハイドは右手に持った魔道具を差し出しながら気づかれぬように左手で短剣を抜く。

 そしてライアスが魔道具を受け取ろうとした瞬間に短剣をライアスの腹部に突き立てた。


「ぐはっ…… 殿下……何を……?」

「ライアス、直接お前に恨みなどないが…… まあドルバスに手を貸した報いは受けるのだな……」


 こと切れたライアスを寝室に放り込みアルハイドは下の階へ向かい歩き出した。

 こんな魔道具を使われては厄介極まりない、アルハイドはそう思いライアスが渡した魔道具も回収しようと考えたのだ。

 だがそれには少しばかり遅かったようだ。

 城門は閉ざされ貴族街の者らが開けるよう必死に懇願している。

 そして時折聞こえる魔獣の咆哮、魔道具はすでに使われた後だった。


「なんだあの魔獣は!?」

「ライアスだ! あいつから渡された魔道具を使った途端あの魔獣が現れたのを俺は見たぞ!」

「クソっ、あいつ俺らを捨て駒にしやがったんだ!」

「待て、あの魔道具なら他の奴らにも渡してたぞ? あんなもん中で使われたら最悪だぞ」

「おい…… あれ……」

「に……逃げろぉぉぉ!!」


 魔獣はすでに城門の中にも放たれていた。


「俺がどうこうする前に自滅するか、だがこの魔獣が王の間まで来てくれるとは限らないだろうな……」


 アルハイドはそう独り言ちると踵を返した。

 ライアスが言っていたように下の連中もほぼ雇われた者で構成していたらしくまともな報告をする様子はない。

 今ここで起きている騒動にドルバスたちが気づくのはずっと先の話だろう。


(なるほど、城壁の警備や騎士寮の監視に当たっていたのが神殿から連れてきた者なのだろうな。 報告も出来ぬならず者ではさすがに安心も出来ないと言ったところか)


 魔道具の使い方は分かった。

 アルハイドはもう一度ライアスの部屋に行く。

 ライアスは使用者も襲われて危険と言っていたがそれはやり方にもよるだろう、魔道具の発動そのものに若干の魔力が必要というだけなのだ。

 そして死んだとしてもすぐ魔力が空になるわけでもない、つまりライアスの死体を使って魔道具を起動させれば済むというわけである。

 アルハイドはライアスの手に魔道具を乗せ上部を強めに押し込む。

 すると魔法陣が淡い光を放ち始めた。

 その光を確認すると最後まで見届けることなくアルハイドは王の間へと戻って行く。


 残された魔道具はすでに事切れたライアスからも魔力を奪い続けている。

 やがて強い光を放ち始めた、一定量の魔力を得て起動したのだ。

 そして研究施設に捕らわれていた中で最も大きい魔獣を転移させるのだった。

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