アルハイドの覚悟3
アルハイドの考える計画はお世辞にも良いものとは言えない。
それは情報が圧倒的に少なくほぼ推測から計画する必要があったからと言うことに他ならないだろう。
だが僅かだが裏付ける要素となるものはいくつか手に入れることが出来た。
それは二日後のこと……。
「これはこれはアルハイド殿下お久しぶりでございます」
「きっ! 貴様は……」
「おや、お忘れでございますか?」
「忘れるはずがないだろう、セイムエル。 貴様のせいで私がどのような目に遭ったと思っているのだ」
「それは誠に申し訳ないことを。 私もまさかあのようなことになるとは思ってもいなかったもので……」
「ふん、白々しいことを」
「いえいえそのようなことは決して、この言葉は本心からでございます、アルハイド殿下」
「まあいい、ところでセイムエル、アルメティアの軍は順調に進んでいるのか?」
「おやおや。 さすがは殿下でございます、そこまでご存じでしたとは」
そんなはずはない、ただ鎌をかけてみただけだった。
だがこのセイムエルと言う男はあっけなく重要な情報を語ってくれる。
「アルメティアは数日ほど前から進軍を開始したそうですよ。 到着までにはしばらくかかるようですが」
「そうか……」
アルハイドの言葉に考えるそぶりを見せるセイムエル。
「それでは殿下、先日のお詫びと言っては何ですが一つばかり情報をお耳に入れたく」
それはドルバスが持ち込んだ物で今回の襲撃における秘密兵器なのだという。
「ここだけの話なのですが、それは凶悪な魔獣を呼び寄せる魔道具なのです。 いやはやドルバス卿も恐ろしいものをお作りになられたものですね」
セイムエルの言葉を聞きアルハイドは一瞬血の気が引く思いがした。
(まさかドルバスの自信の正体はアルメティアの後ろ盾ではなくその魔道具か?)
仮にそうだった場合クラノイスダールを利用してドルバスらの野望を打ち砕くという計画は難しくなる。
「魔獣を……か。 いや、それでそれはどの程度制御できるのだ? まさか呼び出すだけというわけではあるまい?」
凶悪な魔獣を完全に制御することなど可能なのだろうか、そもそも用を終えたその魔獣はどう始末をつけるのかと言う疑問も残る。
「残念ながら呼び出した後に命令を与えることは不可能なようですね。 呼び出す前に命令を与えるのですが、あまり複雑な命令も難しいようです」
「それは特定の誰かを襲えとか、逆にそれ以外を襲えという命令も難しいというところか?」
「ええその通りです。 所詮知能は魔獣のそれと言うことです。 人間と亜人種の区別がつくかどうかも怪しいかと」
「なるほど……なあセイムエルよ、それはつまり魔獣より優れた知能を持つ者ならば出来る、そういうことになるわけだな?」
「……さあ、それはどうでしょう? そこまでは教えていただいておりませんので」
セイムエルの言葉を聞いたアルハイドは直感した。
僅かな間ではあったがほんの一瞬だけセイムエルは思考したのだ、どう答えるべきかと。
先ほどの演技を除けばこれまでどんな会話にあっても一度としてなかったことだ。
それほど口が回るこの男でさえ予想していなかった質問ということだろう。
「それで? お前はなぜそんなことまで知っているのだ?」
「それはドルバス卿から見せていただいたことがあるからですよ、その時に説明してくださったのです」
またも迷いなく答えるその男を見てアルハイドは心の中で舌打ちをする。
(馬鹿を言うな、そんな色々な面で危険な物をただの商人風情に教えるわけがないだろう、つまりはこの男も関係者ということだ。 だがそれを俺に教える目的は何だ?)
だがその意図までは読めない。
(いや、そうか。 そういうことか、こいつは俺にその魔道具を使わせたいのだな。 ドルバスたちからすれば魔道具は万が一に備えた程度のはず、アルメティアが後ろ盾として動く以上は必要ないのだ。 だがこの男にとってはそれだけでは足りず俺に魔獣を呼ばせて……)
アルハイドはセイムエルの目的を正しく理解した。
聖王エルマイス率いる軍とアルメティア軍の衝突、それは必ずどちらかに勝者を見出す結果となる。
(そしておそらく勝者となるアルメティア軍を俺の手で皆殺しにさせようとしているわけか、この俺と一緒に)
そして最後に利を得るのがこの男と言うわけだ、その危険な魔道具の研究成果を自分の物とすることで。
「そうか…… それでセイムエル、その魔道具、どこにあってどのような形状をしている?」
アルハイドの言葉を聞きセイムエルの笑みが一層深くなった。
「さほど大きいものではありません、手に乗る程度の物。 中には青白く淡い光を放つ液体が入っております、そしてその中に小さな魔法陣が見えることでしょう。 お手に取れば分かるかと。 場所につきましてはライアス殿が寝室として使っている部屋かと、移動している可能性もありますのでお気を付けください」
「分かった、それともうひとつ教えてくれ。 あの女は何者だ? あれもお前の仲間か?」
「そうですね…… ええ、私の上司、と言ったところでしょうか」
「上司か、フッなるほど。 まあ良い情報を得た、お前のことを許すつもりはないがこれに免じて見逃してやる、他に新しい情報を得たならすぐに知らせるのだぞ」
セイムエルと別れたアルハイドは考える。
セイムエルの発言によりドルバスたちの企みは明らかなものとなった。
だがそれは同時に一つの懸念を生むことにもなる。
セイムエルはアルハイドの復讐相手がドルバスたちだということに気づいているのだ。
(いつだ? いつ気づかれた?)
連中の前で気づかれるような素振りは見せていないはず。
いやそれより今会ったばかりのセイムエルが知っていることが不思議だ。
考えられそうな原因は……。
(兄上たちと会っていたのを見られたか? リジェルドかエグバートが裏切ったか? いやあの二人がセイムエルとだけ繋がっているとは考えにくいか)
目的に気づかれたことはまだ良い、気を付けなければいけないのはその方法に気づかれてしまうことだ。
今から二日後の夜、大まかな計画を兄ヴェルクリフへ伝える予定だったが、セイムエルの目的が魔獣を使い両軍諸共殲滅させることにあるなら当然アルハイドの計画を阻止しようと動くはず。
(誰かを誘導してセイムエルを引き付けさせておくか? いや昼ならまだしも夜にそんなことをさせるのは難しいか。 何かいい手はないものか……)
だが妙案が浮かぶこともなく、次の日となる。
ドルバスは普段、ライアスとセイムエルの上司だという女を連れ歩いている。
あの女が何者でいったいどんな役を担っているか知らないが、セイムエルの上司と言うならあの女にも自分の目的は知られていると見て間違いないだろう。
ならばセイムエルだけでなく、出来ればあの女にもここから離れてもらいたいものだとアルハイドは思っていた。
セイムエルは昨日姿を見せたからだろうか、今日は数名の騎士を引き連れたドルバスたちと共に行動している。
「これはドルバス卿、今日はやけに大所帯だな。 これからどこかに行く予定なのか?」
「いえいえアルハイド殿下、この城の守りは完璧とは思いますが念のための見回りですよ。 なにぶん王族騎士ではありませんからな、勝手が分からず警備に穴があっては困りますから」
「なるほどな、だが王族騎士の警備でも先日侵入されたと聞いたぞ? どこの誰の差し金かは分からないがその辺りを重点的に警備すればいいのではないか? なあヴィクトル」
「ハッハッハッ、殿下もお人が悪い、それではまるでヴィクトル殿が暗殺者を仕向けたような物言いではありませんか」
「いや冗談だ、まあくれぐれも気を付けてくれ」
アルハイドはそう言って歩き出そうとした。
その時、アルハイドとドルバスたちの間が突如輝きだす、その光を徐々に強さを増して行き――――
「うぎゃあああ」「なんだ? 何が起きたんだ?」「いひぃぃぃ」
光の中から現れたのは身なりの汚らしい男たちの集団だった。
「何だ貴様らは! いったいどこから現れた!」
剣を抜き誰何するライアス。
「うわっなんだ? なんで騎士がいやがるぅ!?」
「全員捕らえろ!」
男たちはあっけなく捕らわれ縛り上げられる。
聞くと男たちは街道で山賊行為に精を出していたそうだ。
そして一台の馬車を襲ったのだが最初に出てきた護衛の5人組は雑魚そのもので今日はごちそうだなんて思った矢先、突然飛び出してきた赤毛の少女にボコボコにされたのだという。
「いやもうなんてものじゃねえのさ。 いてぇなんて思っているうちにどんどん仲間が切られて、まだ立っている奴にはその後また斬りかかってくるんでさあ。 ありゃ鬼だ間違いねえ」
「俺は馬車にいるやつらを人質にしようとしたら魔法で吹き飛ばされたぜ」
「そんでそいつら俺らを放って先に行っちまうから助かったと思ったら光に包まれてなぜかここにいるってわけよ」
「エデルブルグから来た馬車にあんなヤバいのが乗っているなんて思ってもみなかったぜ」
男たちが口々に言う。
「ドルバス様、いかがしますか?」
「仕方がない、牢にでも放り込んでおけ。 まったく何なのだいったい」
「待て。 エデルブルグからどこに向かう馬車だ?」
声を掛けたのはセイムエルの上司と言う女。
その声はひどく冷たい印象を与えるが、同時に透き通った美しい声でもあった。
「ドルドアレイクだよ。 エデルブルグからドルドアレイクに向かう山伝いの街道さ」
アルハイドは山賊のその言葉に女とセイムエルの目の色が変わったことに気づいた。
「セイムエル」
「ええ承知してますとも。 ドルバス卿、申し訳ないですが緊急の用が出来てしまいました。 私たちは一度戻らせていただきます」
「なんと、用とはどんなものだ? 今この局面以上に重要なことなど……」
「例の研究のことです。 嗅ぎつけられた可能性がありますので」
「うっ…… それは拙いな。 いいだろう、そっちのことは任せる」
「はい、それでは。 アルハイド殿下、これにて失礼させていただきます。 あなた様の悲願が成就されることを心から願っておりますよ」
「ああ、其方の言葉のおかげで何やら成功しそうな気がしてきた、感謝しておくとする」
立ち去る二人、これで邪魔者は消えた。
何者か知らないが感謝しておくとしよう。
「ドルバス卿、私もこれで失礼するよ。 ああそうだ、騎士寮の者たちの様子はどうだ? 私が王位に就く前に邪魔されても困る、あの様子なら反抗するつもりもないだろうから余計なちょっかいを掛けないよう部下に伝えておけ」
あとは残りの準備を終わらせ明日の夜を待つのみだ。
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虫の音が聞こえる涼しい夜。
アルハイドは先日の打ち合わせ通りに行動する。
警備に当たっている者はいるにはいるのだが、やはり彼ら自身は寄せ集めに近いらしく綿密な計画のもとに組まれた警備体制とは程遠い、適当に見回っているかのような杜撰なものだった。
アルハイドがリジェルドに命じたことは物音を立てずに生活することと、入口付近の見張りは姿を隠し侵入された場合のみ姿を見せるようにすること。
そして昨日ドルバスに念押ししたことが守られればおそらく騎士の全員がいなくなっていてもしばらくは誰も気づかないだろう。
あとはリジェルドたちが死角となっている窓からこっそりの抜け出し、今アルハイドがいる神殿へと来ることが出来たならこの作戦は成功と言って良い。
神殿には城内と同様、外に通じる隠し通路が存在している。
その通路を使い彼ら王族騎士をすべて逃がす、その際に今後の計画についても話をしておく。
「殿下、お待たせしました」
「見られてはいないな?」
「はい問題ありません。 連中の警備は素人そのものですので」
「フッそうか、いいだろう。 しかし鎧を纏っていない姿は思っていた以上に不思議な感じがするものだな」
「さすがにあれを着たまま静かに行動するのは無理ですから」
神殿内部、その奥の部屋へと向かう。
巫女の寝室の近くであり、日々巫女が女神に祈りを捧げる場所。
そこには女神リスティアーナを象ったとされる像があるのだが、実はその裏に隠し通路を開ける仕掛けが施されているのだ。
つまり女神の足元というわけである。
「こ、このような場所があるとは……」
「これは代々聖王と妻、そしてその子しか知らない最重要機密だ。 王を継ぐことがなかった者は決して口外してはならないもの。 当然お前たちもここで見たものはすべて忘れろ」
隠し扉を開く、そこには兄ではなく母グレーテの姿があった。