アルハイドの覚悟2
「では必要になったら呼んでくれ。 その間、私は好きにさせてもらうとしよう」
ヴィクトルによって王の間へと引っ張り出されたアルハイドは心に誓う。
妹ルナ、その暗殺の首謀者などと言う濡れ衣を着せられる屈辱、それをしたヴィクトルとドルバスには必ず報いを受けてもらうと。
(しかしだ、陥れられた者が協力してくれるなどとなぜ思えるのだ、この馬鹿どもは。 いやこいつらは私を馬鹿だと思っているのだろうな、陥れられたことも気づかず父や兄上を逆恨みしている愚か者だと)
そう思うと余計に怒りが込み上げて来る。
(いや、そんなことは後回しだ。 まずは……)
アルハイドが向かった先は父エルマイスが物置代わりに使用している部屋だ。
重要なものが置かれていると言う理由で代々聖王とその家族以外は入ることが出来ない部屋だが秘密はそれだけではない。
アルハイドは奇麗に整頓された品の中から何かを探すわけでもなくただ奥に向かって歩いていく。
(兄上のことだ、おそらくここに)
アルハイドは使われることがない奇麗に掃除された暖炉の中に手を入れると、そこにあった不自然なでっぱりを少し強めに押した。
するとカチッという音がして暖炉の横、その壁の一部に僅かな亀裂のようなものが入った。
その亀裂も壁の模様や凹凸を利用して巧妙に隠されているためそれを見ても気づけるものなどいないかもしれない。
亀裂の中心を押すとその壁は動き、そして扉のようにして開いた。
城の中にはこのような仕掛けがいくつかあり、それは聖王やその家族だけが知る隠し通路への扉であった。
アルハイドは扉を開け中に入る。
扉は鎧を来た兵が何とか潜れる程度だったが中はもう少しだけ広く作られている。
そしてその先には……。
「アルハイドか、どういうことか説明するが良い」
「もちろんそのつもりです、ですがその前に。 兄上は母上を助け出すためにここまで来たのでしょう? それは私がやります、ここに連れてくるので待っていてください」
「アルハイド、貴様何を考えている」
「それについても母上を助け出した後に」
そう言ってアルハイドは再び隠し扉から出ていく。
次に向かった先は王妃グレーテ、つまりアルハイドの母の寝室で隠し通路の部屋からはもっとも近い寝室と言える。
おそらく最愛の母を思って一番安全で逃げやすい位置を母の寝室としたのだろう。
都合が良いことに見張りの姿はない、物置代わりの部屋と違い王妃の寝室に出入りする姿を見られては、さすがに不審がられる可能性もあるので見張りがいないことは好都合だった。
アルハイドは扉をノックすることなく寝室へと入る。
当然室内はもぬけの殻だ。
しかし彼は知っている、この部屋にも秘密の扉があるということを。
今度は暖炉の横、装飾も一切なく他と見比べて何も変わったところがない壁の一部を無造作に、少しだけ強く押す。
すると先ほどと同じくカチッという音がした。
この部屋の暖炉は実際に使われるものなので、その中に手を入れると手や服が汚れてしまう。
王族が暖炉の中に手を入れるのはさすがに不自然なためにこうして暖炉の横に仕掛けが作られているというわけだ。
そしてこの隠し扉の先はどこにも繋がっていないただの隠し部屋であり、今回のようなとき一時的に身を隠すための部屋となっていた。
その隠し部屋の扉を開けて中に入ると、そこにいたのは王妃とその侍女数名。
「グレーテ様はお下がりください」
侍女の一人がそう言いながら王妃を後ろに匿う。
相手が王子と分かったうえでそのような態度を取る侍女に優秀さを垣間見るのと同時に、信用されていないことに僅かながらの寂しさを覚える。
「母上、ご無事で何よりです。 信じていただけるかは分かりませんが、私は今でも母上の味方のつもりです」
「いいえアルハイド、わたくしも信じております。 あなたが逆賊の仲間ならばわざわざ一人で会いに来る必要はありませんから。 わたくしの心配は他にあります。 皆はどうなったのですか?」
「安心してください母上、父上も兄上も、そしてルナも無事です。 兄上とは先ほど会いました」
「そうですか、それを聞いて安心しました」
グレーテはそっと胸を撫で下ろした。
「母上、まずは兄上のもとまで案内いたします。 詳しい話もその時に」
アルハイドは母グレーテと侍女を連れ隠し部屋から出る。
寝室から出る際はまずアルハイドが先に出て安全を確認しそしてグレーテと侍女を呼ぶ。
物置代わりの部屋に入ればあとは危険なことは何もなく、先ほどと同じ手順で扉を開け中に入る。
「母上、ご無事で」
「ええヴェルクリフも無事な姿で安心しました」
「アルハイド、それでは話を聞こうか」
アルハイドはヴィクトルとドルバスが謀反を起こしたことを伝えた。
「兄上、今はまだ情報が足りません。 ヴィクトルたちからどれほど情報を引き出せるかは分かりませんが四日ほどお待ちください。 四日後の夜、女神の足元に兄上か信用できる使者を立ててください。 そして兄上にはその間に戦力を集めておいていただきたい」
「戦力だと? そんなものどこにいるのだ? お前の話ではほとんどの王族騎士は逃げ果せたのだろう?」
「はい、残っているのは私の護衛騎士を含め一部とのこと。 ですがまだ王都の神殿騎士が残っています。 近隣に使者を立てればもっと集まることでしょう」
「待て、先ほどの話では神殿で暴動が起きていると言ってたではないか。 我々王族の者が向かうのは逆に危険ではないのか」
「噂はあくまで噂です。 それに本格的に暴動が起きているならもっと騒がしくなっているはずではありませんか。 おそらく大半の者は国を信じ、そして発表を待っていることでしょう」
「ヴィクトルはなぜ発表しないのだ?」
「私が見た限り城にはドルバスの息がかかった者しかおりません、おそらく反抗を恐れ追い出したのでしょう。 それだけにヴィクトルでは貴族らを動かせるほどではないということかと。 奴らが私を解放したのも私を使って残りの貴族を動かすのが狙いではないでしょうか」
「分かった、なんとかしてみよう」
アルハイドはヴェルクリフらと別れ、次は騎士寮へと向かった。
話を聞いた限りでは軟禁と言う名の立て籠もり中らしいが……。
さすがに王族騎士からの反撃を恐れてか騎士寮には見張りが置かれていた。
とは言えドルバスからは好きにしていいと許可を得ているのだ、好きに行動させてもらおうとアルハイドは考える。
「そこのお前、私は第二王子のアルハイドだ。 ドルバス卿からの許可は得ているが私の護衛騎士に用があって来た。 もちろん、入っても構わないな?」
「ハッ、お入りください殿下」
やけにあっさりとしたものだ、もう少しだけ抵抗があると思っていたがどうなっているのだろうか。
彼らは詳細を聞かされておらずただ命令のままに動いているのかもしれないとアルハイドは思った。
(ならばなんとかできるかもしれんな)
アルハイドが寮に入ると中は目を背けたくなるような光景が広がっていた。
死者はいないということだったが双方よく無事だったものだと思わずにはいられない。
二階へ通じる階段には様々な物を積み上げ簡易的な防壁を作り上げておりそこには数名の騎士がいる、おそらく王族騎士側の見張りだろう。
「お前たち、アルハイドだ。 今いる最高責任者は誰だ?」
「殿下、ご無事でしたか。 今は副団長リジェルド様が指揮をとっておられます」
「分かった。 話がしたい、呼んできてくれ」
アルハイドの言葉に騎士の一人が応じリジェルドを呼びに行く。
(さすがにこんな場所で話すわけにもいかないが……彼らは私を受け入れてくれるだろうか)
大声で秘密の話をするわけにもいかない、かと言ってあの防壁の向こうに入れてくれるとも思えない。
ヴィクトルらの謀反がどこまで伝わっているかは知らないがアルハイド自身が聖王によって捕らえられたことを知らない者はいないだろう。
状況的に見れば敵の一味、いや首魁などと思われも仕方がないところだ。
「お待たせいたしましたアルハイド殿下。 このような場所から失礼かと存じますが、どうかご容赦ください」
上位者として敬意は示すが信用はしていない、そんなところだった。
「ああ気にするな。 その前にエグバート、お前たちも残っていたのだな、他の者も無事か?」
「はい殿下、皆アルハイド殿下の無事を信じておりました」
「そうか、ひとつ聞くがお前たちの忠誠は今も変わりないか?」
「当然です。 我らの忠誠は死ぬその時までアルハイド殿下に」
「よろしい、ではエグバート、こっちへ降りてこい。 お前に話をする」
本来ならばリジェルドに話したいところだが信用されてない以上、勝手に上がるわけにも逆に下りてくるよう指示することも出来ない、今は彼らの協力が必要なのだ。
「――――というわけだ。 ここに残す必要はない、すべて外で待つ兄上に合流させるとリジェルドに伝えろ。 外にはドルバス配下の兵が見張りとしているから気を付けるのだぞ」
「お待ちください、それでは殿下の護衛としての任が……」
「どのみちここに軟禁されているのでは同じことだろう、それなら私に代わり兄上の力となってくれ」
エグバートがリジェルドのもとに戻り伝えると、リジェルドはなにやら考え込んでいる。
おそらく状況から真偽のほど判断しようとしているのだろう。
考えが纏まったのだろうか再びエグバートが降りてくる。
アルハイドはその内容を聞き満足する。
「アルハイド殿下、我々は王の剣。 申し訳ありませんが殿下のご意向には沿えません。 では失礼させていただきます」
「そうか、それは非常に残念だ」
もちろんそれは嘘だ、おそらく外の見張りはここでの会話も可能な限り報告することだろう。
ならばこうして決裂したように見せかけるほうが都合いい。
そして第一作戦の決行は四日後の夜、それまでに状況の把握とその対策を練らねばなるまい。
まずは情報収集だ、だがそれも難しいことではなかった。
彼らはクラノイスダールの侵攻を何かと匂わせてくる。
だがそれだけは決してありえないとアルハイドは知っていた。
何せそのアルハイド自身がクラノイスダールと繋がっているのだ、もし本当に侵攻作戦が計画されているのならアルハイドの耳に入らないわけがない。
それでもドルバスが見せるあの自信の正体はいったいなんなのか。
まさか自領から引き連れて来た、たったこれだけの戦力によるもののはずはなく何かしらの後ろ盾があるとみて間違いはない。
となれば思い当たるのはドルドアレイクに隣接する国家であり、そしてドルバスが頻繁に貴族や高官らを屋敷に招き招いているアルメティアぐらいなものだろう。
アルメティアのきな臭さは実のところ懇意にしているクラノイスダールの者からも聞くことがあった。
聖王国からしても敵国であるクラノイスダールとこうしてアルハイドが繋がりを持っているのには訳がある。
仮に聖王国とクラノイスダールで戦争が起きた場合どうなるか、それは簡単なことでどちらが勝つかに関係なくアルメティアが漁夫の利だとばかりにクラノイスダールへと侵攻することだろう。
クラノイスダール上層部の中でもそういった問題を避けたい一部の者が意図的にクラノイスダールの動きを伝えてくれると言うわけである。
だがここで一つ疑問が生まれる、本当にアルメティアが侵攻するのはクラノイスダールだろうかと言うこと。
クラノイスダールは万が一に備え徹底した防衛線を敷いているはずで、聖王国と戦争状態になったぐらいでそれが緩むとは思えない。
それならむしろアルメティアを友好国と思っている聖王国のほうが危ないのではないだろうか。
今回ドルバスらが計画したのもそこなのではないかとアルハイドは考えた。
もちろんこれは推測だ、今のアルハイドでは裏取りもろくにできない。
(こればかりは兄上とクラノイスダールに賭けるしかあるまいな)
そしてアルハイドによる復讐のための計画が始まる。